奴隷商人に聞いたよin異世界 中編
ビエルク商会の店員のおかげで、奴隷の首輪と鍵についての知識が得られた。
奴隷の所有者が持っている鍵は、首輪と連動して使役を楽にするためのもので、首輪を外すには奴隷商が保管している別の鍵が必要らしい。
鍵の所持には国への登録が必要なようで、店員の口ぶりでは何やら特別な手順も存在するようだ。
その手順が外部に洩れないように、首輪を外す時には奴隷は薬で眠らされるほど徹底しているらしい。
この程度の情報は入手できたが、肝心の鍵の形や仕組み、それに解除の手順が分からない。
店員に礼を言って店を出て、表に掲げられた奴隷のリストを見物する振りをしながら、店の内部を探知魔法と千里眼で探った。
カウンターの奥には応接間があり、先程までカウンターで交渉していた中年男が奴隷を品定めしていた。
いずれも屈強な身体つきの男だが、年齢は二十代、三十代、四十代といった感じで、三者三様だ。
全員が一生奴隷の身分だとすると、二十代に見える男が一番高価な奴隷なのだろうが、裏を返せば一番大きな借金を抱えているか、一番重い罪を犯した者でもある。
鍵を使って使役できるとはいえ、四六時中監視していなきゃいけない者と自主的に働く者では効率が違うだろうから、性格の見極めも重要そうだ。
応接室の奥に、石の床材を敷き詰めた六畳ほどの広さの部屋がある。
奴隷の首輪の脱着を行う部屋かと思ったが、部屋の中央に簡素なベッドがある他には何も置かれていない。
殺風景な部屋の向こうは、商会の事務所の裏側へ通じる廊下で、その先に蔵のような部屋があった。
頑丈そうな扉が付いた分厚い壁に囲まれた部屋には、絵画や大きな花瓶、魔物の剥製などに混じって金庫と思われる大きな金属製の箱が置かれている。
千里眼で中を覗いてみると、首輪と鍵となるハンドベルのセットがいくつも仕舞われていた。
奴隷の体格に合わせるためだろう、首輪は様々な大きさが揃えられていた。
魔法の首輪だが、サイズの調整機能は付いていないらしい。
首輪は半円形の二つのパーツで構成されているようで、パーツの片側が差し込み、もう一方が差し込まれる形になっている。
差し込むため細くなっている部分には、何やら刻印のようなものが刻み込まれているようだ。
首輪とハンドベルは見つかったが、奴隷商会が保管しているはずのもう一つの鍵が見当たらない所をみると、どうやら別の場所に保管してあるようだ。
もう少し商会の内部を探りたかったが、あまり長い時間、店の前にいると怪しまれると思って移動した。
表通りへと戻って、ビエルク商会を監視できる場所を探しながら昼飯を物色する。
オミネスとの国境である橋を眺められる広場があり、検問所を行きかう人を相手に屋台が出ていた。
うどんのようなパスタのような、具だくさんの麺料理を食べた後、他の旅人にならって広場に置かれたベンチで横になった。
と言っても、昼寝を楽しんでいる訳ではない。
目を閉じたままでも、千里眼を使えば周囲の景色は見えるし、ビエルク商会も監視できる。
ビエルク商会は昼の時間帯には営業をしないようで、準備中の札を下げて表戸を閉ざしていた。
店員たちはカウンター裏の職員スペースで、弁当の包みを広げている。
店の二階は住居になっていて、その食堂で恰幅の良い中年男が食事をしていた。
一緒に食事をしている同年代と思われる女性は、中年男の妻のようだ。
給仕や料理人などの使用人を雇っている様子からして、この中年男がビエルク商会の主クビシェなのだろう。
クビシェは、ゆっくりと昼食と食後のお茶を楽しんだ後で一階に降り、職員スペースの奥に置かれた大きな執務机に向かった。
クビシェが降りてくるのが始業の合図らしく、俺に対応していた店員が表の看板を営業中に戻してきた。
クビシェは机に積まれた書類に目を通し、時折店員に指示を出すだけで、自分では接客を行っていなかった。
ビエルク商会を監視していれば、奴隷の首輪を脱着する様子を見られると思ったのだが、あまり頻繁に行われる作業では無いようだ。
クビシェを監視しながら、奴隷が収容されている建物の様子も探ってみた。
奴隷達が入れられている部屋は、簡単に言うと独居房のような作りになっている。
粗末なベッドと毛布、それに水差しが置かれているだけで、広さは三畳も無いだろう。
奴隷達の服装は、粗末な貫頭衣だけで、下着さえ与えられていない。
ビエルク商会にいる奴隷は人族だけで、獣人の姿は無い。
クビシェや店員達は昼食を済ませているが、奴隷たちに食事が与えられた様子は覗えない。
殆どの奴隷が、ベッドに寝転ぶか腰を下ろして、ぼんやりと壁や天井を眺めている。
先程、ビエルク商会の店員から聞いた話によれば、こうして奴隷商会でぼんやりしている日数は、奴隷としての期間には含まれないそうだ。
まぁ、全く稼いでいないのだから、当然と言えば当然だろう。
昼寝を装って、ビエルク商会の監視を続けていたら、突然声を掛けられた。
「兄ちゃん、いつまでも眠ってると、日暮れ前に次の集落に着けなくなっちまうぜ」
「えっ? あぁ、もうこんな時間か……」
気付くと周囲のベンチから旅人の姿が消え、殆どの者は次の集落を目指して出発した後だった。
声を掛けて来たのは、俺が横になっていたベンチの近くで営業している屋台のおっさんだった。
「寝ぼけていて、追い剥ぎにあったりしないように気をつけなよ」
「ど、どうも……でも、待ち合わせしている奴がまだ現れないんだよね」
「ほぅ、女か……?」
「いや、商売仲間の男だ。ここで待ち合わせてから一緒に次の集落へと向かう予定なんだが……まぁ、呑気な野郎だから、下手すると明日かな」
「それじゃあ、今夜はノランジェール泊まりか?」
「分からないけど、たぶんそうなると思う」
「どこか宿のあてはあるのか?」
「いや、ここで待ち合わせというだけで、宿は取っていない」
「それならカワセミ亭がお薦めだぜ。値段も安いし、部屋も奇麗だし、飯も美味い」
「へぇ、それはどこにあるんだ?」
「その先を左に出て、二つ目の十字路の角だ」
屋台のおっさんお薦めの宿は、この広場からほど近い場所にあるらしい。
教えてもらった値段ならば、俺の手持ちの金でも十分に間に合いそうだ。
「分かった、もう少し待ってみて、それでも姿を見せなかったら、その宿に行ってみるよ」
俺が礼を言うと、オッサンは屋台を簡単に片づけて、自分も手ごろなベンチで休憩を始めた。
この後も、ビエルク商会を見張っていたが、奴隷の首輪の脱着は行われなかった。
元々、待ち合わせなんて口から出まかせなので、商売仲間の男が現れたりはしない。
日が傾き始めた頃、俺はベンチから腰を上げて、カワセミ亭へと足を向けた。
屋台のおっさんは、実は宿から頼まれた呼び込みで、聞いていた料金よりも遥かに高いボッタクリなのかと少し心配したが、カワセミ亭は普通の宿屋だった。
宿泊できるか尋ねると、幸い部屋には空きがあった。
オミネスの身分証を提示して、宿帳に記名する。
こうした宿屋に一人で泊まるのは初めてなので、内心は目茶目茶緊張していたが、どうにか怪しまれずに済んだ。
宿泊料金は聞いていた通りだし、案内された部屋も清潔そうに見えた。
今夜は、この部屋を拠点にしてビエルク商会を監視するつもりだ。
やる気になればダンムールからでも監視できるが、近い方が細かい部分が見やすくて楽なのだ。
「夕食の時間になったら声を掛けますね。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
宿の二階の部屋は、四畳半ほどの広さで、ベッドとテーブルと椅子が一脚置かれていた。
廊下に通じるドアには、内側から閂を落とせるようになっている。
念のために閂を落して、空間転移魔法でダンムールまで戻り、ラフィーアに事情を話してアン達の食事を頼んだ。
「それでは、奴隷の首輪の外し方が分かりそうなのだな」
「いや、まだ肝心の奴隷商が使う鍵が分からないし、手順も不明のままだ」
「そうか、そんなに簡単には行かないか……」
奴隷として連れ去られたサンカラーンの獣人達を解放するためにも、首輪を外す鍵の入手は不可欠だ。
ダンムールの里からは住民は連れ去られていないが、奴隷にされた者達の奪還はラフィーアにとっても悲願なのだろう。
「俺のクラスメイトも捕まったままだから、出来るだけ早く鍵を手に入れるつもりだが、もう少し待っていてくれ」
「分かっている。慌てて事を運んで、ヒョウマが危うい思いをしないように慎重に進めてくれ。まぁ、ヒョウマを倒すような強者はいないだろうが、それでも心配なのだ……」
「ちゃんと無事に戻って来るから、アン達を頼むな……」
「うん、待ってる……」
俺の肩に頭を預けてゴロゴロと喉を鳴らすラフィーアを撫で、アン達もモフってからカワセミ亭の部屋に戻った。
夕食まで、部屋からビエルク商会を見張ったが、奴隷から解放された者も、奴隷落ちさせられる者もいなかった。
オミネスとの国境で交易が盛んではあるが、東京で暮らしていた俺から見れば、ノランジェールは小さな街だ。
奴隷の取引きは日常的に行われているようだが、そもそも奴隷落ちしたい人間はいないのだから、奴隷商が鍵を使う状況は多くないのだろう。
ビエルク商会の従業員は、住み込みではなく自宅から通ってきているようだ。
一日の業務が終わった後は、戸締りをして従業員は帰宅、主人のクビシェは二階の自宅へと戻っていった。
奴隷を収容している建物には、施錠こそされているが見張りすら置かれていない。
逃亡すれば首が落ちるのだから、見張る必要も無いのだろう。
自宅に戻ったクビシェを見張ってみたが、仕事が終わってしまえば、ただのオッサンが日常生活を送っているだけで、面白くもなければ役に立ちそうもない。
そこで、金庫の中から奴隷の首輪をワンセット、空間転移魔法を使って手元に盗み出した。
「へぇ、思っていたよりも重たいな……」
奴隷の首輪はズシっとした手応えで、石なのか金属なのかヒンヤリとしていた。
離れた場所から見ただけでは分からなかったが、首輪の表面には細かな模様が刻まれている。
カルダットとサンドロワーヌで何度もゆるパクしたことで、こちらの世界の文字も読めるようになっているが、刻まれているのはオミネスの文字でも、アルマルディーヌ王国の文字でもない。
「いわゆる先史文明の遺物って奴なのか……」
模様の一部は、戒めとか繋ぐ、封じるといった文字で構成されていた。
俺が文字として読めるのは、たぶん赤竜から知識の一部をゆるパクしたからだろう。
アルマルディーヌ王国の連中は、これを全て解読して奴隷の首輪として使っているのだろうか。
それとも、模様として認識し、同じものを刻むことで使えているだけなのだろうか。
試しに、二つの半円形のパーツを嵌め合わせて、一つの輪っかにしてみる。
カチリと小さな音を立てて嵌った直後、輪を囲むように模様が青い光を放ち、ガッチリと固定されて外れなくなった。
竜人のパワーを使えば、輪を壊して外せそうだが、壊した途端刃が飛び出して来るだろう。
二つのパーツが一つになると、良く見ないと継ぎ目すら分からない。
当然鍵穴のようなものは見当たらないし、模様の光も一瞬だけで、その後はただの黒い輪っかにしか見えなかった。
上から見ても、横から見ても、引っ張ってみても、変化はみられなかった。
一旦、首輪を机に置いて、鍵であるハンドベルを手にしてみた。
ベルの部分は直径が5センチ程度で高さは7センチぐらいだ。
軽く振ってみると、チリーンと澄んだ音色が響いたが、首輪に変化はみられなかった。
「何か命令をしないと駄目なのか?」
再度ベルを鳴らして整列しろと命じてみたが、首輪が勝手に動くはずもなく何の変化もしなかった。
「やっぱり、人に装着した状態じゃないと……いけね、えぇぇぇ!」
背もたれに寄り掛かって椅子を傾けていたら、机を蹴飛ばしてしまい、首輪が床に落ちて転がり、途中で二つのパーツに分かれた。
さっきは引っ張っても外れなかったのに、床に落ちた衝撃程度で外れるものなのだろうか。
床を転がる様子を見ていたが、魔法の刃が出た様には見えなかった。
二つに分かれたパーツを、もう一度組み合わせてみると、カチリと嵌って外れない。
「どうなってんだよ。訳分かんねぇよ……」
ベルを鳴らしながら、首輪を片手で振ってみても、全く外れる気配が無い。
「駄目だ、全く分からん……こりゃ、自分で謎解きしていたら埒が開かないな……」
俺は首輪から視線を外し、ビエルク商会へ千里眼を向けた。
考えても分からないならば、その道のプロに聞いてしまうのが一番手っ取り早い。
商会主のクビシェは、書斎らしき部屋で本を読んでいたが、大あくびを洩らすと寝室へと向かった。
俺はクビシェから秘密を聞き出すべく、行動を始めた。