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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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ダンムールの里にて 後編

 ゴロゴロと幸せそうなラフィーアの喉鳴りで目を覚ますと、日は西に傾き始めていた。

 ゆるやかな風に乗って、賑わう声と美味しそうな匂いが流れてくる。


「ヒョウマ、良く眠っていたぞ」

「少し疲れていたみたいだし、ここは安心できるからな」

「どうやら、いつにも増して里の連中が張り切っているようだ」

「みたいだな、良い匂いで腹が減ってきたよ」

「では、そろそろ行くか」

「その前に……俺は人の姿に変わってから行くよ」

「このままでも良いではないか。また着替えるのも面倒だろう」

「まぁ、面倒と言えば面倒なんだが、今日は俺の仲間を受け入れてもらう宴でもあるから、分かりやすく人の姿になっておきたいんだ」

「そうか、それならば仕方ないな」

「今日の挨拶を終えたら、アルマルディーヌに潜入する時を除いて、竜人の姿でいるつもりだ」

「本当か?」

「あぁ、本当だ……」

「ヒョウマ……」


 竜人の姿をメインにすると伝えると、ラフィーアは上機嫌で頬を擦り付けてきた。

 やはりラフィーアにも、人族の姿への抵抗が残っているのかもしれない。


 人化と着替えを済ませて小屋を出て、ラフィーアと一緒に館に向かって歩いていると、脚にモフっとしたものがぶつかって来た。


「サンク……シスもか。しょうがないなぁ、一緒に行くか」

「ワゥ、ワゥ!」


 ダンムールの里に来た頃は、柴犬の成犬よりも小さかったが、いつの間にかラブラドールぐらいの大きさに育っている。

 これでもアン達に較べれば、まだまだ小さいのだが、最近は肉も口にするようになっている。


 俺がテイムしているので首輪もリードも付けていないので、大丈夫なのかと思う時もあるが、里の中は一緒に付いて回っているし、里の子供とじゃれて遊んでいたりもする。

 まぁ、大丈夫だろうが、気を付けておこう。


 館の前の広場では、それこそ里人総出で宴の支度が進められていた。

 クラスメイト達への風当たりを心配していたが、里人達に混じって料理やら会場の設営やらを行っている。


 その中心にいるのは、アルマルディーヌへの殴り込みに立候補した四人だ。

 全員、日本に居た頃は何らかの運動部に所属していたので、人付き合いが上手いのかもしれない。


 樫村もあちこちに頭を下げて回っているが、少し堅苦しい感じがする。

 もっとザックバランに打ち解けた方が良いとは思うが、こればかりは性格も絡んでいるから難しいのだろう。


 準備にいそしむ里人とクラスメイトの間には、上機嫌な笑みを浮かべたハシームの姿があった。

 おそらく、里人とクラウスメイトの関係を取り持ってくれているのだろうが、単純に宴が始まるのを待ちきれないようにも見える。


 まぁ、今日のところは前者であると思っておこう。

 俺達が近づいていくと、クラスの女子が集まってきた。

 目当ては勿論、サンクとシスだ。


「きゃ──っ! めっちゃ可愛い」

「もふもふ……ねぇねぇ、麻田君、触ってもいい?」

「良いけど、お手柔らかにね」


 お手柔らかに……と頼んだのだが、許可を出した途端女子達が殺到してきた。

 サンクは物怖じしないで撫でられているが、シスは尻尾を丸めて俺の足の間に潜りこんで来た。


「ほら、お手柔らかにって言ったのに……なぁシス、ビックリしちゃうよな」

「キューン……」

「大丈夫だぞ、このお姉さんたちは、お前を食べたりしないから安心しろ」

「キューン、キューン……」


 恐らく双子だと思うが、メスのサンクの方が社交的で、オスのシスの方が引っ込み思案な感じがする。

 フォレストウルフは、成体もメスの方が身体大きく活発な感じがするので、子供の頃からその傾向が出ているのかもしれない。


 しゃがみ込んだ俺が横にピッタリと付いていると、どうにかシスも女子達に馴染み始めた。

 まぁ、その頃サンクは、女子から色々食べ物を貰いまくってたけどね。


 日が落ちて、広場に篝火が焚かれ始めると、いよいよ宴の開幕だ。

 敷物の上であぐらをかく者、椅子とテーブルを持参する者、最初から座る気など無く歩き回る者、スタイルは様々だが里に住まう殆どの者が集まった。


「よくぞ集まったダンムールの民よ。今宵はヒョウマの仲間達を歓迎する宴だ。既に聞いておる者もいるかもしれぬが、聞いて驚くなよ……今宵の宴の食材の殆どは、あの憎きアルマルディーヌから奪って来たものだ!」

「おぉぉぉぉ!」

「こんな宴を開けるのも、ヒョウマを支える仲間達がいてこそだ。見ての通り、ヒョウマの仲間たちは人族だが、アルマルディーヌの第二王子ベルトナールによって理不尽に別世界から拉致されて来た者達だ。彼らは、ダンムールに異世界で使われている有用な知識をもたらし、かつ奴隷とされている同胞達の救出にも手を貸してくれると約束してくれた」

「おぉぉぉぉ!」

「我らダンムールの民は彼らと手を携え、一人でも多くの同胞を救い出す。今宵は、その決起の宴でもある。さぁ皆の者、盃を掲げよ!」


 ハシームが高々と盃を掲げると、全ての里人が盃を掲げた。


「ダンムールの未来へ!」

「ダンムールの未来へ!」


 子供の盃の中身はミルクや果実水だが、掛け声の後で全員が一息に飲み干して歓声を上げた。


「さぁ、飲め、食え、歌え、踊れ!」

「おぉぉぉぉ!」


 地鳴りのごとく湧き上がる歓声に、クラスメイト達もつられるように歓声を上げる。

 そこから先は、ノンストップの無礼講だ。


 クラスメイトの男共の周囲には、屈強な兵士達が酒器や肉が盛られた器を持って集まって来る。

 女子の回りには、里の同じ年代の女子たちが料理や果物などを抱えて集まって来て、心配していた人種の垣根をぶっ壊してくれた。


 サンクは、沢山の人達が相手してくれるのが嬉しくて、興奮気味に走り回っている。

 シスは、意地でも俺の側からは離れないつもりらしい。


 そして、ラフィーアもまた俺の隣からは意地でも離れないという構えだったのだが、俺とラフィーアの間こそが安住の地だと見定めたシスが潜り込んで来た。

 ラフィーアとしては、もっと俺に密着したいようなのだが、シスにウルウルとした瞳で見詰められると、溜息をついて諦めたようだ。


「お嬢、いつの間にヒョウマと子供を作ったんすか?」

「ば、馬鹿者! 貴様、もう酔っぱらってるのか!」

「聞きましたよぉ。とうとうヒョウマにウンと言わせたそうじゃないですか」

「ま、まぁな……」

「一体どうやってヒョウマにウンと言わせたんです? 投げ技ですか? 蹴りですか?」

「ば、馬鹿者!」


 共に訓練を重ねたのであろう兵士達は、ゲラゲラと笑いながら俺に酒をすすめてくる。

 まるで結婚披露宴……いや、その筋の人が杯を交わすような感じだ。


 兵士以外にも里の人達が、次々とラフィーアを祝福に現れる。

 お婆ちゃん達に、ラフィーアを頼むと拝まれてしまい神妙な気持ちになった。


 里のみんなが愛しているラフィーアに認められたからこそ、俺も里の一員として認められているのだろう。

 言ってみれば、ダンムールの里は大きな家族のようなもので、俺はその家族を幸せにするために生きていこうと心に決めた。


 宴には、サンドロワーヌから救い出して来た獣人達も参加している。

 ハシームが挨拶で彼らのことに触れなかったのは、既に同胞として受け入れているからなのだろう。


 奴隷として人族から酷い扱いを受けていた彼らが、クラスメイト達に一番敵意を向けてくるかと思っていたが、思っていた以上に馴染んでいる。

 俺とラフィーアが昼寝を楽しんでいた頃に、宴の準備をする間に打ち解けたらしい。


 人族に対する憎しみはあるものの、同じアルマルディーヌの者達から奴隷扱いを受けていた話を聞いて考えを変えたようだ。

 中でも、たった一人で抗い続けていた益子の話は、奴隷だった者達の胸を打ったそうだ。


 宴の間にも、『勇者ツヨシに……』と益子に盃を掲げる者が何人もいた。

 置き去りにされる時にさえ、嘲笑された俺としては複雑な気分だが、助けることのできなかったクラスメイトに弔意を示してくれる事には感謝した。


 宴は、時を追うごとに混沌としていった。

 最初は果実水を飲んでいたクラスメイトも、いつの間にやら殆どの者が酒を飲まされて酔っ払っている。


 敷物の上で大の字になって大イビキをかいている女子や、何がおかしいのか延々笑い続けている男子、ひたすら謝りながら泣いている男子もいた。

 というか、うちのクラスの連中、酒癖悪すぎるだろう。


「心配いらんぞ、ヒョウマ。女子の世話はするように館の女達には言いつけてある」

「そうか、面倒を掛けてすまないな」

「その代わり、私の面倒はヒョウマがみてくれ……」

「はいはい、分かりましたよ」

「んー……ヒョウマ」


 ラフィーアも酔っ払っているらしく、俺にギューっと抱き付いてゴロゴロと喉を鳴らしている。

 ラフィーアの圧力に屈したシスは、俺の膝の上へと避難していた。


「おぉぉぉ、頑張れよ若いの!」

「舐めて掛かって負けるなよ、ガゴラ」


 突如沸き起こった歓声へと目を向けると、空になった酒樽を挟んで、黒ヒョウ人のガゴラと樫村が向かい合い腕相撲の体勢を取っていた。

 出会った当初、敵意を剥き出しのラフィーアが俺に突っ掛かるのを止めていたガゴラだから相当な腕前だろうし、身体強化も使えるはずなので樫村が勝つ見込みは無さそうだ。


 ただ、酔って真っ赤な顔をした樫村は、ブンブン腕を振り回してからガゴラと組合い、実に楽しそうな表情を浮かべている。

 日本にいた頃の樫村は身体が弱く、体育の授業は良く見学に回っていた。


 その樫村が屈強な黒ヒョウ人に挑むなんて無謀の一言だと思われるが、もしかすると何か秘策のようなものがあるのかもしれない。

 片や飄々とした表情を崩さないガゴラ、片や赤い顔で瞳も濁っているように見える樫村、勝負の行方は決まったようなものだが見ているこっちまで気持ちが浮き立ってくる。


「しっかり組んで……まだまだ、力を抜いて……始め!」

「うらぁぁぁぁ!」


 気合いと共に樫村は、全身を使ってガゴラの拳を樽に押し当てようとするが、ガゴラは涼しい表情を浮かべ、腕は微動だにしていない。


「くぅぅ、おらぁぁぁぁ!」

「そら、頑張れ!」

「兄ちゃん、負けるな!」


 樫村の必死の形相と気合いの声からは、ふざけている訳ではなく今この時の全力を振り絞っている様子が伝わってくる。

 結局、苦笑いを浮かべたガゴラにあっさりと敗北を喫したが、樫村の負けっぷりに会場は大いに盛り上がった。


 ガゴラの強さを目にしたクラスの男子達が次々に、我こそはと名乗りを上げるが抵抗虚しく返り討ちにされた。


「麻田ぁぁぁ! 手前、ニヤニヤ笑ってないで仇討ちに来やがれ!」

「そうだ、そうだ、一人だけリア充気取ってんじゃねぇ!」

「あぁ、分かった、分かった」


 折角の盛り上がりに水を差す訳にはいかないので、俺もガチでやるしかない。

 俺のやる気を感じ取ったのか、ガゴラは不敵な笑みを浮かべた。


「ヒョウマ、その姿で良いのか?」

「こっちの姿だからって舐めてっと怪我するぞ」

「ほほう、そいつは楽しみだ」


 見事な負けっぷりで場を盛り上げた樫村が、レフリー役を買って出る。


「しっかり組んで。まだまだまだ……」


 ガゴラのグローブのような手は、組んだだけで強者だと伝わってくるが、俺とて赤竜から命賭けでゆるパクしたのだから負けるつもりは全くない。


「レディ……ゴー!」


 異世界でその掛け声は無いだろうと思ったが、ガゴラは言葉の勢いで勝負の開始を感じとり凄まじい力を加えてきた。


「くぉぉ……やべぇ!」

「これに耐えるとは……さすがだなぁ!」

「おぉぉぉ……負けねぇぞ!」


 人化した状態でも力は発揮できるが、竜人の姿の時ほどではない。

 もっとあっさり勝てるかと思ったが、ガゴラのパワーは想像以上だった。


「ぬぉぉぉぉぉ!」

「あぁぁぁぁぁ!」


 俺とガゴラが全力をぶつけ合った途端、バキンっと大きな音を立てて酒樽の箍が吹っ飛んだ。


「危ねぇ……おわぁ!」

「すりゃぁ!」


 突然樽が壊れて俺が慌てた隙を突いて、ガゴラが俺の拳を地面に叩き付けた。


「勝者、ガゴラ!」

「くっそぉ……油断した!」


 レフリー樫村の冷静な裁定に、俺が地面を叩いて悔しがると会場は更に盛り上がった。

 てか、楽しいけど、この宴はいつまで続くんだ……?


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