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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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兵馬1人で変わる異世界勢力図 後編

今回はベルトナール側の話です

 出撃に先立つ訓示のために台上から整列した兵士を見下ろした時、ベルトナールは勝利を疑わなかった。

 サンドロワーヌ城を好き放題に荒らされて食料すら奪われたが、その事実を知っても兵士達の表情に動揺は見られない。


 ベルトナールの指揮の下に作戦を行えば必ずや勝利を手に出来ると信じ、僅かばかりの疑問を抱く者すら見当たらない。

 ベルトナールへの絶大なる信頼こそが、兵士達の心の拠り所でもあるのだ。


 作戦に参加する兵士全員を集めての訓示に先立ち、ベルトナールは隊長八人を執務室に呼び出している。

 その場においてベルトナールは、総勢四百名、八つの隊からなる兵士達を二つのグループに分け、片方の指揮をカルドシュ、もう一方の指揮をイヴェールに命じた。


 昨夜の攻撃目標を決める軍議において、対立しあった二人だからこそ、あえてリーダーに命じたのだ。


「今更言うまでも無いだろうが、自らの功を焦り相手の足を引っ張るような無様な真似をするな。それよりも相手を助け、自らを活かす動きを考えよ」

「はっ!」

「攻撃は間断なく魔法攻撃を加えられるように双方がタイミングを合わせよ。火属性と風属性の相乗効果を使い、威力の高い攻撃を心掛けよ。そして、獣人共の備蓄を奪えるように

水属性魔法で倉庫の焼失を防げ」

「はっ、了解いたしました」


 これから転移する先の小高い丘の上からは、ケルゾークの里の様子が手に取るように一望出来る。

 そして、どの建物に食料の備蓄があるのか、ベルトナールが千里眼で調べ上げてある。


 他の建物は燃やし尽くしても、食糧庫だけは残しておくようにベルトナールは念を押した。

 今回の作戦では、奴隷の確保よりも食糧の確保に重きを置いている。


 空間転移魔法で兵士を送り込んだ後、ベルトナールは千里眼を使って戦況を観測する。

 ベルトナールは戦闘終了後、あらかじめ取り決めたサインに基づいて、撤収作業を行う予定だ。


「アルマルディーヌ王国の勇敢なる兵士達よ、サンカラーンの獣人共は我々の武力に恐れをなし、盗賊まがいの姑息な手段に頼り始めた。だが、それがどれほど愚かな行為であるのか、奴らは身をもって知ることとなるだろう。時は来た! 今こそ我々の本当の恐ろしさを奴らの骨の髄にまで叩きこんでやるのだ! 奴らはアルマルディーヌ王国の下僕として使われるために生まれて来たのだと教えてやれ!」

「おおぉぉぉぉぉ!」

「全員、転移のための密集隊形をとれ!」


 ベルトナールの号令と共に、四百人の兵士は互いの肩と肩が密着するように間隔を詰める。


「出撃!」


 ベルトナールが空間転移魔法を発動すると、四百人の兵士の姿は一瞬にして掻き消え、次の瞬間には遠く離れたケルゾークの東にある丘陵地へと移動した。

 瞬間的な周囲の景色の変化に戸惑う兵士も中にはいたが、間髪を置かずに作戦が始められる。


「全員散開! 総員の到着を確かめ、攻撃目標を確認せよ!」

「一番隊、総員の到着を確認!」

「二番隊、よし!」

「三番隊、配置に付きました!」


 八番隊までの確認を終えるまで、三分と時間は掛からなかった。


「これより作戦を開始する、一班詠唱はじめ!」

「二班も攻撃に備えて詠唱を始めよ!」

「一班……撃て!」


 カルドシュが号令を下すと、二百人の兵士が五人一組で練り上げた集団魔法を発動させる。

 同じ火属性、風属性の者が集まり、四人が魔力を注ぎ込み、一人が魔力をコントロールして目標に向けて撃ち出す。


 一人では到底作り上げられない巨大な火の玉や、風の槍がケルゾークの里へと降り注いだ。

 風と火は、相乗効果をもたらして、木造建築の建物を炎で包んでいく。


「二班、目標を確認……撃て!」


 残りの二百人から撃ち出されたのは、風と水の集団魔法だった。

 巨大な水の玉は、ある建物の上で弾けて豪雨のごとく降り注ぐ。


 風の槍は、びしょ濡れになった建物の周囲に建つ家を薙ぎ払った。

 食料を備蓄している蔵が延焼しないための措置だ。


 一班が燃やし、二班が守る……作戦は計画通りに進んでいるように見えていた。


「一班……撃て!」


 一班の兵士達が放った三度目の攻撃も、狙いを過たずケルゾークの里に着弾するように見えた直後、突然火の玉も風の槍も突風に煽られたかのように霧散してしまった。


「なんだ! なにが起こった!」

「何かいるぞ!」

「二班、攻撃準備……」


 丘陵地に居並ぶ兵士達も、攻撃の号令を口にしかけたイヴェールも、突如空中に姿を現した禍々しい風の槍に言葉を失っていた。

 五人組の集団魔法よりも何倍も大きく、ゴウゴウと唸りを上げる風の槍は、容赦なく兵士達のいる丘陵地へと降り注いだ。


「うぎゃぁぁぁ……」


 断末魔の絶叫でさえも、渦巻く風の音に掻き消され、槍の直撃を食らった兵士は血と肉の飛沫へと姿を変えた。

 更に風の槍は足元の岩盤を粉々に砕いて周囲に撒き散らし、兵士の身体をズタズタに斬り裂いていった。


 昨晩の襲撃場所選定の話し合いでは、鋭く意見と戦わせていたカルドシュとイヴェールも、有用な命令を下す暇も無く、原型を留めない程に風の槍によって蹂躙された。


「な、なんだ、あの生き物は……」


 四百人の兵士が、ほんの数秒で壊滅していく様子をベルトナールはサンドロワーヌから見詰めているしか出来なかった。

 対立していた二人の部下の手綱を巧みに操り、良い意味で競い合わせるように仕向けた己の手腕を、ベルトナールはつい今しがたまで自画自賛していたのだ。


 攻撃は苛烈にして的確に行われ、獣人共は反撃の糸口さえ見つけられずに右往左往するばかりだった。

 それが、忽然と現れた一人の男によって、遊技台をひっくり返されるように戦況を一変させられてしまった。


 王都から連れて来た四百人の兵士は、決して惰弱な者ではない。

 今や王国の軍備をほぼ手中に収めているベルトナールが率いるために連れて来たのだから、選りすぐりの兵と言って良い。


 それが、何の抵抗も出来ずに一方的に蹂躙されるなど、どうして想像出来ようか。

 突然姿を現し、獣人族に味方して、王国に牙を剥いたとなれば、宿舎ごと異世界から連れて来た奴隷が消えた件も、城の食料、備品、書類が奪われた事も、全てこの者の手によるものだと考えるべきだ。


「ベルトナール様……ベルトナール様! どちらに参られます!」


 城の留守を任せているタルビオスに呼び掛けられて、ベルトナールは自分が訓練場から離れようとしていたのに気付いた。

 足が無意識のうちに、王都への転移に使っている部屋へと身体を運んでいたのだ。


「王都へ戻る」

「襲撃作戦は……」

「失敗だ」

「えっ……」

「私の命があるまで、守りを固めていろ」

「べ、ベルトナール様……」


 まだ何か言い掛けるタルビオスを振り切るように、ベルトナールは転移の間に入ると、四人の護衛共々王都へと転移した。

 虚勢を張り続けていたが、背中は冷たい汗でグッショリと濡れている。


 ベルトナールをここまで突き動かしていたのは、根源的な恐怖だ。

 赤い鱗に包まれた異形の男、初めて目にした姿だが、噂に聞く蜥蜴獣人では無いはずだ。


「ローレンツを呼べ!」


 王都での己の右腕を待つ間、ベルトナールはソファーに腰を下ろして頭を抱えた。

 ベルトナールと違い、ケルゾークで何が起こったのか知る由も無い四人の護衛騎士は、口にこそ出さないが困惑の表情を隠せずにいる。


 護衛の騎士達にも、今日の作戦の内容は知らされている。

 ベルトナールの空間転移魔法を使った作戦であるならば、終了後の撤収には当然ベルトナールの魔法が必要になる。


 にも関わらずベルトナールが王都に戻るという事は、撤収してくる兵士が存在していない事を意味している。

 常勝の象徴であるベルトナールが指揮し、四百人もの兵士を投入し、一人の帰還も叶わないなどという状況があり得るのか、騎士達は無言で視線を交わし合っていた。


「お帰りなさいませ、ベルトナール様」

「竜人が現われた」

「はっ? 今、何と……」

「竜人だ。赤い鱗に包まれた身体にサンカラーンの衣装をまとっていた」

「失礼ながら、南方にいる蜥蜴獣人では……」

「突然姿を現し、強力な風属性の攻撃で作戦に参加した四百人の兵士を瞬く間に皆殺しにしたのだぞ。蜥蜴獣人に、そのような芸当が出来ると言うのか」


 ベルトナールの言葉を聞いて、ローレンツも四人の護衛騎士も目を見開いて絶句した。


「まさか、赤竜が姿を変えた者では……」

「分からぬ。分からぬが、そうだとしたら、何のために姿を現したのだ?」


 この世界は、五頭の竜によって支配されていると言われている。

 五つの大陸に、それぞれ一頭の竜が暮らし、天候、気候、生き物の盛衰まで全てを支配しコントロールしているというのが、アルマルディーヌ王国に古くから伝わる言い伝えだ。


 実際、サンカラーンの獣人が支配する森の更に東には赤竜が暮らしていて、時折はるか上空を飛ぶ姿が目撃されているし、過去にはアルマルディーヌの地に降り立ったこともある。

 赤竜にしてみれば、他の生き物との無駄な争いを避けて、己の縄張りで気ままに暮らし、気まぐれに人の暮らす土地に降りてみただけなのだが、アルマルディーヌの人族にとっては超自然的な脅威の来襲と映ったのだろう。


 その赤竜が、竜人の姿で獣人族に味方したのならば、アルマルディーヌ王国の侵略行為を快く思っていない事になるが、ローレンツも護衛の騎士達も、その推論をベルトナールに向かって話すだけの勇気は持ち合わせていない。

 重たい沈黙がベルトナールの執務室を支配し続けていた。


「い、いかがいたしますか? ベルトナール様」

「分からぬ。分からぬが、これまでの手法が使えなくなったという事だけは確かだ」


 王都へと戻り、ローレンツに竜人の存在を伝えたからか、ベルトナールは少しだけ冷静さを取り戻した。


「竜人は、空間転移の魔法を使い、千里眼かそれに類する探知能力を備えている。たった一人で兵士五人が発動する集団魔法よりも強力な攻撃魔法を立て続けに発動することが出来る」


 ベルトナールが自分の考えをまとめるために口にした言葉を聞いて、ローレンツ達は顔を蒼褪めさせた。

 ベルトナールの言葉を疑う訳ではないが、その内容は信じがたいものだ。


「ベルトナール様、そのような相手に我々は勝利出来るのでしょうか?」

「敗北すればどうなるか考えてみよ。アルマルディーヌの民を獣人共が支配するなど許されると思うのか?」

「と、とんでもございません」

「ならば、勝利するより道は無い」


 ベルトナールはキッパリと断言したが、勝利するためのビジョンをローレンツは思い描けなかった。


「強大な敵はあるが、相手は一人きりで、奴が守るべきサンカラーンの森は広大だ。それこそが奴の弱点であり、我々の強みでもある。その為には、自由自在に兵を動かせる我の存在が不可欠だ」


 弱点や強みという言葉によって、ベルトナールの表情に自信が戻ってくる。


「そなたらは、一命を賭して我が身を守れ。この身が滅べば国が滅ぶ、そう心得よ!」

「はっ!」

「今回は竜人の存在を把握出来ていなかったために一時的な敗北を喫したにすぎぬ。見ておれ、この屈辱は何倍にもして返してくれる」


 すっかり立ち直ったベルトナールを見て、ローレンツ達も胸を撫で下ろした。

 ベルトナールが口にした弱味と強みは、そっくりそのままアルマルディーヌ王国にも当てはまる事には誰一人気付かない……いや、気付いていても口には出せなかった。


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