今度は絶対に殺させませんっ!
飛翔のスキルを使って空に上がっても、獣人族達の姿はすぐには見つからなかった。
理由は、繁殖場の位置を確かめずに飛び出して来たからだ。
その上、頭に血を上らせて転移してきたから、自分がいる場所すら分かっていない。
上空から地形を眺めれば、自分の位置が掴めるだろうと考えたのだが、薄い雲が掛かっていて見通しが良くない。
それでも、チャベレス鉱山を見つけて山の形などから推測して、ようやく自分のいる場所を把握出来た。
そこから、王都よりも西の方角と思って山際や街道を探し回って、ようやくゾロゾロと移動する獣人族の姿を探し当てた。
ただし、俺が想像していた獣人族とは様子が違っている。
チャベレス鉱山にいた屈強な獣人族ではなく、女性や子供、幼児までが混ざっている。
「まさか、繁殖場まで解放したのか?」
考えていても仕方がないので、空間転移魔法を使って集団の先頭へと移動した。
女性や子供が混じっているからだろう、集団は街道を進んでいた。
「何者だ!」
「待て、俺は敵じゃない!」
「あんた、鉱山を解放する手伝いをしてくれた……」
「そうだ、ダンムールのヒョウマだ。この集団のリーダーは誰だ? ドードなのか、テーギィなのか……それとも」
「ドードさんは、少し後ろにいる」
「分かった、ちょっと止まってくれ。必要ならば、空間転移魔法でマーゴの里まで送り届けるから」
サンカラーンの里まで届けると聞いて、集団からワッと歓声が上がった。
さすがに女性や子供を連れて、アルマルディーヌの中を歩き続けるのは難しいだろう。
「ドード、どうなってるんだ? サンカラーンに戻ったんじゃなかったのか?」
「ヒョウマか、俺達も最初はそのつもりだったのだが、気が変わった」
ドードは悪びれた様子も見せず、チャベレス鉱山を出る前夜からの話を始めた。
今後の行動を決める話し合いでテーギィが決起を宣言し、多くの者がそれに賛同の意を示したらしい。
「じゃあ、チャベレス鉱山を出た時点では、もう繁殖場に向かうと決めていたのか?」
「いや、最初は王都に向かうつもりだったが、ビャムリの街で情報を得て部隊を二つに分けた。俺が繁殖場へと向かう部隊を率いて、残りはテーギィが率いて王都に向かった」
「何だって……こことは別に王都にも向かっているのか」
「そうだ。そうなんだがヒョウマ、可能ならここにいる女性や子供をサンカラーンに送ってもらいたい。我々、男だけならば王国の連中に攻撃を仕掛けられても逃げ延びれるだろうが、女性や子供を守りながらの逃亡は難しい」
確かに、集団には身重の女性もいれば、乳飲み子もいる。
この状態で王国の兵士に襲われたら、ひとたまりも無いだろう。
「分かった、とりあえず女性と子供を送ってしまおう。俺は一旦マーゴの里に飛んで、受け入れ態勢を整えてくれるように頼んで来る。位置が分からなくなってしまうから、ここから動かないで欲しい」
「頼む、いつ追手が近付いて来るか分からないから、なるべく早くしてくれ」
テーギィ達が向かった王都の様子も気に掛かるが、今は考えている余裕は無い。
方角を見定めて千里眼を使い、マーゴの里を探し出して空間転移を行った。
里の中央にある広場に、突然俺が姿を現したので周囲からは驚きの声が上がったが、自分が移動してきた方向と距離を確かめておくことが先決だった。
ここでドード達を見失ってしまうと、また探し出す手間が掛かる。
「ヒョウマではないか、どうした、何かあったのか?」
「ビエシエ、チャベレス鉱山を出た一部の元奴隷達がアルマルディーヌの繁殖場を解放した」
「何だと、そりゃ本当か!」
「本当だ。繁殖場にいた女性や子供を送って来たい。この前と同じように受け入れる体制を作ってもらいたい」
「分かった。よーし、者ども広場を片付けろ! 繁殖場から助け出された同胞を受け入れるぞ!」
ビエシエが大音声で呼び掛けると、地面を震わせるほどの歓声が沸き起こり、広場にいた者達が一斉に動き始めた。
「じゃあ、こちらは頼む。千里眼で受け入れが出来たとみたら、空間転移魔法で次々に送り込むから場所を空けるようしてくれ」
「心得た、よろしく頼むぞ、ヒョウマ」
ビエシエとガッチリ握手を交わし、ドード達の所へと空間転移した。
「ドード、マーゴで受け入れの体制を整えてくれている。縦横20人ずつになるように人を分けて整列させてくれ、順番に空間転移魔法で送り込む」
「分かった、すぐに準備をさせよう」
ドードは部下に指示を出して、集団を分けて整列させ始めたのだが、改めて眺めてみると相当な人数がいるように見える。
「ドード、全部で何人ぐらいいるんだ?」
「そうだな、繁殖場から助け出した者が約2万、その他に鉱山にいた者と途中の街で解放した者を合わせて約2万、合計で4万人ぐらいだな」
「4万……一度に送るのが400人だから100回か」
「いや、ヒョウマ。俺達は自分の足で……」
「駄目だ! 自分の足でどこに向かう、またアルマルディーヌの街を襲うつもりか!」
繁殖場を解放したという話を聞いて忘れかけていたが、女性や子供までが殺されて全滅した村を思い出した。
「アルマルディーヌの兵士と戦って殺し合うのは仕方ないが、一般の民衆をこれ以上巻き込まないでくれ!」
「だが、王国の連中だって、我々の里を無差別に攻撃して女子供を殺したんだぞ」
「分かってる。だが、ここまで来る間に、どれだけの市民を殺した? まさかアルマルディーヌの人族を本気で皆殺しに出来るなんて思ってないよな? もう止めよう、これ以上殺しても恨みが残るだけだ。もう十分だろう!」
まだドードは何か言いたげだったが、部下が整列が終わったを知らせに来たので、一旦話を切り上げて転送作業を始めることにした。
「転送範囲からは、絶対に出ないようにしてくれ。身体が真っ二つになっても責任はとれないぞ。それからマーゴの里に着いたら、すぐに場所を空けるようにしてくれ。これだけの人数だ、早く転送を終わらせるのに協力してくれ」
「ヒョウマ、こいつを一緒に送ってくれ。お前は、向こうに着いたら早く場所を空けるように指示しろ」
ドードの部下を加えた最初の400人を、マーゴの里に向けて空間転移魔法で送り込む。
一瞬にして400人が姿を消したので驚きの声が上がったが、俺は千里眼を使って無事に送り届けられたか確認する方に集中した。
チャベレス鉱山から獣人族を送った時には、最初の3回ぐらいは祝福する里の者が集まって、なかなか場所を空けてくれなかったが、今回は比較的スムーズに場所を空けてもらえた。
「よし、次の400人、送るぞ!」
ある程度の人数を送ったところで、繁殖場などから持ち出してきた穀物などの食糧も転送する。
2時間程ぶっ通しで作業を続け、1万人ほどを転送したところでドードがストップを掛けてきた。
「ヒョウマ、少し休め。一番か弱い者達は送り終えた。少しは休まないと途中で倒れるぞ」
「そう、だな……分かった、少し休む」
街道脇の土手に腰を下ろして寝転んだら、不覚にも眠り込んでしまった。
ハッと目を覚ますと、1メートル程離れた場所から牛獣人の若い男が俺を見詰めていた。
「俺はどのくらい眠っていた?」
「たいした時間じゃない。ドードは眠らせておけって言ってた」
「そうか……いや、もう大丈夫だ」
「あんた、何者だ? なんで魔法が使えるんだ?」
若い牛獣人の男は、たぶん途中の街で解放された元奴隷なのだろう。
「その説明は長くなるから、またにしてくれ。今はみんなを転送する方が先だ」
「分かった。俺はタオロだ、あんたの名前は?」
「俺はダンムールのヒョウマだ」
どうやら眠り込んでいたのは30分程度だったようだが、グッスリと寝入ったからか頭がスッキリしていた。
「ドード、転送を再開する」
「もう良いのか? あまり無理するなよ」
「あぁ、大丈夫だ」
とにかく、繁殖場から助け出した者達だけでも、マーゴの里へと転送してしまいたかったのだが、10回ほど転送を行ったところで中断を余儀なくされてしまった。
「追手だ! 追手が来るぞ、千人以上いる!」
集団の後に残しておいた見張りが、大声を張り上げながら走ってきた。
「よし、全員迎撃準備!」
「待ってくれ、ドード」
「何だ、ヒョウマ。まさか兵士まで殺すなと言うんじゃないだろうな?」
「戦闘になれば、こちらにも死傷者が出る。俺が行って追い払って来る」
「いいや、これは俺達の戦いだ。ヒョウマ、お前は転送に専念してくれ」
ドードは、部下の1人に俺のサポートを命じると、自分はアルマルディーヌの兵を迎え撃つべく街道を走っていった。
モヤモヤする思いが残ったが、とにかく残っている子供達の転送に専念することにした。
マーゴの里への転送作業を行いながら、時々、千里眼を使って戦闘の状況を確認する。
ドードは、盾を持たせた一団に街道を進ませながら、同時に両脇の山の中にも部隊を展開して、アルマルディーヌの兵士を包囲する作戦のようだ。
対するアルマルディーヌ側は、ドード達を発見すると、すかさず集団魔法を撃ち込んで来た。
道路上を移動してくる相手ならば、位置を予測して狙いを定められるからだ。
巨大な火の玉が街道を突き進む獣人達に、容赦なく降り注いだ。
盾を構えて疾走する獣人達は、降り注ぐ火の玉など見えていないかのように走り続けている。
この連中は、言ってみればアルマルディーヌ兵の視線を引き付ける囮役だ。
魔法の炎が身体を焼き焦がしても、足を緩めることなく走り続けた。
その姿を見て、アルマルディーヌ側は更なる集団魔法を打ち込み続けたが、その間に獣人族の別動隊が回り込む。
転送作業を続ける俺を守るために、ドードは1万人の兵を残していった。
それでも前線に立つ兵士は約1万、対するアルマルディーヌ側の追手は2000人にも満たないようだ。
「うぉぉぉぉぉ!」
「敵襲! 右翼から敵襲!」
ドードは、山間の道だけに縦列隊形をとるしかないアルマルディーヌ兵に対して、相手から見て右側から山を回った一団を突っ込ませた。
アルマルディーヌ兵は攻撃魔法を撃ち込んで止めようとするが、山の斜面を利用し、身体能力に物を言わせた獣人達は止まることなく一気に突っ込んでいった。
たちまち狭い山道での乱戦となり、そこへ逆の斜面を回った獣人の一団が突っ込み、あっと言う間にアルマルディーヌ兵は磨り潰されるようにして全滅した。
獣人側も犠牲者を出したようだが、そもそも見通しの悪い場所で獣人相手に戦闘を仕掛けた時点で、勝敗は決していたのかもしれない。
獣人達は、倒したアルマルディーヌ兵から鎧や武器を回収し、サイズの合う者は血しぶきを気にせずに身に着けていく。
そう言えば、街道を進んでいった一団は、全員が鎧で身を固めていた。
この一団を野放しにしておけば、この先どれほどの街や村が襲われ、どれほどの住民の命が奪われることになるだろう。
何としても、全員をマーゴの里へと送り届ける必要がある。
たぶん、王都に向かった連中も同じように街や村を襲っているはずだ。
王都の中にまで入り込まれたら、更に多くの住民が犠牲になるだろう。
そちらも何とかして食い止めたいが、今はまずここの集団を送り届けてしまうことが先だ。
内心大いに焦りを感じながらがも、俺は着実にマーゴに向けて獣人達を転送し続けた。