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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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アルマルディーヌの最深部を目指そう 後編

 獣人族の主力と対峙する王都東門を守る兵士たちは、まさに死に物狂いの戦いを続けていた。

 万が一にでも門を破られれば、獣人族が雪崩を打って王都に乱入してくる。


 王族や貴族は既に王城へと避難しているが、一般市民まで収容するほどの余裕は無い。

 それどころか、オミネス侵攻に人員を割いていたために不足している戦力を補うために、一般市民も臨時の兵士として駆り出されているのだ。


 今は本職の兵士がメインで戦いを続けているが、押し込まれるようならば、予備の戦力として残してある市民も戦いに参加させられる。

 殆どの者が、まともに剣や槍を扱った経験すら無いが、闘志だけは漲っていた。


 自分達が防衛の最後の砦、突破されれば自分達の妻や子供、親などが危険にさらされると聞かされれば、集められた者達も覚悟を決めるしかない。

 東西南北、それぞれの門で物資の運搬などに駆り出されていた者達が、普段持った事も無い剣を渡され、東門への移動を命じられていた。


 国王のギュンターは、門の内側にも人間による壁を作り、死守するように命じた。

 北門の外部は、押し出して来たアルブレヒトの軍勢によって制圧されつつあるので、決戦の場は東門であると見極め、更なる応援を向かわせたのだ。


 その結果として、西門と南門の守りは、平時と変わらない程度まで引き下げられた。

 王都の中心部には、城壁よりも高い建物が建ち並んでいて、門の上の見張り台に登っても城壁の全周を見渡せる訳ではない。


 だが、西門からは北門の様子が、南門からは東門の様子が遠目に見えてしまう。

 念のための警備をするべく残された者達も、自分達のいる門の外よりも、東門や北門の外の様子ばかりが気になってしまう。


 そうした気の緩みを待って、動き出す者達がいた。南門へと派遣された獣人族の別動隊だ。

 2千人の獣人族は、全員が石を持って南門へと走り、数を減らした投光器目掛けて一斉に投擲を行った。


「敵襲! 敵襲ぅぅぅ!」


 警戒はしていたが反応は鈍く、迎撃のための攻撃魔法も散発的に撃ち出されるのみで、あっさりと獣人族に取り付かれてしまう。

 せめて城壁から下ろさないように囲い込むように兵士が展開するが、獣人族は階段をつかわずに門の内側へと飛び降り始めた。


 高さ10メートルもある城壁の上から飛び降りたなら、普通の人では大怪我をしかねないが、身体強化に特化した獣人ならば着地の衝撃で多少足が痺れる程度で済んでしまう。

 獣人達は、南門の内側で暴れ始めた。


 人族の常識とは掛け離れた獣人族の行動によって、現場は大混乱に陥った。

 門を解放させる訳にはいかないと下側の守りを増やせば、城壁の戦力が不足する。


 南門の兵士達は押し込まれながらも、何とか門を死守しようと試みるが、獣人族は予想外の行動を取り始める。

 門には見向きもせずに、街を目指して塀の内側へと飛び降り始めたのだ。


「囲め! 街に入れるな!」


 兵士達は囲い込んでの殲滅を試みるが、東門の応援に戦力を取られて、十分な包囲が行えなかった。

 獣人族は身体強化をフルに使って包囲を破り、明りの消えた王都の街へと姿を消す。


「逃がすな! 一人でも多く殺せ!」


 南門の上に攻撃魔法を集中することで、多くの獣人が火だるまになり、深手を負って息絶えたが、その一方で包囲を破った者に注意を奪われ、更に包囲が緩む悪循環も生じた。

 その上、包囲を抜けた獣人を追いかける人員も残されていない。


 獣人族は王都南門という傷口から、ウイルスのように浸潤を始める。

 暗い裏路地を駆け抜け、王都の中心部を目指す。


 南門で突破を許す一方、東門ではアルマルディーヌ側の奮戦が続いていた。

 一時は東門の上を占拠されかけたが、門の内側から外の街道に向かって集団魔法を連発した事が功を奏し、突入してくる獣人の圧力がさがった。


 それに加えて、ようやくアルブレヒトの軍勢が、魔法による攻撃が可能な距離まで進軍してきたのだ。

 一時は、避難民に化けた獣人の乱入によって混乱したが、集団魔法を使う魔術師の一団ごとに歩兵が囲んで守る体制に切り替えて進軍を再開してきた。


 更に、避難民は全て陣形の外側を回って後方へ送るように切り替え、避難民に化けた獣人族の乱入を防いだ。

 集団魔法による火力は、獣人達にとって防御不能の脅威だ。


 東門から攻め入るには、門へと通じる街道に沿って進むしかない。

 テーギィ達は、街道での進軍を維持するために陣を敷いているが、集団魔法を撃ち込まれれてジリジリと後退させられている。


「テーギィさん、このままじゃ隊列が分断される」

「こちらも相手の横っ腹を狙って突っ込ませろ! ここで引いたら、次は無いぞ!」


 この時、南門では別動隊の一部が包囲を突破して王都内部への侵入を成功させているが、テーギィ達の位置からでは知る術が無い。

 少しでもアルブレヒトの軍勢の圧力を弱めようと、側面からの攻撃を試みるが思ったような効果は得られない。


 ここに来て、アルブレヒトの軍勢は数の力を正しく発揮し始めていた。

 内部への侵入を許さず、周囲を固める陣形を取っていれば、いくら身体能力に優れた獣人であっても攻めあぐねてしまう。


 アルブレヒトの側も損害は被っているが、獣人族に攻め込まれても、周囲の兵士が取り囲み袋叩きの形で殲滅されてしまう。

 ノランジェールでの戦いでは、獣人族の襲撃を想定していない所に奇襲を受けたので、対応が後手に回ったままアルマルディーヌ軍は敗北を喫した。


 だが、今回は攻めて来ると分かった上で、準備を整えて待ち構えているのだから、簡単には崩せない。

 歩兵の後ろに控えている魔術士達も、鎧を着ていれば問題ない程度の風属性の攻撃魔法を乱戦の中に撃ち込んで来る。


 目には見えない風の刃が、獣人だけを傷付け、動きを鈍らせ、アルマルディーヌの軍勢を援護した。

 この他にも、獣人族が本領を発揮できない理由があった。


 獣人族が使っている武器は、全てアルマルディーヌから奪ったものだが、大剣や戦斧などの鎧に身を固めた兵士に対して有用な武器が足りていない。

 通常サイズの長剣や槍だけでは、獣人族の身体能力をフルに発揮するような戦いが出来ないのだ。


「残ってる人族の避難民を盾にして突っ込ませろ、キリのように一点突破で深く深く入り込むんだ。それと前線の連中に北門が落ちたと叫ばせろ。北門に注意を向けさせれば、こちらへの圧力が減るはずだ」


 テーギィは戦線を維持するために、なりふり構わず考えられる全ての手を打ったが効果は乏しく、獣人族は更に後退を余儀なくされた。

 この時点で北門は既に制圧され、取り付いた者達も城壁の上で孤立していた。


 テーギィの位置からでは北門の様子が見えないが、アルブレヒトの許へは討伐完了の知らせが届いていた。


「獣人族のくせに虚言を弄するなど言語道断……捻り潰してくれる」


 獣人族以上に正面からの力勝負にこだわるアルブレヒトには、偽の情報で混乱を誘おうとしたテーギィの作戦は逆効果だった。


「重騎兵を出せ。集団魔法の一斉掃射の後に突っ込ませろ。奴らの隊列を分断する!」


 馬上のアルブレヒトからは、城壁の様子が一望できる。

 一時は北門も東門も陥落寸前かと思われたが、現在は落ち着きを取り戻しつつある。


 一旦大きく獣人側へと傾いた勝敗の針は、再びアルマルディーヌ側へと傾いている。

 アルブレヒトは、いかに獣人族を取り逃がすことなく戦争状態を終結させるかを考え始めていた。


 王城の塔の上から戦況を見守っていた国王ギュンターも、ほっと息をついて額の汗を拭った。

 一時は王都への獣人族の乱入も覚悟したが、どうやら防ぎきる見通しが立った。


 後は門の外に残った獣人共を捻り潰せば、くだらない馬鹿騒ぎも終わりだと東門に向けたギュンターの視界の端に明かりが揺らめいた。

 戦闘に向かない女性、子供、年寄りなどは所定の場所に集められ、男達は強制的に王都防衛に参加させられているので、街に明かりが灯るはずがない。


 街に灯った明かりは、魔道具の光ではなく揺らめく炎で、その数は見ている間にも増えていった。


「なんだと……入り込まれたのか、どこだ、どこからだ!」


 南門から王都への侵入を果たした別働隊は、手頃な家を見つけては窓を壊して内部へと入り込んだ。

 台所へ行き、油を見つけると床にぶち撒けて、燃えそうな家具や布地を積み上げて火を着けた。


 一軒の放火を終えると、別の家、別の店、別の酒場と放火を続けていく。

 住民は強制的に集められ、兵士は城壁の防衛で手一杯の状況は、獣人達に大きく味方した。


「消せ、早く火を消させろ! 城壁にいる水属性の術士は、全員消火に当たらせろ!」


 事態を察したギュンターは直ちに消火を命じたが、戦闘の続く東門からは応援を出す余裕はなく、北門の兵士も疲弊していた。

 南門の兵士も戦闘を継続中、唯一戦闘を行っていない西門も、これ以上の応援を出せば警備が破たんする状況だった。


 南門から入り込んだ別働隊は、北に向かって移動を続けながら火を放っていった。

 燃え上がった炎は、折からの強い西風に煽られて、東に向かって燃え広がって行く。


 その様子は、城壁の上で戦う者達の目にも映るようになった。


「ま、街が……王都が燃えてる」

「うぉぉぉぉぉ! 王都に火を放ったぞぉ!」


 アルマルディーヌの兵士は動揺し、劣勢だった獣人達は息を吹き返す。

 またしても、勝敗の針は大きく揺れ始めた。


 南門から侵入した別働隊の一部は、王都を東西に貫く大通りを渡って北側にも入り込んだ。

 こちらでも、無人の家や店に火を放っていく。


 ギュンターの命令に応じて、一部の水属性の魔術士が消火を始めるが、5ヶ所、10ヶ所と増えていく火災に全く対応出来ない状況だ。

 更に、1人で消火活動を行っている魔術士は、獣人族に襲われて活動不能にさせられてしまう。


 時間の経過と共に火災は燃え広がり、炎の帯となって王都を西から東へと移動し始める。

 王城の塔から見下ろすギュンターからは、炎の大蛇が身をくねらせているように見えた。


「殺せ! 獣人を見つけ出し、1人残らず殺せ! 決して生かして帰すな!」

「はっ!」


 伝令役の兵士は、頭を下げるとキビキビとした動きでギュンターの下から走り出すが、この命令が実行困難であると理解している。

 それでも、伝令役にすぎない自分が国王に意見などすれば、処刑されるのがオチだ。


 伝令役の兵士は、暗澹たる気持ちを抱えながら、塔の階段を駆け下りていった。

 手の付けられない状況となった火災は、新たな悲劇を産もうとしていた。


 女性や子供が集められた教会に、火の手が迫っている。


「避難の準備を急げ、もう二つ先の四つ角まで火が迫って来てるぞ!」

「逃げるって、どこに逃げればいいのよ!」

「外には獣人がいるんじゃないのか? 外に出たら殺されるんじゃないか?」


 ぐっすりと寝入っていた所を起こされて、まだ寝ぼけている子供もいれば、恐怖に泣き叫んでいる子供もいる。

 王都ゴルドレーンには、獣人は不浄の者として立ち入りを禁じている。


 そのため王都に育った子供にとって、獣人とは首輪に繋がなければならない野蛮な生き物という認識が植えつけられている。

 その獣人族が反乱を起こして攻めて来ている、王都に侵入して火を放っていると聞けば、恐怖で泣き出しても仕方ないだろう。


「まずいぞ、東側の通りにも火が回っている。逃げるぞ、急げ!」


 200人近い女性と子供は、着のみ着のままで教会の外に飛び出すが、既に焦げ臭い煙が漂っている。

 上空を西から東へと流れる風は城壁に当たって向きを変え、炎の帯はうねり、とぐろを巻くように教会を取り囲み始めていた。


「こっちは駄目だ、大通りに向かえ!」


 南側と東側にも炎の壁が立ちはだかり、残る北側の路地を囲む建物にも火災は広がり始めている。


「急げ、急げ、急げ! 早くしないと崩れるぞ!」


 大人の足ならば走り抜けられたかもしれないが、幼い子供が一緒では逃げ足も遅くなる。

 教会から避難した女性や子供が、大通りまであと20メートルほどの所に来た時、路地に面した西側の建物が崩れ落ちた。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 路地が炎で閉ざされるのを見て、先頭で引率していた女性が絶望の叫びを上げる。

 路地に取り残された人々は、肌を焦がすほどの熱気の中で行き場を失った。


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