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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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兵馬と一徹と獣人令嬢(ラフィーア)後編

 宿舎を出て里の中心部に向かって歩き出したところで、一徹は明確なアウェイ感を覚えた。

 近づいてゆく兵馬、ラフィーアと一徹とでは、見張りの兵士が向けて来る視線が違っていたのだ。


 これまでも里で暮らしていた兵馬と、昨晩助け出されてきたばかりの一徹では、兵士達の親密度が違っているのは当然だが、一徹に向けられる視線にはそれだけとは思えない警戒感や憎しみのようなものが込められているように感じられる。

 一徹は、見張りの兵士の前で足を止めると、キッチリと頭を下げて挨拶した。


「お疲れ様です。仲間共々、これから御厄介になりますので、よろしくお願いします」

「あ、あぁ、兵馬の仲間だ歓迎するよ」


 見張りについていた兵士は、驚いた表情を見せた後で口元を緩めた。

 一徹は兵士達と笑顔で握手を交わしながらも、胸に刺さった棘を意識せざるを得なかった。


 兵馬の仲間だから歓迎される……これも頭では理解しているのだが、兵馬との格差を思い知らされるようで胸が苦しくなってくる。

 その兵馬は、一徹の胸の内など知る由も無く、ラフィーアと腕を組んで歩いている。


 宿舎を取り囲んでいた木立を抜けたところで、目の前に広がる光景に一徹は驚かされた。

 綺麗に整地された畑、しっかりと護岸が固められた農業用水、高い壁、建ち並ぶ家々。


 サンドロワーヌで兵士達からは、獣人族は文化レベルも低く、王国から略奪を繰り返す野蛮な存在だと教えられてきた。

 ところが、見張りについていた兵士の服装や武器、振る舞い、営まれている生活の一端を目にして、教えられた情報が嘘だったと思い知らされた。


「聞いていた話とは、全然違っている……」


 思わず洩らした一徹の言葉に反応したのはラフィーアだった。


「そうであろう。その用水路にしても、あの壁にしても、全てヒョウマが作ってくれたものだからな」

「えっ……麻田が作ったのか?」

「まぁな、この辺りには魔物も多く生息しているし、生活に使う水は泉から湧き出すものを使っていたが、農地に撒くほどの余裕は無かったから少し離れた川から引き込んだ」

「はぁ? 川から水を引いた?」

「まぁ、そういう反応になるのも当然だと思うけど、とにかく赤竜からパクったスキルがハンパ無かったんだよ」


 人間の身体では受け止めきれないほどの魔力やスキルをドラゴンから奪わされたと聞かされてはいるが、そのレベルは一徹の想像を遥かに超えているようだ。


「まぁ、そのような表情になるのも無理はないぞ。里の者たちもヒョウマの働きぶりには驚かされてばかりだからな」


 泉と井戸程度しか水の無かった土地に用水路を作れば、住民たちがどれほど驚き、同時にどれほど感謝したかなど、実際にその場にいなかった一徹でも容易に想像できた。

 野蛮な人種だから、単純な強さに対する憧れなのだろう……里の役に立つというのは、王国に対する武力としての役割なのだろうと、一徹はダンムールの者たちの兵馬に対する評価を勝手に決めつけていたが、それが間違いだったと気付かされた。


「お前、凄いな……」

「こんな身体になっちまったからな。受け入れてもらえる場所を探すのに必死だったんだよ」


 突然召喚され、サンドロワーヌへと連れて行かれ、更には首輪を嵌められて奴隷にさせらた時、一徹はとにかく従い、とにかく生き残ることに徹してきた。

 日本にいた頃とは違って、身体を動かして鍛える喜びがあったとは言え、精神的には屈服させられ忍従を強いられる日々だった。


 自分たちこそが苦しい、厳しい状況に耐えていると思っていた頃に、兵馬もまた生きる道を探り足掻いていたのだと一徹は改めて思い知った。

 兵馬の頑張りが無ければ、自分たちは未だに奴隷のままだったろうし、いずれ獣人族との戦いに駆り出されて多くの者が命を落していただろう。


「いや、凄いよ麻田。改めて礼を言わせてくれ、俺たちを助けてくれてありがとう」

「馬鹿、なに言ってんだよ。クラスメイトなんだから当たり前だろう」

「そ、そうだな……」


 凄みのある竜人の顔で笑みを浮かべた兵馬と握手を交わしながら、一徹は胸に刺さった新たな棘を意識させられた。

 兵馬は日本にいた頃には自分を冷遇していたクラスメイトを見捨てずに救い出し、一徹は自分たちの待遇改善のために益子を切り捨てた。


 一徹は、ラフィーアが微笑みを浮かべながら腕をとる相手が兵馬なのは当然だと思いつつも、もし自分と兵馬に与えられたスキルが反対であったなら、もし召喚された場所に置き去りにされたのが自分であったならばと考えずにはいられなかった。

 他人の足を引っ張っても自分の能力は向上しないし、自分のポジションが上がる訳でもないと、コツコツと努力を重ねて来た一徹は知っている。


 知ってはいるが、突然目の前に現れた理想の女性と腕を組んで歩いている兵馬との圧倒的とも言える格差を見せつけられ、一徹の心は揺れ動いていた。

 家々が建ち並ぶ辺りに入り、すれ違う人が増え、その度に突き付けられる現実が一徹の心を揺らし続ける。


「樫村……おい、樫村! 大丈夫か?」

「えっ……あぁ、大丈夫だ。いきなり環境が変わって、ちょっと緊張しているだけだ」

「そうか、無理もないな。俺も初めてダンムールの里を訪れた時には、お世辞にも歓迎されなかったしな」

「えっ? そうか、人族の姿でコンタクトしたのか……」


 確かに救出に現れた時の兵馬は、髪と瞳の色、そして服装こそ変わっていたが、姿形は日本にいた頃のままだった。

 召喚された場所に置き去りにされた兵馬は、獣人族が人族に対してどれほどの憎しみや敵愾心を抱いているのかなど知らされていなかった。


 一徹は現在進行形で里人の視線に晒されながら、そのような状況から信頼関係を築くまでに紆余曲折があったであろうと想像した。


「あぁ、そうなんだよ。そりゃあもう……ラフィーアなんか射殺さんばかりの視線を向けてきたからな」

「そ、それは……仕方ないではないか。いきなり人族の男が現れたのだから、警戒するのは当たり前だ」

「まぁ、それはそうなんだろうが、組み打ちの時のラフィーアは……」

「あー、あー……なんだろう急に耳が……それよりも、早く朝食にするぞヒョウマ」

「あぁ、分かった分かった、分かったからそんなに引っ張るな……」


 兵馬の苦労を想像しつつも、目の前で展開する少女漫画の一コマのような光景に一徹の心は揺さぶられる。

 向けられる視線の格差は、里長の館に入ってからも続いた。


 館の入り口を警備する兵士、隣接する建物の窓から眺めている人々、廊下ですれ違った女官。

 人族に対する敵意は頭では理解していても、実際に自分に向けられ、それを払拭するために頭を下げ続けるのは想像していた以上に大きなストレスとなって一徹に圧し掛かってきた。


 それでも、自分もクラスメイト達の代表なのだ……今この時の立ち居振る舞いこそがラフィーアとの関係に大きく関わってくると思い、一徹は背筋を伸ばして頭を下げ続けた。


 里長ハシームとの会食は、兵馬、一徹、ラフィーアとの四人だけでテーブルを囲む形だった。

 正方形のテーブルでハシームの右側に兵馬、左にラフィーア、正面に一徹が座った。


「改めまして、樫村一徹と申します。樫村が家名ですので、一徹とお呼び下さい。色々と面倒をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」


 姿勢を正して挨拶をする一徹を見て、ハシームは大きく頷いて笑みを浮かべた。


「ヒョウマとは大違いだな。ヒョウマが初めて来た時などは、儂に向かってふんぞり返っておったぞ」

「あれは、俺が人族の姿だったから邪険にされて……」

「ふははは、そうであったな、フィアなど……」

「父上、その話は結構です! それよりも王国の話を聞きましょう」

「ふむ、そうであったな。ヒョウマから召喚された当時の話は聞いている。その後、サンドロワーヌへと連れて行かれてからの事を聞かせてもらえるか?」

「分かりました。召喚地点からアルマルディーヌ王国第二王子ベルトナールによって、我々はサンドロワーヌ城内の訓練場へと空間転移させられました……」


 一徹は、ハシームの求めに応じてサンドロワーヌに着いた後の様子を語って聞かせた。

 着いて早々に奴隷の首輪を嵌められて逆らう手立てを奪われてしまった事、その後の扱いや訓練の様子、一徹の考え、一人だけ逆らい続けた益子について。

 有名進学校のクラス一番の秀才だけあって、一徹の話は理路整然としていて分かりやすかった。


「そうか……ヒョウマが話しておった馬の暴走は、その反逆を続けた者が引き起こしたものだったのか」

「はい、ですが益子はクラスの中でも孤立した状態だったので、我々も計画を知らされておらず、思い留まらせることが出来ませんでした」


 それまでは背筋をピンと伸ばしていた一徹だったが、視線を俯けて奥歯を噛みしめた。


「それは、致し方なかろう。そなたにはそなたの考えがあり、そのマスコという者にもその者なりの考えがあったはずだ。全てが思い通りに行くのならば、我らサンカラーンの民はアルマルディーヌに搾取されておらず、王国内で獣人族が劣悪な環境に置かれておらぬだろう。世の中は、思い通りにはいかぬものよ」


 ハシームの言葉に、一徹だけでなく兵馬も頷いている。


「サンドロワーヌで起こった騒動について、王国側の事情が知れて助かった。これで王国が報復などとぬかすのであれば、返り討ちにしてくれる。イッテツが知らせてくれた内容は、ヒョウマが知らせてくれた内容と突き合わせ、情報の精度を上げてから他の里にも知らせるようにしよう。さてヒョウマ、次は昨夜のことを話してくれ」

「分かった……俺はまず、サンドロワーヌ近くの森へと移動して、宿舎の周囲を千里眼と探知魔法を使って探った」


 兵馬は、奴隷の首輪を使おうと思い付いた経緯、そして実際に使ってみて何が起こったのか語り始めた。

 一人目の兵士に首輪を嵌め、二人目の兵士にも格闘の後に首輪を嵌め、鍵を取りに詰所に戻ったところで兵馬は話を止めた。


 気持ちを静めるように大きく二回ほど深呼吸をした後、兵馬は続きを話し始める。


「最初に首輪を嵌めた兵士は床に倒れ、切断された頭が転がっていた……俺が鍵を持ったままで空間転移を使ったからだ」


 言葉を切った兵馬は、額に右手をあてて項垂れた。

 竜人の姿をしているから顔色までは分からないが、もし自分が兵士の命を奪ってしまったらどうなるだろうかと、一徹は兵馬のショックを思いやった。


「ふむ、図らずもマスコの仇を取る形に……」

「いや、俺はその時は益子の件を聞かされていなかったし、出来れば無駄に命を奪うような事はしたくないんだ。それなのに……」


 二人目の兵士と口論になり、怒りに任せて殴りつけ、恐らく命を奪ったと話し終えると、兵馬は両手で頭を抱えた。

 同じ日本から召喚された一徹には、兵馬の気持ちが痛いほど分かった。


 日本で暮らしていれば、他人の命を奪うのは重罪だ。

 少年法が適用される年齢であったとしても、罪に問われることは免れない。


 だが、一徹は兵馬を責める気持ちにはなれなかった。

 兵馬が救い出してくれなければ、一徹達は戦場に駆り出されていたのだ。


「麻田、すまない……俺達を救うためにやった事だ、その罪の意識は俺達も一緒に背負っていく」

「樫村……」


 二人を見守りつつ、ハシームも頷いていた。


「これまでヒョウマは、そなた達を救い出すために奔走してきた。この先、元の世界に戻る方法を探すにしても、こちらの世界で暮らしていく道を探すにしても、多くの困難が付きまとうであろう。イッテツ、ヒョウマに頼りきるのではなく、ヒョウマの背負った荷物を共に背負ってやってくれ」

「分かりました」


 ハシームは、もう一度頷いた後で兵馬へと視線を移した。


「ところでヒョウマよ。ここにいるイッテツがフィアに結婚を申し込んでいたが、そなたは何も言わないで良いのか? 何ならフィアの嫁ぎ先を……」

「父上、何を言われようとも、私の気持ちは変わりませぬ。今はまだ足りないところばかりですが、必ずやヒョウマに求められる女となるつもりです」

「ほぅ……だそうだぞ?」


 ニヤリと笑みを浮かべたハシームは、兵馬に視線を向ける。

 話の成り行きを見守っていた一徹は、心の中で叫んでいた。


『やめろ、やめろ、やめろ、やめろ……そこから先は言わないでくれ!』


 だが、一徹の願いは叶わなかった。


「降参です。俺はラフィーアと結婚してダンムールで暮らしますよ。悪いな、樫村……」

「い、いや……別に……」


 テーブルを回り込んだラフィーアが兵馬に抱き着く横で、一徹は絞り出すようにつぶやくのが精一杯だった。


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