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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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王子殺しの過ごす日々 後編

 ベルトナールは、闘技場を見下ろす椅子にゆったりと腰を下ろした。

 その左右斜め後方には、剣を携えた騎士と槍を携えた騎士が一名ずつ、合計四名が控えている。


 四人の護衛騎士の背後には、魔術師と思われる服装の者が四人、交代でブツブツと詠唱を唱え、いつでも魔法を発動出来る準備を整えているようだ。

 更に、魔術師の背後にも十人ほどの兵士が控えている。


 バルコニーの下にはフルプレートの鎧を身に付けた兵士がズラリと並び、猫の子一匹通さないような守りを固めていた。

 ベルトナールは、空間転移魔法の使い手だから、ファーストアタックさえ食い止めれば逃亡が可能なことを考えれば、厳重すぎる警護体制にも見える。


 サンカラーンの獣人族との戦いにおいても、ベルトナールは後方から魔法を使って兵士を送り込むだけで、自分が前線に出ることは無いらしい。

 地球の戦争で例えるならば、遥か遠方から巡行ミサイルを撃ち込むオペレーターのようなものだ。


 攻撃を受ける側からしてみれば卑怯極まりない存在だが、攻撃をする側からすれば最も強力で最も貴重な戦力に他ならない。

 これだけ厳重な警護が行われるのは、それだけベルトナールを失うことを恐れている証でもある。


 闘技場の周囲に集まった民衆の中には、ベルトナールに向って手を合わせて祈りを捧げる者が多数見受けられた。

 アルマルディーヌの民にとっても、ベルトナールは繁栄をもたらす象徴のようになっているのだろう。


 民衆の多くが歓喜の表情を浮かべてバルコニーを見上げている中で、会場の片隅にいる同級生の多くは眉間に皺を寄せてベルトナールを睨んでいた。

 突然こちらの世界に召喚され、奴隷扱いを受けることになった元凶なのだから当然の反応だろう。


 だが憎しみを露わにする同級生の中で、樫村一徹だけが冷静な表情でバルコニーに視線を向けていた。

 その瞳に浮かんでいるのは怒りではなく、まるで学者のごとき探求心に見える。


 樫村の表情を見ているうちに、俺の心の中に少しだけ迷いが生じた。

 俺はベルトナールを暗殺しようと企てているが、樫村は別の利用法を考えているように感じたからだ。


 樫村の性格を一言で表すならば、馬鹿真面目という言葉が相応しいだろう。

 学業は優秀だが、天才肌ではなく、コツコツ、コツコツと地道に知識を積み上げていくタイプだ。


 すぐに結果を求めてしまう俺に対して、樫村はもっと先の未来に結果を求めるタイプだ。

 俺は獣人族と交流を得て、ベルトナールの排除こそが一番効果的だと考えているが、樫村は何を考えているのか聞いてみたくなった。


 だが、ベルトナールの暗殺は今日これから行う予定だ。

 それまでの間に、樫村と接触するチャンスがあるとは思えない。


「どうする……やるか、やめるか……」


 ベルトナールは表情を動かさずに三位決定戦を眺めていた。

 そのベルトナールを樫村がジッと見つめ、俺は樫村の表情を読み解こうと試みている。


 ジリジリとした時間が過ぎていき、こめかみを汗が伝っていく。

 集まった群衆がまた歓声を上げ始めたが、試合の様子は目に入って来ない。


 戦斧使いの大男と槍使いの女性の戦いは、槍使いの勝利で幕を閉じた。

 大歓声の中でベルトナールは、おざなりに拍手をしただけで、勝敗には興味がないように見えた。


 槍使いと戦斧使いは、揃ってベルトナールに頭を下げると、互いの健闘を称え合いながら退場していった。

 いよいよ残すは決勝戦のみで、その勝者だけがベルトナールのいるバルコニーまで足を運べる。


 決勝戦に出る選手が現れるまで、樫村は腕組みをして考え込んでいるように見えた。

 もしや、来年の武術大会への出場を考えているのだろうか。


 樫村の剣術レベルは6で、同級生たちに較べれば高いものの、先程の槍使いの女性の槍術レベル7と比較すると差がある。

 どの程度のペースで成長しているのか分からないが、樫村ならば今後も着実に進歩上達するはずだ。


 武術大会の成績上位者は、騎士として取り立てられるという噂だ。

 もしかすると、武術大会に出場して好成績を収め、奴隷の身分から抜け出そうと考えているのだろうか。


 樫村の目的が奴隷からの脱出ならば、ベルトナールが存在していなくても大丈夫だろう。

 首輪さえ何とか出来るならば、俺が救い出す事だって出来る。


 俺は、視線を樫村から闘技場へと戻した。

 決勝戦は、長剣使いと槍使いの対戦だった。


 俺が使っている剣術のベースは、この長剣使いから模倣や戦術予測などのスキルも使ってパクったものだ。

 長剣使いの剣術レベルは7、対する槍使いの槍術レベルも7だ。


 三位決定戦の勝者である女性の槍使いが敗れた相手は、決勝戦に出場している槍使いだ。

 共に槍術のレベルは7で、体力などの数値にも大きな違いは無かったのだが、試合運びには歴然とした違いがあった。


 たぶん、同じレベル7であっても、8に近い7と、6に近い7といった違いがあるのかもしれない。

 そして、決勝戦は激しい戦いとなった。


 試合開始直後は、互いの出方を探るように見合っていたが、ここまで勝ち上がってくる間に互いの手の内は分かっていたのだろう。

 間合いを潰すように長剣使いが踏み込んだ直後から、互いが己の技量の全てをぶつけ合った。


 まるで槍が何本かに増えたように見える連撃を躱し、長剣使いは前へ前へと踏み込んでいく。

 槍使いは己に有利な距離を保とうと、足元への薙ぎやフェイントを交えて長剣使いを翻弄しようと試みていた。


 刃引きはしてあるとは言え、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、闘技場を囲む民衆のボルテージも上がっていく。

 実際、このクラスの者が振るえば、刃引きしてあろうが立派な凶器だ。


 長剣使いの頬が裂け、槍使いの額からも一筋の血が流れ落ちる。

 名誉と共に己の命さえも賭けた戦いだが、二人の達人の足捌きには、まるで激しい舞踊のような流麗さがあった。


 このまま永遠に続くのではないかと思われた戦いは、意外な展開で幕を閉じた。

 突然群衆が、闘技場の中へと雪崩れ込んで来たのだ。


 俺のいる場所からは、斜め左後方、闘技場からは南の方角から暴れ馬が突っ込んで来て、そこから逃れようとした人々が押し出されたらしい。

 その直後、今度は反対の北側からも暴れ馬が突っ込んで来る。


 立錐の余地も無いほどに集まっていた群衆に、何頭もの馬が突っ込んできたのだから、あっという間に闘技場は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。

 馬に踏まれ、蹴られる者が続出する一方で、馬から逃れようとした者達によって、あちこちで将棋倒しが起こっていた。


 闘技場に乱入した馬達は、更に目抜き通りへと突っ込んで行く。

 こちらには闘技場へと入れなかった者や、元々武術大会以外の目的でフェスティバルを楽しんでいる者達が集まっていて、逃げ惑う者達で大パニックになった。


 騒ぎが起こった直後、ベルトナールは何事か護衛の騎士に命じると、陣頭指揮を執らずに城の中へと足を向けた。

 この混乱ぶりでは、武術大会の決勝戦は中止だろう。


 改めて行われるのかは分からないが、それよりも今はベルトナールの暗殺だ。

 俺は千里眼でベルトナールの背中を追いかけながら、静かに剣を鞘から引き抜いた。


 日本刀のような反りの無い長剣は、居合のような抜き打ちには適さない。

 パクった剣術スキルによって瞬時に抜き放つ自信はあるが、万が一抜きそこなって暗殺に失敗したら意味が無い。


 両手で剣を握り、空間転移魔法を発動させるタイミングを計る。

 ベルトナールは、四人の騎士に周囲を守られながら、城の奥へと歩みを進めていた。


 副官なのか、執事なのか、中年の騎士が付き従い、ベルトナールから指示を聞いている。

 やがてベルトナールは、城の一番南西の部屋へと辿り着くと、中年の男に念を押してからドアの中へと歩みを進めた。


 ベルトナールが部屋に入ると中年の男は歩み去り、護衛の四人の騎士がドアの前を固めた。

 探知スキルと千里眼で探ると、部屋の中にはベルトナールしか居ない。


 ベルトナールは、南西向きの窓に歩みより、外を眺めて大きく息をついた。


「今だ!」


 本当は真正面に空間転移を行い、俺の顔を晒した上で斬り殺すつもりだったが、窓辺に立つベルトナールの正面には俺が移動する隙間は無い。

 この千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかないので、ベルトナールの背後へと空間転移した。


 目の前の風景が、薄汚れた屋根裏部屋の壁から、一瞬にして手入れの行き届いた部屋へと変わる。

 窓ガラスに写ったベルトナールの瞳が、突然現れた俺の姿を捉えて大きく見開かれた。


「死ね!」


 時間が止まったように動かないベルトナールの右の肩口に目掛け、渾身の一撃を振り下ろす。

 剣術スキル、肉体強化、ゆるパク、がちパクで手に入れた全てを注ぎ込んだ一撃は、常人が見たら白い光芒にしか見えなかったはずだ。


 ザクっ!


 勢い余った長剣の切っ先は、分厚い絨毯に食い込んでようやく止まった。


「ベルトナール様! どうかなさいましたか?」


 剣が絨毯を切り裂く音を聞きつけて、ドアの外から護衛の騎士が声を掛けてくる。


「ベルトナール様! ベルトナール様!」

「ちっ……」


 護衛の騎士が踏み込んで来そうな気配を感じ、俺は窓の遥か向こうに見える森の中へと空間転移魔法で飛んだ。

 転移する瞬間にドアが開く音を聞いた気がしたが、姿を見られたかどうかまでは分からない。


 そして、ベルトナールの生死も不明だ。

 俺が剣を振り下ろした瞬間、ベルトナールは空間転移魔法を発動させたのだ。


 振り抜いた剣には殆ど手ごたえを感じなかったが、確かめてみると僅かだが血が付いている。


「やった……のか?」


 俺の一撃は、自分で言うのもなんだが、ベルトナール程度であれば紙っぺらのように斬り裂いたはずだ。

 それほどの一撃だから、例えベルトナールを真っ二つにしていても、殆ど手応えを感じ無かっただろう。

 それだけに手元に残った剣が、いかなる結果を残したのか確証が持てない。


「てか、あの野郎はどこに転移しやがったんだ?」


 フェスティバルの初日、二日目と城の内部を探ってみても、一度もベルトナールの姿を捉えられなかったのは、そもそも存在していなかったからだろう。

 城の奥まった部屋をいくつも千里眼で見て回ったが、どこの部屋からも生活感のような物が感じられなかった。


 衣裳部屋のようなものはあったが、置かれている服の数は、俺が想像する王侯貴族の生活よりも随分と少ないような気がしていた。


「もしかして……生活の拠点は別にあって、こっちの城には必要な時にしか足を運んでいないのか?」


 転移してきた城の部屋へと千里眼を向けてみると、部屋の中どころかドアの前にも護衛騎士の姿は無かった。

 やはりあの部屋は、ベルトナールが空間転移を行うためだけの部屋なのだろう。


「うーん、帰るか……」


 サンドロワーヌの街に目を向けてみると、まだ大混乱が続いていた。

 通りという通りで人が倒れているような状況で、もはやフェスティバルどころの状況ではなくなっている。


「それにしても、あの暴れ馬は何だったんだ……?」


 突然乱入してきた暴れ馬がいなかったら……と考えてみたが、上手くいっていたかどうかは分からない。

 それよりも今は、ベルトナールが生きていた時のことを考えた方が良いのだろう。


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