竜人兵馬、只今王都にお出掛け中 後編
決起の宴なるパーティーが行われる会場はすぐに見つかった。
城を眺める公園のような広場から千里眼を使って探すと、会場の設営が行われているホールがあった。
直径50メートルはありそうなホールの床は磨き上げられた大理石で、天井を支える柱の外側にも空間が広がっている。
北側の入り口を入ると、右手が洗面所やスタッフスペース、左側に個別に歓談できる部屋が設えられている。
ホールを挟んだ南側は広いバルコニーになっていて、王都を一望できるようだ。
西側は楽団が演奏するスペースのようで、大型の楽器が置かれていた。
俺は城の同じ階にある物置の奥へ身を潜めて、パーティーの準備を見守っている。
城で働く人達に罪は無いのかもしれないが、戦争のための決起集会の準備を嬉々として行っているのかと思うと腹が立ってきた。
ここにいる何人の人間が、ケルゾークの惨状を想像出来るだろうか。
たぶん、ただの一人も想像出来ないだろうし、想像しようともしないはずだ。
これからベルトナールを毒殺しようとしている俺が、正義を振りかざすなど間違っているのだろうが、自分達には危険は及ばないと思っている人達に戦争の一端を見せつけてやろうと思ってしまった。
どうせなら、第一王子と第三王子も毒殺してやろうかと思ったが、王子は四人いると聞いている。
四人目の王子こそが、フンダールが将来アルマルディーヌの王に据えたいと思っている王子なので、間違えて毒殺する訳にはいかない。
まぁ、次の王に一番近いと思われているベルトナールが、大勢の招待客の前で毒殺されれば、それなりの絶望は感じるだろう。
時間を追うごとにスタッフの動きは慌ただしくなっていく。
楽団の演奏者も自分の楽器を携えて姿をみせ、チューニングやリハーサルを始める。
階下にある厨房では、多くの調理人が下ごしらえに追われている。
晩餐会というよりは、舞踏会なのだろうが、それでもかなりの料理が準備されているようだ。
ホールに隣接する部屋には、大量の酒も運び込まれている。
様々な銘柄があるようで、盗んで帰ったらハシームが喜びそうだ。
日が落ちて、夜の帳が下りると、参加者が続々と集まって来た。
城の門前には豪華な造りの馬車が列を成し、今朝サンドロワーヌで目にした避難民の馬車との格差に乾いた笑いが洩れそうになった。
馬車から下りてきた貴族と思われる人々は、男性はスタンドカラーの民族衣装、女性はロングコートを羽織っていた。
どこが煽情的な衣装なんだと思っていたが、ホールのクロークでコートを預けた女性達の姿は俺の想像の斜め上をいっていた。
透けるほど薄い生地のドレスは、ベビードールと見まがうほどで、ショーツすら身に着けていないようだ。
日本で政権に関わる人が、こんな衣装の女性とパーティーを開いていたら、大炎上騒ぎになるのだろうが、この国では当たり前なのだろう。
ちなみに露出の少ない普通のドレスを着ている女性もいて、こちらは既婚の女性なのだろう。
日本から来た俺にとっては異様な光景をじっくりと眺めたことは、ラフィーアには絶対に内緒だ。
会場のホールが中央のフロアを残して来場者で埋め尽くされた頃、王族と思われる一団が姿を現した。
先頭を歩くのは眼光鋭い偉丈夫で、たぶん、この男が現在の国王なのだろう。
その後ろに、三人の若い男が並んで歩いている。
中央にベルトナールの姿があるから、両脇が第一王子と第三王子なのだろう。
その他に、女性の王族ともう一人若い男性の姿がある。
たぶん、この男が第四王子のディルクヘイムなのだろうが、恐ろしいほどの美形だ。
男性用の民族衣装を身に着けているから男だと分かるが、ドレスを着ていたら女性と間違いそうだ。
厳しい表情を浮かべていた他の王子とは違い、屈託のない笑みを浮かべている。
他の三人には同数の兵が与えられて、同時期にサンカラーンへの出兵が行われるのに、一人だけ蚊帳の外になっているのは年齢が若いからだろうか。
パッと見た感じでは、俺達と同じか少し年下のような気がする。
来場者の盛大な拍手に迎えられた王族達は、ホールの左手奥に設えられた一角に揃って腰を下ろした。
国王が開会の挨拶をするのかと思っていたが、王子の一人が席を立ち挨拶を始めた。
ベルトナールよりもガッシリとした……いや、太り気味と言った方が良いだろう。
それなりに鍛えてはいそうだが、体型には緩さが見える。
年齢は、そろそろ三十に手が届く頃だろうか、額の生え際が後退し始めているようにも見える。
いかにも王族と思える傲岸な表情を浮かべているこの男が、第一王子アルブレヒトだろう。
「皆の者、よくぞ参った。今宵は来るべきサンカラーンへの出兵に際し、皆の心を一つにする決起の宴だ。もう存じていると思うが、この度の出兵では、私、ベルトナール、カストマールに王より各々5千の兵が与えられた。その意図を今更ここで言う必要は無いだろう。戦が終わった暁には、皆が望んでいた結論が明らかにされるであろう。だが、だからと言えど、我欲に走り、王国の名を汚すなど許されるはずがない。圧倒的な力で、踏み潰し、磨り潰し、世の中の序列というものを獣人共に分からせてやる」
アルブレヒトが給仕の手から細身のグラスを受け取ると、王族や参列者も同じようなグラスを手に取った。
注がれているのは、細かい泡の発つ透明な液体だ。
毒作成スキル、レベル7で作った毒薬の雫をベルトナールのグラスへと落とし込む。
この一滴でも、口にすれば助からない猛毒だ。
ベルトナールは、猛毒の雫が投入されたことに全く気付いた様子はない。
もう一つ、毒液によって酒が変色しないか心配だったが、見た限り色の変化は無い。
「アルマルディーヌ王国に栄光あれ!」
「アルマルディーヌ王国に栄光あれ!」
「存分に楽しんでくれ……」
いよいよサンカラーンの獣人族を苦しめ続けて来た男の最期の瞬間を目にする時が来たと思ったのだがベルトナールは、グラスに口を付ける振りをしただけで、中身を飲もうとしなかった。
そのままベルトナールに歩み寄った給仕が、口を付けていないグラスを回収していく。
「あの野郎……毒殺を警戒しているのか?」
他の王子はと目を向けると、アルブレヒトは気にする様子もなくグラスの酒を飲み干している。
国王と思われる男も、グラスの酒を傾けていた。
第三王子と思われる男が給仕へと戻したグラスの酒も、全く減っていないようだ。
それにしても、まさか乾杯のグラスにも口を付けないとは思ってもみなかった。
間違いなく毒殺を警戒しての振る舞いだろうが、これではパーティーの間に、ベルトナールを殺すのは難しいかもしれない。
乾杯が終わると楽団が音楽を奏で始め、煽情的な衣装に身を包んだ女性達が、次々と王子の下へと歩み寄る。
殆ど裸と言っても良い格好なのに、誰も恥ずかしがることも無ければ、参加している男達も好色な表情を浮かべてもいない。
まるで、年末恒例の笑ってはいけないルールのバラエティ番組を見ているかのようだ。
ベルトナールはダンスなどしないのかと思いきや、歩み寄って来た女性の手を取ってフロアーへと足を踏み入れる。
ダンスは、フォークダンスと社交ダンスの中間みたいな感じで、女性の手をとり、離れたり密着したりを繰り返す。
当然、相手の女性は密着するタイミングで、己の肉体を使ったアピールを行うのだが、ベルトナールは彫像のように表情を変えなかった。
アルブレヒトやカストマールも、それぞれのパートナーを選んでフロアで踊っている。
王子だけでなく、貴族であろう若者達もパートナーを見つけては踊りの輪に加わっていく。
正直に言って、俺も健康な男子なので、こうした光景を楽しんでいない訳ではない。
街のおっさんが噂していた通り、この場は女性達にとっての戦場なのだろう。
どの女性も肌は透き通るように磨き上げられ、肉感的なプロポーションを保っている。
いわゆるモデル体型よりも肉付きが良いのは、セクシャルなアピールを重視しているからだろう。
だが、女性達が殆ど裸と変わらない姿を晒し、身体を密着させるアピールを繰り返しているのに、ダンスパートナーを務める男の中に表情を崩す者はいない。
恐らくそれが品の無い行為だとされているからなのだろうが、恐ろしく歪んだ習慣に思えてしまった。
男達は、曲の合間にパートナーを交換して踊り続けている。
曲調が途中で変化する事はあるが、演奏は途切れずに行われている。
一体いつまで踊り続けているのかと思ったら、踊りながらフロアの端に来たカストマールが、パートナーに目で合図をすると居合わせた給仕からグラスを受け取って口へ運んだ。
給仕がトレイに載せた複数のグラスから、自分で選ぶならば毒殺の心配は少ないということなのだろう。
慌ててベルトナールを探したが、折悪しく給仕にグラスを戻すところだった。
開会の挨拶を国王ではなくアルブレヒトが行ったのは、このパーティーの主催者だからだろう。
そして、最初の乾杯のために配られるグラスには、毒が盛られている可能性を考えて口を付けず、安全だと思われるグラスの酒で喉を湿らせたという事だろう。
女性たちの肉体に気を取られて、チャンスを逃すとは我ながら情けない。
グラスを置いて王族の席へと戻るベルトナールに、国王と思しき人物が手招きした。
国王らしき男は、フロアで踊る男女を指さして、二言三言ベルトナールに言葉を掛ける。
察するに縁談話なのだろうが、戦の決起集会だと言うのに悠長なものだ。
もっとも、話を持ち掛けられたベルトナールの表情は冴えない。
ここ王都からサンドロワーヌまでの空間転移が可能ならば、千里眼を使って向こうの状況を見る事も可能なはずで、既に住民が逃げ出している状況は把握しているはずだ。
ベルトナールにしてみれば、王都でダンスに興じているような心境ではないのだろう。
王族の席にベルトナールが戻ると、ダンスを申し込む女性達が王族の席へと集まってきた。
このところ失策続きではあるが、基本的なポテンシャルが高いベルトナールは、いまもって優良物件である事に変わりはないのだろう。
ダンスを申し込まれたベルトナールだが、断りを入れて席を外そうとしたようだが、国王らしき男に呼び止められ、不承不承といった感じで再びフロアーへと戻っていった。
あのまま中座して戻らないなんて事になれば、折角の毒殺チャンスが失われてしまうところだった。
今度こそベルトナールから目を離さない。
例え魅力的な肢体を晒している女性がたくさんいようとも、今は気を取られている場合ではない。
二人、三人とパートナーを交代しながらベルトナールは踊り続けているが、徐々にではあるが表情が苦しげに変わっているように感じる。
たぶん、サンドロワーヌの状況に頭を悩ませて、ストレスが蓄積しているのだろう。
だが、心配する事は無い、すぐに楽にしてやる。
ゆっくりとした曲調が、一転してアップテンポに変わった所で、ベルトナールはダンスを止めてフロアーからでる。
居合わせた給仕のトレイから、赤ワインと思しきグラスを手にとった。
すかさず毒作成スキルで作った雫をベルトナールが手にしたグラスへと空間転移させた。
ベルトナールは、中身を半分ほど喉へと流し込むと、グラスをトレイに戻して二歩ほど歩いて足を止めた。
振り返ったベルトナールは、苦悶の表情を浮かべながら給仕に掴み掛かり、大量の血を吐いて倒れ込んだ。
「いやぁぁぁぁ……」
ホールからは離れている物置にまで悲鳴が響いてくる。
倒れたベルトナールに国王らしき男が駆け寄り、大声を上げているようだ。
たぶん、治癒師を呼びに行かせたのだろうが、倒れたベルトナールは半開きになった口から血に染まった舌をダラリと垂らし、不気味な痙攣を続けている。
見開かれた両目の焦点は狂い、もはや意味のある像を結んでいるようには見えなかった。
慌ただしい足音と共に、治癒師と思われる女性が駆けつけるまで十分以上の時間が掛かったと思う。
その時には既にベルトナールの痙攣は止み、ピクリとも動かなくなっていた。