ゆるパク兵馬の復讐譚~人間やめたので獣人族と組みます~ 中編
国境の街ノランジェールは、アルマルディーヌとオミネスを隔てる渓谷を跨いで栄えている。
アルマルディーヌ側も、オミネス側も、街の名前はノランジェールで、両国の友好関係を象徴する街として知られているそうだ。
渓谷の幅は30メートル程度で、三つのアーチを持つ石造りの頑丈な橋が両国を繋いでいる。
橋の上からティーロン川までの高さは8メートル程度、流れは緩やかで橋の下には船着場が設けられている。
ノランジェールは、交易都市でもある。
川上からはオミネスの商人がサンカラーンの獣人族から買い付けた材木が、筏に組まれて流れ下ってくる。
川下からは帆掛け船によって、遥か下流から塩や海産品の乾物などが運ばれて来る。
そうした品々は、ノランジェールで陸揚げされ、オミネスのカルダットや、アルマルディーヌのサンドロワーヌへと運ばれて行く。
カルダットで旅の支度を整えた翌日、ラフィーアをダンムールの里に送った後、一人でノランジェールまで空間転移魔法を活用して移動して来た。
フンダールも、ルベチも、俺がアルマルディーヌに行く時には、案内役と称するお目付け役を同行させたがったが断わった。
何しろ、アルマルディーヌの第二王子、ベルトナールを暗殺するかもしれないのだから、お目付け役に同行される気は、サラサラに無い。
フンダール達には、フェスティバルを見物に来た、オミネスの田舎者の振りをするから大丈夫だと言って納得させた。
フェスティバルに間に合うように、移動は徒歩ではなく空間転移魔法だ。
大体の街の位置関係を地図にしてもらい、それを元にして千里眼で場所を特定し、空間転移を使ってノランジェール近くの森へと移動し、何食わぬ顔で街道へ出て歩いて街に入った。
ノランジェールには、オミネス側は勿論、アルマルディーヌ側にも城壁は作られていない。
アルマルディーヌの街でもあるが、オミネスの人間も多く滞在しているので、サンカラーンの者達も手出しはしないそうだ。
ノランジェールのオミネス側の街に入ると、すぐにカルダットとの違いに気付いた。
カルダットの街では獣人族と人族が、当たり前のように共存していたのに、ノランジェールには獣人族の姿は無い。
アルマルディーヌの人間と、無用の衝突を避けるためなのだろうか。
サンカラーンに肩入れしている俺としては、こちら側はオミネスなのだから、獣人族との共存を見せ付けて欲しいと思ってしまうが、現実には難しいのだろう。
入国審査は、橋の袂にあるゲートで行われていた。
オミネス側のゲートでは、身分証の確認とアルマルディーヌ行きの目的を聞かれ、ヤバい品物は持っていないか確認されただけで通してもらえた。
俺が持っているのはオミネスの身分証だし、出国に関しては予想した通り何の問題も無かった。
ゲートを通り抜けると、橋の上には何台もの馬車が停まっているのが見えた。
入国のための検査待ちの列で、オミネス側にもアルマルディーヌ側にも数台の馬車が順番待ちをしていた。
馬車は、積荷のチェックが行われるので、入国まで時間が掛かるらしい。
徒歩で橋を渡る者も、所持品をチェックされる。
「これは、水晶を使った宝飾品か?」
「はい、ですが安物ですよ」
商人のふりをするために、ラフィーアをダンムールの里まで送った時に、手ごろな価格の水晶のアクセサリーを仕入れて来たのだ。
オミネスからアルマルディーヌへの商品の持ち込みに対して、関税は掛からないそうだ。
品物に税金を掛けるよりも、非課税にして多くの品物が流通する方がメリットが大きいと考えられているらしい。
この近辺で水晶が取れる場所は、ダンムールしかないそうだが、入国審査官は水晶の出所には興味がないらしい。
「そうなのか? なかなかの品物に見えるが……」
「いやいや、一級品とは透明度が違うんですよ。これだけ見るとソコソコの品物のように見えるますが、横に並べたら違いは歴然ですよ」
「ほう、そういうものか……だが、いずれにしても、もっと早く来るべきだな」
「もっと早く? あぁ、フェスティバルのことですね?」
「そうだ。ここからサンドロワーヌまでは、どんなに急いだって五日は掛かるはずだ。到着した頃にはフェスティバルは終わっているだろう。フェスティバルの最中ならば、財布の紐も緩んで、店先に並べておけば何だって売れるとさえ言われているが、終わった後では財布の紐も固くなっているぞ」
審査官は、したり顔で忠告してきたが、そうした指摘を受けることは想定している。
「まぁ、普通はそう考えるでしょうけど、俺みたいな駆け出しは他人と同じことをやっていたんじゃ商売になりませんよ」
「ほう、何か儲けるアテでもあるのか?」
「フェスティバルで見物客が散財するって事は、そのお金を受け取る者が居るって事でしょう? 食い物屋、酒屋、宿屋など、フェスティバルで皆が盛り上がる中で仕事を続けていた人達は……さぁ、これからが私たちの休みが始まる……って思ってるんじゃないですかね」
「なるほど、フェスティバルで儲けた者を相手に商売しようって魂胆か、なかなか考えているじゃないか。まぁ、頑張ってもうけろよ」
「ありがとうございます」
心配していた入国審査は、呆気なく終わり、無事に入国を果たせた。
フェスティバルに間に合う五日ほど前は、凄い数の入国希望者が押し寄せて来たらしい。
今日はそれほど多くはないが、それでも審査を待つ人でゲートの前には行列が出来ていた。
荷物を確認して、怪しげな物を所持していなければ、原則入国は許可されるらしい。
アルマルディーヌ側の街に足を踏み入れると、やはり獣人族の姿は無かった。
奴隷の首輪をした人族の姿はあるが、首輪を付けられた獣人族の姿は無い。
街道沿いの茶店に入り、お茶を頼むついでに聞いてみた。
「俺はノランジェールには初めて来たんだけど、獣人族の奴隷はいないのかい?」
「あぁ、この街では獣人族の奴隷の使役は禁じられているのさ」
「へぇ、そりゃまたどうして?」
「一つはサンカラーンの連中に襲われるリスクを減らすため。もう一つの理由は、おたくのように獣人族と共存しているオミネスから初めて来る人への配慮さ」
「だが、オミネスにだって獣人族の奴隷はいるぞ」
「まぁ、そうだろうが、扱いについては大きな違いがあるだろう」
「なるほど……」
どうやら、アルマルディーヌ国内での獣人族の扱いは、相当酷いものだと思っていた方が良さそうだ。
お茶を飲みながら、街道の様子を眺めていると、荷運びの仕事をしている人族の奴隷が何度か通っていった。
黒い奴隷の首輪をしているだけでなく、見るからに粗末な服装をしているので、一目で奴隷だと分かってしまう。
オミネスでは、奴隷の虐待を防ぐ取り組みが進んでいるようだったが、アルマルディーヌでの奴隷の扱いは、ファンタジーに出て来るような悲惨なものらしい。
召喚された者達は戦闘奴隷にされるらしいが、同じように非人道的な扱いをされているのだろうか。
平和ボケした日本から来たクラスメイト達が、そんな状況に耐えられるのか心配になってくるが、焦っても仕方がないので、ノランジェールの街を見て歩いた。
俺をこちらの世界に召喚して、危険な森に置き去りにしたベルトナールの国だと身構えていたけれど、街の風景は至って普通だ。
ここノランジェールにクラスメイトが居る訳でもなさそうだし、サンカラーンとの争いが起こっている訳でもない。
ノランジェールのアルマルディーヌ側には、鉄製品を扱う店が多く見られる。
鍋や釜、フライパン、包丁などの調理器具や、釘や蝶番などの部品、剣や槍、盾などの武具、鋼材として扱っている店など様々だ。
オミネス側の商人が、ここにアルマルディーヌの鉄製品を買い付けに来て、その一部はサンカラーンへと持ち込まれているのだろう。
正直、アルマルディーヌ王国に対して良い印象は持っていない。
今の俺の力ならば、この街をめちゃめちゃに破壊する事も可能だろうし、住民を皆殺しにすることも可能だろうが、それは正しい復讐ではないと思う。
この街の人に、よくも俺を森に置き去りにしやがったな……なんて言ったところで、何の話なのか全く理解できないだろう。
俺が復讐すべき相手は、置き去りにされた恨み言を理解できる者にすべきだ。
表通りから裏へと入ってみると、倉庫街が広がっていた。
店に並べてあるのは見本で、在庫は裏手の倉庫に保管しているのだろう。
表通りの賑やかさとは違い、野太い声が響いている。
「おら、さっさと積み込め! もたもたしてっと晩飯食わせないぞ」
「邪魔だ、邪魔だ! フラフラ歩いてんじゃねぇ!」
罵声を浴びせられている者の多くは奴隷で、言葉による叱責だけでなく鞭による懲罰も加えられているようだ。
時折、ハンドベルの音が聞えてくるのは、奴隷の首輪の機能を使い、奴隷を屈服させているのだろう。
倉庫街で見かける奴隷も、人族ばかりで獣人族の姿は無い。
酷使される奴隷達の姿を横目に見ながら表通りへと戻り、そのまま街道をサンドロワーヌに向けて歩き始める。
ダンムールに戻る前に、今日中にサンドロワーヌの街を眺めておくつもりだ。