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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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死ぬのは嫌なので従順な奴隷の振りしたいと思います。

 フェスティバルの最終日、武術大会の決勝戦に見入っていた樫村一徹は、突然響いて来た大きな音に視線を上げた。

 その直後、武術大会の闘技場に向かい側の観客が、雪崩のごとく入り込んで来た。


「なんだあれ……」

「馬だ!」


 一緒に決勝戦を見物していたクラスメイトが叫んだ通り、観客の後ろから暴走した馬が飛び出して来る。


「うわぁ!」

「きゃぁぁぁぁ!」


 闘技場を挟んだ向かい側の混乱に目を奪われていた一徹達は、今度は後ろから突き飛ばされるように押されて悲鳴を上げた。


「暴れ馬だぁ!」

「逃げろ!」


 武術大会の観客席は、一瞬にして人間の激流へと姿を変えた。

 一徹達から2メートルと離れていない場所を、人の壁を蹴散らすように馬が暴走していく。


「固まれ! お互いを掴んで一固まりになるんだ!」


 一徹の声を耳にして、クラスメイト達は互いの服を掴み、腕を絡め合って、押しくら饅頭をする時のような固まりとなった。


「スキルを使って踏ん張れ、一人じゃ駄目でも五人で支え合えば何とかなる!」

「離すな、離すなよ!」

「痛い、痛い、痛い!」

「頑張れ! 離すな!」


 馬が乱入して通り過ぎるまで、実際には五分も掛かっていなかったはずだが、一徹達にはもっと長い時間のように感じられた。

 固まり合ってスキルをフル活用したおかげで、一徹達は人の波に圧し潰されずに済んだが、周りは酷い有様だった。


 馬に蹴られたのか、それとも人混みの下敷きになったのか、口から血を吐いて倒れたままの人や、首が有り得ない方向へ向いて倒れている人が何人もいる。

 膝が明後日の方向を向いている人、腕がブラブラとしている人、ぐったりとした子供を抱えて泣き叫ぶ女性、周囲360度から呻き声が降ってくるようだった。


「樫村、今なら逃げられんじゃねぇ?」

「馬鹿、この首輪を嵌めてる以上、逃げられる訳ないだろう。死にたいのか?」

「でもよう、魔法の刃が出るとかハッタリじゃねぇの?」

「ハッタリかもしれないが、ハッタリじゃなかったら即死だぞ。それだけのリスクを冒す価値があるのか?」

「でも、それじゃあ何時まで経っても奴隷のままかもしれないじゃない」

「いや、俺は必ず奴隷の身分から抜け出してみせるし、こうしたアクシデントの時こそ、どういう行動をしたのか、後々問われる事になる」

「じゃあ、どうすんだよ」

「決まってる、救護活動を手伝うぞ」


 一徹に押し切られる形で、クラスメイト四人も怪我をした住民の救護を手伝った。

 四人の中には、当初不満そうな表情を浮かべている者もいたが、夢中になって救護を続ける一徹に引っ張られ、全員が本気で手伝い続けた。


 この様子は複数の兵士に目撃されていて、事件の調査が行われた際に何度も話題に上がった。

 一徹達からすれば、打算から始めた行動であったのだが、結果として騎士や兵士達からの評価を大きく高めることに繋がった。


 馬の暴走事故があった翌日は、調査が行われた関係で一徹達の訓練は中止された。

 さらに翌日、召喚されたクラスメイト全員が、訓練場に整列させられたが、そこに益子の姿は無かった。


 訓練のまとめ役である『隊長』と呼ばれている兵士が前に立ち、整列した全員を睨みつけた後で口を開いた。


「一昨日のフェスティバルで、馬が暴走する騒動があったことは聞いているな? あの騒動を引き起こしたのは、貴様らの仲間のツヨシだ」

「何やってんだよ、あのデブ」

「馬鹿が、ふざけんな……」

「静まれ!」


 隊長がハンドベルを鳴らし、全員を強制的に黙らせる。


「あの騒動で、どれだけの者が命を落し、どれだけの者が怪我を負ったか分かるか?」


 隊長が言葉を切ったが、静まれと命じられているので返事を出来る者はいない。

 返事は出来ないが、実際に惨状を目にした一徹達は、相当な数の死傷者が出たと思っていた。


「死者53名、負傷者に至っては300名以上だ」


 隊長の口調や態度からして、厳しい数字が明かされると思っていたが、予想以上の死傷者数に整列させられた全員が顔を引きつらせた。

 殆どの者の脳裏に浮かんだ言葉は、連帯責任の一言だ。


 自分たちと一緒に日本から召喚され、事あるごとに反抗的な態度や行動を繰り返していた益子豪は、ここにいる全員がお荷物だと感じていた。

 ただでさえ兵士達の印象を悪くする存在だったのに、多数の住民を死傷させたと聞いて、全員が殺意に近い怒りを覚えていた。


「ツヨシが、どうなったか知りたいか?」


 発言を制限されているので、全員が頷いてみせた。


「奴は、馬房にいたアーサーを殴り倒し、馬を暴走させ、自らも馬に跨って逃亡を図った」


 隊長は、言葉を切ると再びハンドベルを鳴らした。


「イッテツ、発言を許す。逃亡を図るとどうなる?」

「はい、鍵から一定の距離を離れると、首輪から魔法の刃が飛び出し、首を切断されます」

「その通りだ……」


 隊長が合図をすると、二人の兵士が花瓶を置く台のようなものを持ってきた。

 台の上には、白い布が被せられた何かが載せられている。


 整列したクラスメイト達からは、声にならない呻きが洩れる。

 改めて説明されるまでもなく、布の下に何があるのか予想がついてしまった。


 三度、隊長がハンドベルを鳴らした。


「全員、目を逸らさずに良く見ろ! これが反逆者の末路だ!」


 兵士の一人が布を取り去ると、予想した通りに青白く変色した益子豪の生首が現れた。

 両目は大きく見開かれたままで、眼球はどんよりと濁っている。


 半開きの口からは、青黒く変色した舌がダラリと垂れ下がっていた。

 女子生徒だけでなく、男子からも吐き気を抑えようとする呻き声が上がったが、誰も視線を外すことが出来ない。


 隊長は、一言も発することなく全員の様子を見守っていたが、三分ほど経ったところでようやくハンドベルを鳴らした。


「全員、目を背けても良し!」


 ほんの少し前、殺意に近い怒りを覚えていたクラスメイト達だったが、女子生徒の多くは嗚咽を洩らし始めていた。

 殺意に近い怒りと、厳然たる死との間には、大きな隔たりがある。


 ましてや平和ボケとさえ言われる日本で生まれ育った者達が、本物の生首を目にする機会などあるはずがない。

 突き付けられた死の恐怖と混乱で、多くの者がパニックを起こしかけていた。


 隊長の許可と同時に目を逸らしたクラスメイトの中にあって、一徹だけが益子の生首を凝視し続けていた。

 その視線には、複雑な思いが浮かんでいる。


 召喚されて以後、一徹と益子は対極と言っても良い時間を過ごしてきた。

 一徹は、媚びを売ってでも自分たちへの待遇改善を目指し、益子は、たとえどんな待遇を与えられようとも兵士達に屈しなかった。


 一徹にとって、益子は本当に邪魔な存在だった。

 もっと兵士達に協力的な態度をとってくれていれば、もっと自分たち全体の評価も上がっていたはずだし、もっと良い待遇を手に入れられていたはずだと常々思っていた。


 馬鹿だ、邪魔だ、目ざわりだと思う一方、徹底して自分の考えを曲げずに貫く益子の姿勢には、一目置いていたことも確かだ。

 そして今、命を落してでも自分の生き方を貫いた益子に、一徹は尊敬の念すら抱いていた。


 だがそれだけに一徹は、自分も自分の生き方を変えるつもりは無いと、胸の中で益子に誓った。

 その一徹に隊長が声を掛けてきた。


「イッテツ、どう思う?」

「自業自得ですね。いえ……犠牲になった方々のご遺族が、恨みを晴らす機会を損なって勝手に死んだのは、やはり許せません」

「ほう、お前の仲間ではないのか?」

「とんでもない。これまで何度も反抗的な態度を改めるように助言をしても、全く聞く耳を持たなかった愚か者ですよ。それに、我々は武術大会の会場で騒動に巻き込まれ、一つ間違えば自分たちも命を落していたのです。自分を殺そうとした者を仲間などと思えるはずがありません」


 予想していたよりも厳しい一徹の言葉に、クラスメイトの多くは驚きの表情を浮かべたが、一緒に騒動に巻き込まれた四人は大きく頷いていた。

 問いかけた隊長や、益子の生首を持ってきた兵士達も頷いている。


「そうだ、このようなクズは仲間と思うに値しない。お前達が、真の仲間だと思うべきはイッテツだ。今聞いた通り、イッテツ達は闘技場で騒動に巻き込まれた。難を逃れたイッテツ達が何をしたか知っているか? 我々の指示を受けるよりも早く、率先して住民の救護を始めたのだ」


 隊長は、まるで自らのことのように誇らしげに語り、イッテツに向かって笑顔で頷いてみせた。


「この中には、我々の与えた待遇に不満を持つ者もいるだろうが、求めに応じて少しずつだが改善は行っている。だが、今回の一件でサンドロワーヌ市民が、お前達に向ける目は厳しさを増すだろう。それゆえに、奴隷の身分を表す首輪を外す事は、当分叶わなくなったと思え。ただし……ただし、我々とて何も考えていない訳ではない。時期を見て、お前達の働きに報いる用意はある……励め!」

「はいっ!」


 姿勢を正し、大きな声で返事をした一徹に倣い、全員が姿勢を改めた。

 まだ益子の生首が晒されたままだが、もう嗚咽を洩らす者はいない。


 逆らい続ければ死が訪れ、率先して協力を続けていけば待遇が改善される。

 目の前に突き付けられた現実から逃れる術が無いのだとすれば、自分たちの歩むべき道筋がどちらかなど迷う必要はない。


 益子の首は、王城前の広場に晒された。

 ただし、益子の素性が明かされた訳ではなく、側に立てられた高札には処刑された騒動の首謀者としか書かれていない。


 そもそも、一徹やクラスメイト達は異世界から召喚されてきた者達だと、街の住民には知らされていない。

 軍の任務に関わることなので、兵士から家族にも語られる事はない。


 酔った勢いで口を滑らせるような粗忽者がいたとしても、奴隷の存在が珍しくもないサンドロワーヌでは、そんな奴隷がいるのだな……程度で話は終わりだ。

 興味を持つとすれば、その召喚を行ったのがベルトナールである事の方だろう。


 つまり、サンドロワーヌの住民の目が厳しくなるといった話は、益子が引き起こした騒動を、奴隷の身分から解消されない言い訳に使っただけだ。

 ベルトナールからは、益子は生かしておいて、最初の戦闘で使い捨てにして、奴隷共のヘイトが獣人共に向かう様に仕向けろと命じられていた。


 それなのに、多くの住民に死傷者を出すような騒動を起こした挙句に、自殺するようにしんでしまったのだから、知らせを聞いた時には隊長は頭を抱え込んだ。

 そこでイッテツを使って、あたかも自分たちは協力し合うパートナーであるかのように演出したのだ。


 話を終えた隊長は、一徹達の態度を確かめて、自らの手腕を自画自賛した。


「ふふん、しょせんはガキだな。大人に褒められれば、喜んで尻尾を振りやがる……」


 ベルトナール不在の状況で、厄介ごとを片付けたと思い込んでいたから、一徹の本当の胸の内にまでは思いが及ばなかった。

 一徹は、益子の仇を討とうなどとは考えていないが、麻田兵馬の事を忘れた訳ではない。


 アルマルディーヌに服従の姿勢を見せるのは、あくまでも待遇を改善し、日本に帰る方法を探るためだ。

 そして、日本に帰る方法を手に入れた暁には、兵馬の恨みを晴らそうと今でも心に誓い続けている。


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