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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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異世界召喚に反逆を 後編

今回も益子目線の話となります。


 馬の世話は正直に言って臭い。

 単純に馬を洗ったりする作業はまだ良いが、馬糞運びなどは鼻が曲がりそうだった。


 クラスの連中は強い者、態度の良い者から服をまともな物へと替えてもらえたが、俺はいつまで経っても貫頭衣のままだ。

 その貫頭衣にも馬糞の臭いが染み付いているようで、クラスメイトから蔑むような視線と笑いを向けられる。


 腹が立ったから手近な奴を殴り飛ばしたが、体術スキル持ちの連中にボコられた。

 だが脱走のヒントは、この忌々しい連中からもたらされた。


「馬糞野郎が、いつまでも昔の夢を引き摺ってんじゃねぇよ」

「俺らは優秀だから、五日後のフェスティバルの見学も許されたけど、お前はちゃんと馬の世話をしてろよ」

「フェスティバルだと……何だそりゃ?」

「そうか、存在すら教えてもらってないのか。まぁ、お前には関係無いだろうがな」

「けっ、どうせショボい祭りなんだろう……」

「何も知らないとは可哀相だなぁ。街を挙げての祭りだけど、お前はお呼びじゃねぇんだよ」

「街を挙げてねぇ……日本で言ったら町内会の御輿か山車程度だろ……」

「ばーか、こいつ何にも知らねぇのな……」


 馬鹿が安い挑発に乗ってくれたおかげで、フェスティバルの情報を仕入れられた。

 日本のように娯楽が豊富な世界ではないので、街ぐるみで三日間に渡って騒ぎ続けるらしい。


 三日目の午後には、例の王族が臨席して武術大会の決勝戦も行われるそうだ。

 脱出を試みるなら、この三日目しかないだろう。


 フェスティバルが近づく程に、兵士も厩務員も浮き足立っていくのが分かった。

 俺はわざと厩務員達に、馬の世話を押し付けてフェスティバルの見物に行くなと釘を刺してやった。


 厩務員達は、生意気な口を利いた俺に反発して、馬の世話を押し付ける算段を始めたが、それこそ俺の思う壺だ。

 フェスティバルの当日、俺以外の人間を馬房から極力遠ざけておきたい。


 どいつもこいつも単純な奴らばかりで、俺を見下し嘲笑っているが、操られているとも気付かない馬鹿ばっかりだ。

 奴らが遊びに行く計画を進める頃、俺は脱出の手順を頭の中で組み立てていた。


 この街には、四つの門が存在している。

 東門は、獣人達が暮す森へ向かって作られていて、戦以外では閉じられている。

 北門は、鉱山へと続く道に通じている。

 南門は、人と獣人が共存する隣国への道に通じている。

 西門は、この国の中心、王都へと通じているそうだ。


 当日、フェスティバルの警備のために騎士が馬を使うが、全体の五分の一程度に過ぎない。

 フェスティバルの間は騎士達の訓練も休みで、残りの馬は休ませることになっている。


 俺様が立てた脱出計画はこうだ。

 狙うのはフェスティバルの最終日、一番人が集まる武術大会の決勝戦が行われる広場に向けて馬を暴走させる。

 騒ぎが起こっている間に、別の馬の群れと共に南門を突破して街を出る。


 あまりにもザックリとした計画だが、宿舎と馬房の往復しか許されていない現状では、これが精一杯だ。

 後は行き当たりバッタリの出たとこ勝負をするしかないのだ。


 フェスティバル初日、厩務員達が出払った馬房で、俺は黙々と馬の世話を続けた。

 遠くから人のざわめく気配が伝わってくるあたり、それなりに盛大に行われているようだ。


 脱走を計画している俺にとっても、騒ぎを大きくするためにも盛り上がってもらわないとこまる。

 そして馬達には、本番の当日に機嫌を損ねられてしまうと計画が頓挫してしまうので、念入りに世話をしてやった。


 普段の何倍もの仕事量なので、全部を終らせるなど不可能だったが、とにかく馬の環境整備を最優先にした。

 結局、昼飯も食わずに働きづめで、一応の目途がついたのは、夕食の時間が終るギリギリだった。


「くせぇ! 馬糞くせぇ!」

「手前ふざけんな。馬と一緒に藁でも食ってろよ!」


 食堂に入った途端、近くに座っていた連中が騒ぎ出す。

 俺の姿を見て、慌てて食事を終わらせて立ち去って行った。


 食堂の婆どもも俺を蔑んだ目で見やがって、口に出来たのは何日前に焼いたか分からない硬い丸パン一個だけだった。

 脱走したら、馬と引き換えに金を手に入れて、満腹になるまで美味いものを食ってやる。


 飯を食い終われば後は寝るだけだが、馬の世話をやらされるようになってから、宿舎の男部屋を追い出されて廊下で眠る日々が続いている。

 下らねぇ嫌味をぶつけられているよりは、こっちの方が余程マシだ。


 廊下で横になっていると、今日の見物の話が漏れ聞こえてきた。

 随分と浮かれていたから、どれだけ良い思いをしてきたのかと思いきや、武術大会の見学だったらしい。


 そんなもの、ここの奴らにしてみれば、武器の性能をアップするためにやっているだけで、楽しませるつもりなんかゼロだろう。

 それなのに、明日もフェスティバルを見物出来るなんて浮かれてやがるのだから、馬鹿にも程がある。


 フェスティバル二日目、その日も朝から馬の世話に追われていたが、手抜きのコツが分かったので、昨日よりは幾分だが楽になった。

 昼は、またクソ硬い丸パンを齧り、少し休憩をした後で馬の世話を再開すると、兵士の一人が声を掛けてきた。


「どうした、お前一人なのか?」

「ふん、皆さんフェスティバルにお忙しいみたいだぜ」


 振り返ってみると、召喚された時にヘマの野郎を見殺しにしやがった、アーサーとかいう野郎だ。

 クラスの馬鹿共も、こいつの事は毛嫌いしているようだ。


「そうか……仕方の無い連中だ」

「な、何してやがる」

「見れば分かるだろう、手伝ってやる」

「余計な事してんじゃねぇ」

「俺に文句を言う暇があるなら、さっさと手を動かせ」

「こいつ……」


 訓練の時にも、何かと言えば俺達の肩を持って好感度を上げようとしてやがる。

 手前らで、俺達をこんな環境に追い込んだクセに、そうまでして嫌われたくないとか、偽善者すぎて虫唾が走る。


 フェスティバル三日目、いよいよ脱走当日になったが思わぬ障害が発生した。

 いよいよ計画を進めようとした昼過ぎに、またアーサーの野郎が現れやがった。


 そして、頼んでもいないのに、また馬の世話を手伝い始めた。

 このままでは、折角のチャンスが台無しだ。


 ジリジリする焦燥感の中で、俺はチャンスを覗った。

 訓練の時、兵士どもは一定の距離を保って俺達に指示を出していた。


 そして、常に後ろに回りこまれないように気を配っていた。

 つまり、鍵さえ使われなければ、奴隷側からも攻撃は可能なんだろう。


 俺は馬房の戸を閉める時に使う、閂の棒を手にしてアーサーに忍び寄った。

 閂は硬い木の棒で、太さ7、8センチ、長さは60センチぐらいだ。


 こいつらはヘマの野郎を死地へと送り込んだのだから、容赦するつもりは無い。

 振り上げた棒を、思い切りアーサーの後頭部目掛けて振り下ろした。


 ゴツっと鈍い音と硬い手応えを残して、アーサーは前のめりに床に倒れた。

 念のために、もう一度閂の棒をアーサーの後頭部に叩き込んだ。


 ビクビクっと痙攣した後、アーサーはピクリとも動かなくなった。

 このまま放置しておいたら命の危険に晒されるだろうが、知ったことではない。


 ヘマの野郎、仇は俺様が取ってやったから感謝しやがれよ。

 俺は、アーサーを馬房の床に置き去りにして、脱走計画を実行に移した。


 フェスティバルの間、人の目が無くなった隙に盗みだしておいた、馬房で働く職員の服に着替える。

 少々サイズが合わず、ピチピチで破れそうだが贅沢は言っていられない。


 首には手ぬぐいを巻いて、奴隷の首輪をかくす。

 服の他にも盗み出した、小銭やパンなどを袋に詰めて背負った。


 馬房があるのは城の裏手、西側にある訓練場の一角だ。

 ここから城を南側から迂回するように、馬房にいる馬の四分の一を祭りの中心部へと突っ込ませた。


 直後に、馬房にいる馬の半分を城の北側を迂回させて、祭りの中心部へと突っ込ませる。

 南側から騒ぎが起こり、北へと逃げた群衆に突っ込ませる形だ。


 すぐに、それまでの賑やかなざわめきとは異なる、鋭く尖った声が城の向こう側から聞えて来る。

 俺は残った四分の一の馬達と一緒に、一番良さそうな馬に跨り、街の塀伝いに南門を目指した。


 東京にいた頃も、乗馬なんてやった事はないが、頭で考えるだけで勝手に馬が動いてくれるし、俺自身の身体も動いた。

 普段は忌々しいと思って来たスキルだが、今はこいつに頼るしかない。


 一緒に走る馬達に指示を飛ばし、先行させて道から人を排除する。

 訓練場から街に出るのも初めてだが、とにかく己の勘を信じて馬を走らせていると、馬鹿でかい門が見えてきた。


 衛兵が待ち構えているかと思いきや、騒ぎの鎮圧に向かったのか、それらしい姿は見えない。

 それでも、門の周辺には多くの通行人の姿が見える。


 このまま馬を突っ込ませれば、怪我人どころか死人が出るだろうが、こんなクソみたいな世界の住人なんぞ、どうなろうと知ったことか。


「どけどけどけぇぇぇ! 突っ込むぞぉぉぉ!」


 突然突っ込んできた馬の群れに、通行人が逃げ惑い、逃げ損なった老婆が蹴り飛ばされた。

 塀沿いの道から門の外に出るには、直角に右折するしかない。


 俺は、曲がりきれるギリギリの速度で突っ込むように馬達に指示を飛ばした。

 何頭かの馬が通行人と接触したり、曲がりきれずに転倒して転がっていく。


 俺は馬の首筋に身体を伏せて、南門へと突っ込んだ。

 遠心力で体が外へと振られるが、バランスが崩れないのは馬術スキルのおかげだろう。


 門の中には更に多くの通行人がいて、馬に蹴り飛ばされる者が続出し、俺が乗る馬の前にも転がってくる。

 手綱を引いて腹を蹴ると、俺の馬は華麗に人を跳び越え、摺り抜け、南門の外へと飛び出した。


 門の外は草原で、一気に視界が開けた。

 俺は、街道の右側に広がる草原へと馬達を進めた。


「うおぉぉぉぉぉ! ざまーみろ、自由だ、俺様は自由だぁ!」


 俺の脳裏には、召喚される前夜に見た、モンゴルの遊牧民のドキュメンタリーが浮かんでいた。

 どこまでも広がる青い空と緑の草原、その中を誰にも束縛されることなく馬を走らせる。


 東京のせせこましい生活なんか投げ捨てて、自由に馬を走らせたい……その思いが、俺に馬術のスキルを与えたのだろう。

 召喚された当初は最低のスキルだと思ったが、こいつは最高のスキルだ。


 馬の腹を蹴って速度上げ、しばらく走ってから振り向くと馬鹿デカい城壁が見えたが、追手らしき姿は見えない。

 だが、まだ安心できる距離とは思えないので、ひたすら馬を走らせた。


 視界を遮る物の無い草原を走り切り、道は林の中へと入った。

 やはり、首輪から魔法の刃が飛び出すなんて、逃亡を防ぐためのハッタリだったようだ。


「最高だぁ、俺は自由だ、自由なん……」


 突然、首に痛みが走り、視界が回った。

 落下する視界の端に、俺の胴体が馬に跨って走り去るのが見える。


 直後にゴロゴロと視界が回り、砂利道の端で止まった。

 林の間から見える青い空、それが俺の見た最期の風景だった。


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