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ゼロの怪物 作者:四季 畑
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危険人物

 目の前が白でうめつくされていた。

 ややあって、それは天井で僕は仰向けに寝ているのだと理解する。

 ここはどこだろう?頭はボーッとするし、自分が今まで何をしていたのか上手く思い出せない。体もダルくて、起き上がるのも億劫だ。なんでこんなに疲れてるんだ?


 「そろそろ起きる頃合いだと思ったよ」


 靄がかかった脳で考えていると、すぐ横で声が聞こえた。

 見てみると、そこには見たこともないくらい綺麗な女の人が頬杖をついて座っていた。

 特徴は白くて長い髪に宝石みたいな赤い瞳。僕に向けられた微笑みについ顔が赤らむのが分かった。


 「いや、そうでないと困る。あと一分以上起きるのが遅かったら、無理矢理にでも目を覚まさせていたよ」

 「へっ!?」


 熱が灯った顔が急に冷えた。何物騒なこと言うんだこの人!?


 「さて、急かすようだけど自己紹介をしようか。私はルシア・ギルゼルカ。君を保護した、君にとっては命の恩人、というべき立場さ。どうぞよろしく」

 「は、はぁ。えっと僕は……」

 「シグ・ラクラス君だろう?君が眠っていた10日間、色々調べさせてもらったよ」


 10日間眠っていた?どういうこと?


 「まあいきなり訳が分からないだろう。知りたいことも多いだろう。そこで、君が聞きたいことを私が答えるようにしようと思うんだ。さあ何を知りたい?」


 そんなこといわれても……。深呼吸して考える。僕が知りたいこと、聞くべきだと思うことを。

 まず、現在地、ルシアさんの正体、なんで僕はこんなところで寝ていたのか。こんなところかな。


 「ここは、どこですか?」

 「シレニア王国の王都、その治療院の一室さ」

 「……貴方は、何者ですか?」

 「私に興味を持ってくれるのかい?うれしいね」

 「いえ、そんなことは……」

「まあなんとなく分かるけどね。初対面の相手を少しでも知りたいって気持ちは。……改めて、ルシア・ギルゼルカ。こう見えてシレニア王国の魔導兵団、その特別部隊長をしているよ」


 なんか王都とか、魔導兵団とか、田舎者の僕には縁のなかったすごい単語が出てきたけど、いいや。会話の中に軽口を挟んだり、口調も違和感ないからきっと嘘は言ってないと思う。子供の僕の判断力なんて当てにならないんだろうけど、信用するしかない。

 次に、恐らく最も訊かなきゃいけないことを質問する。


 「僕は、どうしてこんなところにいるんですか?」

 「……」 


 ルシアさんは微笑を引っ込め、真顔になる。どうやら真剣な話みたいだ。


 「今から10日前、ホムス村が20名の武装した集団に襲撃された」


 ホムス村。僕の故郷、僕が暮らしていた場所だ! 


 「集団の正体はラグノーツ盗賊団。村を襲った目的は不明。恐らくは金か食料か、あるいは虐殺そのものがしたかっただけかもしれないね」

 「……村は、皆は、どうなったんですか」

 「滅んだと言っていい状態だね。村人も君を残して全滅さ」


 震える声で聞くと、清々しいほどのあっさりとした答えを頂戴した。嘘、と認めたくなかったけど、心のどこかで納得してしまっている自分がいた。

 前に自警団の父さんが、他所の地域で盗賊団の被害が多発していると憂いていたから。このときは父さんが、「村は俺たちが守ってやる」なんて安心する言葉をくれたから心配してなかったけど。

 懸念していたことが身近に起こって、血の気が引いているのが分かった。


 「絶望しているところ悪いけどここからが本題、君がここにいる理由さ」

 「……?」

 「私が来たときには既に村は手遅れだった。だけどね、盗賊団も皆死んでいたんだ」

 「……は?」


 つい間抜けな声が漏れた。何で、村を滅ぼした元凶が死んでるんだ。


 「それが普通の反応だよね。他にも異分子がいたんだよ。特徴を挙げるなら真っ黒い小さな龍とか悪魔とか、そんな見た目の怪物が。そいつが盗賊団を蹴散らしたんだろう」


 そこまで説明したルシアさんの目が細められる。その反応に、僕は何故か嫌な予感がした。


 「怪物は私を見ると襲ってきたんだ。雄叫びを上げて、何度も私を引き裂こうと爪を振るった。だけど突然、私が特に攻撃しなくても怪物は力尽きて倒れた。その後急に肉体が風化するように崩れてね。そこにいたのが――――君さ」

 「――――」


 自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。さっきから驚愕の報せばかりで整理するのが手一杯だったのに、ここにきて理解の許容度を越えてしまっていた。


 「一応誤解させない為に言っておくけど、怪物状態の君は村人に手を出してはいないよ。彼らは武器で殺されていたけど、盗賊団はもっと酷い有り様だった。どれだけ気休めになるかは知らないけどね」

 「そう、ですか……」


 ルシアさんの話を聞いて、全て思い出してしまった。

 いつもの日常が続くと思い込んでいた、10日前のあの日。突然外が騒がしくなって出てみたら、父さんを含む村の自警団が盗賊たちと戦っていて、殺されていった。

 舞い散る鮮血。

 響き渡る悲鳴。

 耳障りな哄笑。

 これらに怯える僕を母さんが逃げるよう促してくれなければ、僕も皆と同じ末路を辿っていた。

 それでも一部の盗賊に見つかって、敢えて死なないような傷を与えられながらも逃げ続けて、追い詰められた。

 常に自分たちが好き勝手する側と思ってる彼らの醜い表情が憎くて、何も出来ない自分が悔しくて。

 いざ殺されるって瞬間に、死にたくないって強い気持ちが芽生えた辺りから、僕はおかしくなった。

 きっとそれが、僕が怪物になったタイミングだと思う。痛みが消えて、恐怖も失せて、ただ生きるために僕を殺そうとした盗賊たちを殺さなきゃって必死になって。

 追手を始末したら、村に残っていた盗賊団を瞬く間に鏖殺した。肉を裂いて、骨を砕いて、人体を果実みたいに潰した。

 仇を討ったと誇る気にはなれない。喧嘩もしたことない僕は暴力には慣れていない。そうでなくても殺人を犯したということを思い出したら、急に怖くなった。


 「他には聞きたいことがあるかい?」

 「僕は、人間か怪物か、どっちなのでしょうか……」

 「それは君次第じゃないのかな。再び暴走すれば問答無用で討伐されるだろう。でも君が自分を制御出来ることを証明すれば、人間として普通に生きていけるだろうさ」


 ルシアさんは淡々と答えてくれた。それは僕の聞きたかった内容と微妙に違っていた気がするけれど、仮に僕が人間だと訴えたところで無害か否か判断するのは、周りの人々か。


 「もういいです。知りたいことは、全て分かりました……」

 「そうか。なら、これからの君の処遇について話そう。ただの子供が魔力を暴走させ、怪物となって暴れる。こんな刺激的なニュースを聞いた上層部は君を危険人物として見ていてね。議論の末、君にはこれだけの選択肢が与えられた」


 ルシアさんは僕の前で2本の指を立て、1つずつ折り曲げる。


 「1つ。危険人物として処刑されるか、私の部下になって監視されながら魔力の制御を身に付けるか」

 「僕が、魔導兵団に……?」

 「さっき言っただろ?君について調べたって。魔導師の適正、魔力についても例外じゃない。その結果、きちんと鍛えれば十分魔導師としてやっていけるという結論に至った」

 「でも……」

 「大人しく処刑された方がいいんじゃないかって、そう思ってる?」


 僕は頷いた。

 もしまた暴走して、その力が何の罪もない人に向けられて取り返しの付かないことになるなら、このまま消えるのが一番だ。

 それに、今の僕には生きる気力も沸いてこない。


 「部外者の私が口を挟むのもどうかと思うけど、君がこのまま死ねば、ご両親は悲しむんじゃないかな?」

 「……」


 ルシアさんの言葉は、僕を踏みとどまらせるのに効果的だった。

 僕を逃がしてくれた母さんも、泣きながら言っていた。

 幸せに生きてほしい、って。


 「あとは、そう。もしあの力を完璧にコントロールできれば、後に君と同じ目に合いそうな人を大勢救えるかもしれないしね」

 「……」


 暫く黙り込んだ後、ルシアさんに告げる。少しだけ、考えさせてほしい。

 彼女は最初みたいに微笑んで、了承してくれた。


 「今日はもう帰るとするよ。たくさん話して悪かったね。今の内に考えを整理して、明日答えを聞かせてくれ」


 そう言い残してルシアさんは退室していった。一人になった部屋の中でこれまでの話を振り返る。それだけで頭が痛くなったけど。

 いきなり王国の魔導師を名乗る人が目の前にいて、いきなり故郷が滅んだとか僕が怪物になったとか言ってきて。きっと僕でなくても混乱する。

 でも、夢みたいな話だけどそれは現実で、受け入れなきゃいけなくて。

 もう僕には何も残されてないのかもしれないけど、まだ先の悲劇は食い止められるかもしれないと言われて、少しでもやる気になっているのは否定出来ない。

 あとは、やっぱり、僕は――――。


 「なんだかんだで、死にたくないから」


 どの道を選ぶかは、もう決まった。






 治療院を後にしたルシアは、そっと己の肩に触れる。


 「まさかこの私が傷を負うとはな」


 それは怪物のシグと戦ったときのことだ。

 彼を新種の魔物だと思っていたルシアは、力を測る為に攻撃せず、自分の行動を回避のみに絞った。

 やろうとすれば、すぐに殺せた。そうしなかったのは仲間にもよく咎められる彼女の悪癖によるもので、結果としてそれが少年の命を拾ったことになるのだが。

 ただの興味だった。未知の魔物がどれほど戦えるか、どんな能力を秘めているのかを知る為に攻撃しなかった。

 だが蓋を開けてみればただ爪を振るうだけ。本物の龍のように息吹(ブレス)を繰り出すでも、特殊な力を使うでもなくだ。

 期待外れ、と嘆息しながらルシアはいよいよ戦闘を終わらせようとしたとき、シグの攻撃速度が急に上がった。

 油断もなかった。動きも見切っていた筈だった。それらをシグは上回ったのだ。

 予期しなかったダメージにルシアは驚愕し、そこでシグは倒れ、元の姿に戻った。

 シグの黒爪には毒の類いは含まれておらず、既に傷は完治している。

 だが、予測を裏切ったシグにルシアは正しく高揚させられた。


 (傷を負うのはいつ以来だ。フフ……)


 シグとの出会いを思い出し、少年の可能性に感極まる女の表情は、見るものがいれば凍り付き、戦くほどの笑顔だった。


 (ああ、彼の将来が楽しみだ……。もしかすればやっと見つけたかもしれない)


 ルシア・ギルゼルカ。シレニア王国最強の魔導師であり、他国に轟く異名は、『白き魔王』。


 (私を倒し得る逸材に……!)


 そして自他共に認める、生粋の戦闘狂である。




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