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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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獣人族第二部隊の遠征の結末

「狼狽えるな! 例え堀の水が干上がったとしても、獣人共は城壁を超えられぬ。すでにアルブレヒトが諸侯と共に兵を率いて王都に向かっておる。城壁との間に包囲し、磨り潰すように皆殺しにしてくれる!」

「はっ! 失礼いたしました!」


 アルマルディーヌ王国国王ギュンターの許へ報告に訪れた騎士は、己の不明を恥じるように背筋を伸ばし敬礼すると持ち場へと駆け戻っていった。

 騎士に向かって狼狽えるなと言ったものの、ギュンター自身が動揺を感じていた。


 チャベレス鉱山で反乱を起こした獣人共は、これまで相手をしてきた者達とは戦い方が異なっていた。

 国境を超えて略奪を行おうとする者達は、やみくもに突撃を繰り返すだけで作戦らしい作戦を立てて向かって来なかった。


 だが今現在、王都に押し寄せて来た連中は、搦め手の何たるかを理解しつつあるし、合理的で冷静で、非情な作戦を実行してきている。

 まさか堀の水を止められるなどと考えてもいなかった。


 王都ゴルドレーンを囲む堀の水は、西を流れる川から水を引き入れている。

 堀の水として使うと同時に、農業用の用水路としても使われ王都周辺の農民の生活を支えていた。


 川の引き入れ口から王都周辺を流れ別の川の支流との合流点まで、水路は傾斜を計算して作られているので、早くはないが澱まない程度の緩い流れがある。

 別の言い方をすれば、上流からの水量が減れば堀の水位は減ってしまうのだ。


 チャベレス鉱山の元奴隷を率いるテーギィは、堀に流れがあるのに目を付けて、部下に川の取水口を堰き止めるように命じた。

 取水口は幅30メートル以上あり、簡単には埋められる規模では無かったが、獣人族が自慢の膂力を使って大きな石や丸太などを放り込んだ成果が現れ始めたのだ。


 堀の水が徐々に水位を下げていく様子は、攻め込もうとする獣人達にとっては朗報であり、守る側の兵士達にとってはプレッシャーとなりギュンターへ知らされる事となった。

 もとより、知らされたところでギュンターが何か手を打てるはずもなく、一喝して援軍という不確定な希望を与えて帰すことしか出来なかった。


「ふん、我ながら情けない様だな。だが、このままでは終わらせんぞ……」


 援軍という不確定な要素の他にも、ギュンターはまだ手を残している。

 それは、王城から王都の城壁の外へと通じる抜け穴の存在だ。


 この抜け穴の存在は一部の王族と騎士団長にしか知らされていない、最後の最後の切り札だ。

 ギュンターは、城壁が切り崩されそうになった時には、この抜け穴を使って兵を獣人達の背後へと送り込み、包囲を崩す、または敵の大将を狙わせるつもりでいる。


 不確定な援軍の代わりに、確実に存在する兵を使えるのだが、問題が無い訳ではない。

 抜け穴を作戦に使用してしまえば、その存在は公になったも同然だ。


 戦が終わった後には埋めてしまわなければ、城の警備が破綻しかねない。

 王城から外部へと通じる抜け道は複数存在しているので、例えその内の一本を埋めてしまったとしても有事の脱出経路は確保出来るが、その手段が減るのも事実だ。


 ただ、それよりも現時点での大きな問題は、兵の絶対数が不足していることだ。

 通常、王都には近衛騎士を含めて4万人を超える兵が駐留しているが、カルダット侵攻のために、多くの兵士をサンドロワーヌやノランジェールに送り込んでいる。


 その為、王都にいる兵士の数は、搔き集めたとしても2万人にも届かない。

 城壁の守りが厳しくなっている状況で、更に別動隊に人員を割けば、どこかの守りが薄くなり穴が出来かねない。


「獣人のように突っ込むしか能が無かったのだ、さっさと戻って来い、バカ息子が……」


 今の時点では、王都の城壁内には大きな被害は出ていないが、寄せ手に対して目に見えるような戦果も上がっていない。

 援軍が到着しないまま時間が経過すれば、いずれ食糧が底を尽き、状況は加速度的に悪くなるだろう。


 ギュンターがアルブレヒトへの愚痴を呟くのも無理からぬ話だ。

 だが、有効な打開策を打ち出せないのは、王都を囲む獣人族も同じだった。


 ギュンター同様に、テーギィもまた内心に焦りを抱えていた。

 チャベレス鉱山を出た獣人族の一団は、王都まで順調すぎるほどに順調に進んで来た。


 途中、守りが硬いと思われた街を除けば、数に物を言わせて制圧して兵士も住民も皆殺しにしてきたが、王都の守りは別格だった。

 高い城壁に加えて、周囲を囲む水堀、その周囲の草地も水が引き入れられて泥濘と化している。


 獣人族の身体能力をもってすれば、壁面を駆け上り、壁の上端に手を掛けて上りきることも可能だろう。

 ただしそれは、城壁の下まで助走できる環境があればこそだ。


 そこでテーギィは、周囲の草地へ水を引き入れる堰を壊させた。

 水堀を囲む草地が乾けば、状況も変わってくるだろうと考えたのだが、降り出した雨が作戦を無に帰した。


 若い連中には、トンネルを掘らせ、土団子を堀に投げ込ませたりさせているが、実効性は疑問だ。

 鬱憤を溜めすぎないように、ガス抜きをさせているようなものだ。


 堀の水に流れがあると知って、水の取り入れ口を埋めるように別動隊を送り、実際水位は半分ほどまで減ったが、そこから先は下がらない。

 堀を形作る水路には完全に水が引かないように、いくつもの堰が作られていたのだ。


 普段は流れのある水堀で、上流からの流れを止められた時には水を貯めた堀になるというわけだ。

 空堀となれば乾いた底を走って城壁に取り付くことも出来たかもしれないが、水が残っているのでは難しい。


 目に見える成果が現れているうちは、更に成果を得られるように作戦に没頭するが、膠着状態が続けば強硬策を主張する声は高まっていくだろう。

 周囲の者達には、自分達が存在しているだけで繁殖場の解放に向かった者達の援護になると伝えて暴走を食い止めているが、それもいつまで続くか分からない。


 テーギィは、自分をサポートしてくれている若者に作業の進捗状況を訊ねた。


「踏み台車の作成はどうなっている?」

「急がせていますが、まだ4割程度しか出来ていません」

「そうか、作っても役に立たないのでは意味がない。十分な強度を持たせてくれ」

「分かりました」


 踏み台車とは、荷馬車を2台連結させ、その上に階段状の斜面を乗せたものだ。

 完成時の予定では、階段の一番上までの高さは6メートル以上、そこまで駆け上がって一気に城壁の上まで飛び付こうという作戦だ。


 身軽な者が身体強化魔法を使って行えば、容易く王都の城壁に取り付けるだろう。

 ただし、それはアルマルディーヌの妨害が無ければの話だ。


 高さ6メートルを超えるような櫓が近づいてくれば、当然アルマルディーヌ側は破壊しようとするだろう。

 踏み台車の材料は、現状木を使うしかない。


 火属性の集団魔法で攻撃されれば、木製の櫓などひとたまりも無いだろう。

 一応、完成時には踏み台車の全ての部材に泥を塗って乾かし、火属性魔法への対抗措置とするつもりだが、どの程度まで耐えられるか疑問だ。


 アルマルディーヌ側が城門を開いて打って出て来ないのは、獣人族の身体能力を恐れてもいるのだろうが、戦力的に余裕がないからだとテーギィは見ている。


「互いに手詰まりという訳か……面倒だな」


 テーギィは、チャベレス鉱山で奴隷としての生活を送るうちに、それまでの獣人族らしい考え方を改めた。

 自分達よりも遥かに脆弱な身体つきの人族が、奴隷の首輪を活用して、自分達よりも遥かに少ない人数で好きなように働かせているのを見て、力押しでは勝てないと思ったのだ。


 チャベレス鉱山を出てから、連戦連勝を続けて来た頃は、思いが確信に変わったと感じていたのだが、王都を目の前にして膠着状態になると獣人族の本能が頭をもたげて来る。

 面倒だ、いっそ全滅覚悟で突っ込んでしまえ……テーギィは若手の暴走を食い止めつつ、己の内心との葛藤も続けていた。


「ドードは上手くやったのだろうか、今頃、どの辺りにいるんだろうな」


 テーギィが思いをはせたドード達の一団は、アルマルディーヌの追手を退けた後、ヒョウマと睨み合いをしていた。

 全員をマーゴの里へと送り届けると主張するヒョウマに対して、ドード率いる獣人族の多くが王都行きを熱望しているのだ。


「駄目だ、全員マーゴに空間転移させる」

「なぜだ、ヒョウマ。テーギィ達は王都を前にして足踏みしているのだろう? だったら俺達が駆けつけて援護するべじゃないのか?」

「王都の城壁を超えられずにいるんだ、行ったところで結果は一緒だろう」

「それこそヒョウマ、お前の力で城壁の内部に俺達を送ってくれ」

「断わる! 王都に入って何をする気だ。また住民を虐殺するのか」

「そんな事はしない。俺達はアルマルディーヌの王族を滅ぼすだけだ」

「信じられないな。今ここにいる事だって、俺を騙した結果じゃないか」


 繁殖場を解放した一団も、王都に迫っている一団も、チャベレス鉱山を出た後はサンカラーンに向かうとヒョウマは聞かされていた。

 人里離れた場所を移動するし、食い物も山の中で調達すると聞かされていたのに、実際にはアルマルディーヌの村や街を襲って略奪を繰り返していたのだ。


 その事実をヒョウマから突き付けられると、ドードは少しの間言葉に詰まった。


「ヒョウマ、お前はどっちの味方なんだ。なんでアルマルディーヌの連中を守ろうとする」

「俺はサンカラーンの味方だ。アルマルディーヌの住民を守るのは、無用な殺人を繰り返していたら、いつまで経っても平和な時代なんか来ないからだ」

「じゃあ、テーギィ達を見殺しにするつもりか」

「見殺しなんかしない。行って可能な限り全員をサンカラーンに転移させる」

「どうあっても俺達を王都には行かせない気か?」

「そうだ、行かせない」


 ヒョウマがドード達の行く手を阻むように両手を広げて見せると、若いトラ獣人が剣を片手にドードの隣に進み出てきた。


「ドードさん、話しにならないからっちまいましょう。どれだけ強いか知らないけど、たった1人じゃないですか」


 若いトラ獣人の言葉に釣られて、ジワリと周囲の空気が殺気をはらみ始める。


「駄目だ、ヒョウマは俺達を解放してくれた恩人だぞ。お前は恩を仇で返すのか?」

「じゃあ、俺達に王都に向かった連中を見殺しにしろって言うんですか?」


 ドード1人であれば、あるいはあっさりとサンカラーンに戻っていたかもしれないが、獣人達の代表となると引くに引けなくなってしまうのだろう。


「ヒョウマ、俺達を奴隷の首輪から解放してくれた事には感謝している。だが、俺達の自由にさせてくれないか?」

「駄目だ。全員サンカラーンに送り届ける」

「なぜだ! どうしてそこまで拘るんだ!」

「決まってる。俺達が貴方達を解放したからだ。解放した者としての責任を果たす」

「もう十分だ。十分感謝しているから、俺達の好きにさせてくれ」

「駄目だ。貴方達も責任を果たすべきだ」

「俺達が責任……?」

「そうだ、繁殖場から解放した2万人もの女性と子供、誰が面倒を見るんだ。無責任に放り出すのか!」


 ヒョウマとドードが押し問答を繰り返しているうちに高まってきた殺気が、ヒョウマの一言で揺らいだ。


「全く知らない土地に、放り出された女性と子供を貴方達は見殺しにするのか。食っていけるように手を差し伸べる気も無いのか。あれだけの人数が一度に増えれば、住む場所、食べる物、暮らしの道具……問題は山積みのはずだぞ。そこから逃げるのか!」


 ヒョウマが言葉を切ると、辺りは水を打ったように静まり返った。

 押し寄せていた殺気は霧散し、困惑するような空気が広がっていく。


 獣人族が互いに顔を見合わせる中で、ドードが仲間に向き直って言い放った。


「サンカラーンに戻る! 王都に行きたい、アルマルディーヌと戦いたい奴は、繁殖場から助け出した連中が暮らしていける目途が立ってから、自分の足で行け! 俺達は責任を果たす!」


 ドードが整列を指示し、ヒョウマはマーゴの里への転送を始めたが、全員を転送し終えるまでには何度かの休息を挟む必要があった。

 ヒョウマが仮眠を取る間に、ドード達が眼を光らせていても、若手の何人かが隊列を離れて姿を眩ましたようだ。


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