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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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復讐は暴動を呼び、兵馬はぼやぼやしていられない 後編

「罪科の軛を解き放つ……解錠」


 ノランジェールの奴隷商人から聞き出した呪文を唱えると、表面に赤い光が走った直後に奴隷の首輪は二つに分かれた。


「おぉぉぉぉ!」

「外れたぁ! 忌々しい首輪が外れたぞ!」


 俺の作業を見守っていた、ダンムールの住民達から歓声が沸き起こる。

 奴隷の首輪は、サンカラーンの獣人族にとっては敗北の象徴であり、連れ去られた仲間の救出を妨げる一番の障害だ。


 これまでに何度も、アルマルディーヌで奴隷として酷使されている仲間の救出が試みられてきたそうだ。

 多くの場合は奪還に失敗したそうだが、割合は少ないが成功したケースもあったらしい。


 ただし、その成功したケースも、首輪は取り外せず、ハンドベルの鍵を奴隷自身が保有して生活を続けているそうだ。

 そして、複数の奴隷を救出できたケースでは、ハンドベルの鍵を中心にした奇妙な共同生活を送らねばならなかった。


「すごいぞ、ヒョウマ。首輪が外せる日が来るなんて……全部ヒョウマのおかげだ」


 解錠の様子を見詰めていたラフィーアは、首輪が外れた直後に抱きついてきた。

 よほど嬉しいのだろう、ラフィーアの瞳は涙で潤んでいた。


 周りにいる里の住人達も、抱き合ったり雄叫びを上げたりして喜びを爆発させているが、俺は今ひとつ喜びきれないでいる。

 どうしても、サンドロワーヌの街で見た惨状が頭から離れないのだ。


 屋根裏部屋から千里眼を使って倉庫街の惨状を確かめ終えた後、奴隷商会へと視線を向けた。

 暴徒と化した市民が押し入った店内はメチャメチャに荒らされ、金目のものはことごとく持ちされたようだ。


 商会の二階にあった会長の住居も襲われ、家族や使用人と思われる人まで惨殺されていた。

 たぶん、あの髭面の男たちの仕業だろう。


 俺は奴隷商会の中を千里眼でくまなく探し、隠し扉の中から首輪を外す鍵を見つけ、空間転移魔法で手元まで引き寄せた。

 そして、ダンムールまで戻ってきて、奴隷の首輪を外し始めたところだ。


「ヒョウマ……? そうか、ヒョウマの仲間は囚われたままだったな。我々だけが喜ぶのは申し訳ない……」

「いや、喜んでくれて構わない。でも、俺がもっと上手く立ち回っていれば、もっと多くの人を救えていたかもしれないと思うと……」

「何を言うんだ、ヒョウマは精一杯やってくれているじゃないか。そもそも獣人族の救出は我々がやるべき事だし、他の獣人族を殺したのは王国の連中だ。責めを負うのは奴らであって、ヒョウマには何の罪も責任も無いぞ」

「ラフィーア……だが」

「だがじゃない! ヒョウマは我々が長年掛かっても成しえなかった事をやってのけたんだ。誇りに思ってくれ、そして……心からの礼を言わせてくれ。ありがとう、ヒョウマ」

「ありがとう!」

「ヒョウマ、ありがとう!」


 ラフィーアの言葉を聞いた者達は、次々に感謝の言葉を口にした。

 これほど多くの人から、真っ直ぐに感謝の気持ちをぶつけられたのは生まれて初めてだろう。


 胸にジーンと迫るものがあり、目頭が熱くなってきた。

 茜色に染まり始めた空を見上げ、ぐっと奥歯を噛んで涙をこらえる。


「約束する……今日救えなかった人達のためにも、もっと多くの獣人族を救い出してみせる! さぁ、残りの皆の首輪を外そう!」


 またしても湧き上がる歓声の中で、解錠作業を再開した。

 サンドロワーヌの奴隷商会から連れて来た獣人族は、男女合わせて二十三名。


 他の里から王国へ連行されていた者達は、ダンムールで体を休めてから自分の里へと戻って行くらしい。

 サンカラーンから連行されたのではない者達、つまり王国内での繁殖で生まれた者たちは暫くダンムールで保護するそうだ。


 連れて来た奴隷達の首輪を外した後、里長の館でハシームに改めてサンドロワーヌの状況を報告した。

 奴隷商会や倉庫街で起こっていた惨劇の様子を伝えると、ハシームは憤怒の表情を浮かべた。


 手の届きそうな距離で、百獣の王が鬣を逆立てて、牙を剥いて唸り声を洩らしている様は、チビりそうなぐらいの迫力だ。


「王国の愚者どもめ……それでも血の通った人間か! そのような輩は皆殺しにしてやれば良かったのだ!」

「父上……」

「いや、すまん。そうだな、それはヒョウマがなすべきことではないな」


 ラフィーアに窘められ、ハシームは大きく息をついた後で俺に頭を下げた。


「あれは、集団ヒステリーというか、群衆心理ってやつで、過激な言動が更に過激な言動を呼び、個人の力では止められない状況になったんだと思う」

「そうであろうな。恐らく、その処刑を行った時に民衆を扇動したのだろう」

「だが、王国の兵士は鎮圧しようとしていたぞ」

「奴らが想定した以上に民衆が興奮して、制御できなくなったのだろう。そうでなければ、自国の民までが犠牲になるような状況を許すはずがない」


 ハシームの推察は、国民に犠牲を出してしまった兵士達が、自分らの落ち度に対する批判を全て獣人族に押し付けようとした結果、暴動を招いてしまったというものだ。


「そう言えば、ベルトナールの姿はどこにも無かった」

「死んだか、さもなくば動けない状態なのだろう。ベルトナールは切れ者だと聞いているが、部下には恵まれていないのだろう」

「ベルトナールの指示が届いていないのか?」

「ベルトナールが動けないのであれば、指示が届いていない可能性が高いだろうな」

「じゃあ、この混乱が収まるには時間が掛かるのか?」


 ハシームは、考えを巡らせた後で首を横に振った。


「いや、獣人族の奴隷が殺されてしまえば、それ以上の暴動を続ける理由は乏しくなる。一旦下火になれば、一気に兵士達が鎮圧に動くだろう」

「だとしたら、今夜か……」

「一気にカタを付けるか?」

「まだ連絡をつけていないのだが、今夜なら兵士達は暴動の始末に気を取られて、仲間への監視が緩んでいるような気がする。それに、首輪を外すための鍵も手に入った」

「ふむ、そうか……」


 ハシームは、腕組みをして考えを巡らせ始めた。


「奴隷が二十三人、そこに俺の仲間が三十人ぐらい加わると、さすがに受け入れが厳しいか?」

「いや、そうではない。五十人だろと百人であろうと、ダンムールに保護を求めて来るならば、里の総力をもって手を差し伸べる。だから、こちらの心配などせず、ヒョウマは己のなすべきことに集中しろ」

「分かった。じゃあ今夜、仲間の救出を決行する」

「我々に手伝える事はあるか?」

「昼間のうちに整地した場所には、誰も立ち入らないようにしてくれ。あの場所に仲間を建物ごと運んでくるつもりだ」


 サンドロワーヌから宿舎ごと仲間を空間転移させるつもりだと話すと、ハシームは目を丸くした後で笑い出した。


「ぐはははは、そいつは面白い。建物ごと奴隷を奪われた王国の奴らが、どんな顔をするのか見てみたいぞ」

「ハシーム、仲間の救出が終わった後の事なんだが……」

「そいつは後だ、ヒョウマ。今は、目の前の事に集中しろ」

「そうだな、分かった」


 ハシームが死亡フラグなんてものを知っているはずがないが、言ってることはもっともだ。

 クラスメイト達の救出を決行するのは夜中の予定だ。


 それまでに食事を済ませて、仮眠しておくつもりだ。

 小屋に戻って、アン達と一緒にアイテムボックスから取り出したオークを食らう。


 あとで里長の館で夕食をご馳走になる予定だが、俺も食わないとアン達が食べようとしないからだ。

 オークの腹を裂いて、心臓と魔石を取り出した。


 普段、魔石はアン達に与えているのだが、今日は気合いを入れるために口にする。

 魔石をガリガリと齧り、血の滴る心臓を食い千切る。


 咀嚼し、飲み込み、胃袋へと落ちていくと力が湧いて来るような気がする。

 それは良いのだが、同時に凶暴な衝動が頭をもたげて来るのは困りものだ。


 奴隷商会にいた髭面の男の首を刎ねたら、どんな気分になるだろう。

 手足を引き千切ったら、どんな悲鳴を上げるだろうなどと、物騒な欲求が頭に浮かんでしまう。


 ちょっと気合いを入れるだけのつもりが、テンションが上がり過ぎかもしれない。

 作戦を決行する時には人化のスキルを使うから大丈夫だと思うが、うっかり兵士を殺したりしないように気をつけよう。


 アン達の食事が終わった後、のんびりと風呂につかった。

 サンクとシスは、ミルクを飲み終えて眠たくなっているようで、溺れないように抱えておいた。


「そう言えば、クラスメイト達は魔物を倒すような訓練は受けたのかな? アン達を見たら、驚いて腰を抜かすんじゃね?」


 それよりも心配なのは、ダンムールの人達と上手くやってくれるかだ。

 獣人族の外見は、日本育ちの俺達からすればファンタジーだ。


 俺はダンムールに来る前に、赤竜からゆるパクした影響で自分自身がファンタジーな存在になってしまったので受け入れやすかったが、クラスメイトもそうとは限らない。

 まぁ、ちゃんと話は通じるし、アルマルディーヌで変な敵対心を植えつけられていなければ大丈夫だろう。


 風呂から出た後、アン達を乾かして、俺もいつでも出発出来るように人化して着替えを終えた。

 訓練場を横切って、里長の館へ向かう。


 西の空には月が浮かんでいた。

 こちらの世界の月は、地球の月の五割増しぐらい大きく見える。


 月自体が大きいのか、それとも距離が近いのかは分からないが、大きく見えるだけあって明るい。

 作戦を始めるのは、月が沈んでからの方が良いかもしれない。


 月を眺めていたら、誰かに見られているような気がした。

 視線を感じる方へ目を向けると、里長の館と棟続きの建物から奴隷だった人達が俺を指差していた。


 軽く右手を上げたのだが、みんな俺を睨み付けている。

 俺の後ろに何かいるのかと振り向いてみたが、誰もいない。


「おい、知らせて来た方が良いんじゃないのか?」

「でも、やけに堂々としてるぞ……」

「どう見ても人族だよな?」

「なんで人族がサンカラーンの里にいるんだよ」


 考えてみると、サンドロワーヌから連れて来た人達には、人化した姿を見せていなかった。

 何と言って説明しようかと思っていたら、丁度ラフィーアが俺を呼びに来てくれた。


「ヒョウマ、夕食の支度が出来たぞ……どうかしたのか?」

「彼らには俺が人化した姿を見せていなかったから、なんで人族がいるんだと思われているらしい」

「あははは、だからヒョウマは竜人の姿の方が良いのだ」

「いや、そういう事じゃないだろう……ちょっと説明してくれ」

「分かった、分かった」


 ラフィーアと親しげに話し始めたので、元奴隷の人々は首を傾げていたが、説明を聞いて一斉に驚きの声を上げた。


「嘘だろう……身体の大きさまで変わってるじゃないか」

「ほ、本当にヒョウマさんなのか?」

「俺は、元々別の世界から召喚された人族なんだ、赤竜から力の一端を貰っちまったせいで何もしていない状態では竜人の姿になっちまったんだ。今は、サンドロワーヌの仲間を救いに行く準備で人化のスキルでこの姿になっている」


 召喚からの経緯をザックリと話すと、元奴隷の人々は、そういうものなのだと自分に言い聞かせているようにだった。


「そういう事なんで、こっちの姿でもよろしく頼む。それと、これから救い出してくる仲間は人族だが、王国の連中に召喚されて奴隷として扱われている連中だ。みんなと同じような境遇の奴らだから、仲良くしてやってくれ」


 ダンムールは、サンカラーンの中でも一番奥に位置しているのと、水晶の採掘拠点ということでアルマルディーヌの侵略をこれまで受けて来なかった。

 それだけに、他の里ほどは人族への憎しみが強くないようにも感じる。


 今、ダンムールの里で人族であるクラスメイトと一番衝突する可能性が高いのは、この元奴隷だった人達だろう。

 作戦を決行する前に、こうして事情を説明出来たのはラッキーだったかもしれない。


「さぁヒョウマ、夕食にしよう。その後、作戦まで少し仮眠を取るのだろう? 寝過ごさないように私が付いていてやろう」


 ラフィーアが嬉しそうに人化した俺の腕を抱える様子を、元奴隷の人達が感慨深げな表情で見詰めていた。


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