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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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父上この状況を説明してください

 アルマルディーヌ王国第一王子アルブレヒトは、鬱々とした日々を過ごしていた。

 王位継承争いにおいて、最大のライバルと目されていた第二王子ベルトナールが突然暗殺され、それに関連して第四王子ディルクヘイムが誅殺された。


 次期国王の座は、アルブレヒトと第三王子カストマールの争いとなったが、そのカストマールまで戦死した。

 現在の情勢を鑑みれば、次期国王の座をほぼ手中に収めた形なのだが、アルブレヒトの心には分厚い雲が掛かったままだった。


 全ては、カストマールが戦死したノランジェールにおけるオミネス、サンカラーンの連合との戦いに起因している。

 作戦を悟られぬうちにカルダットを攻め落とし、オミネスとサンカラーンの繋がりを完全に断つ予定が、攻め入る前に全滅させられてしまったのだ。


 しかも、勇んで出掛けた戦後交渉では、一方的にオミネス側にやり込められる始末だ。

 面倒な交渉は、アルマルディーヌ側のノランジェールを管理するシデルッチに丸投げしてきたが、気分は全く晴れない。


 何から何まで、全ての計画、予定が打ち砕かれた状態だ。

 本来であればアルブレヒトは、オミネスに侵攻したカストマールの背後を守り、勇猛果敢に攻めて来る獣人族どもをあしらっているはずだ。


 猪のように後先考えずに突進するのではなく、父ギュンターの薫陶を活かして兵の損耗を極力減らしつつ、獣人族の苛烈な攻めを凌ぐ予定だった。

 ところが、肝心のカルダットは手に入らないどころか、サンカラーンからも獣人族が攻めてくる気配すらない。


 いっそ単騎でサンカラーンに向かって駆け、思う存分暴れ回ってやろうかと何度も思ったが、それでは以前の未熟な自分に逆戻りであると自重した。

 第一王子ながら、武人でもあるアルブレヒトにとっては、非常にストレスのたまる毎日が続いている。


 王都への報告には、全ての失敗はカストマールであると書いた。

 実際、ノランジェールでの交渉では勇み足があったが、それ以外の状況はアルブレヒトが来る前に終わっていた。


 オミネスに万全の迎撃態勢を構築されている状況で、改めてカルダット侵攻を試みるなど愚の骨頂だ。

 この状況でカルダット侵攻を目指すならば、手持ちの戦力は全て注ぎ込んでも足りないし、それを行えばサンカラーンへの備えが無くなってしまう。


 現状、アルブレヒトに出来ることと言えば、サンドロワーヌに留まってオミネス、サンカラーン両面への警戒を続けることだけだ。

 そして、そのどちらもが攻めてくる気配を見せていない。


 全くの膠着状態で、次の一手をどこに打てば良いのか、アルブレヒトには皆目見当もつかなかった。

 王都のギュンターへの報告書には、サンドロワーヌを拠点として警戒を続ける、何か異常があれば指示を送ってほしいと書き添えた。


 警戒という都合の良い言葉を使ったが、実際にはどうすれば良いのか指示をくれと言っているようなものだった。

 カストマールが生きている状況ならば、このような報告はしないのだろうが、全てのライバルが消えた今ならば、王位継承権を失う心配は要らない。


 アルブレヒトが送った早馬は、間一髪のタイミングで王都の中へと入り込めたが、ギュンターは王都に押し寄せてきた獣人族への対応に追われていた。

 冷静、冷酷な判断を下すギュンターにとっても、チャベレス鉱山の奴隷が反乱を起こすとは思ってもいなかった。


 ましてや、カルダット侵攻のために多くの兵を送り出していて、戦力は王都の守りを固めるだけで手一杯だ。

 ギュンターは、アルブレヒトに最低限の戦力をサンドロワーヌに残し、それ以外の兵を率いて王都に戻るように鳥を使って指示を飛ばした。


 いくら国境線の守りを固めていようと、肝心の王都が陥落してしまっては意味が無い。

 アルブレヒトには、戻ってくる道筋にある貴族にも出兵を命じ、1人でも多くの兵を連れて来るように指示した。


 チャベレス鉱山の獣人族が全て王都に押し寄せているとすれば、その数は5万人に迫るだろうとギュンターは考えている。

 王都内部にいる兵を全部集めたとしても2万人にも届かないだろう。


 獣人族の全てが戦士という訳ではなかろうが、身体能力は馬鹿に出来ない。

 こちらから打って出るなど、不可能な状況だ。


 ギュンターは、ひたすら守りを固めて時間を稼ぎ、アルブレヒトが友軍を連れて戻った時に打って出て、獣人族を挟み撃ちにしようと考えている。

 問題は、肝心のアルブレヒトが国の一番端にいることだろう。


 鳥を使った知らせが届くのは、早くても3日後。

 それから友軍を募りながら王都まで戻ってくるとすれば、どんなに急いでも10日以上は掛かる。


 獣人族との戦闘に備えるならば、更に多くの時間が必要になるはずだ。

 それまでは亀のように門を閉ざし、ひたすら耐えるしかない。


 籠城当初、ギュンターは獣人たちは力押しで突進してくるものだと考えていた。

 だからこその水堀であり、その周囲を囲う草地に水を引き入れて泥濘に変えたのだ。


 足を止めたところを城壁の上から狙い撃ちにして人数を削っていけば、打って出るタイミングも計れるかと思ったのだが、獣人族は遠巻きにしたまま突っ込んで来なかった。

 ギュンターの脳裏には、サンカラーンとオミネスの連携の構図が浮かんでいる。


 そもそも、奴隷の首輪で縛られていたチャベレス鉱山の奴隷たちが、反乱を起こせるはずがない。

 だが現実として反乱が起こっているのだから、奴隷の首輪を外した者が存在するはずだ。


 ギュンターは、ベルトナールの暗殺をオミネスの暗躍によるものだと断じていたが、その目的は第四王子ディルクヘイムを王位に就けるためだと思い込んでいた。


「ぬぅぅ、まさかこれほど露骨に侵略を目論んでいたとは……」


 アルブレヒトからの報告書には、オミネスにはアルマルディーヌに攻め入る意思は無いと書かれていたが、それこそがオミネスの計略だとギュンターは推測した。

 表向きには、関わっていない振りをしながら暗躍し、直接的な戦闘は全てサンカラーンの獣人族に行わせる。


 反乱を起こした獣人たちが突っ込んで来ないのは、無策な攻めでは王国には勝てないと悟ったテーギィの策略なのだが、ギュンターはオミネスの軍師が作戦を与えているからだと思い込んだ。


「だとすれば、獣人共が全滅してもオミネスにとっては痛くも痒くもないという訳か……」


 策謀を駆使して王位を手に入れ、国を運営してきたギュンターは、自分の策謀を尽く潰し、裏をかき、上回ってくるオミネスに対して激しい憤りを感じていた。


「このままでは済まさぬぞ。獣人共をすり潰した後は、たっぷりと報いを受けさせてくれる」


 王城のテラスに立ったギュンターは、暗い瞳でオミネスの方角を睨み据えた。


 そのギュンターから知らせを受け取ったアルブレヒトは、執務机に向かって文面を睨み付けたまま動かずにいた。

 書かれている内容からすれば、一刻を争うような事態であるのは明らかだが、このままギュンターの言いなりに動くのが正解なのか迷いが生じたのだ。


 カストマールが死んで王位を争う者はいなくなったが、果たしてギュンターがあっさりと王位を譲るだろうかと考えたら、疑念が頭をもたげ始めた。

 例え、どんなに優秀であろうとも、裏切りの疑いがあれば迷うことなく切り捨てるのは、ディルクヘイムの誅殺を見れば明らかだ。


 アルブレヒトは、自分が他の王子よりも劣っているとは思っていなかったが、父ギュンターとは大きな差があると感じている。

 ギュンターが自分の能力に不満を持てば、1人きりになった王子であろうとも切り捨てるだろうとアルブレヒトは確信している。


 それならば、いっそ救援を遅らせて、獣人たちの手でギュンターを討ち取らせた後に討伐を行えば、すんなりと王位を手に出来るのではないかと思ってしまったのだ。

 そもそも、急いで戻ったとしても、王都が無事である保証は無いのだ。


「獣人共に父を始末させ……その後、王都を……」


 そこまで考えて、アルブレヒトは大きく首を横に振った。


「攻城戦? 市街戦? そんなものに何の意味がある? そんなものは戦ではないわ!」


 椅子から立ち上がったアルブレヒトは、大声で部下を呼びつけると、居残る兵の数を伝え編成を命じ、残りの兵には王都に向けて出立する準備を整えるように命じた。

 アルブレヒトにとっての理想の戦場とは、逃げ隠れする場所のない平原で、力と力の一騎打ちだ。


 王都に入り込んだ獣人族をチマチマと駆除する戦いには、何の魅力も感じられなかった。


「5万だろうが、10万だろうが、所詮は有象無象の素人の集まり、叩き潰してくれる!」


 獣人族によって王都が陥落し、ギュンターが戦死するような、棚ボタ式の王位継承を目指すのではなく、アルブレヒトは己の武威を示して認めさせる道を選択した。

 その日のうちに出立の準備を整えさせたアルブレヒトは、鎧を身に着けて馬上の人となった。


 サンドロワーヌに来る時には、あくまでも視察のためであり戦時ではないとアピールするために馬車での移動であったが、今は間違いなく戦時だ。

 王都から知らせが届くまでの時間を考えれば、獣人族が王都を放棄してサンカラーンへの帰還を目指し、こちらに向って移動してるかもしれない。


 アルブレヒトは昨日のうちに先触れの馬を走らせ、沿道の領主に戦闘準備を整えるように命じた。

 同時に、アルマルディーヌ王国の大地を汚す獣人に鉄槌を下す兵を募った。


 領主たちにとっては寝耳に水の事態ではあったが、獣人族に王都近くまで踏み入られたと知り、多くの者が参戦を望んだ。

 勿論、その裏にはギュンターの危機に恩を売っておこうという思惑がある。


 サンドロワーヌを出た時、5千程だったアルブレヒトの軍勢は、その日の夜には1万を超える数になっていた。

 その多くは貴族の私兵であるが、戦果を上げて取り立てて貰おうと目論む冒険者や農民の姿もあった。


 アルブレヒトは、次々に参陣を申し出る者たちを吸収しつつ、先を急がせた。

 自分たちが到着する前に、王都が陥落しては意味がない。


 かと言って、接敵した時に疲れて動けないのでは勝ち目が無い。

 サンドロワーヌから王都までの半分の行程は急ぎ、残りの半分はいつでも戦える余力を持って進むつもりだ。


「急げ! この程度で音を上げる者など必要とせぬぞ! アルマルディーヌの意地を見せてみよ!」


 戦好きのアルブレヒトの部下は、平素より鍛えられている。

 この主にして、この兵ありといった戦バカの集まりなのだ。


 あわよくば取り立ててもらおうなどと考えて参陣した農民などは、行軍の速度に付いて行けずに遅れ、脱落してゆく。

 折角集まった人材が減ることになるが、戦闘スキルを持ち合わせていない者は、戦場では体力勝負になる。


 この程度の行軍速度に付いて来られないなら、戦場での活躍など望めないだろう。

 あっさりと死ぬならまだしも、中途半端に生き延びれば味方の足を引っ張る事になりかねない。


 そういう意味では、この強行軍は格好の振るい落としとなるだろう。

 ハイペースでの進軍は、アルブレヒトにとっても体力、気力を要求されるものだ。


 馬に乗っているとはいえ、重たい甲冑を着込んでいるのだから、楽であるはずがない。

 それでも、アルブレヒトは背筋をピンっと伸ばしたまま1日の進軍を終えた。


 馬から降りた後も野営地を回り、寄せ集めの部隊が連携を高められるように指示を出し続けた。

 充実した気力が、体力にも良い影響を与えているのだろう。


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