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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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かしむらどらいぶ 前編

 抱きついて来たラフィーアは、俺の膝の上に座ってゴロゴロと喉を鳴らしている。

 胸元や首筋にグリグリと頬を擦り付けて、俺の所有権は自分にあるのだとアピールしているようだ。


 左斜め前に座っているハシームも、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ、満足そうに頷いている。

 二人は上機嫌という言葉を絵に描いたような状態だが、ハシームの向かいに座っている樫村は真っ青な顔で俯いていた。


 昨晩、いきなりラフィーアにプロポーズしたのにも驚いたが、たぶん現在も恋愛感情を持続させていたのだろう。

 俺はダンムールに来て以来、毎日のように顔を合わせてラフィーアという人物を知り、将来を共にしようと決めたのだが、樫村が固執する理由が分からない。


「なぁ、樫村。どうしてラフィーアなんだ?」

「それは……」


 樫村にラフィーアを選んだ理由を尋ねてみたが、あまり答えたくないようだ。


「ラフィーアが、獅子獣人の女性だからか?」


 樫村は俺たちを見詰めた後、無言で頷いてみせた。


「それならば、サンカラーンで暮らしていれば他の獅子獣人の女性と知り合えるチャンスはあるんじゃ……」

「ヒョウマよ。それは簡単な話ではないぞ」


 俺の言葉を遮るように話し始めたハシームによれば、獅子獣人はアルマルディーヌに狙われているらしい。


「獅子獣人は戦闘に必要な膂力に優れていて、里長であったり、組織の長を務めることが多い。そこに目を付けた王国の連中が、重点的に奴隷として連れて行くようになったのだ」


 組織をまとめる人物が居なくなれば、必然的に組織を弱体化させられる。

 サンカラーンの弱体化は、アルマルディーヌにとっては大きな利益となる。


 それに連れて帰れば、奴隷をまとめる役割を担わせられる。

 奴隷のリーダーとして統率力を発揮すれば、仕事の効率化が図れる。


 そして獅子獣人の女性を繁殖要員とすれば、優秀な奴隷を生産できる。

 優秀な遺伝子を敵から奪って、自分達のために活用するのがアルマルディーヌの狙いなのだろう。


「それじゃあ、多くの獅子獣人の女性が、アルマルディーヌに囚われているんだな?」

「正確な数までは分からないが、これまでの被害を考えればそうなる」


 俺とハシームの話を聞いているうちに、蒼褪めていた樫村の顔は朱に染まり、こめかみには血管が浮き上がっていた。


「そ、そんな酷い事が許されるはずがない!」


 樫村は、テーブルを握り拳で叩いて声を荒げた。

 日本で生まれ育った俺達からすれば、女性を拉致して強制的に子供を産ませるなど、人道的に許される行為ではない。


 ハシームは、樫村の睨みつけるような視線を受け止めながら、静かに言い放った。


「無論、許しがたい所業だと思っているが、紛れもない現実だ」

「僕が、僕が助け出してみせます」

「どうやって助け出すのだ?」

「そ、それは、これから考えますが……」


 樫村は言葉を切ってチラリと俺に視線を向けた後、話を続けた。


「麻田に頼らなくても、僕だけの力で助け出せる方法を考えます」

「ふむ、イッテツの気持ちは有難いが、それは間違いだ」

「なぜですか! そんなに麻田が大切で、僕が信用できないのですか!」

「そうではない。これは、我々の問題でもあるのだ、そなた一人に任せるつもりはない」


 ハシームに、少し落ち着くように手振りで示されて、樫村はハッとした表情で浮かせかけた腰を椅子に戻した。


「これまで我々は、奴隷の首輪を外す方法すら入手出来ずにいた。今回、ヒョウマが首輪を外す鍵を手に入れてくれたおかげで、状況は大きく変わるはずだ。イッテツ達が、建物ごと姿を消したことで、アルマルディーヌの連中も敵対する転移魔法の使い手がいるとハッキリ認識しただろう。これからサンカラーンとアルマルディーヌの戦況は、大きく変化していくはずだ」


 ベルトナールを襲撃した時は、俺が転移魔法の使い手だと認識しただろうが、大規模な転移魔法が使えるとまでは分かっていなかったはずだ。

 宿舎が消えたことで、俺の能力の一端を理解しただろうし、空間転移が自分たちだけの特権で無くなったと理解したはずだ。


 ハシームの言葉を聞いて、樫村の表情にも落ち着きが戻ってきた。

 まだ少し顔に赤みは残っているものの、先程までの熱に浮かされたような感じはない。


「麻田……」

「なんだ?」

「賠償請求しよう」

「アルマルディーヌ王国にか?」

「当たり前だろう。他に請求する場所があるのか?」

「そうか……でも、賠償って何を求めるんだ?」

「それは、これから考える」

「そんな、いい加減な……」


 思い付きで話し始めたのかと思ったら、即座に否定された。


「いい加減じゃないぞ。そもそも、こちらの世界の貨幣価値や生活水準も分からないのに、請求する額なんか決められやしないだろう。まずは現状把握、その上で僕らの損失に見合うだけの賠償を請求する」

「そ、そうか……そうだな」


 冷静さを取り戻せば、樫村はクラス一の秀才だから間違いなく頭は切れる。

 俺がとやかく言うよりも、樫村が考えるための材料を揃える事に徹した方が良いかもしれない。


「僕らの賠償を請求すると同時に、獣人族の奴隷解放も要求していく」

「樫村、俺は構わないけど、そこはクラスのみんなに確認してからの方が良くないか?」

「そうだな……一応確認はするけど、恐らく奴隷解放の要求は一緒にやる事になるぞ」


 俺と話をしながらも、樫村の頭の中では計算が繰り返されているように感じる。

 日本にいた頃の樫村は、石橋を叩いて渡るタイプだったので、あまり無茶な要求はしないはずだが、獅子獣人の女性が絡む場合は注意した方が良いだろう。


 この後、樫村は朝食を食べながらハシームからサンカラーン、アルマルディーヌ、オミネスの三か国の関係や、特産品、取り引きの状況などを聞き取っていた。

 俺にも、日本人の目で見た国境の街ノランジェールや、オミネスの街カルダットの様子などを尋ねてきた。


 そして、ハシーム達との朝食を終えると、クラスメイトだけでの話し合いを希望してきた。


「麻田、取り敢えず僕らだけで大まかな方針を決めよう」

「ラフィーアにアドバイスしてもらうか?」

「いや、ラフィーアさんに同席してもらうと、萎縮する者もいるかもしれない。まずは僕らだけで話し合って、少し意見を調整してからアドバイスしてもらおう」

「分かった。そういう事だから、方針が決まったら話すよ」

「そうか、私はアン達と一緒に待っていよう」


 樫村ならば、ラフィーアの同席を希望するかと思ったが、かなり冷静さを取り戻しているらしい。

 樫村が壊れたと嘆いていたクラスメイトがいたが、これならば大丈夫そうだ。


「麻田、お前も人間の姿に戻ってくれ」

「えっ、このままじゃ駄目なのか?」

「まぁ、現状把握には良いのかもしれないが、クラスメイト達も一度見たから良いだろう。元の姿の方が、みんなも話しやすいと思うんだ」

「そうか、じゃあちょっと着替えてくるよ」


 俺が小屋に戻って着替えをしている間に、樫村は宿舎に戻って現状の説明を進めていた。

 アルマルディーヌから聞かされていた話は、王国にとって都合の良い形に歪められていたようなので、その修正から始める必要があるのだ。


「じゃあ、麻田も来たことだし、これからの話をしよう。まず、僕らはアルマルディーヌ王国に対して召喚に関わる損害賠償を請求する」


 樫村の言葉に、クラスメイト達は一様に頷いていた。


「ただし、恐らく賠償金は支払われないだろう」

「えぇぇ……何でだよ! あいつらが勝手に呼び出したんじゃないか!」

「そうよ、帰る方法が無いなら、一生暮らしていけるようにするべきでしょ!」


 男子も女子も、全員が怒りの声を上げるのは当然だが、樫村はそれも予想しているようだった。

 一通り不満の声を聞いた後で、両手を上げて一旦静まるように合図をした。


「分かってる、みんなが不満に思うのは当たり前だ。でもあいつらは僕らを勝手に呼び出して、サンカラーンとの戦争の道具に使おうとしていたんだ。賠償して下さい、生活の面倒を見て下さいと言って応じると思うか?」

「じゃあ、どうするのよ。日本に帰る方法は無いんでしょ?」

「そうだよ。やっぱり何とかして金は奪うべきじゃないのか」


 樫村は再びクラスメイト達の不満を聞いてから、話を再開した。


「賠償金を奪うべきだ……気持ちは分かるけど、交渉で駄目なら武力を行使することになる。そうなれば、僕らが傷付いたり死んだりするリスクも考えなきゃいけなくなる」

「そこは、麻田に活躍してもらってさぁ……」

「お前、麻田に人を殺して金を奪って来いって言うのか?」


 また不満の声を上げかけていたクラスメイト達は、樫村の一言で黙り込む。

 俺も詰所の兵士の件を打ち明けられるのだと思って、身体が硬くなった。


「麻田に聞いたんだが、サンドロワーヌで暴動が起こって、獣人族の奴隷が多数殺されて、奴隷商人や奴隷を使っていた人族までもが襲われたそうだ。日本にいた頃、中東でテロ組織がリンチで人を殺していただろう。あんな感じらしい」


 日本のマスコミでは、テロ組織が行った処刑の様子は報じられなかったが、インターネット上では生々しい映像が飛び交っていた。

 俺が目にしたサンドロワーヌの暴動は、あれを更に過激にしたものだったが、日本育ちのクラスメイトが理解するには的確な例えだろう。


「こちらの世界では、人の命の価値が日本よりも遥かに軽い。強硬に賠償金を請求すれば、間違いなく命のやり取りをするような戦いになる。麻田は僕らよりも強いのだろうが、それは肉体に限ればだ。同じ日本に育った者として、麻田だけに戦いを強いるようなやり方には反対だ」

「じゃあ、どうやって暮らしていくんだよ」

「決まってる、知識チートだ」

「そうか、こっちの世界は日本よりも文明が遅れてる。だから俺達の知識は金になる!」

「そうだよ、新しい技術とか知識を売りにして生活すれば良いじゃん」


 クラスメイト達は、どんな知識ならば役に立って収入になるのか話し始めた。

 樫村は、不満の声が上がった時とは違って、今度は手を叩いて一旦話を止めるように求めた。


「ちょっと聞いて。知識チートで生活費を稼ぐのが基本方針なんだが、同時に賠償金の請求と獣人族の奴隷解放をアルマルディーヌに要求していく」

「えぇぇ……賠償金の請求は分かるけど、奴隷解放とか関係なくね?」

「そうよ、それこそ戦いになって危ないんじゃないの?」


 全員ではなかったが、一部のクラスメイトからは奴隷解放の要求に反対する声が上がった。

 中にはラフィーアに惚れてるからだろうなんて声もあって、樫村は苦笑いを浮かべていた。


「まぁ、僕がラフィーアさんに一目惚れしたのは否定しないけど、なんで僕が奴隷解放を要求するのかは、みんなも敷地の外に出てみれば理解できるよ。ここは獣人族の里で、僕らは憎しみの対象である人族だと……」


 樫村は、竜人の姿になった俺に向けられる里人の視線と自分に向けられる視線の違いについてクラスメイト達に語って聞かせた。


「里の人達は僕らが麻田の仲間だから受け入れてくれている。僕らもアルマルディーヌによって異世界から拉致された被害者だと頭で分かっていても、人族の姿である以上は敵意を含んだ視線に晒されることになる」


 自分たちが差別や敵意の対象だと聞かされて、クラスメイト達の表情が曇った。


「だったらさぁ、オミネスだっけ? 人族と獣人族が暮らす国に移住すれば良くね?」

「確かにオミネスならば、差別の対象にはならないが、もしアルマルディーヌから引き渡しを要求された場合、誰も守ってくれないだろう。その点、サンカラーンならばアルマルディーヌの要求は確実に拒否される。どうしてもオミネスに移住したいと言うなら、それを禁止する権利は僕には無いけど、身の安全を考えるならばここで暮らした方が良いと思う」


 オミネスの街カルダットとダンムールを較べたら、カルダットの方が遥かに栄えている。

 だが、安全性という面を考えるならば、樫村の言い分も間違いではないだろう。


「僕は、ここを拠点として、ダンムールの皆さんと友好関係を築きながら、知識チートを使って生活していくというのを基本にしたらどうかと考えている。その上で、周囲の状況を見ながら違う街、違う国にも行動範囲を広げていった方が良いんじゃないかな」


 樫村の提案はクラスメイト達に了承され、これを基本にして発展させていくことで意見の一致をみた。

 やはり冷静さを取り戻した樫村は、堅実に石橋を叩いて渡る男だと、この時は思っていたのだが、その思いは直後に覆されることになった。


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