第10話 風猫の当惑
イーストエンドの【深魔の森】内――
ゴツゴツとした洞窟の一室に集まった十数人の顔は、例外なく苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ローゼマリーか。兄上の三人の子の中では一番真面じゃな。だが、それは妾の知る昔の話。宮廷という魔窟で教育を受けている以上、信用はおけぬ」
「で、でも聖女様は優しい御方って――」
20歳ほどの小柄な女性が、意見を口にしようとするが、
「王侯貴族の優しいが民を考えてのこととは限らぬ。ただの博愛主義ということも考えられるしの」
フェリス・ロト・アメリアは、サラサラの金色の髪をかき上げながら、そう吐き捨てる。
「姫様、確かに我らも疲弊しきっています。このまま義賊の真似事をするのも限界かと」
長身で細身の形の良い髭を生やした白髪の老紳士が、窘めるように進言する。
「ルーカス! 妾たちは義賊ではないっ! レジスタンスじゃッ!」
「そう主張しいてるのは我々だけで、世間一般の認識はあくまで盗賊くずれですよ。アメリア王国と事を構えるにしても、協力者は必要でしょう。危険を冒す価値は十分にあるかと」
老紳士ルーカスの言葉に、腕を組んでフェリスは暫し思案していたが、
「じゃが、もし、王国政府の罠だったら、妾たちはもちろん、アキナシの住民も全てあの豚共の餌じゃぞ?」
問題の核心ともいえる事実を口にした。
「ええ、だからこそ、これは一種の賭けです。世界から一人の人間として認められるか、それとも惨めに朽ち果てるのか。現在、我らはきっと選択を迫られているんだと思いますよ?」
フェリスは、ぐぬぬと、その形の良い眉を寄せて呻いていたが、
「それで、オリバーは何と言うておる?」
フーと大きく息を吐き出し表情を消すとルーカスに尋ねる。
「はい。ローゼ殿下のお話は、全て俄か知識では到底たどり着けないようなものばかりで、それが可能かどうかはさておき、本人が偽りを述べているようにはとても思えない。そう仰っていました」
「ローゼは今、王位選定戦が開かれており、このイーストエンドの領主になった。そう言っておったんじゃな?」
「はい。一応、馴染みの情報屋にも連絡を取りましたが、まず間違いないかと」
ルーカスは殊の外、慎重な男だ。勝算がない勝負をフェリスに持ち掛けることはあるまい。奴にとってあの弱くも無力なローゼは、フェリスたち風猫の未来を委ねるに値する人物ということなのだろう。
「王位選定戦といったな? ならば、ロイヤルガードは決まっているはずじゃ。ローゼのロイヤルガードは誰じゃ?」
ロイヤルガードは、通常、王位を持つ者の筆頭騎士の相称だ。この唯一無二の例外が、王位選定戦であり、各王位継承権者を仮りのロイヤルガードに任命することができる。いわば、ロイヤルガードとは、王位継承権者にとってのもう一つの看板なのだ。
そう。この王位選定戦は、王位継承権者だけの争いではない。いわば、国内の全貴族や豪商たちの権力争いの場なのだ。貴族や豪商たちは、己が次期王に相応しいと信じる王位継承権者に支援し、自己の権力の確立を望む。
この王位継承権者が勝てる。そう思えなければ諸侯の支援が得られず、まず敗北する。ローゼが王位をとるためには、ロイヤルガードが誰かは極めて大きな意義を持つ。
「それが……」
初めて、ルーカスが口ごもる。
「どうした? 誰なんだ?」
変だな。ルーカスは、基本、効率主義者だ。フェリスたちにとって、都合の悪い情報だろうが、普通、話すのを躊躇したりしないのだが。
「【この世で一番の無能】のギフトホルダー、カイ・ハイネマンです。どうやら、かの剣聖様のお孫さんだとか」
「この世で一番の無能!? ローゼの奴、よりにもよって、そんな最悪なギフトホルダーをロイヤルガードにしたのか!?」
そんな無能のギフト所持者がロイヤルガードで、王位継承戦など勝てるはずがない。
「お話にもならんのじゃ」
もはや検討するまでもない。
ローゼへの領地の所属は、おそらく、王位継承権に付属した一時的なもの。もし、他の承継権者が勝利すれば、自動的に剥奪される類のものだ。もし、ローゼが敗北すれば、最悪、このイーストエンドと風猫は、あの変態糞豚伯爵の管理下に入ることになる。
この風猫に所属する住民は、政治犯や、謀反を起こした者の親族ばかり。ある意味、奴隷以上に、その価値を認められていない。あの豚伯爵によるこの地の支配がどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
ローゼの勝利があり得ない以上、そんな危険な賭けになどでるべきではない。このまま無視するのがベスト。
「ええ、ローゼマリー殿下の騎士の一人が、あのザック・パウアーでなければ、私も姫様と同じ判断をしていたことでしょう」
「ザック・パウアー? そやつは、強いのか?」
「ええ、一度、地方の小さな武術大会で一度目にしたことがありますが、その実力は圧倒的でした」
「お前よりもか?」
「純粋な戦闘センスや肉体強度ならば私よりも上かもしれません。もっとも、彼はまだ若い。実戦ではまだまだ私に利があるでしょうが」
ルーカスは、かつて王国の聖王魔導騎士団の団長を務めた人物。魔導騎士団は、戦闘に特化した魔導騎士の集まり。特にルーカスは、武術においても超一流の天才と謳われた男だ。そのルーカスが、ここまで称するのだ。よほどの使い手なのだろう。だとすると――。
「訳が分からん。そんな人材がいるなら、なぜそのザックとやらをロイヤルガードにせぬ?」
「そこですよ、姫様。なんでも、ザックは、ロイヤルガードたるカイ・ハイネマンは自身より、強いと主張しているらしいのです」
「はあ? この世で一番の無能とかいう冗談のようなギルドホルダーがか?」
当然だ。この世界は、ギフトが支配している。血の滲むような努力をこのギフトはあっさりと、裏切り、踏みにじってしまう。それをいやというほどフェリスは見てきた。そんな無能が強いはずがないんだ。
「ええ、それをローゼ殿下も肯定していたらしいのです。まあ、これに関しては、オリバー殿も半信半疑のようでしたが」
「当たり前じゃ! じゃが、だとすると、何とも展開が読めぬな」
少なくとも、騎士団長クラスの実力を持つものを騎士としている。それは、このアメリア王国では、かなりのアドバンテージだ。何せ、地方の諸侯たちは、武を絶対の価値とするものが多いからな。
さて、どうするか。確かに、王位継承戦が真実ならば、イーストエンドの領主などという難題を吹っ掛けられている以上、フェリスたちの存在は喉から手が出るほど欲しいはず。
ローゼにフェリスたちを嵌める危険性はそこまで高くはない。しかし――。
フェリスが思考の渦に入りこもうとしていたとき、慌ただしく近づいてくる足音が鼓膜を震わせる。そして、
「た、大変ですぅっ!!」
部屋に転がり込んでくる黒髪の青年。その顔は真っ青に血の気が引いていた。
「どうしました?」
ルーカスが駆け寄ると、その両肩を掴んで穏やかに尋ねる。
「俺、さっき、南西の湖付近まで狩りに出かけたんです。そしたら、そしたら――」
必死に話そうとするが、中々言葉を紡げない黒髪の青年に、
「落ち着いて。大丈夫。湖の近くで何を見たんです?」
フェリスたちが今一番知りたい要点を語り掛けた。
「す、すごい数の兵隊が、湖の前に集結していましたぁッ!!」
金切り声で答える黒髪の青年。
こうして、事態はフェリスたちにとって最悪の形で急展開を迎える。
次回から具体的にカイの計画が実行に移されます。もちろん、以後からはカイ+討伐図鑑の仲間たちのターンです。
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