ヨーロッパの極右や排外主義者はリベラルな社会が生み出した新たな「マイノリティ」
ヨーロッパの極右や排外主義者は、リベラルな社会が生み出した新たな「マイノリティ」だ。――この認識では、オーウェン・ジョーンズとバートレットは一致する。ジョーンズは『チャヴ』で、ある労働組合委員長の「(BNPが躍進した2006年の選挙で)いままで一度も投票したことのない、初めての投票者が大勢いた。ふだんは政治制度に見向きもしない人たちが、わざわざ投票所に出向いて、初めて政治的な一歩を踏み出した。その手を引いたのがBNPだったというのは、とんでもなく心配な徴候だ」という言葉を紹介している。
「反移民」の背景には、白人労働者階級の自尊心を蝕む雇用の悪化と深刻な失業がある。
1997年の労働党=ニューレイバーの政権奪還から2010年の敗北までに、求人数は212万件増加した。その内訳は、イギリス出身の労働者が38万5000人増え、外国人労働者が172万人増えている。「つまり、1997年以降、イギリスで創出された雇用の5件あたり4件以上で、外国人労働者が採用されていることになる」とジョーンズはいう。こうして2010年の選挙で、労働政権のゴードン・ブラウン首相は「イギリスの仕事はイギリスの労働者に」と公約せざるを得なくなった。
経済学者は、移民は全体としてその国の経済にポジティブな効果を与えるという。これはそのとおりだろうが、移民の影響はすべてのひとに均一に及ぶわけではない。
イギリスでいちばん大きな影響を受けたのは半熟練と非熟練のサービス業で、移民の割合が10%増えると、この業種の賃金は5%減少した。移民の最大の“被害者”は元移民の労働者で、「英語の流暢さ、文化的知識、地元での経験」を必要としない仕事で競い合うからだ。
だがこれと同じことが「労働市場の周辺部」にいる白人労働者にも当てはまる。「脱落が近いか、やる気のない労働者」や「(シングルマザーや若年など)熟練を要しないパートタイムの仕事についている人」「移動ができないなど職探しが困難な人たち」だ。
ジョーンズは、こうした底辺労働者は「屈辱的な無力感」にさいなまれ、生活保護を“不当”に受給する者たちにすさまじい怒りを抱いているという。だが「エリートの階級闘争の闘士たち」は、彼らが底辺にいるのは「自業自得」だと決めつけ、「貧困者の状況は、みずからの態度を改めないかぎり改善しない。だから政府が不平等を是正する必要はない」と主張してきた。
「21世紀の左翼」であるオーウェン・ジョーンズは、こうしたネオリベ的な自己責任論を否定し、いまこそ向上心を「再定義」するべきだという。新たな向上心とは、「たんに有能な個人を出世させるのではなく、人々のコミュニティを改善し、労働者階級全体の環境をよくするものでなければならない」。
ジョーンズも、生活保護受給者を減らす政策は本質的には正しいと認める。仕事をしたほうが個人も家族も生活が楽になるし、失業が幸福度を大きく引き下げるのもまちがいない。
問題は、失業者を雇う仕事がどこにもないことであり、たとえ仕事があったとしても、たいてい低賃金の臨時雇いで条件の悪いものであることだ。「失業か劣悪な仕事か」という袋小路を抜け出すには、「健全で、熟練を要し、安定した、高賃金の仕事を生み出すこと」が重要になる。
清掃員やゴミ収集業者のような非熟練の仕事は社会にとって必要だが、こうした低賃金の労働条件も改善され、労働者が誇りや社会的価値の感覚を取り戻すことができるようにする。これがジョーンズの理想とする「階級にもとづく政治」だ。
これはたしかに大事な指摘だが、やはり疑問は残る。富裕層や大企業への増税で非熟練労働の雇用条件を大幅に改善することができたとしても、それは結果として、貧しい国からの移民をさらに引き寄せることにならないだろうか。移民の波から「労働者が尊重される社会」を守ろうとすれば、先進国のリベラルは「排外主義者」になるほかないのだ。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。
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