35.狂人病
よだれを垂らして立つ男性。
服装はまだ新しく、整っているとすら言える。
しかし、それを着ている人間は、もはや普通とは言い難い。
俺が継承した記憶の中に、同じような光景があった。
街中の人々が屍となって徘徊して、共に暮らしていた仲間に襲い掛かる。
まさに死屍累々と化し、地獄を絵に描いたような光景だった。
これも呪いの一つであり、傷を負わせることで伝染する。
名を――
「狂人病……」
男性の一人が襲い掛かってくる。
俺は剣を生み出し、両肩から地面に突き刺して、身動きを封じる。
さらに後ろから二人。
左右からもゾロゾロと現れ、俺たちに襲い掛かる。
「ユーストス殿! 彼らは一体!」
「詳しく説明している暇はありません。一つ確実に言えるのは、この街はすでに呪いの王の眷属に支配されています」
記憶を辿る。
同じ現状を生み出していた眷属に心当たりがある。
ただし、同一人物ではないだろう。
かつて彼らの前に立ち塞がった眷属は、聖女の力によって倒された。
おそらく同種の力をもった別の個体だ。
能力や性質が完全に同じであれば、呪いを振りまいている本体を倒さない限り、狂人病の犠牲者は増え続けるだろう。
「どこかに本体がいるはずです!」
「待て! 彼らはどうする? この街の住人なのだろう」
「残念ですが手遅れです」
狂人病に感染すると、肉体は半分死に、半分だけ生きている状態となる。
一言で表すなら、文字通りの生きた屍だ。
攻撃しても再生して、生者を襲い続ける。
聖女の力をもってしても、助けることは出来ない。
「これ以上の犠牲者を出さないためにも、早く本体を探しましょう」
「くっ……わかった」
グリアナは悔しそうな表情をしていた。
民衆を守る騎士として、元住人の彼らに剣を向けることは不本意だろう。
アリアたちも、見た目が人間だから戸惑っている。
出来ることなら戦わせたくないが、そうも言っていられない。
この霧の所為か?
近くにいても、互いの気配が感知しづらい。
もしも逸れたら、二度と再会できないような予感すらある。
襲い掛かってくる感染者も、姿が見えるまで気配がつかめない。
「くっ……」
「躊躇うな!」
アレクセイの怒声が響く。
嘆いている時間はない。
一刻も早くこの場を切り抜け、本体を探し出さねばならない。
「攻撃を受けないでください! 傷を負えば、そこから呪いは伝染します」
「でも先生……」
「ああ」
アリアの言いたいことはわかる。
感染者の数がどんどん増えてきて、逃げ道も進む道もなくなりつつある。
このまま完全に囲まれると厄介だ。
その前にマナの魔法で一気に――
「皆さん!」
突然聞こえてきた声に、俺たちは驚かされる。
声の聞こえた方向を目を向けると、一人の男性が駆け寄って来た。
「こちらへ!」
見たところ感染していない。
正気を保った状態で、指をさしながら叫ぶ。
「早く! 抜け道がありますから!」
「ユーストス殿!」
「……よし、案内してください」
短い文のやり取りで、全てを把握したわけではない。
意図を察して彼についていく。
現状を打開するためには、一旦この場から離れなくてはならなかった。
俺たちは霧の中を駆けていく。
離れないように互いの姿を視認できる距離を維持しながら。
感染者たちは動きが遅いから追いつけない。
気付けば周りには誰もいなくなっていて、俺たちだけになっていた。
さらに進み、一軒の建物に入る。
そこには地下への入り口があって、鍵を開けて中へと入る。
「ここまでくればもう安心ですよ」
「ここは?」
「避難用の地下シェルターです。無事だった人をかくまっているんですよ」
周囲に目を向ける。
ホールのような広い空間に、感染していない人たちが集められていた。
他にも部屋があり、出入りしている姿がある。
「貴方は?」
「申し遅れました。私はドレークです」
彼は街で商人をしていたという。
俺たちは簡単に自己紹介を済ませ、何が起こったのかを尋ねた。
事件が起こったのは十日ほど前。
それまで街に異変はなく、平穏な日々が続いていた。
しかし、一人の感染者が現れたことで状況は一変。
次々に感染は広まり、街中で大混乱が起こった。
街の外へ逃げようとする人々もいたが、同じタイミングで霧が発生し、自分の位置すらわからなくなって、街の中を右往左往していたそうだ。
「ここにいるほとんどは、霧が発生する前に逃げ込んだ方々です。他は残念ながら……」
「そうですか……あの、感染者以外に人影を見ませんでしたか?」
「いえ、私は見ていません」
「この中で感染者が出たことは?」
「ありませんよ。出ていたらとっくに私も感染しています」
話はそこで終わり、俺たちは一室を借りた。
グリアナが言う。
「どうするのだ? 外へ出るにしても、あの霧は危険だ」
「ああ……霧の中だと気配がまったく読めん。無作為に探すのは、私も反対だ」
グリアナとアレクセイが意見を言い合う。
ふと、ティアが考えている俺に気付く。
「師匠?」
「何かわかったの? お兄さん」
「いや……一つ試したいことがある」
これまでに得た情報と、記憶の中にある情報。
二つを掛け合わせて、一つの仮説をたてた。
「頼みがあります」
それを確認するためには、彼女たちの協力がいる。
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