元NHK記者の告白(3/3)

 これまで2回にわたって、23年間のNHK記者生活で感じた違和感を書いてきた。私が言いたいことはシンプルだ。

「サービスの質が低下しているNHKの受信料は下げるべきだ」

 最終回の今回は、受信料の問題について、報道の最前線で感じた私見を述べたい。

地方のニュース枠削減でサービス低下

 いま多くの視聴者がさほど意識しないまま進行しているのが、サービスの低下である。ずばり言うと、地方局のニュース放送枠の大幅削減だ。

 働き方改革で記者の休暇取得が進む中、最近は土日の勤務や泊まりを廃止する地方局が増えてきた。記者がいなければ当然、ニュースも出なくなる。必然的にローカルニュースの放送枠は、段階的に削減されることになる。

 ひと昔前は大都市圏を除くほぼ全都道府県で、土日も、各放送局からの地元ニュースを朝・昼・夕の3回放送していた。だが、ここ数年、地方局で廃止が進み、「管中」といわれる首都圏や大阪、名古屋などの拠点局からの放送を、そのまま該当エリア内の県でも流すようになっている。土曜日や日曜日に単独のローカルニュースを出し続けている局は、全国でも数えるほどしかなくなった。

 首都圏在住の方には、NHKの土日の午後0時10分からの首都圏ニュースを見てほしい。冒頭の挨拶が以前は「ここからは関東のニュースをお伝えします」だったが、現在は「ここからは関東甲信のニュースをお伝えします」に切り替わった。山梨県と長野県の局でこの時間のローカルニュースを放送しなくなったためだ。

 しかも最近は、単独のローカルニュースを放送している地方局でも、平日夕方6時10分から7時までのローカル放送番組が放送されない機会が増えている。年末年始やお盆の時期などは、別の番組で穴埋めして休止するからだ。

 こうした事態をNHKはあえて広報しないので、視聴者もあまり気づかない。だが、地方のNHKの放送サービスは、明らかに低下していることは間違いない。

受信料はやはり値下げすべき

 こうした状況にもかかわらず、受信料の値下げは進まない。1世帯が支払う受信料は、契約数の多い衛星契約の場合、月額2170円、年間約2万6000円に上る。NHKは昨年10月に月額35〜60円の値下げをしたが、この程度ではスズメの涙と言われても仕方あるまい。

 総務省が設置した分科会で示された資料によると、NHKの受信料は国際的にも割高だ。ヨーロッパではNHK並みの水準の国もあるが、隣の韓国・KBSの視聴者負担は年間約3000円で、集められる額は650億円に過ぎない。

 また、有料テレビの「Amazonプライム・ビデオ」は月額500円、「Hulu」でも1026円だ。災害報道などの使命を担うNHKと同列視できないにせよ、やはり受信料は高すぎるのではないか。

 実は私には故郷で年金生活を送る80過ぎの母親がいる。自営業で加入は国民年金のみだったため、ひと月当たりの受給額は4万円ほどしかない。生活保護を受給できるレベルだが、爪に火を灯すような生活の中から国民の義務とばかり、やり繰りして受信料を納めている。こうした高齢者は決して少なくない。私がNHKに入局して湯水のごとく経費が使われる実態に反発を覚えたのは、こうした背景もある。

職員の高年収に高額の住宅補助

 巨額の受信料を背景にNHK職員の待遇は、ネット上で「上級国民」と揶揄されるほど恵まれている。2019年度のNHKの人件費から算定すると、職員1人当たりの年収は1095万円に上る。

 私は比較的高給とされる大手新聞社からNHKに転職した際、よく周囲から「給料が相当減っただろう」と言われたものだが、手取り収入はほとんど変わらなかった。

 とにかく職員へのサポートは手厚い。特に驚いたのは住宅補助だ。持ち家のある職員にも毎月5万円の住宅補助が支給される。つまりNHK職員はマイホームを購入すると、住宅ローンのうち5万円は会社に肩代わりしてもらっているのだ。

 白状するが、私も家を買うか迷っていた際、上司から「こんな制度はほかの会社にないぞ」と言われ、購入の決定打の1つになった。

受信料の見直しを進めるべき

 総務省の分科会でNHKの制度改正の議論が進められているが、限られた有識者しか発言しない分科会にとどまらず、国民的議論を進めるべきだと思う。

 まずNHKが国民にどれだけ必要とされているのか、改めて全国規模の調査をしてはどうか。いまの受信料は適正と考えるか。いくらなら払ってもいいかを調査するのだ。

 ひと昔前なら、故・大橋巨泉氏が司会を務める「巨泉のこんなものいらない!?」(日本テレビ系列)という民放番組で、最初にやり玉に挙がったのがNHKだった。最近の「NHKから国民を守る党」の台頭を見ても、一定数の国民にはもはやNHKは不要と思われてしまっているのも事実だろう。

 放送法では、NHKの設立目的を「公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送を行うとともに、放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い、あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うこと」と定めている。

 NHKが現在の形で設立された1950年当時は、一般家庭にほとんどテレビが普及しておらず、NHKを通じて全国に公平に質の高い番組を提供していきたいとの狙いがあった。しかし、時代は大きく変わり、全都道府県で大都市圏とほぼ同レベルで民放を視聴できるうえ、有料チャンネルや「ABEMAテレビ」など、様々な放送を楽しめるようになった。

 NHKの適正な規模と受信料を探るための本格的な議論が必要な時期ではないかと思う。例えば、NHKが伝えるべき番組を絞り込む作業も必要ではないか。

 NHKの放送は、災害報道をはじめ日々のニュース、大型番組、娯楽教養など多岐にわたる。「災害報道」は最優先として存続すべきだし、国民的人気のある紅白歌合戦や大河ドラマ、採算的に民放が扱わない福祉的要素の強い放送なども残すべきだろう。一方で、民放でも扱われるレベルの番組は整理していいのではないか。番組の当事者は死に物狂いで制作に取り組んでいると思うが、受信料をつぎ込むべきかどうかは別問題である。

 昨年5月、日本新聞協会は、番組の削減などでNHKは受信料収入を2000億円程度削減できると公表した。これが実現すれば、3分の1近く減額できることになる。また、ここには人件費の削減は踏み込まれていない。さらに本格的に削減を進めていけば相当の受信料負担を減らせると思う。

 最近、NHKの前田晃伸会長の「番組の質が落ちるから受信料削減はしない」と発言したと報じられていた。だが、NHKのニュースの質自体がすでに低下している。みずほHD会長まで務めた前田会長は富裕層に属するだろうから、NHK職員の高待遇といってもピンと来ないかもしれないが、低所得者からも義務のように集めている受信料の重みを改めて感じてほしいと思う。

 コロナ禍で倒産が相次ぎ、大量の失業者が生じてもNHK職員の給与、ボーナスは削られたとの話は聞かない。NHKは昨年5月、コロナの影響で事業継続な困難な事業者に対して受信料を免除する措置を公表したが、免除の期間はわずか2か月だけ。閉店や倒産のリスクに直面した中小企業にとっては何の助けにもならないだろう。

 最後になるが、私自身は「NHKから国民を守る党」のように「NHKをぶっ壊せ」などとは全く考えていない。災害時に国民の命を守るための緊急報道などは絶対必要だと思うからだ。

 だが、いまや国民の負担増は加速している。国の借金や社会保障費の負担などを見ても、今後も負担増は避けられない。ましてコロナ禍でさらなる負担が予測される。

 こうした中でNHKの受信料負担がこのままでいいのか。

 これまで3回にわたって書いてきた問題点ついて、デイリー新潮を通じ、NHKにコメントを求めた。まず、取材に受信料名簿が使われていた点(第1回参照のこと)、選挙取材にあたり開票所の関係者や自治体の首長から情報を得ていた点(第2回)については、

「取材・政策の過程に関わることについてはお答えしていません。取材・制作にあたっては法令に沿って行動するとともに、社会のルールに照らして適切なのかを常に自問し、律しています。受信契約者の個人情報については、その管理を徹底しています」(NHK広報局)

 持ち家のある職員にも毎月5万円の住宅手当を支給している点については、

「個々の事情によって異なり、一概には回答できません」(同)

 との回答だった。

 一介の平記者・平デスクに過ぎなかった私の考えだが、この拙い文章を読んでくれた方が、今後のNHK改革を考えるうえで参考にしていただければ、本当にありがたいと思う。

大和大介
本名非公開。大手新聞社から転職し、1997年にNHKに入局。23年間にわたり取材記者・デスクを務めた。2020年夏に退局し、現在フリー。

週刊新潮WEB取材班

2021年1月7日 掲載