復讐は暴動を呼び、兵馬はぼやぼやしていられない 前編
時間は少し遡り、兵馬サイドの話になります。
ハシームにクラスメイト達の受け入れを確約してもらった後、俺はラフィーアと一緒に里の塀を拡張した時に取り込んだ森へと足を運んだ。
森の一角を伐採し、整地を行って広い更地にした。
「よし、このぐらいの広さがあれば十分だろう」
「ヒョウマ、ここに仲間のための家を建てるのだな?」
「いや、家は建てない」
「では、何のために整地したのだ」
「仲間を収容されている建物ごと連れてくるつもりだ」
「はぁ? 建物ごとだと……」
ラフィーアは呆れたような表情を浮かべているが、樫村達が暮らしている建物は頑丈そうな造りだし、丸ごと持って来れば家を建てる必要はなくなる。
プライベートが保てない云々は、救出した後に自分たちで考えてもらうつもりだ。
「まったく、とんでもない事を考えるものだ。だが、建物が消えた時の王国の奴らの顔を拝んでみたいものだ」
「これで、あとは鍵を盗み出すだけだな。ちょっとサンドロワーヌまで行ってくる。夕食までには一度戻って来るつもりだ」
「そうか、ヒョウマを倒せるような者はいないと思うが、くれぐれも気を付けてくれ」
「肝に銘じておくよ」
ラフィーアを抱きしめた後で、空間転移魔法を使ってサンドロワーヌ近くの森まで移動した。
人化のスキルを使い、着替えを終えてから街の様子を伺った。
「何だ……何が起こってるんだ?」
昨日は慰霊のための祭壇が設けられていた場所で、何かが燃やされたようで煙が上がっている。
街までは、まだかなりの距離があるので声は聞こえないが、通りを埋め尽くすように集まった住民が、興奮した表情で拳を突き上げているのが見える。
「ここにいても分からないな。行くしかないだろう……」
表通りに住民たちが集まったことで、人通りの無くなった裏道へと空間転移した途端、シュプレヒコールが降ってきた。
「殺せ! 殺せ! 獣人共を殺せ!」
「滅ぼせ! 滅ぼせ! サンカラーンを滅ぼせ!」
その他にも、報復とか、復讐、皆殺し、処刑などの物騒な言葉が、身体を震わせるほどの音量で降ってくる。
表通りに出て、住民達に混じって事情を探ろうと思っていたが、あまりにもテンションが違い過ぎて、出て行けば怪しまれてしまいそうだ。
俺は住民の目を避けて、ベルトナールの暗殺を試みた時に待機していた宿屋の屋根裏部屋へと移動した。
ここは目抜き通りからは一本裏に入った場所だが、それでもシュプレヒコールが響いてくる。
少しでも事情を知ろうと、煙が上がっていた場所へと千里眼を向けると、黒焦げになってくすぶる人間らしきものが見えた。
「処刑されたのか……?」
処刑されたと思われる遺体は二人で、一人は首から上が無くなっているように見える。
もう一人は頭が付いているが、どちらも焼け爛れていて獣人族なのか人族なのか区別が付かないし、人間の遺体だと思うと直視出来ない。
住民の興奮度から見ても、この処刑されたと思われる二人が、先日の馬が暴走した事件の犯人で、どちらか一方あるいは二人ともが獣人なのだろう。
馬の暴走騒動は、これまでベルトナールに煮え湯を飲まされ続けて来た獣人族にとっては一矢報いた形だが、完全に住民の怒りに火を点けてしまったようだ。
この住民たちのシュプレヒコールはアルマルディーヌ王国の兵士が扇動しているのかと思ったら、むしろ沈静化させようとしているようだ。
処刑場を囲む柵の周りにいる兵士達は、押し寄せる民衆を押さえるのに必死だ。
処刑場を見下ろす演台の上には、まとめ役と思われる兵士がいるだけでベルトナールの姿は無い。
城の中を見回してみても、姿を発見できなかった。
「この状況でも姿を見せないとなると、ベルトナールは死んでいるか、助かったとしても重傷で動けないのか?」
アルマルディーヌ王国の戦略の要は、言うまでもなくベルトナールの空間転移魔法だ。
空間転移魔法を用いる戦術が使えないとなれば、自分たちも損害を出す可能性の高い作戦しか残されていない。
だから思うように報復を進められず、民衆の不満が噴出しているのだろう。
サンドロワーヌの街が混乱を続けていれば、クラスメイトを救出するには有利に働くかもしれない。
いっそ城の中まで乱入してくれれば、混乱に乗じて動き回れると思いながら見守っていると、住民たちは城とは別の方向へと動き始めた。
「どこに向かってるんだ?」
千里眼を使いながら耳を澄ましていると、シュプレヒコールの中に奴隷を殺せというフレーズが混じっていた。
住民たちが向かっていた先は、サンドロワーヌの奴隷商だった。
フェスティバルの間は休業状態だったので、どんな人間が経営しているのか知らないが、集まった住民達は店の戸を壊して乱入し始めていた。
サンドロワーヌの奴隷商会も、ノランジェールのビエルク商会と似た造りで、店の二階が経営者の自宅になっていて、奴隷がいるのは別棟だ。
住民達は完全に暴徒と化していて、奴隷を閉じ込めている建物に入り込むと、扉の鍵を壊し始めた。
獣人族は男女で分けられて、二つの部屋に入れられていた。
六畳ほどの広さの部屋に十人以上が押し込められていて、男も女も扉を壊そうとする音に怯えて一塊になっている。
集まった住民達はドア蹴飛ばしたり、壁との間に鉄の棒を突っ込んで抉じ開けようとしていて、このままでじゃ獣人族の奴隷達が暴行されるのも時間の問題かと思われた。
「どうする、飛び込んで行っても説得出来そうな雰囲気じゃないし……」
何か使えるスキルは無いか、ゆるパクのステータスを開いて一覧を目で追った。
「これだ! 咆哮レベル9」
たぶん赤竜からパクったスキルの一つなのだろう、咆哮によって相手を威嚇して戦意を喪失させるらしい。
このスキルを使って威嚇するならば、竜人の姿の方が良いだろう。
急いで着替えて人化のスキルを解除する。
やはり竜人の姿と人化した時で、身体の大きさが変わってしまうのは不便だ。
「あれっ……これ行かなくても大丈夫なのか?」
着替えをしながら奴隷商の様子を見守っていたのだが、壊されるのは時間の問題かと思った扉の前では、まだ住民達が悪戦苦闘を続けていた。
どうやら身体強化のスキルが得意な獣人族を入れておくための部屋なので、扉は壊されないように頑丈に作られているようだ。
これならば、俺の出る幕は無いかと思っていたが、扉の前にいた住民達が一斉に廊下の入口付近を振り返った。
そこには人相の悪い髭面の男が、血の付いた鉈とハンドベルを二つ掲げていた。
二つのハンドベルには、それぞれ木札と鍵が付けられている。
「マズいな……あれ、たぶん奴隷部屋の鍵だな」
髭面の男の後には、仲間と思われる男達が血のついた斧やスコップみたいな物を掲げて、何やら喚いているようだ。
人相が悪いというよりも、興奮状態で目が逝ってしまっているので、そう見えているみたいだ。
髭面の男が集まった住民に両手を掲げてアピールした後、鍵を開ける。
もう躊躇している場合じゃないので、扉を開いた直後を狙って奴隷部屋の中へと空間転移した。
「ガァァァァァ!」
レベル5程度の咆哮を食らわすと、扉を開いた髭面の男は腰を抜かしてヘナヘナと座りこんだ。
興奮していた住民達も、身をすくませて動きを止めている。
「鍵を渡せ……」
歩み寄って手を差し出したが、髭面の男はブルブルと震えながらも首を横に振った。
扉の横に裏拳を食らわすと、暴徒達が寄ってたかって壊せなかった壁が、砂山を崩すように粉砕された。
「いっぺん死んでみるか?」
髭面の男は座り込んだまま失禁し、持っていた鍵を放ってよこした。
鍵を受け取ってチラリと振り向くと、獣人族の奴隷達まで俺から少しでも離れようと部屋の隅に集まって震えていた。
助けに来たのに怯えられるのは少々不本意だが、一か所に集まっているのは好都合だ。
「全員、その場を動くな……」
更に念押しをした後で、空間転移魔法を発動する。
奴隷部屋の床や壁の一部も一緒に、一気にダンムールの里まで移動した。
転移したのは、里長の館にある訓練場の端で、いきなり現われた俺達に居合わせた兵士達が目を丸くしてた。
「驚かせてすまないが、ハシームかラフィーアを呼んでくれないか?」
事情を理解した訳ではないだろうが、兵士の一人が館の中へと飛び込んでいった。
兵士を見送った後で、連れて来た奴隷達に向き直る。
「皆さんも驚かせてすまなかった。でも安心してくれ、ここはダンムールの里だ。もう人族の連中に襲われる心配はない」
状況を説明したのだが、奴隷達は信じられないといった表情で顔を見合わせるばかりだ。
奴隷達の中心に居る虎獣人の男にハンドベルの鍵を差し出すと、全員が俺を見詰めたまま動きを止めた。
「お、俺達は助かったのか……?」
「まだ首輪を外す鍵は手に入れていないが、もう虐げられ、酷使されることは無い」
「うぅぅ……うぉぉぉぉぉ!」
虎獣人の男が雄叫びを上げると、連れて来た奴隷達は喜びを爆発させた。
事情を察した兵士達も、歓喜の声を上げて俺に駆け寄ってきた。
「凄いぞ、ヒョウマ!」
「やったぞ、王国からサンカラーンの民を取り戻した!」
「ヒョウマ、お前はダンムールの英雄だ!」
兵士達に揉みくちゃにされている所へ、ラフィーアが館から飛び出して来た。
「ヒョウマ、何があったんだ。サンドロワーヌに行ったんじゃ……」
「ラフィーア、捕らえられていた奴隷を連れて来た。保護してやってくれ」
「何だって……」
一瞬、何を言われているのか分からなかったようだが、抱き合って喜びを爆発させている奴隷達の姿を見ると、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「ヒョウマ、ヒョウマ、やっぱり私が選んだ男だ、ヒョウマ!」
ラフィーアは、俺に抱き付いて胸板にグリグリと頬を擦り付けてくる。
絶対に離さないとばかりに背中に回された腕は、ちょっとやそっとでは解けそうもない……というか、普通の男だったら背骨が折れるんじゃないか?
「ラフィーア、喜んでいるところ悪いんだが、サンドロワーヌがヤバい状況なんだ」
サンドロワーヌで起こっている民衆の暴動について話すと、ラフィーアはたちまち表情を引き締めた。
「それでは、やはり馬を暴走させたのは、どこかの里の者か協力者の人族なのか?」
「詳しいことは分からないが、少なくともサンドロワーヌの住民はそう思い込んでいる」
「では、他の獣人族が狙われているのかもしれないんだな?」
「そういう事だから、俺はサンドロワーヌに戻る」
「分かった、怪我などせぬように気を付けてくれ」
「ハシームに状況を伝えておいてくれ」
「了解した」
ラフィーアをギュっと抱きしめた後、空間転移魔法でサンドロワーヌへと戻った。
先程と同様に飛び込んで行くことを考え、竜人の姿のまま屋根裏部屋から状況を伺う。
俺がダンムールに戻っている間に、サンドロワーヌの混乱には拍車が掛かっていた。
街のあちこちで煙が上がり、馬に乗った兵士が集まった住民に解散を命じている。
地球でデモ隊の鎮圧に放水が行われるように、こちらの世界でも魔法を使って水を浴びせて暴徒を追い散らしているようだ。
火の手が上がっているのは、どうやら倉庫街の方向らしく、労働力として使われている獣人族の奴隷が狙われたのだろう。
「酷ぇ……マジかよ……」
千里眼を使って見た光景は、目を覆いたくなるような惨状だった。
雄叫びを上げる住民達が掲げた棒の先には、切り落とされた獣人族の首が突き刺さっている。
倉庫の軒先には、首に縄を掛けられて何人もの獣人が吊るされていた。
その近くで袋叩きにされている獣人は、もうピクリとも反応しない。
千里眼を使ってくまなく街を探しても、生存している獣人の姿は見当たらなかった。
それどころか、袋叩きにされている者の中には、人族も混じっているようだ。
「あの人は……」
額を血の滲んだ手ぬぐいで押さえ、襲撃された倉庫の階段に座り込む年配の男性には見覚えがあった。
フェスティバルに紛れて倉庫街を探っていた時に、親切に声を掛けてきた老人のようだ。
奴隷を閉じ込めていた倉庫の関係者のようだったので、暴動に巻き込まれたのだろう。
暴徒と化した住民は、獣人族の奴隷を殺害するだけでなく、倉庫から略奪も行っているようだ。
兵士達が解散を命じていたのは城の近くだけのようで、倉庫街は完全に無法地帯と化していた。