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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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異世界国家アルマルディーヌ ―至宝の王子と無能な軍勢― 後編

 禍福は糾える縄の如し

 サンドロワーヌ城に五人いる隊長の一人ドネルは、己の幸運に感謝した。


 二日前、ドネルの隊に所属しているアーサーの失態によって奴隷が脱走し、多数の死傷者を出す騒ぎが起こってしまった。

 頭部を殴られたアーサーの意識が戻らないので、まだ詳しい状況は分からないのだが、ドネル自身も処分を免れないと覚悟していた。


 ところが先程、城の留守を預かるタルビオスの右腕、オストバルから伝えられた命令は、襲撃者の探索、奴隷の綱紀引締め、城門前での処刑執行の三つで、どれも重要な役割ばかりだった。

 特に驚いたのは、城内で第二王子ベルトナールが襲われたという事実で、ドネルの隊にはその襲撃犯の探索も命じられたのだ。


 勿論、外部には一切の情報を洩らさず、かつ迅速に容疑者と思われる男の足取りを追う。

 これ即ち、五人の隊長の中で自分が一番信頼されている証でもあるが、同時にドネルの両肩には失敗の許されない責任が背負わされた。


 ドネルは、詰所に隊員を集めて厳命を下した。


「フェスティバルの最終日、城内に不法侵入をした者がいたようだ。こいつがアーサーを襲い、奴隷が脱走する手助けをした疑いがある」

「奴隷に襲われたのではなかったのか……」

「獣人どもに与する者なのか……」


 ドネルの話を聞いた隊員達は、顔を見合わせて囁き合った。

 アーサーの失態は隊員達にとっても汚点であり、それが覆される可能性が出てきたからだ。


「静まれ! 話はまだ終わってないぞ。我が隊は、その侵入者の探索を命じられた。手掛かりは、くすんだ茶髪の若い男であることと、剣の使い手であることしかない。騒動が起きてから既に丸二日近くが経過して、捕らえるのは困難だろうが、何としても足取りを掴まねばならない!」


 ドネルの言葉に、全ての隊員が表情を引き締める。


「街道沿いに足跡を辿り、該当する者、怪しいと思われる者は全員身元を確認しろ。所持品を調べ、不審な点があれば集落などで足止めして逃がすな」


 ドネルは隊を五つのグループに分けた。

 そのうちの三つは、三本の街道に沿って足取りを追い、残りの二つのグループは奴隷共の引き締めと、城門前の広場での処刑の執行にあたる。


 探索組が出発した後、ドネルは部下を連れて遺体安置所へと向かった。

 目的は、益子の死体を持ち出して、奴隷たちへの見せしめとして使うためだ。


 通常、安置所に置かれる遺体は、石材で作られた台の上に安置されるのだが、益子の遺体は石材を敷き詰めた床に転がされていた。

 まだ活用する予定があるから取っておかれただけで、そうでなければ家畜の餌にされていたかもしれない。


「おい、そこの台を持ってこい。そいつに首だけ載せて、適当な布を被せて訓練場に持って来い」


 半開きの口からダラリと舌をだした益子の死に顔を見ながら、ドネルは吐き捨てるように言いつけた。

 ドネルは召喚した奴隷達を集合させて、益子の引き起こした騒動について話し、その結末として生首を見せつけた。


 訓練中にもドネルは感じていたが、召喚した奴隷達は余程平和な世界で育ったらしく、考え方や行動の端々に甘さが見られた。

 今回も仲間の死体を見せられて、殆どの者がショックを受けていたが、ただ一人平然と憎しみさえこもった視線で生首を睨み付けている者がいた。


 自らが生き残る手段として、奴隷という待遇を受け入れ、更には積極的に協力する姿勢すら示す樫村をドネルは評価していた。

 今回、オストバルから言い渡された命令には、兵士達が奴隷と馴れ合うことの無いように、改めて警告が付け加えられていた。


 アーサーが失態を演じたのだから当然の通達であるし、ドネル自身奴隷達に気を許すつもりはない。

 ただし、利用できるものは正当に評価し、可能な限り利用しつくすべきだとも考えている。


 だからこそ、樫村を誉めてみせ、いつになるか分からない奴隷身分からの解放という空手形を切ってみせたのだ。

 今回も樫村の言動のおかげで、奴隷共への引き締めは上手くいった。


 あとは城門前の広場で、民衆対策の処刑ショーを執り行えば、全て上手くいくとドネルは思い込んでいた。

 サンドロワーヌの街は、馬の暴走騒ぎ以降鎮魂ムード一色に沈んだままだ。


 ドネルの役目は、民衆の前で騒ぎを起こした益子の遺体と、黒幕に仕立てた獣人族の奴隷を火炙りにして、王家の素早い対応を示し、獣人への憎しみをもって悲しみを上書きすることだ。

 城門前の広場には、先に実行犯として益子の生首を晒し、騒動を指示した獣人共々火炙りにすると告知した。


 オストバルが連れてきた獣人族の奴隷は、痩せた狼獣人の男だった。

 人相は悪いが、痩せ細っているのが気になったが、そもそも痩せていない奴隷など存在していない。


「お、俺をどうする気だ!」

「お前には、大罪人を演じてもらう」

「大罪人だと……?」

「太々しい態度を演じられなければ、そのまま処刑されると思え。せいぜい悪党を演じるんだな」

「う、上手く演じれば助かるんだろうな」

「上手くいかなかったらどうなるか……覚悟しとけよ」


 罪人に仕立てるために首輪は外さなければ、住民から怪しまれる可能性がある。

 奴隷の首輪を付けたままに出来るなら、太々しくしていろとか、覚えさせた台詞を言わせられるが、それは出来ないのでドネルは奴隷の口を塞いでおくことにした。


 鎖を使って後ろ手に厳重に縛り上げ、口は上顎と下顎を革のベルトでグルグル巻きにして黙らせる。

 あとは、どんなに太々しい演技をしても、火炙りにするつもりだった。


 城門前の広場に設えた処刑場には、立錐の余地も無いほど住民達が詰めかけている。

 ドネルが先に立ち、部下の兵士が獣人族の奴隷を連れて姿を現すと、集まった群衆から地鳴りのようなどよめきが起こった。


 ドネルは隊長として部下達の前での訓示には慣れているが、これほどの群衆の視線を一身に受けるのは初めてだった。

 ベルトナールが民衆の前に姿を見せる際に近くで護衛をする事はあっても、自分に視線が向けられている感じはしない。


 ドネルは震えるほどの高揚感の中で、民衆に向かって声を張り上げた。


「この男こそが、サンドロワーヌに災厄をもたらした元凶だ。アルマルディーヌ王国に歯向かおうなどという邪な考えに囚われ、それを実行に移したがために捕らえられ、厳しい取り調べを受け、そして処刑されるのだ」

「おぉぉぉ……」


 身体を揺さぶるほどに民衆のどよめきが響いてくる中で、ドネルは獣人族の男に歩み寄り、耳元で囁いた。


「このまま、処刑直前まで演技を続けろ……」


 犯人役の獣人族の男は、丸太に鎖で縛り付けられ、広場の穴に差し込まれる形で晒された。

 その直後、丸太の根本に兵士達が手早く薪を積み上げた。


 更に、獣人族の男の隣りには、切断された生首と頭を失った身体が掲げられ、同じく薪が積み上げられた。

 薪に油が撒かれ、ここに至って奴隷の男はドネルの言葉が全て嘘で、自分は生きたまま燃やされるのだと悟った。


「んーっ! んんーっ!」


 猛然と身体を捩って逃げ出そうとしたが、鎖はビクともしない。


「アルマルディーヌ王国に仇なす者に死を! 放て!」


 ドネルの号令に従って、兵士達が火属性の魔法を放った。

 放たれた火の玉は薪に燃え移ると同時に、獣人族の男も包み込んだ。


「ん──っ! うぐぅ──っ!」


 獣人族の男が、身を焦がす熱気に声にならない悲鳴を上げて身を捩ると、民衆からは歓声があがる。

 毛が焦げ、肉が焼ける臭いが漂い、城門前の広場は異様な雰囲気に包まれた。


 獣人族を口汚く罵る者がいれば、騒動で死んだ家族や友人を思って祈りを捧げる者もいる。

 火炙りにされた獣人族の男が完全に事切れたのを確かめてから、ドネルは再び住民に向かって言葉を投げかけた。


『騒動の首謀者には死を与えたが、これで終わりではない。我々は既にサンカラーンへの報復を準備している。アルマルディーヌ王国に歯向かえばどうなるか、徹底的に思い知らせてやる」

「おぉぉぉぉぉ!」

「アルマルディーヌ王国に栄光あれ!」


 熱狂する住民達の声を一身に浴び、高笑いしたい衝動を抑えながら、ドネルは集まった住民に手を振った。

 全て上手くいった、あとは探索に出た部下の報告を待つばかりだが、遠からず吉報が届くとドネルは確信していた。


 獣人の処刑によって溜飲を下げ、報復の計画を知って盛り上がる住民の中に、冷めた目でドネルの姿を追う男がいる。

 カノッサスはサンドロワーヌで雑貨店を営む男だが、裏では第一王子アルブレヒトの密偵を務めている。


 サンドロワーヌは獣人族との戦いの最前線にして、第二王子ベルトナールが治める街でもある。

 アルブレヒトだけでなく、他の王子たちの手の者も住民として入り込んでいる。


 カノッサスの役目はサンドロワーヌでの情報収集と、ベルトナールを失脚させるための工作活動だ。

 とは言っても、ベルトナールへの民衆の支持は高く、これまでは付け入る隙すら見いだせなかった。


 今回の騒動は、ベルトナールにとっては初めてと言っても良い大きな失態であり、王位を争う他の王子達にとっては絶好のチャンスでもあるのだが、サンドロワーヌと王都の距離が、カノッサス達密偵の足枷となっている。

 独断で実行できる工作には限りがあり、大きく仕掛けるための許可を得るには時間が掛かってしまうのだ。


 実際、カノッサスも幾つかの策を鳥を飛ばして奏上し、許可を待っている状態なのだが、その間にもベルトナールは着々と手を打ってきていた。

 空間転移魔法をつかった連絡方法を確立しているベルトナールと、他の王子との差が如実に表れている状況だ。


「ちっ、面白くねぇな……」


 周囲と一緒に盛り上がっている振りをしながらも、カノッサスは小さく舌打ちをした。

 何事も無く処刑が終わり、住民が溜め込んでいた不満のガス抜きも出来たように見えた時だった。


「いつですか……いつ、息子を亡くした私と同じ痛みを獣人共に与えてくれるんですか?」


 集まった住民の最前列いた中年の女性の声は、熱狂の合い間を縫うようにして響いた。

 それまで、あたかも自分がベルトナールになり替わったかのように、民衆に向かって手を振っていたドネルは、虚を突かれてように一瞬固まってしまった。


「じゅ、獣人共への報復は近々行われる予定だ」

「それは、いつなんです? 常日頃ベルトナール様は、獣人共が攻めて来ても直ちに迎撃できる支度を整えていると仰っていました。なのにもう二日も経ってます。まだ報復しないのですか?」

「それは……騒動の背後関係を調べていたから……」


 突然想定していなかった質問をぶつけられて言いよどむドネルを見て、カノッサスは好機の到来だと思い、声を張り上げた。


「そもそも、あの馬はどこから来たんだ! 騎士団の馬じゃないのか!」


 カノッサスの一言で、獣人の処刑に酔っていた住民達の興奮が急速に冷めていく。


「あれだけの数の馬は、騎士団にしかいないよな……」

「じゃあ、騎士団から盗まれたってことなのか?」

「おいおい、騎士団は何やってたんだ?」

「フェスティバルだから浮かれてやがったのか?」

「騎士団がシッカリしていれば、あんな大きな騒動にはならなかったんじゃないのか?」


 サンドロワーヌの住民の間でベルトナールの人気は高いが、だからと言って王国や騎士団に対して不満が無い訳ではない。

 ベルトナールの活躍によって、アルマルディーヌ王国は連勝を続け、多くの獣人族の奴隷を得て、サンカラーンの戦力を削いでいるが、住民達が自分の利益として感じる事はあまり無いのだ。


 労働力として獣人族の奴隷を見かけるが、手軽に買える値段ではない。

 サンカラーンの戦力を削いでいるはずだが、夜中に街中に槍が投げ込まれる事もある。


 自分自身の恩恵として感じられる部分が少なく、デメリットとして感じることが度々起これば、騎士団に対する不満が溜まっていくのは当然だ。

 加えて、近年はジワジワと税金が引き上げられていて、住民の生活は楽になっていない。


「だいたい、ベルトナール様はなぜ姿を現さないんだ!」

「そう言えば、騒動の時にも、陣頭指揮も取らずに城の中に引っ込んでしまったぞ」

「俺たち市民は、どうなっても構わないのか!」


 カノッサスは、ここぞとばかりにベルトナールに批判的な事を叫んだ。

 普段のサンドロワーヌであれば、反論する者が出てくるところだが、驚いたことに同調する者が続いた。


 あるいは、第三王子や第四王子がサンドロワーヌに送り込んでいる密偵なのかもしれないが、カノッサスにとって好都合だったのは言うまでもない。

 ただし、カノッサス達密偵が望んでいたのは、ベルトナールやサンドロワーヌの騎士団に批判が集まることだったが、事態は思わぬ方向へと転がり始める。


「獣人を殺せ! サンドロワーヌに獣人は必要ない!」

「そうだ、奴隷共も一人残らず殺してしまえ!」

「城壁から吊るしてサンカラーンの者どもに見せつけてやれ!」


 誰が最初に言い出したのかも分からないが、広場に集まった群衆は、自分にとって都合が良い、より溜飲が下げられる方法へと進んで行く。

 ドネルが、必死に落ち着くように呼び掛けても、住民達は耳を貸そうとしなかった。


「殺せ、獣人を殺せ!」

「奴隷商にいる奴らも引き摺り出して処刑しろ!」

「倉庫街で働いてる連中も逃がすな!」

「殺せ! 殺せ! 獣人共を殺せ!」


 ついさっきまでの状況とは一変し、住民は城門へと押し寄せる者、奴隷商の店や倉庫街を目指す者など混沌とした様相を呈しててきた。


「いや、こんな状況は考えてなかったんだが……」


 カノッサスは、急激な状況の変化に困惑しつつも、事の成り行きを見届けるために、住民の流れに乗って歩き始めた。


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