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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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襲撃は防御しつつ保つのが当然です

 王都ゴルドレーンまであと半日も掛からない距離に迫ったアルブレヒト率いる軍勢は、騎士、兵士、魔術師、冒険者までを合わせると、そうぜい6万人を超える大軍となっていた。

 これほどまでの人数が集まったのは、獣人族を王都に踏み込ませたくないという思いからだ。


 獣人は支配し、従わせ、思うままに使役するものというのがアルマルディーヌ王国の常識であり、人族に逆らうなどもっての外なのだ。

 チャベレス鉱山で奴隷としてはたらいていた獣人どもが、あろうことか反乱を起こし、王都に攻め込もうとしている。


 アルマルディーヌの国民であれば、そんな状況を許せるはずがなかった。

 一般庶民は勿論だが、貴族達の怒りはそれ以上に強い。


 獣人族の奴隷が反乱を起こすなんて状況を許してしまえば、自分の領地では奴隷の反乱が発生し、各種の産業に大きなダメージを及ぼす可能性がある。

 国の威信を守るため、領地の産業と秩序を守るため、多くの貴族は送り出せる限度いっぱいの兵を送り付け、自ら参陣する者さえいた。


「この度の戦いは、国の存亡を賭けた戦いである。我がアルマルディーヌ王国を獣人ごときが自由に歩き回るなど許されぬ! 不遜な獣人共を叩き潰し、身の程を弁えさせてくれる。全てはアルマルディーヌの栄光のために!」


 アルブレヒトは参陣した主だった者を集め、アルマルディーヌ対サンカラーン、人族対獣人族という明確な対立軸、そしてカストマールが戦死した事実を提示することで全軍を掌握した。


 これまで、次の王位を巡って対立していた者達も、もはや迷う必要は無くなった。

 王位を引き継ぐであろうアルブレヒトの意に背けば、自分達の未来が閉ざされるのだから、命令は上から下へと滞ることなく流れていく。


 目先の金に汚い冒険者でさえも、国が消えれば稼ぎも消える、貴族から目を付けられれば旨味のある稼ぎ場を失うかもしれないと思えば指示に従う。

 追い詰められた状況だからこそ、アルマルディーヌという国は一枚岩の団結に辿り着いた。


 アルブレヒトの部下の多くは、獣人族にもひけを取らない膂力が自慢の者が多い反面、魔術を得意とする者は冷遇されてきた。

 これこそがアルブレヒトが目立った戦果を上げられない理由の一つであったが、今回に限っては状況が異なる。


 エンドゥー・レイスフィールド侯爵は元第三王子派で、ノランジェールの惨敗についても独自の情報網で状況を把握していた。

 レイスフィールド家の伝統は集団による魔術戦で、平時よりカストマールの陣に術士を送り連携を行っていた。


 カストマールが戦果を上げられない代わりに、さしたる損害を被らずに戦場を離脱出来ていたのは、レイスフィールド家の功績が大きい。

 ベルトナール亡き後、カストマールを王位に押し上げ、共に繁栄を謳歌しようとしていた矢先に梯子を外された格好となり、エンドゥーは獣人族に強い恨みを抱いた。


 その恨みを晴らす機会を得たのだから、エンドゥーの意気込みの強さはアルブレヒトも一目置くほどだった。

 エンドゥーは冒険者の中から攻撃魔術の得意な者を選抜し、ノランジェールの戦役で失った人員を補充した。


 更に行軍中にアルブレヒトに進言を行い、他家とも連携し、集団魔術を行使する魔術師部隊を編成した。

 明日の王都進軍は、この魔術師部隊を先頭に据え、その後ろに重騎兵、重歩兵を並べる陣立てとなっている。


 突進してくる獣人族に対して、徹底した魔術戦を挑み、数を減らしたところで重騎兵、重歩兵による肉弾戦を挑むというのがアルブレヒトの作戦だ。

 王都からの鳥による知らせで、獣人族は王都の北側に展開していることも把握していた。


 アルブレヒトの部隊は、大きく弧を描くように北から回り込んでいる。

 このまま囲い込むように獣人族を王都の方向へと追い込み、こちらの魔術師と城壁に陣取っている兵士の両面からの攻撃で殲滅するつもりだ。


 現在の場所に到達するまでに、アルブレヒトの軍勢はテーギィ達に襲われたエウノルムの街を通過してきている。

 夏には観光地として賑わう街が、人っ子1人いないゴーストタウンと化し、領主であるデルポリーニ侯爵家の者達は惨殺されていた。


 その惨状は、アルブレヒトの許へと参陣した者達の怒りの火に油を注いだ。

 明日の決戦を前にして、野営地は静まり返っているが、周囲にはピーンと張り詰めた空気が漂っている。


 休む者はシッカリと身体を休め、見張りを行う者は油断なく周囲に目を光らせている。

 野営地を見張る者の更に外側にも、探索を得意とする冒険者が巡回を行っているという念の入れようだ。


 篠突く雨を降らせていた雲は去り、空に浮かんだ月が王都へと続く街道を照らしていた。

 その街道を明りも持たずに疾走する影があった。


 テーギィが残しておいた見張りの馬獣人だ。

 馬獣人は自慢の足を飛ばしてテーギィの元へと駆け戻り、アルブレヒトの軍勢が近付いている事を報告した。


 アルブレヒトも偵察を出して獣人族の様子を窺おうとしたのだが、夜間の偵察において、いくら経験を重ねた冒険者であっても身体能力の高さは上回れない。

 偵察のために近付いた冒険者は捕らえられ、口を割らされた後に処刑された。


 現在、王都を囲んでいる獣人族は3万弱、テーギィは夜のうちに約2万の軍勢を王都の東へと移動させた。

 アルブレヒトの軍勢に囲まれないための措置だが、一番西の端にはエウノルムから追い立てて来た住民を配置して人間の盾にする。


「テーギィさん、踏み台車はどうするんですか?」

「残りの連中で突撃を行う」


 テーギィの立てた作戦は、5千人の獣人族がアルブレヒトの軍勢の足止めを行い、王都への到着を可能な限り遅らせる。

 踏み台車は、3千人の獣人族が使って王都北門の突破を試みる。


 北門付近の攻防と同時に、東門からも王都への侵入を試みる。

 北と東の戦闘が激化した時点で、最後の別動隊2千人が南門からの突破を試みるというものだ。


 出来るならば戦闘は夜間に行い、夜目が利く獣人族のアドバンテージを活かすつもりだが、全ては足止めを行う者たちの働きに掛かっている。

 その足止めを担当する者達は、夜のうちに王都を離れ、アルブレヒトの軍勢が近付いて来る街道脇に塹壕を掘って身を潜めた。


 身を潜めたままアルマルディーヌの隊列が通り掛かるのを待ち伏せ、横槍を入れて暴れ回るつもりだ。

 アルブレヒトの軍勢に較べれば、十分の一の人数しかいないが、足止めの部隊に選ばれた者達は、1人でも多く殺すのではなく傷付けろと命じられている。


 死体は打ち捨てられてしまうが、怪我人を捨てていく訳にはいかない。

 負傷者が増えるほどに、応急措置の時間が必要となり、行軍速度が落ちていくというのが狙いだ。


 足止め部隊は、10人が1グループとなり、50のグループが夜のうちに塹壕を掘り終えて、掘り出した土に草を植えてカモフラージュまで済ませた。

 そして夜が明けて、運命の朝が訪れる。


 既に前日のうちに綿密な打ち合わせを終えたアルブレヒトの軍勢は、まだ夜が明けきらぬ暗いうちに野営地を引き払い王都に向けて進軍を始めた。

 アルブレヒトは、昼前には王都北面を囲むように布陣を終え、午後から戦闘を開始するつもりでいる。


 王都に向かう隊列は、先頭に重騎兵、その後ろには両脇に重歩兵や歩兵を配し、中央に魔術士を守るように並べ、その後ろに近衛騎士に囲まれて貴族とアルブレヒトが進む形だ。

 最初の足止め部隊が仕掛けたのは隊列の右側からだったが、塹壕を飛び出した時点で兵士が反応した。


「敵襲ぅぅぅ! 敵襲ぅぅぅ!」


 声が響き渡った直後に隊列は足を止め、歩兵は一斉に街道の両脇に向かって武器を構え、瞬時に迎撃の態勢を整えた。

 元より、足止めを行う者達は、気付かれるのは覚悟の上で、10メートルほどの距離を一気に詰めて襲い掛かるつもりだったが、凄まじい勢いで攻撃魔法が襲い掛かってきた。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


 炎弾と風の刃のコンビネーションは、獣人族を一瞬で火だるまにして切り刻んだ。

 たった10メートルの距離を走り切れず、10人の獣人族は崩れ落ちた。


 倒れた獣人族が動きを止めた後も、隊列の兵士達は気を抜いた様子を見せない。

 長柄の槍を使い、確実に止めを刺し終えて、初めて警戒が解かれた。


「出立用意! 先頭から順次出立!」

「敵襲ぅぅぅ! 敵襲ぅぅぅ!」


 隊列が進み始める一瞬のスキを狙って、今度は逆側に潜んでいた足止め部隊が仕掛けるが、10メートルの距離を走り切れたのは2人だけだった。

 その2人も火だるまの状態で、歩兵の槍の露と消えた。


 油断なく足止め部隊を退けたアルマルディーヌの軍勢の働きは、見事と言って良いだろうが、ほんの2キロほどを進むのに1時間以上も掛かっていた。

 その後も街道の両脇や時には背後から、足止め部隊は執拗に攻撃を仕掛け、アルブレヒトの軍勢が遠くに王都の城壁を眺める頃には、空は茜色に染まり始めていた。


 アルブレヒトの軍勢は到着と同時に、当初予定していた通りの陣形を組み始めたが、全軍が陣形を整えた時には夜の帳が下りていた。

 本来の予定では、もう獣人族との戦闘に入り、ある程度勝敗も見えている頃だったのだが、開戦もしないうちに通常なら戦闘は切り上げる時間になっている。


「重騎兵を休ませろ! 周囲を意識して警戒を緩めるな!」


 重騎兵は馬の疲労度が大きいので、これ以上の活動は難しい。

 馬も騎士も鎧を脱いで身体を休ませるために後方へと下げ、代わりに大盾を携えた重歩兵が並んで防御を固めた。


 アルブレヒトは主だった貴族や騎士を集めて、明朝からの攻撃開始を宣言したが、肝心な獣人族の姿が見当たらない。

 偵察に出た冒険者などから、どうやら獣人族は東門の前に移動したらしいという情報を得たが、陣形を変更するのは夜が明けて、獣人族の隊列を確かめてからとなった。


 その晩は陣形を維持したまま待機する予定でいたが、北門と東門の中間の城壁で戦闘が始まった。

 アルブレヒトのいる位置からだと、城壁上に陣取った者から集団魔術が打ち出され、炎が暗闇を照らすのが見える。


 アルブレヒトの軍勢に緊張感が走ったが、これはテーギィが仕掛けた陽動作戦だ。

 重りの付いた松明を用意して、火のついた状態で城壁の向こう側を目掛けて投げ込ませ、松明以外にも、投光器を狙った投石も行わせる。


 城壁上で守りを固める兵士達は、松明を風属性魔法で撃ち落とし、投石を食らい、それでも松明が焚かれている場所を狙って集団魔法を撃ち込んだ。


 距離も威力も格段に上がる集団魔法だが、発動するまでに時間が掛かり、待ち構えている獣人達には避けられてしまう。

 たまに逃げ遅れた奴が火だるまになるが、獣人族は臆することなく松明と石を投げ続けた。


 一旦は陣形の変更を明朝と決めたアルブレヒトだが、突如始まった戦闘を見て陣形の変更と魔法による攻撃を命じた。


「あの松明を投げている連中の後方を狙って撃て、支援している獣人族が潜んでいるはずだ」


 暗がりで混乱しつつも最前線に集結した魔術士達は、3つのグループに分かれて集団魔法で攻撃を始めた。

 最初のグループが打ち出した火球によって、着弾地点の周りが照らされ、逃げ惑う者達に追撃の火球や風の刃が降り注いだ。


 断末魔の絶叫を上げながら、人が松明のように燃え上がる。

 地面に掘った竈の中で松明を準備していた者達が、集団魔法から逃げられずに犠牲となったが、その殆どがエウノルムから追い立てられてきた人族の住民だった。


 アルブレヒトの軍勢の集団魔法による攻撃が3回ほど行われた直後、獣人族が反撃に出る。

 魔法の発動によって居場所が判明した魔術師を狙い、暗がりに紛れて接近した獣人族の一団が襲いかかった。


「敵襲ぅぅぅ!」


 例え発見されても、相手は集団魔法に集中しているから撃って来ないというテーギィの見込みは当たっていたが、重歩兵の存在を侮っていた。

 通常よりも防御力を上げ、その分重たい鎧を着込み、金属製の大盾を構えた歩兵達は、獣人族の突進を受け止めた。


 更に、獣人達の動きが止まった所で、魔術士が魔法による攻撃を加える。

 だが、仲間が火だるまにされても獣人族は怯んだ様子も見せず、魔術師目掛けて突っ込んで騎士や兵士を相手に暴れ回ったが数の力で抑え込まれていく。


 序盤の戦闘は、アルブレヒト側が優位に立ったが、夜はまだ始まったばかりだ。


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