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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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兵馬は今日も魔法で盗んできます。 後編

 アルマルディーヌ王国の王都ゴルドレーンは、城を中心として広がる大都市だった。

 東京とは較べるまでもないが、ダンムールの里は勿論、サンドロワーヌの街と較べても数倍の大きさがあるだろう。


 時刻は既に真夜中近く、樫村との打ち合わせを終えた後、仮眠を取ってから出掛けて来た。

 ラフィーアに起こしてもらおうかと思ったが、どうせまた一緒に寝込んでいそうなので、最初から里長の館の使用人さんに頼んでおいた。


 実際、起こしてもらったら、ラフィーアは俺の腹を枕にして幸せそうに眠っていた。

 使用人さんには生暖かい目で見られたけど、別にお楽しみはしていないぞ。


 アルマルディーヌ王国の王都の城といえば、相手の本拠地も本拠地なので、一応素性がバレないようにフードの付いた黒い上着を着て、鼻から下も黒い布を巻いて隠している。

 身体は竜人ではなく、人化のスキルで人族の形に戻っている。


 樫村曰く、正体が分からない方が相手の意図が読みにくくなり、俺達の考えをミスリードしてくれる可能性が高くなるそうだ。

 全ての盗みを完了させた後には、わざと見張りに姿を晒すようにも言われている。


 竜人の状態と人化した状態では、姿形が全く違うのでシルエットを見せるだけでも別人の犯行だと認識されるはずだ。

 謎の竜人以外にも、敵対する存在がいると思わせられれば、それだけベルトナールを混乱させられる。


 一番高い塔から見下ろすと王都は歪な円形で、人口の増加と共に外に向かって広がり続けて来たようだ。

 城の水堀の外にも大きな屋敷がいくつも点在していて、恐らく有力貴族の屋敷なのだろう。


 屋敷街の外側には教会らしき建物や、役所らしき建物が並ぶ一角があり、そこに隣接するように街が栄えているようだ。

 ゴルドレーンからは五本の街道が伸びていて、その中の北に向かう一本がサンドロワーヌへと続いている。


 樫村から地形と城の内部を把握するように言われたが、思ったよりも街の規模が大きいし、城の敷地だけで直径3キロぐらいありそうだ。

 可能であれば獣人族の奴隷を探し出して救出しようと思って来たのだが、これだけ広いと見つけるだけでも大変そうだ。


 王族が暮らしていると思われる建物の周囲は、魔道具の明かりで読書が出来るぐらい明るく照らされていて兵士が巡回を行っている。

 幅20メートルぐらいある水堀と高い城壁に囲まれているのに、随分と厳重な警備だ。


 その一方で倉庫と思われる建物は見張りが一人立っているだけで、その兵士も見るからにやる気が感じられない。

 こちらとしては有難い状況なので、早速盗みに入らせてもらう。


 城を滅茶滅茶に破壊する事も検討したが、現在の王が死んで王位継承争いが激化した場合、奴隷となっている獣人族にどんな影響が出るのか予想がつかないのでやめておく事にした。

 樫村と相談して決めた一番最初に狙う品物は、人が生きていく上で不可欠な塩にした。


 王都ゴルドレーンは海からは離れた場所にあるし、ざっと見ただけだが近くに岩塩を産出する場所も無さそうなので、塩は他から運んで来ているはずだ。

 遠方から運んで来ていれば、新たに取り寄せるのにも時間が掛かるし、生活に無くてはならない品物だけにアルマルディーヌが受けるダメージも大きいと考えたのだ。


 忍び込んだ食糧庫の規模は、サンドロワーヌ城のものとは較べものにならない規模で、まるで物流倉庫のようだ。

 王族、使用人、末端の兵士に至るまで、全員分の食事を配給するとなれば、このくらいの規模が必要になるのだろう。


「塩、塩、塩はどこだ? あった、これか」


 麻袋に詰められて積み上げられている塩からは、磯っぽい匂いがする。

 日本で売られている粗塩よりも遥かに粒の大きな塩は、やはり海辺で作られ王都まで運ばれて来るようだ。


 地図で見た限りだが、王都から海までは陸路の他に川を遡って来る方法があるが、それでも明日発注を掛けても届くまでには数日を要するだろう。

 まぁ、街の中にも塩を扱う商人はいるだろうから、城の人間が塩不足で体調を崩すような事は期待できないだろう。


 積み上げられている麻袋の山は、一袋も残さずアイテムボックスへ放り込む。

 今回は、ケルゾーク襲撃の報復措置として盗みに入っているので、すぐに発覚するように特定の品物を徹底的に奪っていく。


 塩の近くには砂糖も置かれていたので、こちらもごっそり奪っていく。

 サンカラーンの里では、砂糖はまだ貴重品だから良い土産になりそうだ。


 砂糖の次に狙いを定めた物は油だ。

 俺がサンドロワーヌ城から持ち出して来た資料によれば、ハボルと呼ばれる植物の種から油を採っているらしいが、まだまだ貴重品らしい。


 確かに、所狭しと並べられている酒樽と較べると、半分ほどの大きさの樽が申し訳程度に詰まれているだけだ。

 勿論、一樽も残さずにアイテムボックスに放り込んだ。


 油の樽の近くには、スパイスと思われる物の樽も置かれていたので、それも全部いただいていく。

 干した貝とか茸も大切そうに保管されているので、たぶん高級品だろうし美味そうなのでいただいた。


 木箱に詰めてある茶葉は、何やら産地らしき名前が焼き印で押されていて、こちらも高級そうなので全部アイテムボックスに放り込んだ。

 小麦などの穀物は予想した通り膨大な量が置かれているので、場所だけ確認しておいて必要になったら持ち出そうと樫村から言われているので今回はチェックだけだ。


 食糧倉庫の中には、他の物と分けるための部屋が設けられていた。

 中には沢山のチーズが置かれてあったので、棚ごといただいた。


 更に別の部屋には、ハムやベーコン、ドライソーセージが置かれていたので、こちらも棚ごと貰って帰る。

 育ち盛りの野郎どもには、肉が必要なのだ。


「よし、食い物関係はこんなもんか……んじゃ、次だな」


 食糧庫の次に向かったのは、薬品を置いた倉庫だ。

 空間転移で移動した途端、濃密な漢方薬の匂いに包まれた。


 乾燥させた葉っぱや樹皮、イモリや蛇、昆虫などが、キチンと整理されて保管されている。

 当然俺には、何の用途に使うものかはサッパリ分からないが、片っ端からアイテムボックスに放り込んだ。


 ダンムールにも薬師はいるだろうから、全部預けて活用してもらおう。

 薬草を保管した部屋の隣には、薬を作る設備が置いてあった。


 秤や計量用の器、刻むための道具、磨り潰すための道具、何に使うか分からない道具、全部持ち出す。

 作り終えた薬を入れた棚、調合のレシピを記してあると思われる書籍、机、椅子まで部屋の中身を全部アイテムボックスに収納した。


「まだまだ余裕があるか……よし、次!」


 これまでの倉庫は見張りが一人しか居なかったが、次に向かった場所には複数の兵士が目を光らせていた。

 倉庫からほど近い場所で、建物自体は倉庫に似た作りになっていて、馬車が通り抜けられるようになっている。


 この建物は、出入りの業者が納品を行う場所のようで、奥には膨大な帳簿の棚と金庫室があった。

 建物の外には八人、建物の内部に八人、金庫室の前に二人の兵士が見張っているが、空間転移を使える俺は止められない。


 どうやらこの城では、納品された物に対して決済を現金で行っているらしく、金庫室の中には金貨、銀貨などが革の袋に入れて保管されている。

 金庫室の内部に空間転移して、革袋ごとゴッソリといただいた。


 銅貨も大きな革袋に入れて置かれているが、袋は埃を被っていた。

 大量の品物を決済する場合、当然金額も大きくなるので銅貨は殆ど使われないのだろう。


 それでも、こうして放置されているあたりは、お役所仕事なのだと感じられた。

 埃を被っていようと使えるお金なので、アイテムボックスに放り込んだ。


 大量の銅貨は場所を取るが、これはこれで使い道がある。

 アルマルディーヌ王国の貨幣は、オミネスでも使えるので、これで俺達は大きな資金を手に入れられた。


 俺達が、現代日本の知識を活用した製品を作ろうとすれば素材が必要になるし、広く販売するには元手も必要になるだろう。

 金はあっても腐らないから、こうした機会には積極的に回収を行うことにした。


 食糧庫には魚や葉物野菜などの食品が殆ど置かれていなかったので、たぶん毎日のように納品が行われているのだろう。

 次の納品が何時なのかは知らないが、金庫が空だったら間違いなく大騒ぎになるだろう。


 食糧庫から始めて相当な量の品物を盗み出したし、それに伴って城の敷地を見て回ったが獣人族の奴隷は見当たらなかった。

 使用人用と思われる寮のような建物があったが、覗いてみたが人族しか住んでいなかった。


 獣人族の奴隷は家畜扱いされているので、馬小屋の辺りも見て回ったが見当たらない。

 何かのトラブルで首輪の鍵を奪われて反乱を起こされる事を心配しているのか、それとも獣人族は汚らわしいから城には入れないつもりなのだろうか。


 盗みを全て終えたので、最後に痕跡を残す作業に取り掛かる。

 金庫室がある建物の近くに戻り、わざと物音を立てて見張りの兵士に発見させた。


「何者だ!」

「貴様、止まれ!」


 怪しい人物に向かって言う言葉は異世界でも同じのようだが、黒ずくめで顔まで隠した人物が名乗ったり、止まって待ってくれるはずがないだろう。

 見張りの兵士二人を引き連れて、わざと姿を晒して200メートルほど先の倉庫まで走り、建物の陰に隠れたところで空間転移を使って屋根に上がった。


「いない、何処に行った!」

「おい、こっちは陽動かもしれんぞ」

「くそっ、戻るぞ!」


 追いかけて来た二人の兵士は、駆けつけて来た別の兵士と合流し、少し話し込んだ後で慌てた様子で戻っていく。

 というか、追跡に使う明かりも持っていないし、姿を見失って諦めるまでが早いだろう。


 追跡の手順も決まっていないようだし、見張りには付いているが侵入者があると思っていないのかもしれない。


 王族がいるらしい建物の方でも同じやり方で姿を晒したが、こちらの兵士はしつこく探し回っていたし、応援の兵士まで呼んで辺りは騒然とした雰囲気になった。

 ただでさえ明るい建物の周囲は更に明るく照らされ、内部の廊下などにも照明が灯された


 金や物よりも優先して守る体制なのだろうが、王族に対する守りがやけに厳しく感じられる。

 王族内部の争いでもあるのか、それとも暗殺が横行する歴史でもあるのだろうか。


 そう言えば、ケルゾークの襲撃に失敗した後、ベルトナールもさっさと姿を消していた。

 戦いの場においても、兵士を使い捨てても王族の身を守るような戦術が当たり前のように行われているのかもしれない。


 盗みを終え、姿を晒す陽動を終えたらダンムールに戻るつもりだったが、予定を変更して寄り道をしていく事にした。

 一旦、城の一番高い塔の上に戻り、千里眼を使って目的地を見定める。

 向かった先は、王都の外周にあるスラムだ。


 俺を探して煌々と照明の灯された城は対照的に、明かり一つ無い闇の中に掘っ建て小屋がぎっちりと並んでいる。

 中を覗くと、サンドロワーヌで見た獣人族の奴隷が置かれていたような環境に、人族の家族が肩を寄せ合って暮らしているようだ。


 寝静まったスラム街の中を隠形のスキルを使って通り抜けていく。

 鍵など掛かっていない家の中にまで入り込み、城から奪ってきた銅貨を配っていく。


 一人当たり銅貨五枚、日本の感覚だと五百円程度だが無いよりはマシだろう。

 城から金が盗まれる、貧しい家に配られる、これでどんな反応が起こるかが楽しみだ。


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