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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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復讐を誓ったはずの兵馬は獣人の里の片隅で惰眠を欲する

 ダンムールに戻り里長のハシームに、ベルトナール暗殺の首尾を伝えた。

 さぞやガッカリするだろうと思っていたのだが、ハシームは気落ちした様子も無く至って冷静な様子だ。


「いいのか? 仕留められたかどうか分からないんだぞ」

「構わん。いずれにせよ、我々ではベルトナールの近くに行くことすら出来ぬのだ。それに剣には血が付いていたのだろう?」

「あぁ。だがほんの少しだし、まるで手応えは無かったぞ」

「ならば仕留めた可能性もあるし、仕留めていなくとも空間転移魔法の使い手に狙われていると自覚しただろう。ベルトナールは、襲ったのが兵馬だと気付いたのか?」

「一瞬だったが、ガラスに映った俺の姿は見ているはずだ。ただ、髪の色も変わっているし、俺だと気付いたかどうかまでは分からない……いや、俺の素性までは気付いていないだろうな」


 召喚された時、ベルトナールが俺に興味を示したのは、ゆるパクが強奪系のスキルだと知った時だけだった。

 使えないスキルだと判断すると、あっさりと見捨てる決断をしたほどだから、俺の顔までは覚えていないだろう。


 武術大会を見守る様子を観察していたが、殆ど興味を示さず、決勝戦に出場していた者を覚えていたかすら怪しく感じるほど無関心に見えた。


「だが、俺の存在を知られてしまったら、今後の戦いに悪影響が出るんじゃないのか?」

「そうかもしれん……だが良い方に転ぶかもしれんぞ。ベルトナールは己も空間転移魔法の使い手だ。当然、自分の命を狙った者が、どの程度の使い手か推測出来るだろう。だとすれば、空間転移魔法を使って攻撃を仕掛ければ、今度は同じ方法で報復される可能性を考えるようになるはずだ」


 これまでベルトナール以外に、空間転移魔法を使った戦術を行う者は居なかったそうで、サンカラーン側に対処法が無いのを良いことに、好き放題、やりたい放題の状態が続いているらしい。

 ネット上の匿名の書き込みではないが、自分が安全な場所にいるならば好き放題に出来るが、特定されて殴り返されるとなれば下手な行動は出来ないという事だろう。


「つまりベルトナールは、今後は戦争を仕掛けるのを躊躇するようになるってことか?」

「ワシは、その可能性が高いと睨んでいる」

「だが、暗殺を仕掛けた時、俺は竜人の姿ではなく人族の姿だった。それでもサンカラーンへの攻撃を躊躇するようになるだろうか?」

「ヒョウマから聞いた警備の状況を考えば、ベルトナールは慎重な上にも慎重に行動する男のように思える。ならば、サンカラーンが暗殺者を雇い入れたとか、空間転移魔法を使える者と手を組んだと考えるのではないか?」


 確かに、過剰なまでの身辺警護を行っていたベルトナールならば、そうした思考に行きついたとしても不思議ではない。


「それにしても……あの馬の暴走は何だったんだ?」

「さてなぁ、あるいはダンムール以外の里の差し金かもしれぬな」


 突然闘技場へ乱入してきた暴れ馬は、明らかに誰が意図的に行ったものだ。

 日本で言うなら、イベントが行われている場所に車を突っ込ませるテロ行為だ。


「俺が見た限りでは、サンドロワーヌの街に獣人族が入り込むのは難しい。馬を暴走させたのは、おそらく人族だと思うが、何のためにやったんだ?」

「あるいは、我々の他にもベルトナールの命を狙っていた者がいたのかもしれんな」

「まさか樫村が……いや、奴隷として捕らわれているんだから無理か……」

「ヒョウマよ、ここで考えていたって真相はわからんぞ。今日は街も混乱しているだろうが、いずれ調べが進むだろう。推察を進めるにしても材料が足りない状態では、結論を誤る恐れがある。考えるのは、慌てずに情報を集めてからだ」

「そうだな、確かにそうだ……」


 下手な考え休むに似たりではないが、今の俺が情報不足の状態で推測を進めれば、方向を見誤る可能性が高い。


「とりあえず、腰を据えて街を探ることにするよ」

「そうか、いずれにしても、一日二日で決着が付く問題ではない。今日はゆっくりと休め」

「あぁ、そうさせてもらう」


 暗殺のタイミングを計りながら屋根裏部屋でじっと息を殺していたので、肉体よりも精神的に疲れている気がする。

 里長の館を出て訓練場の隅に建てた小屋に戻ると、ラフィーアがアン達に食事を与えている所だった。


 今日は、すんなり戻って来られるか分からなかったので、アイテムボックスにしまっておいたミノタウロスの肉をラフィーアに預けておいたのだ。

 どかっと丸ごと預けたのに、ご丁寧に切り分けてくれたようだ。


「待て、待て、ちゃんと用意してあるから……はぁ」


 どうやら、アン達の食欲に圧倒されているようだ。


「仕方ないなぁ……サンク、シス、おいで。みんなが食べ終わるまで待っていよう」

「キャウ、キャウ!」


 まだミルクを飲んでいるサンクとシスは、ラフィーアにじゃれついて遊んでもらっていた。


「ただいま……」

「ヒョウマ!」「ウォフッ!」「キャウ!」


 声を掛けた途端、ラフィーアは勿論、アン達まで食事を放り出して駆け寄ってきた。


「ちょっ待って……うへぇ……分かった、分かったから、心配だったんだろ……」


 直前までミノタウロスの生肉を齧っていたアン達に舐めまわされて、俺も抱き付いていたラフィーアも酷い有様だ。

 そんな状況にも関わらず、ラフィーアが気にしていたのは俺の身体だった。


「ヒョウマ、無事に戻ってきたのだな。どこも怪我などしていないな?」

「あぁ、大丈夫だ。ただ、ベルトナールを仕留められたかどうか……」

「そんな事はどうでも良い。ヒョウマさえ無事に戻ってくれれば私は……」


 アン達の血生臭い涎でベタベタにされているのも構わず、ラフィーアは俺に頬擦りしてくる。

 アン達も、俺とラフィーアに擦り寄って鼻を鳴らした。


「ヒョウマ……どうしたんだ?」

「えっ……あれっ……」


 気付かないうちに、俺は涙を流していた。

 生まれて初めて人を殺そうと、朝から張りつめ切っていたものが、ラフィーア達に迎えられて一気に緩んでしまったらしい。


「大丈夫か、どこか痛めているのか?」

「いや、大丈夫だ。張り詰めていた気持ちが緩んだみたいだ……」

「そうか、すごく平和な国に暮らしていたのだものな……そんなヒョウマに重荷を背負わせてしまって申し訳ない」

「いいや、ベルトナールの暗殺は俺が考え、俺が決めたことだから、ラフィーアが謝ることはない。それよりも、こうして迎えてもらえて、心底ほっとした。ありがとう」

「ヒョウマ……」


 頭に腕を回して耳の後ろを優しく撫でてやると、ラフィーアはゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 もう大丈夫だと思ったようで、アン達は食事に戻っていった。


 アン達の食事風景を眺めつつ、サンクとシスをモフりながら、サンドロワーヌで起こった出来事をラフィーアに話した。

 ラフィーアは相槌を打つばかりで、先を急かすこともなく、俺の話を聞いてくれた。


「という訳で、ベルトナールの生死は不明だ」

「そうか……ヒョウマ、この先はどうするつもりなのだ?」

「まずは、何が起こっていたのか、情報を集めて把握する。その上で、何が一番効果的なのか考えて作戦を練り直すつもりだ」

「ベルトナールが生きていたら、もう一度暗殺を試みるのか?」

「そうだな……」


 ラフィーアに改めて問われて、ベルトナールと俺の関係を考えてみた。

 俺はベルトナールに森の奥で捨てられて、危うく死ぬところだったが、実際には死んでいない。


 逆に今日、ベルトナールは俺に命を狙われた。

 死んでいなかったとしても、言うなればイーブンの状態と言ってもいい。


 厳密にいうなら、召喚した責任を取ってもらっていないからイーブンではないが、もう一度命を狙うことに躊躇いを感じている。

 ベルトナールを殺せば、戦況は大きくサンカラーン側に有利に動くはずだが、根本的な解決に繋がるとは限らない。


「なぁ、ラフィーア……アルマルディーヌ王国が、獣人族の奴隷を全員解放して、獣人族への差別を廃止するとしたら、サンカラーンの全ての里は和平に賛成するかな?」

「どうだろうな……ダンムールのように王国の攻撃を受けていない里の連中であれば、その条件でも和平に賛成すると思うが、最近侵略を受けて身内を殺されたり、連れて行かれた里の者は納得しないような気がするな」

「そうか……そうだよな。奪われたのが物や金で、それを元の状態で返して謝罪するならば、水に流そう……ってなるかもしれないが、命は戻って来ないし、連行されて虐待されていたら、簡単には許せないだろうな」

「ヒョウマは、戦いではなく交渉で平和を築こうと考えているのか?」

「俺が力を貸せば、サンドロワーヌの街にも攻撃を仕掛けられるが、武力衝突を繰り返しているうちは、真の平和は訪れないだろう」


 赤竜からゆるパクしたおかげで、膨大なスキルと能力を手に入れた。

 高レベルの攻撃魔法を使えば、サンドロワーヌの街に甚大な被害を加えられるだろ。


 空間転移魔法を使えば、サンカラーンの戦士を街に送り込む事だって可能だが、そうして戦果を上げれば、今度はこちらが恨みを買うことになる。

 和平の交渉を始めるならば、アルマルディーヌ王国の代表はベルトナールの方が、交渉結果に王国の住民が納得しやすい気がする。


「だがヒョウマよ。そもそもベルトナールが和平交渉に応じるだろうか?」

「そうなんだよなぁ……そもそも生きているのか死んでいるのかも分からないもんな」

「今後の事を考えるならば、もう少し状況がハッキリしてからの方が良くないか?」

「あぁ、さっきもハシームからも同じことを言われたばかりだった……」


 今日はもう考えるのを止めようと決めたばかりなのに、堂々巡りのように同じことを繰り返してしまう辺り、やはり疲れているのだろう。


「もうすぐ夕食の時間だ。食事を終えたら、早く休んだ方が良い……」

「いや、アン達と風呂に入ったら、寝てしまうつもりだ……」

「食事は要らないのか?」

「あぁ、それよりも眠りたい……」

「そうか、ならばヒョウマが風呂に入っている間に、何か軽く食べられるものを持ってきてやろう……」

「悪いな……」

「なぁに、お安い御用だ」


 一緒に風呂に入っていかないかと誘いかけたけど、言い出せないうちにラフィーアは館へと戻って行った。

 いつの間にかアン達は食事を終えて、今はサンクとシスのミルクの時間だ。


 サンクとシスがミルクを飲んでいる間に風呂の用意をして、ついでにアン達の涎まみれになった服を洗濯する。

 水属性魔法と火属性魔法で作ったお湯を空中で球にして、その中に着ていた服を放り込んだら、洗濯機のように水流を起こしてやる。


 汚れが落ちたら、今度は風属性魔法と火属性魔法で温風を渦を起こして、その中に洗い終えた服を放り込んで乾かしたら、アイテムボックスへ放り込んでおく。

 アン達もザックリと洗ってから、一緒に湯舟に浸かった。


 満腹になって睡魔に襲われているサンクとシスは、溺れないように頭を俺の両肩に乗せて抱えた。


「あぁ、今夜は星が見えないや……」


 昨夜は降ってくるかと思うほど見えた星が、今夜はどんよりとした雲に隠されて一つも見えない。

 先が見えない俺の将来を暗示しているように感じてしまうのも、疲れのせいだと思いたかった。 


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