第20話 強制に近い説得
【深魔の森】を進行してくる兵士共を捕縛し尋問した結果、いくつかの事が判明する。
そのうちの一つが、この戦争には裏ではそれなりに名の通った召喚士であるルビーが参加しているということ。聞く限りどうも、端金や権力で動くようなタイプに思えない。だとすれば、フェリスだろう。大方フェリスの保有する精霊を獲得しようとしたのだと思う。
確かに、フェリスの保有精霊は、表ではほとんど知られてはいない。だが、情報屋ムジナからの情報が正しければ、フェリスは精霊王の一角と契約しているはず。そもそも、フェリスが、アメリア王国を離れた原因もそこにあるようだし、まず間違いあるまい。
私が知っていたのだ。ルビーとかいう召喚士が知っていても何ら不思議ではない。
使えると判断した私は、この愚物を利用し、フェリスと風猫の本質を知ろうと、罠を張った。
具体的には風猫のいる洞窟周辺ごと、ギリメカラの呪界と化し、その中へルビーどもを誘い込んだだけ。
こうして、滑稽な道化は私好みの演劇を演じてくれた。
実に良い働きをしてくれたルビー君はいくつかの新しい拷問の実験台にしようと思っていたわけだが、自称蛆虫のイフリート君にあっさり炎滅されてしまう。ま、心底どうでもいいな。
こうして、こっぱずかしいギリメカラの演出で即興の剣の道を通って奴らの傍まで歩いていったわけだ。
因みにアンナ、ファフ、ミュウの三者はギリメカラの呪界で、お留守番中だ。もちろん、ファフとミュウが大人しくしているわけもないので、アンナとともに、呪界内の森の探索をさせている。どうせこの呪界は、ギリメカラの意思なくしては侵入できぬ。ここにいる限り安全だしな。
「主役が眠っていたんじゃ、お話にもならないな」
ギリメカラに視線を向ける。
『は!』
ギリメカラは大きく頷くと、両手の掌を叩く。
「むにゅう……はれ?」
両眼をパチッと開けて、キョロキョロと周囲を確認する14、15歳ほどの金色の髪の一房を横っちょに結びにした少女。この女がフェリス・ロト・アメリア。これでも30歳の公女殿下様というんだから、若作りというにしても限度がある。なんでも、これも【イタ
「私はカイ・ハイネマン。ローゼマリー・ロト・アメリアのロイヤルガード(仮)だ。君らと取引に来た」
私の素性を知り、全員にどこか安堵のような空気が立ち込める。
「あ、貴方は本当にカイ・ハイネマン……なのですか?」
長身で細身の形の良い髭を生やした白髪の老紳士が、躊躇いがちに尋ねてくる。
この者は、ルーカス・ギージドア。元王国魔導騎士団団長であり、あの最強のハンター、イザーク・ギージドアの父親だ。
「ああ、私はカイ・ハイネマン。申し訳ないが、先ほど君たちをテストさせてもらった。
合格したのは、ルーカス・ギージドア、君だけだ。あとは落第もいいところだったな」
「妾たちが落第じゃとっ!!」
怒りの形相で勢いよく立ち上がるフェリスに、ギリメカラの配下の者達から一斉に射殺すような視線が集中し、児童姿の悪霊から小さな悲鳴が上がる。
「そうだ。君の選択した方法は、最悪だよ。大方、自身の
この悪霊の悪質さ加減からも、己の命が失われる事も十分承知していたんだと思う。
「あ、悪霊って、こやつは土の精霊王、タイタンじゃぞ?」
「こいつが、精霊王ねぇ」
私の視線に悪霊タイタンは、ビクッと全身を痙攣させて震えだす。その様子からも反抗心というもの自体が読み取れない。
まったく、人間の私に対し、地べたに這いつくばって震えているのが土の精霊王? 弱いなりにも歯向かってきた自称精霊王イフリート(現在自称蛆虫)の方がまだ根性がある。流石の天下の精霊王もこんな悪質で臆病な屑悪霊に勝手にその名を語られたのでは迷惑極まりないだろうさ。
「そ、そなた、一体、何なんじゃ……妾、もう訳がわからん」
怯え切ったタイタンと私を相互に見て、当惑気味に尋ねてくる。
「話を戻すぞ。ローゼの配下に己の義務と責任を放り投げるような、負け犬はいらん。そこでだ。君らに課題を出すことにした。
まずは、風猫の諸君からだ。この周囲には、ケッツァー伯爵の領軍兵900余りがいる。それを己たちの手で退けて見せろ! もちろん、フェリスとルーカス殿の力を借りずにだ」
「そ、そんなの不可能だっ!」
黒髪の少女が声を張り上げ、他の住人達からも否定の言葉が上がる。
そんな元気一杯自己否定してどうするよ。こいつらの負け犬根性はマジで筋金入りだな。
「カイ・ハイネマン! 皆、碌に戦闘経験などない者ばかり! それが900の領軍と戦うなど不可能じゃ!」
私に指先を向けてくるフェリスに大きく、息を吐き出し、
「嫌なら、我らは君らから手を引かせてもらう。そこの悪霊が手を貸さん以上、君らは一方的に領兵に蹂躙されるだけだろうな」
「そんなのローゼが許可するはずが――」
「はあ? 勘違いするなよ。私はローゼの仮のロイヤルガード。そもそも、配下ではないのさ。故に、あいつの許可など必要ない」
ぐぬぬと、口をへの字に曲げて私を睨んでくるフェリスに大きく息を吐くと、
「いいか。可能か、不可能かは私が決める。君らに与えられている選択は二つだけ。私と手を組み戦って君らの権利を勝ち取るか。それともここで敗北して惨めに死ぬかだ。強制はしない。選ぶがいい」
彼らの運命の二択を迫る。
「だ、だけど、フェリス様とルーカス様抜きで私たちだけで戦うだなんて――」
「もう一度いうぞ。可能か、不可能かは問題ではない。君らがやるか、やらないかだ」
絶望一色に染めて俯く住民たちの中で、黒髪の少女は勢いよく立ち上がると、親の仇のような目で私を睨んでくる。
「こんな怪物たちを従えるくらいだし、あんたはすごい強いんでしょ?」
「否定はしない」
あくまで自己分析だが、この世界でも一応上位の実力はあると思われる。
「あんたなら、外の奴らを楽々撃退できるはずだ!」
「それも肯定するな」
流石の無能の私も、この呪界の外で溢れている野盗モドキどもには負けぬよ。何せ鍛えているのでね。
「だったら、なぜ力を貸してくれないのっ!? こんなの――こんなのただの意地悪だっ!」
「勘違いしているようだが、私に君らを救う義務もなければ責任もない。私は御伽噺にでてくる勇者や英雄のような救いようのないお優しいお人好しでもない。外のゴミを排除する意義などないのだ」
きっぱりとそう断言する。目尻に涙を溜めた黒髪の女は、体を小刻みに震わせ私を睨んできていたが、そっぽを向いて両腕を組んで座ってしまう。
住民も暫し顔を見合せていたが、諦めたようにそれ以上、反論は口にしてこなかった。
「勝手に話を進めるな! 妾は住民だけで戦うなど認めては――」
未だにギャーピー五月蠅いフェリスに近づくと、胸倉を掴んで持ち上げ、視線を合わせる。
「いいか。私はな、諦めを自己犠牲などという小奇麗な言い訳で誤魔化す輩が最も嫌いなんだ。
例え敗色が濃厚だったとしても、勝負を決して投げるな。お前が息を止める最後の瞬間までだ」
これはいわば、ダンジョンで学んだ今の私の信念だ。この世に困難や悲劇など掃いて捨てるほどある。その度に諦めず挑む者こそが、己の願望を実現できる。もちろん、上手くいかぬ事がほとんどだろう。だが、投げてしまえばその時点で敗北は決してしまう。それは許しがたい怠惰であり、大罪だ。
どうも、今のフェリスを見ていると、己の無力を理由に全てを直ぐ諦めていたダンジョンに飲み込まれる前の自分自身を見ているようでイライラする。
フェリスを地面に放り投げる。彼女は尻餅をつき、咳き込みながら反論を口にしようとするが――。
「姫様、これはカイ殿が正しいかと」
「ルーカス、お主まで何を言って――」
「カイ殿を信じましょう。話はそれからです」
ルーカスがフェリスの言葉を遮り、私に話を進めるよう求めてきた。話が分かる者がいて助かる。
「フェリス、お前には今からアキナシの救出へ向かってもらう」
「妾が救出に行くのか?」
当惑気味に形の良い眉を顰める。まあ、普通なら逆だと思うだろうしな。
「ああ、アキナシには目下、千を超える賊に襲撃されている。ここを包囲している者共より、実力も練度も桁違いだ。こちら以上に厄介なことになっているのさ。ここで領兵と闘う方がよほど、楽だろうよ」
「そ、そんな……なぜ、一度にこんな……」
項垂れて親指をガチガチ噛むフェリスから、背後の悪霊タイタンを見下ろす。
「おい、悪霊」
「は、はひっ!」
「本来、お前のような災いしか持ち込まぬ悪霊は、即殺しているところだ。だが、今回に限り、チャンスをやろう」
この悪霊、一応は使い道がなくもない。イフリート同様調教するのも一興か。
「今後、フェリスに永遠にして絶対の忠誠を誓え。そしてフェリスとともに、この試練、見事、潜り抜けてみせろ!」
この件が終了後、イフリート同様、ギリメカラに徹底的にその腐った果実のような根性を鍛えさせるとしよう。
「……」
無言で硬直化しているタイタンに、
『おい、悪霊ぉッ!
ギリメカラ派の幹部の一人に激高され、
「は、はいぃぃ!!」
立ち上がって悲鳴のような声を上げる。
あとはこのスケルトンだが、どうやら最低限の知性はあるようだ。面倒だし、ギリメカラに一任するとしよう。焼くなり煮るなり、奴の好きにするだろうさ。
私はフェリス、ルーカス、風猫の住民をグルリと見渡すと、
「では、諸君、楽しい、楽しい、ショーの開始だ。心配するな。どうせ、最悪死ぬだけだ。だから、心の底からこの祭りを、楽しめよ」
慰めにもならぬ激励の言葉を口にした。
この風猫さんたちの直接指揮と教育はギリメカラが行います。ってなことで、さらに風猫たちはこれはまあすごい事になりますよ。次回は、アキナシ領の話となります。ここも討伐図鑑の愉快な仲間たちが登場します。
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