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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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ハズレ枠の【ゆるパク】で最強になった俺が仲間を救出するまで 前編

 月は西の空へ沈んだらしい。

 薄い雲さえ見えず、満天の星が輝いていた。


 夕食を済ませた後、先程まで仮眠を取ったおかげで夜中だが眠気は無い。

 俺が寝過ごさないようにラフィーアが一緒にいてくれたのだが、起こしてくれたのは館の使用人さんだった。


 ラフィーアはどうしたのかと思えば、俺を抱えこんで眠り込んでいる。

 意外とポンコツなのを忘れていたせいで、危うく救出作戦が中止になるところだった。


 時々ニヘラと笑みを浮かべ、幸せそうに眠っているラフィーアを起こさないように寝床を抜け出す。

 明日の朝、目を覚ましたラフィーアにツッコミを入れるためにも、クラスメイトを救出して無事に戻ってこよう。


 ラフィーアは眠り込んでいたが、里長のハシームが見送りに来ていた。


「わざわざ、すまない」

「何を言う、里の恩人が大勝負を掛けるのだ、たとえ力は貸せなくとも思いを伝えることぐらいさせろ。ヒョウマ、くどいと思うだろうが、無理だと思ったら退くのだぞ」

「分かった、必ず無事に戻ってくる」


 ハシームと握り拳を打ち合せ、サンドロワーヌを目指して空間転移した。

 一旦森の端へ転移して、千里眼を使ってクラスメイトがいる宿舎の様子を窺う。


 クラスメイト達の宿舎は、一言で言うなら刑務所だ。

 建物の周囲は高さ5メートルぐらいの塀に囲まれていて、塀の上端には槍の穂先のような突起が埋め込まれている念の入れようだ。


 建物自体はそんなに新しく見えないので、元々戦争捕虜などを入れておくために作られたものなのかもしれない。

 馬車が通れる大きな門の脇に通用口があり、どちらも内部の者を逃がさないように外側から閂を下ろすように作られている。


 塀の外側は、通用口の脇の詰所以外に建物は無く、見通しが利くようになっていた。

 千里眼に加えて探知魔法も併用して探ると、見張りの兵士は二名のようだ。


 一人が門の前に立って目を光らせ、もう一人は詰所の中から門前の兵士を見守っている。

 ただ、二人とも注意を向けているのは、塀の中よりも街の方向のように見える。


 すでに倉庫街などの暴動は収まっているようだが、城に雪崩れ込んで来ないか警戒しているのだろう。

 街と城との間には、多くの兵士が警戒を行っていた。


 クラスメイトがいる宿舎は平屋建てで、中央に食堂やトイレ、風呂などの共用部分があり、その両脇に学校の教室程度の大部屋が二つ設えてある。

 どちらの部屋にも窓はあるが、全て脱走防止用の鉄格子が嵌められている。


 建物の入り口には、外側から閂が落とされ、更に錠前が掛けられているようだ。

 頑丈そうな錠前ではあるが、空間転移を使えば中に入り込めるし、建物ごとダンムールに移動してしまえば良いので、別段開ける必要は無いだろう。


 クラスメイト達を救出するには、見張りの二人の存在が邪魔だ。

 建物ごとダンムールに空間転移するにしても、クラスメイト達の首輪の鍵を確保するか、そうでなければ全員の首輪を外す必要がある。


 鍵を確保するには、詰所を家探しする必要がありそうだし、全員の首輪を外すには少々時間が掛かるので気付かれる心配がある。

 戦闘になったとしても負ける気はしないが、魔物相手ではない人間同士の殺し合いは避けたいところだ。


 そこで、昼間助け出した獣人族の奴隷から外した首輪を使う事にした。

 二人の兵士に首輪を嵌めて、俺の言う通りにさせれば救出作戦を進めやすくなるはずだ。


 アイテムボックスから、ハンドベルの鍵を取り出してポケットに突っ込んだ。

 更に、首輪を2セット取り出して、1セットは尻ポケットに突っ込み、もう1セットを両手で握る。


 門の前で警戒に当たっている兵士が、街の方向に気を取られている瞬間を狙って、詰所にいる兵士の背後へと空間転移した。

 転移が完了した瞬間に兵士の首に嵌め、驚いて振り向いたところでハンドベルを鳴らして命じる。


「声を出すな」


 見張りの兵士は、振り向いた姿勢のままで目を見開いている。

 入口とは反対の背後から現れれば、驚くのも当然だろう。


 驚愕に目を見開いて固まっていた兵士だが、すぐに椅子を蹴立てて立ち上がった。


「動くな!」


 慌ててハンドベルを鳴らして命令を追加したが、椅子が倒れて大きな音を立てる。

 窓の外へと視線を向けると、門前でこちらを振り向いた見張りの兵士と目が合った。


 尻ポケットに突っ込んでおいた首輪を手に取り、門前の兵士の背後へと空間転移する。

 背後から首輪を嵌めようとしたが、兵士が振り向きながら大きく飛び退ったので、上手くいかなかった。


 兵士は剣を抜いて斬りつけてきたが、今度は俺が飛び退って躱す。

 人化している状態だが、腕で剣を受け止めても斬られないと思うが、この状況で試してみる気にはならない。


 もう一度空間転移を行って移動したのは、両手で剣を振り上げた兵士の頭上だ。

 兵士が振り向く動きに合わせて続けざまに空間転移を行い、今度こそ背後に回り込んだ。


 首輪を嵌めた直後に距離を取り、ハンドベルを鳴らして命じる。


「動くな、大声を出すな」


 見張りの兵士は動きを止めたが、苦々しげな表情で俺を睨みつけてくる。


「貴様……何者だ」

「答える気は無い。剣を納めろ」


 ハンドベルを鳴らして命じると、兵士は腰の鞘に剣を納めた。


「中に閉じ込めている奴隷の鍵を出せ」


 見張りの兵士は舌打ちした後で、腰に吊るしていたハンドベルを差し出した。

 ハンドベルを俺に手渡す時、兵士は大きく目を見開いた。


「お前、まさか置き去りにされた奴か……?」

「だったらどうした。勝手に別の世界から呼び出して、人っ子一人いない森の中に置き去りにした奴が生きて戻ってきたら、復讐されるのは当然だよな」

「馬鹿な、あんな場所に置き去りにされて、生きて帰れるはずがない」

「ならば、誰がこの中に閉じ込めている連中を助けようと思うんだ? ついでだ、宿舎の鍵もよこせ」


 見張りの兵士は再び舌打ちを洩らした後で、ついて来いとばかりに頭を振って詰所に向かって歩き始めた。


「ラルゴ!」


 詰所のドアを開けた兵士は、入口で足を止めた後、鬼のような形相で振り向いた。


「貴様ぁ……」


 掴みかかって来ようとする兵士に向かってハンドベルを鳴らし、俺に危害を加えようとしないように命令を追加し、詰所に入るように命じた。


「ぐぅ、これは……」


 詰所の床には動くなと命じておいた見張りの兵士が倒れていたのだが、その頭は詰所の隅に転がっていた。


「貴様、鍵を持ったまま転移魔法を使ったな」

「そうか、魔力の繋がりが切れて……」


 昼間、奴隷商会から獣人族の奴隷達をダンムールまで連れて行った時には、俺も一緒に転移したから大丈夫だったが、今は俺だけ転移したのでリンクが切れたのだろう。


「よくもラルゴを……」

「ふざけるな、お前だって問答無用で剣を抜いて斬り掛かってきたじゃないか。自分達だけはやられないとでも思ってやがるのか!」


 思わず大声で反論してしまったが、内心は酷く動揺している。

 間違いなく、俺の行動によって一人の人間の命が失われたのだ。


「あのクソ生意気なガキの仇討ちのつもりか!」

「クソ生意気なガキ? 誰のことだ?」

「とぼけるな。馬を暴走させて脱走を図った、ツヨシとかぬかすガキの仇を討つつもりだろう」

「馬の暴走? ツヨシ……って、益子か」


 兵士から与えられた情報と、これまでの偵察を組み合わせて行くと、気付いたことがある。


「あの火炙りにされてたうちの一人、首が無かった……脱走した益子か!」

「鍵から離れれば首が飛ぶと、散々教えてやったのに、よほど死にたかったのだろうな。だがな、死ぬなら一人で死ね。あの馬の暴走で五十人以上の住民が命を落としたんだぞ、怪我をした者は三百人を超えている。勝手に死んだ死体を火炙りにした程度で、俺たちの気が収まるとでも思ってるのか! ぐふぅ……」


 命令によって大声こそ出せないが、憎しみを剥き出しにして捲し立てる兵士にボディーブローを食らわせた。

 人化していても竜人の力は使えてしまうので、手加減に手加減を重ねたつもりだったが、それでも兵士は身体をくの字に折り曲げて悶絶している。


「黙れ……勝手に召喚したくせに奴隷扱いしてた奴が、偉そうに語ってんじゃねぇよ。何人死のうが、その原因を作ったのはお前らだろうが」

「ぐぁぁぁ……」


 怒りに任せて兵士の右手を踏みつけると、骨が砕ける感触が伝わって来た。

 右手を抱えて呻いている兵士を詰所の隅まで蹴り飛ばすと、ぐったりとして動かなくなった。


 どの程度加減が出来ているのか自分でも分からなくて、もしかすると殺してしまったかもしれない。

 詰所の中から宿舎へ空間転移しようとして、危うく踏みとどまる。


 もし、俺が持っている鍵しか近くに無かったら、クラスメイト達の首が落ちてしまうところだ。

 詰所を出てドアを閉め、詰所の屋根へと飛び乗り、そのまま一息に塀を飛び越えた。


 見張りの交代がいつ行われるのか分からないが、あの詰所の状態を見たら間違いなく兵士達が集まってくるだろう。

 それまでに、クラスメイト達を救い出す必要がある。


 宿舎の入り口の錠前を引き千切り、閂を外して中へと踏み込む。

 廊下を進んだ突き当りが食堂で、右に曲がると男子達の大部屋なのだが、その手前にも鍵のかかった扉があった。


「邪魔だ……」


 兵士との小競り合いで興奮しているのか、行動に抑えが利かず、ドアを蹴り破って中へと入った。


「樫村、いるか!」

「誰だ……」

「麻田だ、助けに来た」


 錠前を引き千切ったり、ドアをけ破った音で起き出していた男子達は、俺の声を聞いて息を飲んで静まり返った。


「騒ぐな! まだ脱出できた訳じゃない、大声を出して騒げば兵士達が来るぞ」


 機先を制してハンドベルを鳴らして、クラスメイトが歓声を上げるのを防いだ。


「麻田、逃げるにしても首輪を嵌めたままじゃ無理だぞ。鍵は一つじゃないから、他の兵士が鍵を持って来れば俺たちは動けなくなる」

「心配すんな、首輪は外せる」

「マジか……」

「時間が無いから、一列に並んでくれ、順番に首輪を外す」


 まず最初に樫村の首輪から外した。


「罪科の軛を解き放つ……解錠」

「おぉぉぉぉ……」


 樫村の首輪が外れると、男子達からどよめきが上がったが、騒ぐなの命令のおかげで大きな声は上がらない。


「樫村、女子が騒がないようにしてくれ。こっちを外し終えたら、すぐに行く」

「分かった。でも、どうやって逃げるんだ?」

「任せろ、空間転移だ」

「お前、強奪系のスキルが使えたのか?」

「詳しい話は後だ」


 樫村は大きく頷くと、女子の大部屋に向かって走って行った。

 廊下の向こうから話し声が聞こえて来るから、女子も目を覚ましているのだろう。

 樫村が女子の方を抑えている間に、俺は男子達の首輪を外していった。

 首輪を外した男子には、宿舎の周囲の監視をしてもらう。


 俺も首輪を外す作業を続けながら、探知魔法で周囲を探っているが、幸い近づいてくる兵士はいないようだ。

 詰所の中を千里眼で覗いてみたが、蹴り飛ばした兵士はあのまま動いていない。


 男子の首輪を外し終えたら、女子の首輪を外しに向かう。


「ドアを蹴り破るから下がってくれ」


 千里眼で女子達が離れたのを確認してドアを蹴り破った。


「お前、凄いな……俺が蹴ってもビクともしなかったぞ」

「まぁ、色々あったんだよ……」


 樫村がハンドベルを鳴らして、女子の騒ぎ声を抑え、俺が順番に首輪を外していった。

 首輪を外した女子にも、周囲の監視を行ってもらう。

 こうして役目を与えておけば、無駄に騒ぐことは無いと思っていたが上手くいっているようだ。


 全員の首輪を外し終えた所で、食堂に集合を掛けて、これからの事を簡単に説明した。


「これから、空間転移の魔法を使って脱出する。向かう先はサンカラーンのダンムールという里だ」

「サンカラーンって、獣人族の国じゃないのか?」

「その通りだが、ちゃんと話はつけてある。ただし、獣人族の人族への憎しみは根深いものがあるから、無用な刺激はしないでくれ。もし、ダンムールに馴染めない場合には、他の国への移住も検討する。それまで俺たちは居候だという事は理解していてくれよ」


 クラスメイト達は不安な表情を浮かべているが、今更後には引けない。


「じゃあ、樫村。みんながここから動かないようにまとめていてくれ」

「麻田、お前はどうするんだ?」

「俺は、建物の外から魔法を使う」

「建物の外って、ここからじゃ駄目なのか?」

「あぁ、建物ごといただいて行くからな、じゃあ頼んだぞ」

「建物ごとって、マジか……」


 呆れたような表情を浮かべる樫村を残して、宿舎の外へと空間転移した。

 少々急がないと、こちらに向かって兵士が二人歩いて来るのが探知魔法に引っかかった。


 千里眼で確かめると交代の兵士のようだが、そちらへの意識は遮断して転移の準備を進める。

 ダンムールの様子を千里眼で確かめると、整地した場所では篝火が焚かれ、立ち入る者がいないように兵士が見張っている。


「よし、いくぜ……」


 外から建物の大きさを把握して、一気にダンムールへと転移した。

 建物の周囲が一瞬にして壁から森へと変わり、篝火が燃える匂いがする。


 少々座標がズレたらしく、落下の衝撃で悲鳴が上がっていたが、建物は崩れていないし大丈夫だろう。

 どうやら無事に、クラスメイト達を救出できたようだ。


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