奴隷商人に聞いたよin異世界 後編
ビエルク商会で話していた時、怪しまれないように気を配りつつも、首輪の外し方を何とか聞き出そうとしたのだが、店員のガードは思いのほか堅かった。
まして商会主のクビシェが、簡単に秘密を話すとは思えない。
空間転移魔法を使えば、簡単にクビシェの寝室に入り込めるし、戦闘になったとしても負ける気はしない。
だが、力ずくで首輪の情報の開示を迫っても、命を賭してでも秘密を守ると言われてしまったらそれまでだ。
商会の二階部分はクビシェの住居となっているようで、家族と思われる者も暮らしている。
家族を人質にして鍵の秘密を喋らせようかとも考えたが、秘密を洩らしたら一族郎党が処刑される決まりになっていたら意味が無い。
それに、いくらアルマルディーヌ王国の国民であっても、クビシェや家族が俺達の召喚に関わった訳ではない。
人質を取って脅すような悪役的行動をするのは、少々躊躇いがある。
「とは言っても、素直に話してくれないなら、強制的に喋らせるしかないよな……」
カワセミ亭の部屋から監視を続け、クビシェや家族、使用人が寝静まるのを待って、空間転移魔法を使ってビエルク商会へ侵入した。
最初に向かったのは、金庫が置かれている蔵のような部屋で、サイズ違いの奴隷の首輪をいくつか持ち出した。
クビシェ自身に奴隷の首輪を嵌めてしまえば、嫌でも解除の方法を話すだろう。
奴隷の首輪をアイテムボックスに放り込み、クビシェの寝室に向かった。
途中で衣装部屋に立ち寄って、覆面代わりの布を拝借した。
赤毛になって目立つ頭と口元を隠してから、クビシェの枕元に立った。
夫婦仲が良くないのだろうか、クビシェは夫人とは別々の部屋で眠っている。
出来る限り人目に付きたくない俺にとっては好都合だ。
クビシェはキングサイズのベッドの上で、往復イビキをかいて眠りこけていた。
侵入する前に隠形のスキルを発動させているので、気付かれるとは思っていないが、あまりの無防備さに少し拍子抜けしてしまった。
アイテムボックスから奴隷の首輪を取り出して、丁度良さそうなサイズのものを選び、クビシェに嵌めた。
大イビキをかいていたクビシェだが、さすがに首輪を嵌めると目を覚ました。
「なっ……なんで首輪が!」
「静かにしろ」
「誰だ、貴様……」
「大人しくしろ」
静かにしろと命じたが、鍵のハンドベルを鳴らし忘れていたので、クビシェは声を上げる。
慌ててベルを鳴らしてから命じると、クビシェは動きを止めて口を閉じた。
「大人しく従うならば、手荒な真似をするつもりは無い。了解するなら頷き、拒否するなら首を横に振れ」
クビシェは、黙ったまま大きく頷いてみせた。
「俺は、奴隷の首輪の外し方が知りたい。それを知っても、お前が所有している奴隷を勝手に解放するつもりは無い。俺に説明しながら、その首輪を外してみせろ」
少し迷うように目線を泳がせたが、クビシェは再び頷いてみせた。
「よし、説明の間だけ発言を許す、ただし人を呼ぶことは禁じる」
クビシェは、ごくりと唾を飲み下した後で、おもむろに口を開いた。
「首輪を外すには、別の鍵が必要だ。こっちだ……」
魔道具のランプを手にしたクビシェが案内したのは、蔵のような部屋だった。
やはり鍵は金庫の中かと思ったら、クビシェは壁に掛けられた風景画に歩み寄り、額縁の端を引っ張った。
微かな軋み音を立てて、額縁はドアのように開き、隠し戸棚が現れる。
クビシェが取り出したのは、首輪と同じ材質で作られているらしい黒いT字型の物体だった。
T字型の物体は二つあり、縦棒の部分が持ち手のようだ。
「それが首輪を外す鍵なのか?」
「そうだ。これを首輪の繋ぎ目に宛がいながら呪文を唱える……」
「ちょっと待て。外す前にいくつか質問がある」
クビシェが手探りで首輪の繋ぎ目を探し始めたのでストップを掛けた。
「その鍵は、全ての首輪に有効なのか?」
「そうだ。そうでなければ、他の街から連れて来られた奴隷を解放出来ないだろう」
どうやら、首輪を解放する鍵は全て共通だが、その製造法はアルマルディーヌ王家しか知らないらしい。
「もし、その鍵を紛失したらどうなるんだ?」
「この鍵を紛失したら、私は処刑される」
「嘘だろう……」
「嘘ではない。この鍵が奴隷共の手に渡れば、逃亡は思いのままだ。奴隷商人として登録する時に、鍵の管理について誓約書を書かされる。鍵を紛失したり、盗まれたりした場合、私だけでなく家族まで一緒に処刑される」
T字型の鍵を握っているクビシェの手は、ブルブルと震えている。
家族の命が懸かっている鍵を何としてでも奪われたくないという気持ちの表れなのだろう。
「心配するな。鍵を奪うつもりはない」
「本当か?」
「本当だ。別にここにいる奴隷共も解放するつもりもない。みんな、それなりの理由があって奴隷落ちしているんだろう?」
「勿論だ。理由もなく奴隷にされたりはしない。それは誓っても良い。ここに居る奴隷は全て、罪を犯した者か、無計画に借金を重ねてきた者ばかりだ」
「それならば解放してやる理由は無いな」
鍵を奪うつもりは無いと宣言したからか、クビシェの手の震えは収まってきたようだが、俺の正体を探るような視線を向けて来た。
「何が目的だ。何のために首輪の外し方を探っている?」
「単なる知的好奇心だ」
「知的……なんだって?」
「単純に知りたいだけだ。オミネスの奴隷商にも尋ねたが、詳しい話は教えてくれない。秘密にされると、それを暴いてやりたくなるのが人間の性ってやつだろう」
まさか、奴隷にされているクラスメイトや獣人族を解放するためだとは言えないので、苦し紛れの出まかせを並べてみたが、クビシェはまだ探るような視線を向けてくる。
話を始めた時点で交渉術や詐術のスキルも発動しているのだが、クビシェはどちらも高いレベルで保有しているし、鑑定のスキルも持ち合わせている。
まともに鑑定されれば色々と面倒なので、魔法阻害のスキルも発動しているから、ゆるパクで偽装されているステータスすら読み取れないはずだ。
「まぁいい……鍵さえ奪われなければ、首輪の数をやりくりする程度なら何とか誤魔化せる」
「そうか、首輪の数まで管理されているのか。それならば首輪も全て返却しよう」
「良いのか? てっきりモグリの奴隷商人でも始める気なのかと思ったのだが……」
「そんな面倒な事をするつもりは無い。それよりも、首輪の解除を俺にやらせてくれ」
クビシェは、また俺の目を覗き込んでから、手にしていたT字の鍵を差し出した。
「そこを握り、こっちを首輪の繋ぎ目に宛がう、呪文は『罪科の軛を解き放つ……解錠』だ」
クビシェから鍵を受け取り、言われた通りに首輪に宛がった。
「罪科の軛を解き放つ……解錠」
首輪の表面に赤い光が走り、その直後、首輪は二つのパーツに分かれた。
「へぇ、意外と簡単なんだな。もっと複雑な手順が必要なのかと思っていた」
クビシェは苦笑いを浮かべると、外した首輪と解錠のための鍵を受け取った。
ついでに、アイテムボックスに放り込んでいた首輪と鍵も、まとめて返還する。
クビシェは目を見開いて驚いたが、それでも腕輪と鍵を受け取ると、首輪とハンドベルの鍵を手近な机の上に乗せ、先にT字型の鍵を隠し戸棚へと片付けに行った。
クビシェが俺に背を向けた瞬間に、空間転移魔法を使ってカワセミ亭に戻った。
カワセミ亭の部屋からビエルク商会の様子を窺うと、蔵のような部屋の中でクビシェが俺を探していたが見つかるはずもない。
クビシェは部屋の中で腕組みをして考え込んでいたが、金庫の中へ俺が持ち出した首輪と鍵を戻し、数を確認すると胸を撫で下ろしていた。
クビシェが魔道具の明かりを片手に、周囲を何度も警戒しながら寝室に戻ったのを確認して千里眼を使った監視を終えた。
後は、今日の出来事をクビシェが役人に届けるかどうかだが、その可能性は低いと睨んでいる。
首輪を解放する鍵を紛失したり盗まれれば家族もろとも処刑。
首輪を盗まれただけでも、普通であれば厳しい処分が下されるようだ。
正体不明の怪しい人物に、鍵の使い方をレクチャーしたなどと知られれば、自分や家族の身に災難が降りかかるかもしれないのだ。
何の被害も無かったのだから、これ以上自分の身を危険に晒すようなことはしないだろう。
顔に巻いたままだった覆面用の布を取り、着ている服も脱ぎ去ってアイテムボックスに放り込む。
ベッドに横になると、ようやく緊張感から解放されて、一気に眠気が襲ってきた。
毛布に包まりながら、両手を強く握る。
思っていた以上にクビシェが話してくれたおかげで、クラスメイトを解放する目途が立ちそうだ。
明日はサンドロワーヌの街に戻って、城に保管されている鍵か、奴隷商に保管されている鍵を探し出して奪うつもりだ。
鍵さえ手に入れば、後は首輪を外して空間転移魔法を使って別の街まで移送するだけだ。
「いや、違うな……鍵は奪うのではなくて、置き場所を確認するだけだ。先に奪ってしまうと城の連中に怪しまれるだろう。ついでに樫村にも連絡をして、捕らえられている全員をスムーズに救出するんだ」
先に城の鍵を奪ってしまえば、必ず騒ぎになり、監視の目が強化されるだろう。
奪うとすれば、紛失や盗難されれば処刑される奴隷商からだ。
ビエルク商会では獣人の奴隷は扱っていないが、サンドロワーヌの奴隷商は間違いなく獣人の奴隷を扱っている。
どちらから片方を処刑しなければならないならば、俺は迷わずサンドロワーヌの奴隷商人を処刑する。
「あとは、受け入れ先か……」
今の時点では、ダンムールの里に受け入れてもらう予定だが、竜人になってしまった俺とは違い、クラスメイトは人族のままだ。
まさか、こちらに来てからの短い期間で獣人に対しての差別意識を植え込まれていないかと少し心配になる。
もしダンムールの里の者と上手くやっていけなかったら、オミネスへの移住を考えるしかない。
カルダットならば、人族への偏見や差別は殆ど無いし、同級生達も肩身の狭い思いをしなくても済むだろう。
「でも、カルダットだとアルマルディーヌの連中に見つかる可能性があるよな……」
同級生達がカルダットに滞在していると知れば、オミネスとアルマルディーヌ間の対立の切っ掛けになりかねない。
フンダールやルベチには世話になっているから、なるべく迷惑は掛けたくない。
「あぁ、まだまだ考えなきゃいけないことが山積みだなぁ……」
考えることを放棄して、大あくびをしてから目を閉じると、あっさりと眠りが訪れた。