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「中国全人代開幕延期 習近平指導部の苦悩」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

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中国では新型コロナウイルスの感染拡大が続いているため、本来3月5日から開かれることになっていた、中国の国会にあたる全人代・全国人民代表大会の開催が延期されるという異例の事態になりました。政治的にも前代未聞の事態に追い込まれた習近平指導部の苦悩と、今後について考えてみたいと思います。

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(VTR:去年の全人代)
全人代は、国会にあたる立法機関で、経済成長率の目標を含む政府活動報告の承認や、予算の決定、さらにさまざまな法律の制定をする国会のような役割を果たしています。
中国共産党の指導に従うだけともいわれてきましたが、憲法上は、全人代で活動報告や予算、法律などを決めないと、政策や法の執行に支障をきたすことになります。

全人代は毎年3月5日に開幕することが慣習化されてきましたから、その慣例が崩され延期に追い込まれたということは、習近平政権の威信にもかかわるきわめて異例の事態だといえます。ではなぜ、延期せざるをえなくなったのでしょうか。

私は次の3つの要素が背景にあると思います。

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まず政治を何より優先する態勢がもたらした弊害。そして予測不能で計画が立てづらくなった経済。さらに全人代自体が感染リスクになるという公衆衛生上の問題の3つです。

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まず政治がもたらした弊害の問題を考えますと、中国では、北京で全人代を開く前に、1月から2月にかけて、まず地方、つまり省や市でそれぞれ人民代表大会を開いて地方の意見を吸い上げます。それに基づいて、今度は中央の全人代を開く。つまり地方の意見を持ち寄って、中央の政策に反映させるという積み上げの形で政治日程が組まれてきました。全人代を開くためには地方を先に済ませなくてはならない。そのシステムへの固執が裏目に出た形といえそうです。

ここで中国の新型コロナウイルスの感染者の数のグラフを見ていただきましょう。

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最初に患者が発見されたのは、去年12月初め、その月末に中国はWHO・世界保健機関にも感染の流行を報告しています。ところが、公式発表では、今年1月の半ば過ぎまで、患者数はさほど増えず、20日に習近平国家主席が「情報を隠すな」という趣旨の重要指示を出したとたん、患者数は一転して急増し、わずか1か月余りの間に8万人を突破しました。

それにしても習近平主席は重要指示をなぜ1月20日まで出さなかったのでしょうか。

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中国最高指導部は1月7日と16日に重要会議を開きましたが、その席で新型コロナウイルスが話題になったとは当時はまったく報道されませんでした。実は、1月初めから20日までの間、中国の地方では多くの人民代表大会が、粛々と開かれていたのです。仮に重要指示を1月初めに出していれば、武漢はもとより中国各地で都市の封鎖や移動の規制・禁止などが実施され、とても地方各地で人民代表大会を開いてはいられなくなったかもしれないとも言われています。重要指示が出されたタイミングは、まさに地方の大方の人民代表大会が終わった後でした。

もし地方の人民代表大会を強行するために、12月から1月半ばにかけて言論統制が敷かれ、十分な感染防止の対策も行われなかったのだとすれば、その結果、感染が拡大し本家本元の全人代を延期せざるを得なくなるという、完全に裏目の結果になったといえるでしょう。
次に経済政策という面から全人代を延期の背景を考えてみます。
全人代で決めなくてはならない一番重要な方針の一つに経済目標を象徴とする経済計画の策定があります。

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中国の経済成長率は、構造改革の遅れや、米中貿易摩擦のあおりを受けて、ここ十年来、右下がりの状態が続いてきました。去年の成長率はなんとか6.1%と29年ぶりの低水準でした。そこに新型コロナウイルスの感染拡大という新たな試練が追い打ちをかけたのです。IMF・国際通貨基金は2月22日、中国のことしの経済成長率の見通しを5.6%と予測しました。ただその数字は中国経済が4月以降は持ち直すという想定にすぎません。

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先月末、中国国家統計局が発表した先月の景気動向を示す指数は35.7と、リーマンショックの時よりも低く、過去最悪になりました。中国では、現在工場の再開がままならないところもまだ多く、武漢のように封鎖されたところでは、事実上経済活動が難しいという所があります。

それがどの程度の地域にいつまで続くのかがはっきり読めない段階で、今年の経済目標を策定することすら困難があるということも全人代を簡単に開けない理由といえるでしょう。
さらに全人代の開催は、それ自体が、感染拡大につながる巨大な集団感染の場になりかねないという公衆衛生上のリスクもあります。

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全人代には、中国全土からおよそ3000人の代表がやってきます。期間中に何回も開かれる全体会議では、その3000人が一つの議場に集まります。重要な報告については、さらに並行して開かれる政治協商会議の委員2000人あまりも同じ議場で傍聴しますから、とてつもなく大勢の人が同じ場所に集まることになるのです。もしその中に何人か感染者がいたら、全人代が感染拡大の場所になってしまう恐れがあります。しかも、全国から集まってきている人達ですから、その人たちが、全人代のあと今度は中国全土に戻ってゆくわけですから、新型コロナウイルスが中国全土に拡散するリスクもあるわけです。

ではこの先、全人代はどうなるのでしょうか。
全人代の常務委員会は、2月24日、全人代の開催を延期することは決めましたが、いつまで延期するかは決められませんでした。やはり新型コロナウイルスの感染の趨勢が今後どうなるのか。収束のめどがつかめた段階で決めることになるのではないかと思います。

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習近平指導部は、2月24日、共産党の重要会議で今回の新型コロナウイルスの感染拡大について、「建国以来、最も抑え込むことが難しい重大な公衆衛生事件であり、中国にとって危機であると同時に大きな試練だ」と位置づけ、「経済や社会への大きな影響は避けられない」との認識を示しました。つまりそれは、習近平国家主席を核心とする最高指導部が、建国以来、体験したこともない、未曽有の危機に直面していることを自ら認めたことになるでしょう。

そして、さらに深刻なことは、このような危機をまねいたのは、習近平政権の初動体制の遅れと、危機管理の甘さにあったのではないかという声が国民の間に高まっていることです。

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これまですべての権力を自らに集中させ、個人崇拝であるかのような専制政治体制を着々と構築してきた習近平氏は、異論を排除し、徹底的な言論統制を強めてきました。
ただ、すべての権力を握るということは、その過ちや失敗の責任もすべて習近平主席が問われることにもなるのです。清華大学の許章潤教授や北京大学の張千帆教授ら、中国の有識者たちが次々と、新型コロナウイルスの感染拡大は、習近平専制体制がもたらした人災だとして、言論の自由を強く求める声を上げ始めました。

しかし習近平政権は、今のところ、これまでのような専制的な政治に固執しているかのようにも見えます。しかし、自らのメンツにこだわり、国民の命をないがしろにすることは、やがて自らの政権基盤を揺るがす、大きなしっぺ返しにつながるかもしれません。自らの権威と威信を守るため、さらに強硬でかたくなな姿勢を貫き通すのか、それともより現実を直視し、柔軟な姿勢に転じるのか、習近平指導部はいま苦悩と葛藤が渦巻く難しい局面に立たされているといえそうです。

(加藤 青延 専門解説委員)

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「新型コロナウイルス 北海道の『緊急事態宣言』と日本の感染対策に必要なこと」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

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「若い世代の人たちが気づかないうちに、感染を広げていると考えられる」。
新型コロナウイルスについて、政府の専門家会議は、こう述べました。国内で新型コロナウイルスの感染が広がる中、北海道知事は2020年2月28日、「緊急事態」を宣言しました。北海道の感染拡大を抑えられるかどうかが、日本全体の対策のカギになりそうです。

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国内では2月下旬、対策がめまぐるしく展開しました。

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政府の専門家会議が「この1~2週間を瀬戸際」と位置付ける「見解」を示し、政府が新型ウイルス対策の「基本方針」発表、大規模なイベントなどの自粛要請、全国一斉の小中学校や高校などの臨時休校要請です。2月28日には、北海道知事が「緊急事態」を宣言し、3月2日、専門家会議が2回目となる「見解」を示しました。

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今回は、その専門家会議の「見解」を踏まえたうえで、
▽北海道の状況の何が緊急事態なのか、
▽全国の感染対策を、どう進めていけばいいのか、
▽今後、日本で対策をする上で何が必要なのか考えます。

下図左は、国内の感染が確認された人の数を都道府県別で示したものです。

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北海道が77人と、全国で突出して多いことがわかります。(人数はいずれも2020年3月2日午後6時時点)
北海道の感染者の状況を居住している地域別に見ると、広い地域に広がっていることがわかります。

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また、北海道で確認された感染者の数を日付別に見てみると、2月18日以降、急増していることが分かります。これが、関係者や専門家の危機感を強めました。そして、鈴木知事は、2月28日、緊急事態を宣言し、週末の外出自粛などを求めました。

なぜ、北海道で急増しているのか。1つの理由として考えられているのが、感染者の集団=「クラスター」の存在です。
北見市の施設では、2月に開かれた展示会で感染が広がり、「クラスター」ができたと考えられています。この会場を訪れた10人の感染が確認されています。

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クラスターは、感染が周囲の人に広がり、感染者の集団ができることです。
対策をしないでいると、クラスターから次のクラスターができ、さらに次と、連鎖が起こり、感染対策が追いつかなくなるおそれがあります。

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北海道で急増しているこの他の理由について、専門家会議は、感染しても症状の軽い若い世代が気づかないうちに感染を広げてしまっていることがあげられるという新たな見解を示しました。北海道などのデータを分析した結果として、こうした人が、感染拡大に重要な役割を果たしてしまっているとしています。

さらに、北海道は中国からの観光客が多いことなどが考えられるとしています。
では、どうすればいいのか。

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クラスターについては、外出やイベントの自粛で人の移動が減れば、連鎖が途切れ、感染の拡大を抑えられると期待されています。若者が広げているということについては、のどの痛みだけといった軽い風邪の症状でも、新型ウイルスに感染していることがあり得るので、外出を控えることが必要だとしています。

全国の感染対策については、どう進めていけばいいのでしょうか。
ひとつはクラスター。

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クラスターは、これまでも東京で屋形船の利用者の間で感染者が見つかったケースなどで指摘されていました。クラスター対策が重要であることを改めて示したのが、2月29日に感染が分かった大阪のライブハウスでコンサートに参加していた人のケースです。同じ会場を訪れていたあわせて4人が感染していたことが確認されています。
クラスターができる要因として、
▽換気が悪く、
▽人が密に集まる空間で、
▽不特定多数が接触する恐れのある場所とされています。
ライブハウスは、まさに、この3つの条件に当てはまります。
厚生労働省は、クラスター対策の専門家を、大阪に派遣して対策を進めることにしています。

ただ、ウイルスの性質がこの対策を難しくしています。

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クラスターがあることが分かるまで、時間がかかる点です。大阪のライブで、クラスターとみられる感染が分かったのが2月29日です。ライブに参加したのは、2月15日。2週間かかっています。新型コロナウイルスは、潜伏期間が、平均で5日から6日、最長2週間ほどあり、加えて、かぜのような症状が1週間ほど続くケースが多いとされています。このため、クラスターが発生する早期に対応することは難しく、それだけ対策も取りにくいと考えられています。
国は、感染が疑われる人の検査を進めて、クラスターを少しでも早く検知することを目指していますが、新型コロナウイルスの性質がそれを難しくしているのです。

では、どうするのか。
クラスターを作らない、つまり集団で感染するリスクを下げる行動をとるということになります。

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その方法を示したのが、厚生労働省が、3月1日に発表した国民に対する呼びかけです。
▽換気が悪く、人が密に集まるようなところに行くことを避けること、
▽イベントの主催者にはクラスター発生のリスクが高い集まりについては、開催の必要性を検討し、開催するときは風通しの悪い空間を作らないこと
などを求めています。
北海道ではもちろん、私たちは、クラスターの連鎖のおそれがなくなったことが見極められるまで、こうした行動を続ける必要があると思います。

今後、日本で感染対策を進めていく中で、何が必要なのでしょうか。

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こちらは、再び2月24日からの動きです。基本方針でイベントの開催について「全国一律に自粛要請は行わない」とした翌日、政府は大規模なスポーツ、文化イベントの自粛を要請し、次の日には、全国の小・中学校、高校、特別支援学校の休校を要請しました。
対策強化のかじをきらなければならないときは、あると思います。
ただ、1日で方向性を変えたり、影響の非常に大きい休校を突然要請したりしたのでは、国民の理解は得られず、また準備も足りず、結局は、効果が上がらないのではないでしょうか。

特に、学校の一斉休校に関しては、医療現場にも影響が出ています。

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子育て世代の医師や看護師が、子どもの面倒を見るために勤務時間を減らす事態になっている例があります。病院にしわ寄せがきて、提供できる医療レベルが下がってしまったのでは、元も子もありません。休校とするのであれば、こうした問題を軽減する措置を示すことが必要で、そうしなければ混乱が大きくなるばかりではないでしょうか。
また、学校を休校にしても「子どもを預ける学童保育で感染が広がるのではないか」と心配する声も聞かれます。こうした施設で集団感染を起さない対策について、必要な指導を行うことが求められると思います。

実は、休校に伴うこうした問題は、「新型インフルエンザ」の発生に備えた対策を検討した際に、議論がなされています。この中では、例えば、医療関係者の子どもについては、預かる施設の確保を関係省庁が連携して検討することを求めています。

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今後、対策を打ち出す際は、こうした議論を参考に、対策の実効性が少しでもあがるよう、そして、国民の不安が広がらないようにするための必要な措置を同時に示すことが大切だと思います。

「この新型コロナウイルスの感染対策は、難しい」、感染症の専門家は、こう話しています。
今後、私たちは生活・仕事など、さまざまに我慢、協力をしなければならない場面が出てくると思います。そのためには、国が国民の知りたい情報、正確な情報を適切なタイミングで提供しなければなりません。
その上で、国と自治体、医療機関、そして国民が連携して、この感染症に立ち向かう態勢を作ることが、いま求められていると思います。

(中村 幸司 解説委員)

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