▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ゼロの怪物 作者:四季 畑
1/2

異形の怪物と白き魔王

 ――――痛い、苦しい、怖い。


 二桁に満たない程度に短い人生経験の中で抱いたことのない感情の丈が身を焦がす。

 肩と脚に刻まれた傷を抑え、目に涙を湛えながら前方を睨み付けた。その先にいたのは武器を携えこちらを見下ろす二名の男たち。彼らは下衆な笑みを浮かべていた。それが憎らしくて、悔しかった。

 何かを短く話し合うと、片方が前に出て剣を振り上げる。どうやらどちらが止めを刺すか決めていたらしい。

 己を殺す凶器を見つめながら、シグ・ラクラスが思ったこと。それは怒り、憎しみ、殺意、恐怖。そして――――。


 ――――死にたくない。


 瞬間、シグに宿る魔力が暴走した。

 彼の体を赤黒い光が覆い、近くにいた男たちを吹き飛ばした。

 予想外の事態に男たちが動けないでいると、その目があり得ない現象を見たことで限界まで開かれる。

 シグは気付かない。

 何故男たちが蒼白になりながら自分を見上げているのか。

 シグは気付かない。

 自身の体がおぞましい変化をしていることに。

 体長は倍以上になり、体皮は闇を取り込んだかのような漆黒に。背には翼、臀部には蛇のごとき尾が備わる。例えるなら、それは小さき龍、または悪魔と言うべき姿だった。

 痛みは引いていた。異形となった影響か、傷は治癒していた。体の底からは感じたことのない力が沸き上がる。

 全能感に酔いしれることはない。ただ目の前の敵を、自分たちから多くを奪った者共を見据え、シグは吼えた。


 「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 空気を震わせる雄叫びに男たちは竦み上がる。

 生き残る為に敵を殺そうとシグは飛び出した。

 攻撃対象を収めた視界は真っ赤に染まり、次には黒く塗りつぶされた。





 ポタポタと、赤い液体が黒き腕から滴り落ちる。握りつぶした人間が死んだことが分かると、怪物は肉塊となった者を放り捨てた。


 「オォオ……」


 呼気を吐き出す怪物が立っているところは、シグという黒髪の少年が生まれ育った村だった。

 村は死屍累々といった様相で、怪物の他に立っているものは存在しない。村人たちは急所を矢で射ぬかれ、斬撃を刻まれ、血溜まりを作りながら息絶えている。それでも怪物が手を掛けるよりは原型を留めていたが。

 自分以外の生物を皆殺しにした怪物は暴れるのを止めた。そして目的を失ったようにどこかへ移動しようとする。


 「おいそこの。少し待ってくれ」


 背後からの声に素早く距離を取った。 

 現れたのは長い白髪と赤き双眼が特徴の妙齢の女だ。気分が悪くなるはずの酷い光景に足を踏み入れても、冷静を保ったまま辺りを見渡している。

 近くに倒れている亡骸を見つけると、怪物と交互に見比べた。


 「ふむ、死んでいるな。お前が殺したわけではないだろう?お前には立派な肉体がある。殺すためなら武器を使う必要もない。そもそもお前に武器を扱う知能があるのかは知らんが」

 「フーッ……!」

 「おいおい、威嚇してくれるな。貴様の事を知らないまま殺したくはないんだ」


 唸る怪物を前にして女は興味深そうに、無遠慮に観察する。


 「龍……、違うな。あれは幼体でももう少しデカイ。それに四足歩行だ。そもそもお前は本当に魔物なのか?魔力に禍々しさが足りんぞ」

 「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 業を煮やした怪物は女に飛び掛かった。己が殺した、武装した男たちと同様、爪で切り裂こうとする。

 しかし、女が何かを呟いた途端、怪物の体が吹き飛ばされ、元の位置まで後退させられた。


 「ッ!?」

 「やれやれ、せっかちな奴だ。まあ落ち着いた魔物というのも逆に不気味なものだがな」


 肩を竦める女に怪物は警戒度を上げた。目の前の存在は簡単には殺せないと。


 「この村の惨状、まだ謎は残っている。仮に貴様が原因でないとしても、新種の魔物だ。放置しておくこともない。……ああ、楽しみだ」


 それまで落ち着いた様子であった女は、本性を現したように獰猛に笑った。

  互いに目の前の敵を、見据える。


 「かかってこい。精々、退屈させてくれるなよ。異形の怪物」

 「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。