王子殺しの過ごす日々 前編
フェスティバルの二日間、昼はサンドロワーヌの街を歩き回り、夜はダンムールに戻る生活を送った。
朝食と夕食はダンムールで食べ、昼食は屋台で買い食いして済ませた。
朝食の前には、ラフィーアと木剣を使って手合わせをして、サンドロワーヌの武術大会で手に入れたスキルの体得を試みる。
スキルとしては身に付いているのだが、やはり見るのとやるのとでは大きな違いがある。
ラフィーアはバスターソードサイズの木剣を使い、俺は通常サイズの木剣を使った。
俺が剣の扱いを身に付けるのは、ベルトナールの暗殺には剣を使うつもりだからだ。
確実に仕留めるのであれば、威力の高い攻撃魔法を撃ち込む方法が一番確実だろうが、それでは一瞬で終わってしまう。
ベルトナールには、復讐に現れた俺の手で殺される事を思い知らせるつもりだ。
「がぁぁぁ!」
吠えるような気合いと共に振り下ろされる大木剣を、細身の木剣を添えるようにして受け流す。
まるで、強風に吹かれる柳の枝のようだ。
手合わせを始めた当初、ラフィーアが振るう大木剣に、俺の木剣は何度も圧し折られた。
そもそも、日本に居た頃から、剣なんて代物は一度も振ったことが無い。
大木剣を軽々と振り回すラフィーアに対して、闇雲に硬く握りしめた木剣で迎え撃っていたのだから折れるのが当たり前だ。
それでも、さすがにスキルをパクっただけのことはあり、一度コツを覚えてしまえば、木剣が俺の手の延長であるかのように、自由自在に振り回せるようになった。
風を切り裂いて迫ってくるラフィーアの木剣の腹に、こちらの木剣を添わせて軽く押してやると、俺の頭を直撃するはずだった木剣の軌道がずらされる。
ラフィーアが、もっと速く、もっと強くと躍起になって木剣を振って来ても、こちらはスイスイと受け流すだけだ。
渾身の一撃を流され、ラフィーアの体勢が崩れたところで、肩口に寸止めの一撃を加えた。
「くっ……何てことだ。ど素人が三日で達人のようだ」
「長年修行を積んで来た人達に対しては申し訳ない気分になるが、今の俺にとっては必要な技術だからな」
「だが、これだけの技量を手に入れ、しかも空間転移魔法を使って不意打ちを仕掛けるのだ、ベルトナールを仕留められないはずがない」
「あぁ、だが油断するつもりはないぞ」
「そうだな、気を緩めるのは仕留めてからだな」
ラフィーアの表情にも、大きな期待と小さな不安が入り混じっているように見える。
最初は殆ど分からなかったが、良く見ると獣人族も表情は豊かなのだ。
フェスティバルの初日、二日目とサンドロワーヌの街を歩きながら、同級生達の居場所を探った。
ゆるパクで手に入れた高レベルの探知魔法は使えるが、同級生達はサンドロワーヌの住民と同じく人族として探知されてしまい、探し当てるまでに少々手間取った。
同級生達は、城の敷地内にある高い塀に囲まれた建物に押し込められていた。
一見すると刑務所のようだが、獣人族の奴隷達の境遇に較べれば遥かにまともな環境だ。
倉庫街にいた人族の奴隷に較べても、まともな服も与えられているようだし、男女別の大部屋だが一人当たりが使えるスペースも広い。
ただし、全員の首には忌まわしい奴隷の首輪が嵌められていた。
奴隷の首輪さえなければ、それこそ宿舎に戻って来たところで空間転移魔法を使えば、まとめて救い出せるだろう。
だが、首輪が付いたままでは、一斉に同級生の首が落ちる羽目になってしまう。
奴隷の首輪の取り扱い方を探ろうと、奴隷商会を探してみたが、どうやらフェスティバルの間は休業のようだ。
周囲の村や街からも多くの見物人が訪れるフェスティバルなので、奴隷の姿を表に出すのは禁じられているらしい。
獣人族を無理矢理連れて来て、奴隷として酷使しているくせに、晴れの日には目に付かない場所に押し込めるのは罪の意識の表れなのだろうか。
それとも、単純に不快なものは目に入れたくないという傲慢さの表れなのだろうか。
二日間、暗殺目標であるベルトナールも探してみたが、こちらは発見出来なかった。
サンドロワーヌの城の敷地は、街の三分の一ほどの広さがあり、多くの人間が立ち働いている。
なるべく城の奥まった部分で探知魔法に反応があった場所を千里眼で覗いてみたが、城で働く使用人や身分の高そうな兵士ばかりだった。
奥まった部屋を千里眼で見まわしてみても、特別に豪華な内装の部屋も無く、本当にベルトナールが暮らしているのか疑わしく感じられた。
そして、暗殺計画当日の今日になっても、まだベルトナールの居場所は掴めていない。
だが、武術大会の決勝戦は姿を見せるはずだ。
俺が考えた暗殺計画は、決勝戦に現れたベルトナールを千里眼で監視して、一人になった瞬間に空間転移で近くへと移動し、必殺の一刀を浴びせるというものだ。
今は居場所が分からなくても、姿さえ表せば俺の千里眼から逃れる術は無い。
考慮しなきゃいけないのは、人目に付かないタイミングだけだろう。
出来れば暗殺するベルトナール以外の者には、姿を見られずに済ませたい。
朝食を済ませた後、サンドロワーヌに向おうと館を出ると、ラフィーアだけでなくハシームまでもが見送りに出てきた。
「ヒョウマよ。無理だと思ったら、迷わずに引け」
「だが、この機会を逃してしまったら……」
「いや、そもそもこれはサンカラーンの問題だ。ヒョウマにも因縁はあるのだろうが、それは今すぐ命を賭してでも晴らすものではないだろう。もう一度言っておくぞ、無理だと思ったら迷わずに引け。よいな?」
「分かった。だが、仕留めてみせるぞ」
「そうか……ならば思うようにやってみろ」
ハシームは、俺と拳を突き合わせると、踵を返して館へと戻って行った。
「ヒョウマ。ヒョウマが強いのは、私が一番良く知っているが……必ず生きて戻って来てくれ」
「勿論だ。獣人族の待遇を改善するためには、こんな所で倒れている訳にはいかないさ。必ず、無事に戻ってくる。約束だ」
「必ずだぞ……」
今日はサンドロワーヌへ向かうので、人化のスキルを使っている俺を包み込むようにして抱きしめ、ラフィーアは愛おしげに喉を鳴らした。
サンドロワーヌの街は、フェスティバルの最終日とあって、前日よりも更に多くの人が通りを埋め尽くしていた。
その多くが向かっているのは、城の前の広場に設けられた闘技場だ。
前日までに、決勝戦に出場する二人は決まっていて、今日は三位以下の順位決定戦が先に行われる。
ベルトナールは五位以下の決定戦には姿を見せず、三位決定戦から試合を見るそうだ。
俺は武術大会の様子を目抜き通りから一本裏に入った、宿屋の屋根裏部屋に身を潜めて見物している。
俺が居るのは、うず高く積まれた古い道具の裏側と壁の間の空間だ。
この屋根裏部屋には、長く人が出入りしていないらしく、階段にも分厚く埃が積もっている。
小さな明り取りの窓も締め切られたままで、普通の人間では表の様子を窺う術も無いが、千里眼が使える俺には全く問題はない。
監視できる場所を探して、街中を千里眼で見まわして発見して、空間転移魔法を使って入り込んだ。
隠形のスキルも使っているから、階下にいる者達からも察知されないはずだ。
ここから千里眼を使えば、宿屋の壁と裏手の建物全体を突き抜けて、武術大会の様子を手に取るように見られる。
埃っぽいのは困ったものだが、監視するポジションとしては最高だろう。
武術大会の会場の片隅には、同級生数名の姿があった。
その中には、樫村一徹の姿もある。
樫村はクラスで一番の秀才で、俺にも勉強を教えてくれる親切な男だが、虚弱体質なのが玉に瑕だった。
いきなり召喚され、理不尽な扱いを受ければ体調を壊すのではないかと心配していたが、思ったよりも元気そうに見える。
もしかすると、召喚された時に得たスキルが良い方向に働いているのかもしれない。
闘技場に来ている同級生達は、アルマルディーヌの連中に従順だと思われている者か、訓練で成果を残した者なのだろう。
訓練の成果と言えば腕っぷしが要求されるはずなのに、虚弱体質の樫村の姿はあるが、クラスを牛耳っていた益子の姿が見当たらない。
腹立たしいが、腕力だけなら益子はクラスで一番だったし、逆に樫村は女子にも負けると思うほど身体が弱かった。
それなのに樫村の方が選ばれているという事は、知識の面でアルマルディーヌの連中に認められているのかと思ったが、鑑定してみて驚いた。
「魔力41、体力39、耐久力46、生命力42、火属性魔法レベル5、剣術レベル6! マジか……樫村凄ぇじゃん」
闘技場に来ている他の同級生達も鑑定してみたが、樫村が頭一つ抜け出ている感じだ。
とは言え、全ての数値が一万オーバーの俺から見ると、二百分の一以下だ。
勿論、樫村達と争うつもりなど更々無いが、奴隷として操られている以上、戦わざるを得ない状況が起こる可能性は否定できない。
そうした場合でも、これだけの力量差があれば、相手を傷つけずに無力化することも可能だろう。
樫村達は、闘技場の片隅に座って熱心に戦いを見ている。
周囲にこれだけの群衆がいて、しかも同級生同士がかたまっているならば、脱走を試みたくなるだろう。
今、闘技場で観戦している同級生のステータスは、周囲に居る兵士達と較べても遜色無いレベルだ。
奴隷の首輪をしていなかったら、兵士の監視を振り切り、群衆に紛れて逃亡するのは難しくないと感じるはずだ。
そうした気配を毛筋ほども見せないのは、奴隷の首輪の性能を伝えられているからだろう。
あるいは、ここに居る同級生達は従順であると認められた者だけで、逆らえば酷い仕打ちが待っているのかもしれない。
現在、闘技場で行われているのは、五位六位の順位決定戦だ。
一方は青龍偃月刀の使い手、対するは俺が初めて見た試合の勝者だった双剣使いだ。
槍使いの猛烈な連撃を、一か所に集中しながら受けきったほどの腕前だったが、この試合に出ているという事は、どこかで敗北を喫したのだろう。
鑑定のスキルを使ってみると双剣術のレベルは7、相手は刀術のレベルが7だ。
武術のレベルだけを見ると互角のようだが、体力や耐久力の数字では青龍偃月刀の使い手の方が上回っている。
開始当初は互角に見えた戦いも、試合が進むにつれて徐々に差が見え始めた。
青龍偃月刀の使い手は、最初に見た試合の槍使いとは違い、まるで将棋でも差すかのように冷静に双剣使いを追い詰めていく。
俺のような素人から見ると青龍偃月刀一本と剣二本では、間合いさえ詰めれば数の多い双剣の方が有利だと思ってしまうが、一撃の重さが異なり、手数の多さがアドバンテージになっていないようだ。
結局試合は、片方の剣を跳ね飛ばされた双剣使いが、青龍偃月刀を捌き切れなくなり敗北した。
こうして試合を見ている時、最初はスキルや技をパクるのに必死だったが、今は俺ならどう戦うと考えている。
実際に手合わせしてみなければ分からないが、たぶんパクったスキルを使えば、あの青龍偃月刀の攻撃も受け流せるだろう。
だが俺の標的は、闘技場で勝ち名乗りを受けている青龍偃月刀の使い手ではない。
試合が決して沸きあがった大きな歓声は、選手が退場すると潮が引くように静まっていった。
試合の進行役が三位決定戦に出場する選手を闘技場へと呼び出すが、先程の試合のような歓声は起こらない。
ザワザワ、ザワザワとした声にならないような囁きが辺りを支配していたが、カーンという甲高い鐘の音が響くと水を打ったように静まり返る。
カーン、カーン、カーン、カーン……合計五回の鐘の音の後、闘技場を見下ろす城のバルコニーの両脇に、竜の頭を剣で貫く紋章を染め抜いた、深紅の旗が掲げられた。
そして、バルコニーに一人の男が姿を表し、自らを誇るように大きく両腕を広げた途端、民衆の歓声が爆発した。
「アルマルディーヌ王国に栄光あれ!」
「ベルトナール様に栄光あれ!」
建物一つを隔ていても俺の体を揺さぶる大歓声を受けても、バルコニーに立つベルトナールは表情一つ変えていない。
ベルトナール・アルマルディーヌ、俺は今日、この男の息の根を止める。