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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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兵馬1人で変わる異世界勢力図 前編

 ダンムールの里総出の宴は深夜まで続き、どうやら俺は会場で眠り込んでいたらしい。


「いてて……やめろサンク、俺は食べ物じゃ……って、ラフィーアかよ」


 左肩に痛みを感じて目を覚ますと、ラフィーアに甘噛みされていた。

 甘噛みというには少々度が過ぎているような気もしないではないが、体の大きさを考えれば甘噛みなのだろう。


 てか、普通の人族だったら血が出てるレベルだと思う。

 樫村は獅子獣人の女性に憧れているらしいが、もし付き合うことになったとして大丈夫なのだろうか。


 人間でも噛み癖がある人がいるそうだが、噛み癖のある獅子獣人の女性だったりしたら、それこそ恋愛するのも命懸けになりそうだ。

 その点、俺の場合は人化を解いて竜人の姿でいれば、ラフィーアに本気で噛まれても大丈夫だろうから心配は要らない。


「きゅーん、きゅーん……」

「んー……シスはミルクが欲しいのか、じゃあ起きるか……って、ひでぇ有様だな」


 身体を起こして周りを見回すと、そこらじゅうに里人やクラスメイトが寝込んでいて死屍累々といった状態だ。

 里長の館の使用人さんなのだろうか、俺を含めたみんなに毛布が掛けてあった。


「ヒョウマ、もう食べられないぞ……」

「だから、俺は食い物じゃねぇって」

「んぁ……ヒョウマ?」

「おはよう、ラフィーア。起きるか? まだ寝ていても大丈夫そうだぞ」

「あぁ、あのまま寝込んでしまったのか」

「俺も、さっき起きたところだ。誰かさんに齧られて目が覚めた」


 今まで寝ぼけていた目がパチっと開き、ラフィーアは勢いよく跳ね起きた。


「私か? どこかに怪我でも……」

「大丈夫だ。この姿でも普通の人族よりは頑丈だからな」

「そうか、すまない……」

「気にするな。この程度は覚悟してる……けど、次はもう少し色気のある起こし方にしてくれると有難い」

「良いのか、ヒョウマ。獅子獣人の女は情熱的だぞ」

「うっ、お手柔らかに頼む」

「善処しよう」


 抱き付いて頬擦りしてくるラフィーアを受け止めていると、今度はシスに噛み付かれた。


「はいはい、ミルクだよな。悪かったよ」

「ヒョウマ。サンクがいないぞ」

「あー……たぶん、一人で戻って先にミルクを飲んでるんだろう」

「シスは一緒に行かなかったのか?」

「俺が一緒じゃないと、心細いんだろう」


 ラフィーアと話している間も、シスは俺のシャツを咥えてグイグイと引っ張っている。

 そんなに腹を空かせているなら一人で戻れば良いのに、典型的な内弁慶の甘ったれなのだ。


 何か朝食を持っていくというラフィーアと別れて、シスと一緒に小屋に戻ると、案の定サンクは先にミルクにありついていた。

 シスもミルクを飲む間に、人化を解いて竜人の姿に戻り、着替えを済ませた。


 アン達にアイテムボックスに放り込んでおいたオークを与え、俺もラフィーアが持ってきた朝食にありつく。

 スープとサンドイッチという簡単なものだが、挟んであるハムの厚みが普通じゃない。


 まぁ、今は竜人の姿なので全く問題無いが、クラスメイト達が同じものを食べようとするとナイフとフォークが必要だろう。


「それにしても、昨夜の宴は盛り上がったな」

「食べ物も酒もたっぷりあったし、ヒョウマがアルマルディーヌから奪ってきた物だと聞けば盛り上がるのも当然だろう」

「それもそうか。だとすると、食い物が無くなったアルマルディーヌの連中はどうしてるかな?」

「さぁ、王国の連中のやり方は分からんが、民から借り上げているのではないか?」

「まぁ、そうなるだろうな。どれ、ちょっと覗いてみるか……」


 朝食を食べ終えたところで、アルマルディーヌの様子を千里眼を使って眺めてみた。

 もう暴動はすっかり収まっているはずだが、相変わらず城の前は厳重な警備が行われていた。


 樫村達が収容されていた宿舎の跡地は、開け放たれていた門こそ閉じているものの、詰所は俺が暴れた時のままで放置されている。

 城の内部へと目を転じると、食料庫には大量とは言えないが小麦、塩、干し肉などの袋が積み上げられていた。


 そして、積み上げられた袋の近くには、武装した兵士が目を光らせている。

 倉庫の外でなく内部で見張っているのは、絶対に奪われたくない思いの表れだろう。


「多くはないが、小麦とかはあるな」

「量は?」

「俺が奪ってきた十分の一も無いんじゃないか」

「急場をしのぐように掻き集めたのだろう」

「だが、小麦の他は塩と干し肉だけみたいだ」

「ふふっ、仕入れたばかりであろう野菜や果物から保存食まで全部盗み出して来るとは、本当にヒョウマは悪い男だ」

「そいつを使って宴会を楽しんだんだ、里のみんなも共犯だぞ」

「違いない……」


 ラフィーアと一緒に声を上げて笑っていたのだが、サンドロワーヌ城の訓練場の様子を見て思わず息を飲んだ。

 居並ぶ多数の兵士を前にして、何やら演説を行っているベルトナールの姿があった。


「野郎、生きていやがったか……」

「なんだと、ヒョウマ。ベルトナールがいるのか?」

「あぁ、それに訓練場に武装を固めた兵士が整列している。ヤバい、消えた!」


 肩と肩がぶつかるぐらい密集して整列した兵士が、忽然と姿を消した。

 言うまでもなくベルトナールの空間転移魔法によってどこかへ送られたのだ。


「ヒョウマ、それはアルマルディーヌの襲撃だ」

「くそっ、どこだ、どこに送り込んだ!」


 千里眼を転じて、ダンムールの東に広がっているサンカラーンが支配する森を見渡すが、アルマルディーヌの兵士を見つけられない。

 数百人規模に見えたが、広大な森の中から見つけ出すのは至難の業だ。


「ヒョウマ、まだ見つからないのか?」

「今やってるが……広すぎる」

「ヒョウマ、奴らは火の攻撃魔術を使ってくる。火の手が上がっている場所を探してくれ」

「分かった!」


 ラフィーアのアドバイスも参考にして、火の手が上がっている場所や土煙が上がっている所は無いかと目を皿にして見回すが、なかなか見つからない。


「くそっ、どこだ、どこにいる!」

「ヒョウマ、南側は?」

「南? いた! ここは……ケルゾークだ!」


 アルマルディーヌに攻撃されていたのは、オミネスに行く途中に立ち寄ったケルゾークの里だった。

 里の東側にある小高い丘の上から、アルマルディーヌの兵士達が攻撃魔法を撃ち込んでいる。


 既に里の建物のいくつかから火の手が上がり始めているし、怪我をして蹲っている里人の姿もあった。


「ラフィーア、離れてくれ。助けに行って来る」

「ヒョウマ、頼む!」

「任せろ!」


 ラフィーアが離れたのを確認し、一気にケルゾークの里へと空間転移する。

 千里眼を切った途端、目の前に巨大な火の玉が迫っていた。


「うらぁぁぁ!」


 魔法阻害をまとわせた右の拳を叩き付けると、巨大な火の玉が消し飛んだだけでなく、後ろから迫っていた風の刃や水の槍までが霧散した。


「やってくれたな、アルマルディーヌ! 倍にして返してやるぜ!」

「ヒョウマだ、ダンムールのヒョウマだ!」

「アルマルディーヌの魔法を消し飛ばしたぞ!」


 悲鳴が渦巻いていたケルゾークの里に歓声が上がった。

 ラフィーアやルベチと共に訪れた時、俺を暖かく迎えたくれたケルゾークの人々をこれ以上傷付けさせやしない。


「ストームジャベリン!」


 以前アン達を襲っていた魔蜥蜴を吹き飛ばした、レベル8の風属性魔法を連発する。

 一発、二発、三発……着弾と同時に濛々と土煙が上がり、絶叫を上げるアルマルディーヌの兵士達の姿は見えなくなったが手は緩めない。


 五発、六発、七発……キリが良い十発目を撃ち込んだところで攻撃を止めた。

 北西からの風によって土煙が流されていくと、アルマルディーヌの兵士がいた丘は大きく抉れて姿を消していた。


 たぶん全ての兵士が命を落したのだろうが、遠距離からの魔法による攻撃だったからか、先日ほどの罪悪感もない。


「すげぇ! アルマルディーヌの野郎ども影も形も残ってねぇ!」

「勝った! アルマルディーヌに勝ったぞ!」


 攻撃を続けている間、静まり返っていたケルゾークの里は大歓声に包まれたが、俺は喜びに水を差すように声を張り上げた。


「喜ぶのは後だ! 怪我人を集めてくれ、救助が先だ!」


 里人達が救助に走る間に、水属性の魔法で燃え上がった建物の消火を行う。

 続いて、ゆるパクのステータスを開いて治療に使えそうなスキルを探した。


 集めてくれと言ってからスキルを探すなど、泥縄も良いところだとは自分でも思う。

 俺自身は赤竜からパクった自動再生スキルがあるので、これまで治療を意識してこなかったのだが、幸いな事に治癒、再生、回復のスキルはいずれもレベル9になっていた。


「よし、これなら助けられる」


 なんて喜んだのは、その時だけだった。

 確かに命がある者ならば、千切れた腕を再生し、内臓がこぼれ出る傷さえ塞ぐ事が出来た。


 ただし、それは命がある者ならばだ。

 頭を割られ脳まで損傷してしまった女性、焼け焦げて性別さえ分からない子供、首筋から大量の出血をしてしまった老人などは手の施しようが無かった。


「ちくしょう! なんでこんなに小さな子供や女性が犠牲にならなきゃいけない。ケルゾークの人達が何をしたって言うんだ!」


 多くの人の命を救えたが、救えなかった小さな命を目の前にして、自分が置き去りにされた時の怒りや絶望感が蘇ってきた。

 堪えきれずに涙が頬を伝って落ちる。


 拳を握って地面を叩いた俺に、ケルゾークの里長が声を掛けてきた。


「ありがとう、ヒョウマ殿。里の者を救い、里の者のために涙してくれたことに心より感謝します」

「里長……すみません、俺がもう少し早く来られていれば」

「とんでもない、ヒョウマ殿が来てくれていなかったら、もっと多くの者が命を落とし、敗北の屈辱を味わわされ、そして連れ去られていた事でしょう。その上、仇まで討ってくれたのですから、感謝しかありませんよ」

「そうだよ、里長の言う通りだ」

「里を救ってくれて、ありがとう」


 里長だけでなく、集まった里の人々からも感謝されたが、心は晴れなかった。


「だが、ヒョウマ殿。どうしてケルゾークが襲われていると気付いたのです?」

「実は、千里眼を使ってダンムールからサンドロワーヌの様子を探っていました。すると、武装した兵士の前でベルトナールが演説をしていて、その直後に兵士達が姿を消したのです」


 兵士が消えた直後から千里眼を使い、サンドロワーヌ中を探したのだが発見するのに少し手間取ってしまったと話すと、里長たちは理解してくれた。


「そうだ、ベルトナール……」


 里長と話をして思い出して、千里眼のスキルを発動してサンドロワーヌへ視線を向けたが、訓練場にベルトナールの姿は無かった。

 それどころか城の中を見て回っても、どこにもベルトナールの姿はなかった。


「あの野郎、逃げやがったのか……」

「どうされた、ヒョウマ殿」

「サンドロワーヌからベルトナールの姿が消えました」

「うむ、奴も千里眼を使うと聞いています。ヒョウマ殿の反撃を目にして、恐れをなして逃げ出したのでしょう」

「ベルトナールの命さえ無きものにすれば、サンカラーンが脅かされる危険は大きく減るのに……」

「なんと、ヒョウマ殿はベルトナールを殺そうとしているのか?」

「はい、それが一番手っ取り早いと思いまして」

「確かに、それが実現出来れば、アルマルディーヌとの力関係は大きく変わる。ヒョウマ殿、サンカラーンのために……頼みます」

「はい、一日でも早く成し遂げられるように、動くつもりです」


 ケルゾークの里には、見舞いとしてサンドロワーヌから持ち出してきた食料と酒の一部を置いていくことにした。

 ダンムールに戻ってハシームに一連の出来事を報告し、今後について樫村も交えて相談する積もりだが、二人とも昨夜の酒が抜けているのか、ちゃんと使い物になるか大いに不安だ。


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