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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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アルマルディーヌの最深部を目指そう 前編

「篝火を増やせ。暗がりには火の魔法を撃ち込み、獣人共を近付けるな!」


 序盤の戦闘で先手を取る形になったアルブレヒトは、前線の歩兵を入れ替えながら獣人族に向かって進軍を始めた。

 王都ゴルドレーンの城壁との間に押し込め、取り囲んで磨り潰す作戦は頓挫した形だが、1人でも多くの獣人を殺し、追い払うことが急務だと考えを切り替えた。


 現在、獣人族の一団は、王都東門の正面付近に留まっている。

 アルブレヒトは、その横っ腹に突っ込み、分断して各個撃破しようと考えていた。


 対する獣人族のテーギィは、王都東門への徹底した投石を命じた。

 たかが石、されど石、1万人を超える獣人達が一斉に行った投石は、城壁に陣取るアルマルディーヌ兵に反撃の糸口を与えないほどだった。


 鉄盾を構えていれば投石を弾くことは可能だが、その状態で集団魔法を使うのは難しい。

 投石は、投光器の光が届く範囲の外から行われていて、どこに魔法を撃ち込めば良いのかも目標を見極められないのだ。


「盾の隙間からの監視を怠るな、やつらは必ず攻めてくるぞ」


 人の身は盾で守れるが、周囲を照らす投光器が一つ、また一つと壊れていく。


「周りの投光器の向きを変えろ! 来たぞ、魔術士は攻撃を開始しろ!」


 投光器の数が減り、街道を照らす明かりが暗くなったところで、獣人族の一団が東門へ向けて突っ込んで来た。

 味方からの投石は続けられたままなので、下手をすれば自分達が的となる可能性すらあるが、まるで臆した様子は無い。


 そもそも襲撃に参加している獣人の殆どは、ここを死に場所と決めている者達だ。

 例え道半ばにして倒れるとしても、後に続く仲間の礎となれば良いと考える者達ばかりなのだ。


 投石によって散発的になった攻撃を掻い潜り、門の前まで辿り着いた獣人は、王都に背を向けて後から走り寄って来る仲間を待った。

 腰を落とし、指を組んだ両手の平を上に向け、そこに仲間が足を乗せた瞬間、渾身の力で天に向かって放り投げる。


 門の上の見張り台までの高さは約10メートル。

 普通の人間が放り投げた程度では全く届かない高さだが、身体強化魔法に特化した獣人族ならば話は違ってくる。


 もちろん、全員が成功した訳ではないが、ほんの指先だけでも手掛かりが得られれば、獣人は突出した身体能力をフル活用して己の身体を城壁上へと引き上げた。


「王国のクズどもめ、積年の恨み……ぐぁぁぁぁ!」


 攻撃を掻い潜って城壁上まで辿り着いても、控えているのは魔術士だけではない。

 待ち構えていた兵士の槍に胸を突かれ、無念の表情を浮かべて獣人は城壁下へと落ちていく。


「登ってくるぞ、油断するな!」


 投石と攻撃魔法が飛び交う下で、王都東門を巡る攻防は混迷を深めていく。

 その攻防の様子は、遠目ながらもアルブレヒトの陣からも観測されていた。


「押し出せ、東門を突破させるな!」


 アルブレヒトは、東門を攻める獣人族に横槍を入れるべく、歩兵に進軍速度を上げるように命じた。

 獣人族からは、アルブレヒトの軍勢に向かっても投石が行われたが、フルアーマーに盾を装備した重歩兵には効果が薄い。



 盾を構え、槍を携え、このまま一気に押し込むかと思われたアルブレヒトの軍勢に、薄汚れた一団が何も持っていないと両手を上げてアピールしながら近付いて来た。


「助てくださーい。我々はエウノルムから連れて来られた者です!」


 エウノルムから追い出され、ロクな食事すら与えられず、着のみ着のままで土の上で眠るような生活を強いられ、住民達は痩せ衰えていた。

 中には怪我を負っている者や。下履き一枚の中年男まで混じっている。


「武器を持っていないか、耳や尻尾が無いか確認しろ!」


 獣人族と人族の外見上の大きなちがいは、耳の位置と尻尾の存在だ。

 以前、ヒョウマがノランジェールを訪れた時に、頭に布を巻いていただけで衛兵に止められた。


 今回も、耳が無いこと、武器を持っていないと確かめられた者から、重歩兵の間を通って後方へと送られていく。

 ギュンターであれば、問答無用で全員を処刑していたかもしれないが、アルブレヒトはそこまでの非情さは持ち合わせていない。


 避難民を受け入れることで、当然行軍の速度も落ちてしまった。


「避難民を収容したら、速やかに進軍を始めよ!」


 アルブレヒトの思惑に反して、隊列の中で混乱が生じていた。


「ぎゃぁぁぁぁ!」

「裏切り者だぁ! 討ち取れぇ!」

「何だ、何が起こっている!」


 進軍が命じられた途端、収容した避難民の一部が兵士の武器を奪って暴れ始めた。

 殆どが下履き一枚の姿で収容された者達で、その正体は避難民に紛れて入り込むために、自ら耳と尻尾を斬り落とした獣人だ。


 アルブレヒトの軍勢は、外からの攻めに対応すべく重装備の兵士を周囲に並べて備えている一方、内部には軽装の魔術士や冒険者を集めていた。

 その真っただ中に獣人族が躍り込み、滅茶苦茶に暴れ始めたのだ。


 攪乱が目的の獣人達は、明かりを持つ者を狙って攻撃を仕掛ける。

 魔道具が壊され、松明が地に落ちれば、周囲の状況は途端に把握しずらくなる。


 加えて、同士討ちの恐れがあるので、攻撃魔法も使えない。

 6万を超える大群が、ほんの十数人の獣人によって機能不全に陥らされた。


 そのタイミングを狙って、北門の前でも獣人族が動き始める。

 横倒しにした形で組み上げていた踏み台車を起こすと、北門目掛けて突進を始めた。


「敵襲ぅ! 敵襲ぅぅぅ!」


 北門の上で警備を担当している魔術士達が、一斉に攻撃を始める。

 火球や、風の刃が叩き付けられても、獣人達は足を止めない。


 直接魔法が当たらないように台車の横には板が取り付けられていて、獣人達は火の魔法を食らっても良いように全身に水を浴びていた。

 踏み台車は、北門の前に積み重なった焼死体に乗り上げるようにして止まった。


 すかさず、獣人族達が踏み台車に作られた階段を駆け上がり、城壁目掛けて跳躍する。

 待ち構えていたアルマルディーヌ兵の槍が、獣人族の胴体を串刺しにした。


「うるぁぁぁぁぁ!」


 槍が胴体を貫通する状態で城壁上へと降り立った獣人は、雄叫びを上げて暴れ始めた。

 例え串刺しにされようとも、命ある限り暴れ回る決意の者と、無事に戦いを終えて家に戻りたいと思っている者では、戦いに賭ける情熱が違いすぎる。


 踏み台車は、魔法の集中砲火を食らって炎上を始めたが、獣人族は次々と階段を駆け上がって城壁目掛けて身を躍らせた。

 門こそ破られてはいないものの、北門の上で獣人族は足掛かりを作り始めた。


 こうした城壁を巡る戦いをアルマルディーヌ国王ギュンターは、王城の塔から見下ろしていた。

 身体強化魔法を使って視力を強化しているが、細部までを見渡せるわけではない。


 それでも、火属性魔法の撃ち出される頻度や怒号、歓声によって戦火の激しさは推測できる。


「西門と、南門の守りを半分割いて、北門、東門の応援に向かわせよ!」


 ゴルドレーンの王城の周囲にも水堀が巡らされ、跳ね橋を上げてしまえば外部との往来は封じれるが、門を突破されれば王都の内部がどれだけ荒らされるか分からない。

 王城が無事なまま残ったとしても、王都内部が焼け野原となってしまったら、それはもはや王都とは呼べないだろう。


 ギュンターは、攻撃が行われていない西門と南門の兵力や投光器を、北門や東門へと移動させて守りを固めるように指示を出した。

 王城からの指示は、明りによる信号で各門へと伝えられ、攻撃を受けていない城壁の上も慌ただしさを増していく。


 アルマルディーヌの兵士達が城壁の上を移動する様を、投光器の範囲の外から見詰める一団がいる。

 テーギィが最後の切り札として派遣しておいた南門の別動隊だ。


 北門と東門の攻防が激しさを増せば、必ず西門と南門の備えが薄くなる。

 その時を見計らって南門を突破して、王都内部で暴れ回るのが別動隊の役目だ。


「向こうの投石が功を奏しているみたいだな。こっちの投光器を持っていきやがったぞ」

「暗くなるのは大歓迎だ。仕掛ける時に、残りの投光器もぶっ壊してやろう」

「そろそろ仕掛けようぜ」

「いや、まだだ。テーギィさんが言ってただろう。配置換えが終わった直後は、相手も気を張っている。狙うのは少し時間を置いて、ほっと気が緩んだ瞬間だってな」

「でも、東門の連中に先を越されるんじゃねぇのか?」

「そうだよ。俺らが暴れた方が、あっちも手薄になるんじゃねぇの?」

「よく考えろ。俺達が囮じゃなくて、東門を攻めてる連中が囮なんだぞ。俺らは攻撃の本命として南門を突破して、王都内部で暴れ回る使命がある。一時の感情に流されるな」


 別動隊が身を潜めている場所からは、東門の様子は響いてくる戦声で知るしかないし、北門の様子は全く分からない。

 東門、北門の攻防が完全に終了してから仕掛けても、別動隊の意味は無いに等しい。


 ジリジリと焦る気持ちを押さえ付け、別動隊は暗闇の中で息を殺し続けた。

 その南門とは王都を挟んだ反対側、北門では獣人族が橋頭保を築きつつあった。


 槍で胴体を串刺しにされたまま暴れ回った者のおかげで、二人目、三人目が城壁に取り付いた。

 更に後続が続くと、先に降りた者はアルマルディーヌの兵士目掛けて突っ込んで行く。


 相手はフルアーマーを着込んだ兵士、獣人族はチャベレス鉱山で与えられた粗末な衣服にサンダル姿だが死を恐れない者達は止まることを知らない。

 加えて、城壁の上という特殊な条件が獣人族に味方した。


 傷付けて戦闘不能にしたり、命を奪う必要もなく、刎ね飛ばし、城壁の下に落とせば良い。

 更に、城壁上へと取り付かれたアルマルディーヌ兵は、今度は門を開けられないように城壁から降りる階段を死守しようとした。


 だが、城壁の上へと次々に上がった獣人達は、階段ではなく城壁の上を東門に向かって進み始めた。

 獣人族の主力は、今は北門の前ではなく東門の前にいる。


 門を開くならば、東門を開く必要があるからだ。

 それに、東門に向かう途中にも、城壁から下りる階段は存在する。


 北門前の踏み台車は攻撃魔法によって燃え落ちてしまったが、先に上った者がロープを垂らして後続を引き上げ始めている。

 北門の動きに気付いたアルブレヒトは、兵力の一部を割いて対応に向かわせたが、その間にも獣人族は北門の上へと上がっていく。


 この動きを王城の塔から目撃したギュンターは、東門からの迎撃、西門と南門からの更なる増援を指示した。

 ギュンター自身は、まだ王となる以前に最前線に立って獣人族と対峙した経験を持っているが、王都の守りを固めている現役の兵士達は獣人と戦っていない者の方が多い。


 この程度であれば守りきれると睨んだギュンターの計算は、兵士の経験不足によって狂いを生じ、戦力の逐次投入という悪手によって破綻寸前の状況を迎えていた。


「応援を急がせろ! 獣人共を城壁から下ろすな! ぬぅ、アルブレヒトは何をやっておるのだ!」


 状況が見えてしまっている事、即座に指示が伝わってしまう事も、今回ばかりはギュンターの足を引っ張る結果となる。

 城壁上の更なる混乱を眺めながら、南門に派遣された獣人族の別動隊は仕掛ける準備を始めた。


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