兵馬は今日も魔法で盗んできます。 前編
ケルゾークからダンムールに戻ると、里長のハシームが俺の帰りを待ち構えていた。
「ヒョウマ、ケルゾークはどうなっている?」
「里の建物がかなり焼かれて、十数人の犠牲を出してしまった」
「アルマルディーヌの奴らはどうした?」
「ケルゾークの東側にある丘の上から攻撃していたので、地形が変わるほどの攻撃魔法を撃ち込んで皆殺しにした」
「そうか……ラフィーアから聞いたが、ベルトナールが生きていたそうだな」
「今回の襲撃も、ベルトナールが空間転移魔法を使って送り込んで来たものだ」
「やはり、ベルトナールこそがサンカラーンに災厄をもたらす存在だな」
「あぁ、ベルトナールだけは必ず息の根を止めてやる」
ベルトナールさえいなくなれば、空間転移魔法を使っての急襲作戦は行えなくなる。
国境沿いの守りや監視を行っていれば、サンカラーンの奥地にある里が襲われる事は無くなるはずだ。
今回襲撃されたケルゾークも、陸路で移動するならばサンカラーンの支配する森の中を延々移動するか、オミネスを経由して近付くしかない。
森の中を移動するなど出来る訳が無いし、サンカラーンと友好関係にあるオミネスが侵略のための移動を容認するはずもない。
ベルトナールがいなければ、ケルゾークは地理的に安全な場所だったのだ。
自分は安全な場所から命令するだけで、兵士達を使ってサンカラーンの人々を苦しめるベルトナールは許すわけにはいかない。
「ヒョウマ、アルマルディーヌの兵士はどの程度の数だったのだ?」
「正確な人数は分からないが、二百人以上はいたと思う」
「そうか、それ程の損害を出したのであれば、アルマルディーヌとてすぐに次の兵を送り込んでは来られないだろう」
「さすがに何千、何万規模の軍勢の相手は俺でも難しいと思うが、それだけの人数はベルトナールでも転移させられないはずだ。一応、サンドロワーヌの様子は時々探ってみるが、こちらの対応も考えた方が良いと思う」
今の時点では、俺達が勝手にアルマルディーヌを相手にしている状態だが、この先は他の里との連携も必要になってくるだろう。
何よりも必要だと感じるのは、離れた里との連絡手段だ。
日本ならば離れた場所でも携帯電話で連絡を取り合えるが、こちらの世界にはそのようなインフラは整っていない。
それに加えて、サンカラーンの獣人族は放出系の魔法が使えないので、テレパシーのような魔法があったとしても利用できそうもない。
現実的な手段としては、狼煙ぐらいだろうが、雨天や視界の悪い日には役に立たないだろう。
樫村に知恵を借りようと思ったが、二日酔いで全く役に立たない状態だった。
仕方がないので、樫村の復活を待ちながら奪ってきたアルマルディーヌの地図をラフィーアと一緒に眺める。
地図によれば、サンドロワーヌは王国の北東の端に位置していて、王都からは遠く離れているらしい。
「ヒョウマ。ベルトナールは、この王都に居るのか?」
「たぶん、そうだろうな。サンドロワーヌはサンカラーンを攻めるための前線基地みたいなものなのだろう」
「ヒョウマは、この王都まで行くつもりなのか?」
「うーん……いずれ行くことにはなるだろうな」
「一緒に行く……と言いたいところだが、私の姿ではヒョウマの邪魔になるだけだな」
アルマルディーヌの街中でラフィーアが奴隷の首輪も付けずに姿を晒していたら、それこそ注目の的となってしまうだろう。
その事は、ラフィーア自身分かっているのだろうが、悲しげな表情をされるのは辛い。
「アルマルディーヌの王都に行くとしても、移住する訳じゃない。俺の居場所はラフィーアのいるダンムールだ」
「ヒョウマ……」
ラフィーアは蕩けるような笑顔を浮かべ、俺の首筋に頬擦りをしてきた。
ゴロゴロというラフィーアの喉鳴りは、今では俺にとっても心地良い音になっている。
ラフィーアの温もりを感じながら、ケルゾークの里でやってきた事を思い返す。
今回、俺は沢山の里人を救ったが、百人を超えるアルマルディーヌの兵士の命を奪った。
クラスメイトを救出した時のように、首を切断された姿を見たり、殴ったり蹴ったりした感触が無いからか今一つ実感が無い。
それに、バラバラになったであろう遺体から目を背け、兵士が居た丘の様子を良く見ていない。
見てしまったら、まともな精神状態を保っていられなくなり、怪我をした住民の治療に支障をきたすと思ったからだ。
俺が命を奪ったのだから、責任を受け止めるためにも見るべきだとも思ったが、直視するだけの勇気を持てなかった。
この先、ダンムールの里の一員として生きていくならば、アルマルディーヌの対応次第だが、また人の命を奪うことになるだろう。
出来れば、民間人の命を奪うような事は避けたいと思っているが、それもどうなるか分からない。
「ヒョウマ……大丈夫か?」
「ん? あぁ大丈夫だぞ、なんでだ?」
「ヒョウマは、あまり戦いは好きではないから、無理をしていないか心配だ」
「もう覚悟は決めた。けど……いざという時は支えてくれ」
「勿論だ……ヒョウマがサンカラーンのために苦しむのであれば、私にも少しは背負わせてくれ」
ラフィーアが隣りにいてくれるなら、俺は無差別殺人鬼にならずに済みそうだ。
樫村達が二日酔いから立ち直ってきたのは、昼をとっくに過ぎた頃だった。
ケルゾークの里がアルマルディーヌに襲われて、俺が救援に駆け付けたと話すと自分の額を握り拳で叩いて悔しがった。
「くそっ、こんなに早く反撃に出るとは……僕の見込みが甘かった」
「だが、俺が持ち出してきた書類には、襲撃目標はハザーカになっていたよな」
「そうだとしても、何らかの対策を始めておくべきだった」
「その対策なんだが、例の賠償はやっぱり請求するのか?」
「何言ってんだ、するに決まってるだろう。僕達がどれだけ迷惑を被っていると思ってる」
「それはそうなんだが……」
「どうした、麻田。何か不味い事でもあるのか?」
「今回の戦闘で、俺はかなりの数の兵士を殺している。奴らからは、完全に敵として認定されたはずだ。そんな相手に、奴らは請求に応じるかな?」
ケルゾークを攻撃してきた兵士を全滅させたと話すと、樫村は腕を組んで考え込んだ。
「麻田、その姿で行ったんだよな?」
「あっ、そうか。奴らは俺が生き残っているのも、この姿になったのも気付いていないのか」
「そうだ。ベルトナールは謎の竜人に兵士を全滅させられたと思っているはずだ」
「それならば、俺がみんなの代わりに要求を届けるという形にすれば良いのか」
「いや、ちょっと待ってくれ……」
樫村は軽く右手を挙げて俺を制すると、もう一度考え込み始めた。
小さく口元が動いているのは、たぶん頭の中でアルマルディーヌとの交渉のシミュレーションを繰り返しているのだろう。
「麻田、やっぱり賠償を求めるのは止めよう」
「えっ、どうしてだ?」
「サンカラーンと共闘するなら賠償に応じない。共闘を止めるなら賠償に応じると言われたらどうする? アルマルディーヌに加担してサンカラーンを攻めるのか?」
「そんな事、出来る訳ないだろう」
「当然だ。なんでアルマルディーヌに協力しなきゃいけない。それに、賠償金に相当する物は、黙っていただいてくれば良いだけだ」
樫村はニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「樫村……お主も悪よのぉ」
「ふふっ、それに自主的に用意するのと、突然奪われるのでは与えるダメージが違う。例えば、突然城の小麦が消えれば、代わりの小麦が必要になる。その時に、庶民が納得する方法と価格で仕入れれば不満は溜まらないが、買い叩いたり、強制的に徴収したら……」
「国民の不満が蓄積して、上手くすれば革命が起きる?」
「まぁ、そこまで思い通りにはならないだろうが、痛手を与えられるだろうな」
「それならば、ベルトナールが追加で集めた食料をいただいて来るか?」
「いや、サンカラーンは複数の里を攻撃されているんだ、こっちもサンドロワーヌ以外の街も攻めよう。それも、出来るだけ早く」
「どこの街を攻める?」
「それは勿論……」
樫村が地図上で指差したのは、アルマルディーヌの王都ゴルドレーンだった。
「いきなり王都を狙うのか?」
「王都までは行けないのか?」
「いや、ベルトナールの奴もサンドロワーヌには常駐していないから、たぶん王都と行き来をしているはずだ。奴に出来るなら、俺も王都まで行けると思う」
「ならば決まりだ。敵の本拠地に楔を打ち込んでやろう」
日本にいた頃の樫村ならば、もっと堅実な策を選んでいたと思うし、こちらの世界に召喚されて身体が丈夫になった事が考え方に影響を及ぼしているように感じる。
「でも、どうして周辺の街じゃなくて、いきなり王都を狙うんだ?」
「他の街を襲撃しても、ベルトナールが知るまでに時間が掛かる可能性が高いからだ」
「そうか、連絡手段か。そうだ、それを相談しようと思っていたんだ」
ケルゾークが襲撃された時、襲撃場所を特定するのに時間が掛かってしまった事や、将来他の里が襲われた時に、助けを求める知らせが迅速に届くようにする方法が作れないか考えていると樫村に話した。
「そうだな。確かに連絡する手段があった方が良いが、すぐには難しいだろうな」
サンカラーンの里が襲撃された時に、素早く駆け付けられるように連絡手段を確保したいのだが、樫村もパっとは思い付かないようだ。
とりあえず、連絡方法を考えるのは後回しにして、次の襲撃の話を進めた。
「王都ゴルドレーンとサンドロワーヌ以外の街を襲った場合だと、ベルトナールの耳に入るには時間が掛かる。次の襲撃は今回の襲撃の報復だと思い知らせるためにも、王都を狙ったほうが効果が高いだろう」
「逆に、ベルトナールが知らない所で事態が悪化しているって形では駄目なのか?」
「それはそれで効果があると思うが、今はベルトナールを追い詰めた方が良いと思う。サンカラーンを襲撃すれば、何倍にもなって報復されると思い知らせてやれば身動きが取れなくなるんじゃないか」
「よし、それじゃあ今夜にでも盗みに入るか」
「行けるのか?」
「体力的には問題無い。ベルトナールの鼻を明かしてやるよ」
「それなら、これまでのサンカラーンの恨みを晴らすぐらいのつもりで徹底的にやってやれ」
王都の城の倉庫には、サンドロワーヌの比ではない量の物資があるはずだ。
それを盗まれたと気付くほどに持ち出すのだから、アイテムボックスの余分な品物はダンムールに置いていく。
「樫村、王都に獣人の奴隷がいたら救出した方が良いのか?」
「それは状況次第だな、受け入れ態勢が整わないうちに大勢の獣人族を連れて来たら、ダンムールが混乱するだろう」
「でも、王都の物資を奪ったら、獣人族の奴隷に対する風当たりが強くなるんじゃないか? サンドロワーヌの暴動のような事態になれば、大勢の命が奪われるかもしれない」
「そうだな、それならば獣人族の奪還を先にするか。食糧の備蓄は十分だものな」
「だとしたら、ハシームに受け入れの準備をしてもらった方が良いか?」
「うーん……まだ奴隷の居場所すら分かっていないから、そうなるかもしれない……ぐらいで話しておいた方が良いだろう」
「そうか……何だか計画が行き当たりばったりだな」
「王都の情報が何もないから仕方ないが、少々不安だな。麻田、無理だけはするなよ」
「分かってる」
この後も、樫村と一緒に王都襲撃について打ち合わせを行い、決行は夜が更けてからにした。