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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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人族の国の空間魔法使い

 小麦粉、塩、干し肉……ベルトナールが王都から取り寄せた食料は、これだけだった。

 最低限の食糧は、切り詰めても三日分しかない。


 普通の軍隊であれば、作戦行動を起こすのには心許ない分量だ。

 いや、食料がこれだけしか無い状態で、戦を仕掛けるなど自殺行為だろう。


 だが、そんな食糧事情を知らされた上で、予定通り明日からの出撃を告げられた八人の隊長達は、誰一人としてベルトナールを諫めなかった。

 王都から追加で招集された者達であっても、ベルトナールへの信頼は変わらない。


 実際、三日分しか無いが、数時間前まで食料はゼロだった。

 例え三日後に食料が底を尽いたとしても、ベルトナールであれば補充は容易いと考えているのだ。


 だがベルトナールは、そんな隊長たちの思惑を見透かしたように言葉を繋いだ。


「私からの食料の補充は無いと思え」

「えっ……?」


 普段、ベルトナールの言葉に疑問を差し挟むなど考えもしない隊長達だが、この時ばかりは数名が思わず声を洩らしたほどだ。


「この度の食糧不足は、サンカラーンに組する者の手による仕業であるのは明白だ。ならば、食料はどこから手に入れるべきだ?」

「なるほど……奴隷を手に入れる、食料も手に入れるのですね」

「その通りだ、だが我々の攻撃計画が漏洩している恐れがある。明日の攻撃目標はハザーカから別の場所へと設定し直す必要がある。これより、新たな攻撃目標の選定に入る」

「はっ!」


 八人の隊長達は、ベルトナールの指示を聞いて背筋を伸ばした。

 これまで攻撃目標の選定は、全てベルトナールが行って来た。


 攻撃に参加する場合、攻撃目標はベルトナールから告げられ、転移先から目標への方向、距離、地形などが図によって示された。

 兵士は、ベルトナールからの命令の通りに戦い、勝利を収め、撤収するというのが常だ。


 それが今回、急な目標変更とは言え、その選定にまで関わると知れば、責任を感じるのも当然であろう。

 同時に、隊長の中にはベルトナールからの信頼を感じる者もいた。

 それだけ、自分たちを頼りにしてくれているのだと思ったのだ。


 一方で、不安を感じている者もいた。

 これまで全ての決定を行ってきたベルトナールが、自分達に頼らざるを得ない状況に追い込まれているように感じたのだ。

 そうした不安は兵士の表情に現れ、ベルトナールはそれを鋭く感じ取った。


「今回、目標の選定にそなた達を参加させた事について疑問に思うかもしれないが、これまでの私の指示はあまりにも一方的過ぎて柔軟性を欠いていた。この先、サンカラーン側の抵抗も変わってくると予想される中で、前線に出る者達が自ら考え、臨機応変に動く必要が出てくるだろう。これは、その時への備えの第一歩と思え」

「はっ!」


 ベルトナールは、自分は他者の顔色を読むのが上手いと思っている。

 他者を自分の意のままに動かすには、相手の胸の内を読み、的確な言葉で誘導する必要があると、幼少の頃から教え込まれてきたからだ。


 実際、一部の者が不安を感じていると悟り、必要と思われる説明を行った。

 これによって一部の者の不安は解消されたが、別の者が課せられた責任の重さに不安を感じているように見える。


 表情にこそ出さないが、ベルトナールは内心で自主性の乏しい部下に苛立ちを感じていた。

 自分の思うままに動く者を望みつつ、自主性に乏しい者に苛立ちを感じるなど贅沢な話だ。


 そんな中で、八人の隊長の中で最も若いカルドシュが右手を挙げた。


「ベルトナール様、私はケルゾークの里を襲うべきだと考えます」

「ほう、理由を話してみよ」

「はっ、今回の襲撃の手口からして、獣人族のみで行われたと考えるのは無理がございます。オミネスの者達が何らかの役割を果たしているのは明白です。オミネスに最も近いケルゾークの里に襲撃を掛ければ、次は貴様らだという警告をオミネスに与えることにもなります。そして、オミネスから最も近い里だけに、食料などの備蓄もサンカラーンの他の里に較べれば潤沢だと考えます」


 ベルトナールから見たカルドシュは、少々自分の才能を鼻に掛けているようにも映るが、提案された意見には概ね同意であった。

 オミネスの暗躍まで考えている辺りは、評価に値するとさえ思っている。


「他に意見は無いか?」

「はい、私はダンムールの里を襲撃すべきだと考えます」


 カルドシュに対抗するように手を挙げたのは、八人の中では中堅のイヴェールだ。


「イヴェール、理由を述べよ」

「はっ、ベルトナール様も御存じの通り、ダンムールは水晶を産出するサンカラーンの象徴とも言える里です。最も東に位置し、これまでアルマルディーヌ王国が攻め込んだ歴史もございません。その里に攻め込む事で、もはや例外など存在しない、サンカラーンの産業の中心にもアルマルディーヌ王国の手は届くのだと思い知らせるのです」

「なるほどな……」


 ベルトナールから見たイヴェールは、どちらかと言えば保守的な男で、王国の権威を重視しているように映る。


「他に意見は無いか? では、ケルゾークとダンムールのどちらを攻めるか検討せよ」


 ベルトナールの一言で、八人の隊長は意見を交わし始めたが、カルドシュ以外の隊長はダンムール攻めを主張した。


「この機会に水晶を押さえて、サンカラーンの息の根を止めるべきだ」

「ダンムールに攻め込むのは良いとして、継続的な拠点を築くことは地理的に不可能に近い。ベルトナール様に大きな負担を強いることとなります」

「ケルゾークを攻撃すれば、オミネスの民まで巻き込む事になるのではないのか?」

「サンカラーンの里には人族が立ち入る事はありません。例えオミネスの民であっても獣人族が何人死のうと関係ありません。何なら、その場で処刑して口を封じてしまえば良い」

「サンカラーンの中でも象徴的な里を叩いてこそ王国の権威を示せるのではないのか」

「ダンムールはサンカラーンでも奥まった場所にあるので、オミネスの商人が訪れるタイミングによって穀物などの備蓄が少ないことも考えられます。その点、オミネスとの往来が頻繁なケルゾークならば心配はございません」


 ベルトナールは、七人の隊長を向こうに回しても傲岸とも思える口調で自分の意見を貫こうとするカルドシュを好ましいと感じていた。

 このまま自分の意の通りに動くならば引き立て、意に反して動くならば失脚させるだけだ。


「今回はケルゾークを攻める。引き続き攻略の手順を検討せよ。この先の異論は許さぬ」


 ケルゾークを攻めると言われ、不満を露わにした者もいたが、ベルトナールに厳しい声で釘を刺されれば黙るしかなかった。

 自分の意見を採用されたカルドシュは、水を得た魚のごとく攻略手順を披露した。


 ここで年上へ配慮する姿勢があれば、他の隊長が向けて来る視線も変わったのだろうが、自分の手柄を誇るような口調は少なからぬ反感を買うこととなる。


 カルドシュの作戦は単純明快だった。

 森の端に位置するケルゾークの里に対して、カルドシュは草原から魔法による遠距離攻撃を仕掛け、損害を与えた上で降伏勧告を行い里を占拠するというオーソドックス手法だ。


「草原に主力を置けば、反撃してくる獣人族は遮蔽物の無い場所を攻撃魔法の雨に晒されながら突っ込んでくるしかありません。我々の損害を最も軽微にするには、この作戦が最良だと考えます」

「ベルトナール様。私は東の丘陵地を拠点とし、ケルゾークに対して撃ち下ろしで攻撃を仕掛けるべきだと考えます。平坦で障害物の無い草原では、むしろ獣人族どもの突進を許し、こちらの損害を増大させる危険がございます。一方、丘陵地の上からであれば、獣人族どもの突進の勢いは削がれ、狙い撃ちする事も可能だと考えます」


 カルドシュの主張に異を唱える急先鋒は勿論イヴェールで、その意見に他の隊長も追随する。

 図らずもカルドシュ対その他の隊長の構図が出来上がっている事を、ベルトナールは苦々しく思いつつ意見の推移を見守っていた。


 ベルトナールは襲撃する里の選定に際しダンムールよりもケルゾークが良いと判断したが、攻撃の手順に関しては優劣を付けかねていた。

 どちらの手法で行ったとしても、空間転移魔法による急襲の効果は十分に発揮できるし、転移が完了した時点でほぼ勝敗は決している。


 その後の反抗を押えることを考えた場合、少数精鋭で攻撃を行うアルマルディーヌにとっては高所に臨時の陣地を築いた方が損害は少ないとベルトナールは考えた。


「襲撃場所はケルゾーク、攻撃は東の丘陵地からの攻撃とする。これ以後の異論は認めぬ」


 今度はカルドシュが不満の表情を浮かべたが、ベルトナールに一瞥されて頭を下げた。

 ベルトナールは八人の隊長を見回した後で、おもむろに言葉を発した。


「互いが功を競うのは構わん、だが他者の足を引っ張るような真似は許さぬ。それはアルマルディーヌ王国の歩みを邪魔する行為に他ならん。他者を妬むなとは言わぬ。己よりも功を成し引き立てられた者を羨むのなら、己を磨き功を立てよ。全てはアルマルディーヌ王国のためだ!」

「はっ! 全てはアルマルディーヌ王国のために!」


 胸の内を見透かされた八人の隊長は、姿勢を正して唱和した。


「直ちに各隊の配置と陣形を取り決め兵士達に通達せよ。準備を終えた者より明日の作戦開始まで十分な休息を取れ」

「はっ!」

「私はこれよりケルゾークの偵察を行う。里の詳細な配置や襲撃目標は追って伝える」

「はっ!」


 ベルトナールが席を立つと同時に八人の隊長も席を立ち、敬礼を捧げて退室を見届けた。

 部屋を出たベルトナールは、四人の護衛騎士に囲まれながら居室へと戻った。


 執務机に地図を広げて方向を見定め、ケルゾークの里を千里眼を用いて偵察する。

 すでに日が暮れ始めていて、視界が悪くなりつつあり偵察出来るギリギリの明るさだが、ベルトナールにとっては確認作業なので然程問題にはならない。


 そもそも、ベルトナールが使っている地図は、自らの手で作ったものだ。

 アルマルディーヌ王国にも測量の技術はあるが、サンカラーンが支配する森に測量に入れるはずがない。


 地図はベルトナールが千里眼を用いて作成し、名称などはオミネスからの情報に頼っている。

 千里眼を使えば、遥かに離れた場所の偵察も可能だが、当然魔力を消耗し疲労する。



 これほどまでに詳細なサンカラーンの地図が作られたことは、アルマルディーヌ王国の歴史上でも初めての事で、ベルトナールの執念の結晶でもある。

 ベルトナールがケルゾークに行った偵察は、あまり長い時間ではなかった。


 この日、ベルトナールは四百人の兵士と共に王都からサンドロワーヌまで空間転移を行い、更に大量の食糧の取り寄せまで行っている。

 兵士達の手前、平然と振る舞ってみせているが、実際には深い疲労に苛まれている。


 明日はまた兵士達をケルゾークの東まで転移させねばならないし、戦闘が終結した後には回収する必要もある。

 兵士を送り込む丘陵地の様子、ケルゾークの里の中の様子を眺め終えると、ベルトナールは千里眼の使用を取りやめて右手で目元を覆った。


「まだだ。こんな所で倒れたりはせんぞ。我に仇なす者達には鉄槌を下さねばならん」


 ベルトナールは偵察の結果ケルゾークの里には大きな変化は見られないと、隊長達に通達を流すと自らも休息に入った。

 もし、攻撃目標がダンムールに決まっていたら、ベルトナールの偵察によって大きく変貌した里の姿や、奪われた宿舎も確認されていただろう。


 当然、兵馬達は攻撃目標とされていただろうし、作戦の規模も変わっていたかもしれない。

 だが、ベルトナールはダンムールの変貌に気付くこともなく、深い眠りへと落ちていった。


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