ハズレ枠の【ゆるパク】で最強になった俺が仲間を救出するまで 後編
ダンムールに戻って来て、戸惑ってはいるようだがクラスメイトも無事だと分かったら、力が抜けて座り込んでしまった。
「ヒョウマ、どうした、大丈夫か!」
篝火のそばで兵士達と共に待っていてくれたハシームが、少し慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ヒョウマ!」
「いや、大丈夫。やり遂げたと思ったら気が抜けてしまって……」
「そうか、この数日の働きぶりを考えれば無理も無い。仲間を取り返したのだ、少しゆっくり休め」
「そうしたいところだが……」
宿舎の入り口からは、クラスメイト達が少し怯んだ様子で表を覗いている。
サンドロワーヌで獣人族を目にしているかもしれないが、会話などまではしていないのだろう。
立って服着て歩いているライオンにしか見えないハシームに視線を向けられると、女子達は完全に腰が引けているように見えた。
「ヒョウマ! ヒョウマ、戻ったのか!」
互いが距離の詰め方を探っている微妙な空気の中に、空気を読まないラフィーアが俺に向かって駆け寄り、飛びついて来たものだから、女子からは悲鳴が上がった。
大丈夫だぞ、俺は食われたりしてないから……いや、食われるのかも。
「ヒョウマ、ヒョウマ、どこも怪我などしていないか?」
「大丈夫だよ。誰かさんがグッスリ眠っている間に片付けてきたぞ」
「あっ……あれは、その、ヒョウマを安心させるためにだな……」
たぶん、ハシームから事情を聞かされていたのだろう、集まっていた見張りの兵士達は堪えきれずに一斉に笑い出した。
「お、お前ら、何がおかしいんだ!」
「ぎゃははは、お嬢、ヒョウマを抱えて安心しきって熟睡してたんでしょ?」
「やべぇ、腹痛ぇ……腹筋攣る」
「お嬢が、いつものお嬢で、俺たちは安心してますよ」
ライオンや虎、熊など動物と見まがう姿をしていても、感情豊かに言葉を交わしているダンムールの人達を見て、クラスメイト達は呆気に取られているようだ。
でも、妙な空気が吹き飛んだのは良い機会だろう。
「みんな、ちょっと集まってくれ。紹介する、こちらがダンムールの里長ハシームだ」
「よくぞ来られた。ヒョウマから事情は聞いている。突然違う世界へと連れて来られて戸惑うことばかりだと思うが、ここには皆を奴隷扱いする者はいない。安心してくれ」
「改めて、お世話になります」
俺がハシームに向かって頭を下げると、クラスメイト達も一斉に頭を下げた。
頭を上げると、ハシームも見張りについていた兵士達も頷いていた。
こういう場面では、礼儀にうるさい日本人気質は役に立つ。
そして、王国とは全く別の土地に来たと実感したクラスメイト達からは歓声が上がった。
「うぉぉぉ、マジで脱出できたんだ」
「もう奴隷扱いされないのよね、ね、ね!」
「あのクソみたいな訓練も受けなくて済むんだぁ……」
クラスメイト達がアルマルディーヌでどんな扱いをされ、どんな訓練を受けていたのかまでは分からないが、日本での生活に較べれば楽であるはずがない。
ただ、アルマルディーヌからは脱出できたが、日本に帰る方法があるのか分からない。
これから先、どうやって食っていくかも考えないといけない。
やるべき事は山積みだが、まずはアルマルディーヌやサンカラーンそれにオミネスなど、この世界の状況をどれぐらい認識しているのか確認しないと駄目だろう。
「ハシーム。まだみんなにはダンムールと王国との関係とか、詳しい説明をしていないんだ。里の人達に紹介するのは、夜が明けてからで構わないか?」
「構わんぞ、そもそも里の者たちも寝入っている時間だからな」
「それもそうか、では夜が明けたら顔を出すよ」
「うむ、ヒョウマも少しは休めよ」
ハシームは、里の者が急に現れた宿舎を見て驚かないように、見張りの者と二人ほど残しておいてくれた。
「樫村、状況の説明をするから、みんなを食堂に集めて……樫村?」
みんなを集めてもらおうと声を掛けたのだが、樫村は俺の話なんか全く聞いていない様子でラフィーアを見詰めていた。
「樫村、どうかしたのか……?」
近づいて声を掛けても、俺の姿すら目に入っていないようで、フラフラとした足取りでラフィーアに歩み寄っていく。
ラフィーアも思いつめたような樫村を見て、少し心配そうな表情を浮かべた。
ラフィーアの前まで来た樫村は、大きく深呼吸をした後で、想像もつかなかった言葉を大声で切り出した。
「あ、あの……ぼ、僕と結婚して下さい!」
「はぁぁ?」
その場にいた樫村以外の人間が、いきなり何を言い出したのか耳を疑い、一斉に首を傾げた。
館に戻りかけていたハシームや兵士達まで、足を止めて振り返っている。
突然プロポーズされたラフィーアは、それこそ鳩が豆鉄砲を食らったように呆気に取られていたが、樫村の真剣な目を見て表情を改めた。
「申し訳ないが、会ったばかりで名も知らぬ者の下へは嫁ぐ気にはなれない」
「あ、あの、僕は樫村一徹と……」
「それに、嫁ぐのはヒョウマの下へと心に決めているのだ。申し訳ない」
きっぱりとラフィーアに言い切られ、そこで初めて自分が注目されていると樫村は気付いたようだった。
明かりは篝火だけの薄暗い中でも分かるほど赤面し、キョロキョロと周囲を見回した後で、ガバっとラフィーアに向かって頭を下げた。
「あ、あ、その、ごめんなさい……ちょっと、何て言うか、ごめんなさい」
「い、いや、大丈夫だ。少し驚いたが」
「本当に、ごめんなさい!」
もう一度、膝にぶつけるのではないかと思う勢いで頭を下げると、樫村は照れ隠しなのか頭を掻きながら戻ってきた。
「大丈夫か、樫村?」
「えっ、あぁ、うん大丈夫、大丈夫だ」
俺の目には大丈夫じゃないだろうと思う程度には動揺していそうだが、だからこそ別の事に頭を使わせた方が良いかもしれない。
「じゃあ、ちょっと状況説明をしたいから、みんな食堂に集まってくれ」
「分かった、うん、行こう……さぁ、みんな行こう!」
樫村に促されて、クラスメイト達もニヤニヤしながら宿舎の中へと入っていく。
これは、良いネタにされそうだな……と少し心配していると、ラフィーアに話し掛けられた。
「ヒョウマ。ヒョウマの世界では、恋愛というのは手順を踏んでいくものではなかったのか?」
「うん、一般的にはそうだし、樫村も普段はあんな行動にでる奴じゃないんだが……ちょっと俺にも分からないな」
「そうか……私も参加させてもらおうかと思ったが、今夜は遠慮しておこう」
「俺が少し事情を聞いておくよ」
「いや、私の気持ちは揺らがないから、無理に聞き出さなくても良いぞ」
「あぁ、それとなく聞いてみるだけだ」
ラフィーアは、ギュッと俺に抱きついて頬擦りをすると、里長の館へと戻っていった。
宿舎が見えなくなる所まで、途中で何度も振り返って手を振るラフィーアの姿に、また見張りの兵士が肩を震わせて笑いを堪えていた。
その兵士達に会釈をして、クラスメイト達から少し遅れて食堂に行くと、当然のことながら樫村がいじられていた。
「意外! 樫村がケモっ娘フェチとは……」
「マジで一目惚れしたの? ねぇ、マジで?」
「でも、凄いよね。ホントにライオンが喋ってるみたいで、これぞ異世界って感じ」
完全に緊張がほぐれたようで、まるで学校の休み時間のような雰囲気に思わず笑みが浮かんでしまう。
「はい、注目! 悪いけど、樫村いじりは明日にしてもらっても良いかな。とりあえず、基本的な状況を説明させてくれ」
手を叩きながら食堂に入っていくと、一斉にクラスメイト達の視線が俺に向けられた。
日本にいた頃なら少々ビビってしまう状況だが、こちらに来てから色々ありすぎて、この程度では気圧されることもなくなった。
「てかさ、麻田はどうやって生き残ったんだよ。お前、パクるスキルしか持ってなかったじゃん」
「あぁ、ゆるパクな。実はあのスキルが、とんでもな性能を秘めてたんだよ……」
ゆるパクというスキルの簡単な説明と、森を抜けてダンムールに到着するまで、ダンムールで暮らし始めて現在に至るまでをザックリと説明した。
「ちょっと待って、竜人ってホントなの?」
「あぁ、今は人化のスキルで変身してる状態だ」
「えっ、人の状態がデフォじゃないの?」
「そう、竜人の姿がデフォで、今が変身してる状態だ」
やはり、竜人になった件が一番興味を持たれたようだが、人化を解くと身体のサイズも変わってしまうので、披露するのは明日の朝にした。
一通り、サンカラーンとアルマルディーヌ、それにオミネスも含めた周辺国の状況を説明し終えた後で、クラスメイトに告げた。
「えっ? サンカラーンの獣人がアルマルディーヌで略奪してるから報復してるんじゃないのか?」
「いや、俺はアルマルディーヌがベルトナールの空間転移魔法を使って攻め込んで来て、獣人を奴隷にして連れて帰っているって聞いてるぞ」
実際に俺が目にした獣人族の奴隷達が受けている酷い扱いや、労働力確保のために繁殖行為まで行われていると話したが、クラスメイト達には初耳だったようだ。
「いや、獣人族は狂暴で残酷で、話の通じない連中だって聞いてたから、さっきだって麻田が食われないがヒヤヒヤしてたんだぞ」
「あぁ、俺も思った。やべぇ、麻田が食われるって」
「ホント、あのメスライオンが飛び掛かった時は駄目かと思ったよ」
やはり王国による刷り込みが行われていたようで、ラフィーアが俺に飛びついた時の悲鳴も無理からぬことだったのだろう。
「あぁ、ちなみに俺に飛びついたラフィーアは里長ハシームの娘で、かなりの格闘の腕前だから滅多な事はしないでくれよ」
「てかさ、麻田と結婚するような話してたけど、マジなのか?」
「あー……ハシームからも貰ってくれって言われてて、たぶん……」
「マジか! それじゃあ麻田が次期里長ってこと?」
「いや、それは無い。俺は余所者だから、里長にはならないよ」
「てか、樫村一瞬にして撃沈とか辛ぇぇぇ!」
ラフィーアの話を振ってしまったから、また脱線しそうな気配なので、肝心な話を進めておく。
「とりあえず! とりあえず奴隷扱いのままじゃ不味いと思ってダンムールまで連れて来たけど、この先どうする?」
先の事を問い掛けると、クラスメイト達は視線を交わし合いながら黙り込んでしまった。
「俺はダンムールで過ごしてきたから、こちら側の情報しか分からないんだけど、日本に帰る方法ってあるのか?」
一応確認しておかないと駄目だと思って聞いてみたが、ガックリとテンションの下がったクラスメイトの姿を見れば答えは明白だ。
俺はダンムールに残ると決めているが、みんなはどうするのだろうと思っていたら、クラスメイトの視線が樫村に集まり始めた。
「樫村、樫村は諦めないって言ってたよな」
「そうだよ。何としても生き残って、日本に帰るって言ってたよな」
「でも、あいつら帰る方法は無いって言ってたよな。どうすんだ?」
「えっ……えっ?」
クラスメイト達に一斉に問い掛けられた樫村だが、心ここにあらずといった感じで話を聞いていなかったようだ。
「嘘だろう、樫村壊れちゃってるよ……」
「えぇぇ、どうすんの? 俺たちどうなんの?」
「一生このまま帰れないの? そんなの嫌だよ……」
「でも、あっちに残っていても帰る方法なんて無いって言われるだけじゃん」
「それでも、飯は食わせてくれたぞ」
「馬鹿、いずれ戦争に行かされてたんだよ……死ぬかもしれないんだよ」
奴隷の首輪を嵌められて訓練をさせられる日々は、見方を変えると自分で考えなくても生きる道筋を示してもらえている状況でもあったのだろう。
いきなり、自分で考えて、自分で生きる道を決め、自分で日々の糧を稼がないといけない状況に放り込まれてクラスメイト達は混乱していた。
しかも、これまで先頭に立って訓練をこなしていた樫村が、突然ポンコツになってしまったから混乱に拍車が掛かっている状態だ。
「はいはい、ちょっと良いかな! とりあえず今すぐ答えは出ないだろうし、朝まで眠って、また明日ゆっくり考えよう」
たぶん今から寝直そうとしても変な時間に起きてしまったし、興奮状態だから上手く眠れないかもしれないが、じっくり考えないと結論なんて出ないだろう。
俺の提案に従って、クラスメイト達は自分に割り当てられていたベッドへと戻っていった。