第31話 この世で最強の無能
フェニックスの背に乗り、10秒たらずで目的地たる―バルセの街上空へ到着する。
地上を窺うと多数の獣の頭部を持つ怪物がワラワラとハンターたちへと突進していた。
アルノルトも他のハンターたちも一応生きているようだし、間一髪で間に合ったようだ。
「ここは私が処理します。翁達は街の中で待っていてください。
フェニックス、アーロン老たちを下に見える街へと降ろして差し上げろ」
『御意!』
「ちょっと、カイ――」
ローゼが何か言いかけてはいたが構わず、大地へと落下する。
丁度、今にも色黒の露出度の高い女に襲い掛かろうとしていた羊の頭部の魔物を踏み潰しつつ、地上へと着地する。
この女、あの路地裏での茶番を覗き見ていた女か。ま、この状況ではどうでもいいことだな。
グルリと眺めまわし、強者を検索するがやはり雑魚しかいない。というか違いが全く判断つかぬ。しいていえば、あのパンツ一丁にマントを着た変質者がやけに尊大そうだし、こいつらのボスなんだろう。経験則上、この手の徒党を組む魔物は弱肉強食だし、あれが一番強いんだと思う。
他にはあの狼、虎、鷲の頭部を持つ魔物か。あいつらの着ている服って異界の軍服だよな? いやね、あの最弱専用ダンジョンで得た本に異界の祭りについても詳細に記載してあったわけよ。なんでも空想好きな群衆が集まって、物語にでてくる登場人物の衣服や格好を真似して見せあうんだそうだ。
そう、確か【こすぷれ】といい、それをする者達を【こすぷれいやー】というらしい。大方、あの変質者どもも同様の趣味を持っているんだろう。とすると、あれは異界の魔物ってわけか?
あのアルノルトが敗北しているようだし、きっとあの変質者マントと軍服の魔物は私のような能力制限のアイテムでも装備しているのだろう。油断は禁物だな。
ではさっそく行動に移そう。
まずは――。
「動くな。一歩でも動けば即殺す」
ぐるりと周囲に視線を向けて、殺意を込めてそう命じただけで、一歩すらも動けなくなる千にも及ぶ獣顔の魔物ども。はっ! お話にすらならんな。
【討伐図鑑】により【ヒーリングスライム】30匹を指定し【
「ここにいる人間たちを癒すのだ」
まるで頑張るよ、とでも言いたげに【ヒーリングスライム】はプルプルと震えると傷つくハンターたちへ近づくとその身体を包み込み一瞬で癒してしまう。
『あ、あれはヒーリングスライム!?』
頓狂な声を上げる鷲の顔の軍服の女。
ほう、このゲテモノどもヒーリングスライムを知っているのか。
『なぜ、アポロの最高位の眷属がこの地にっ!?』
『アホねぇ、天軍がこの地に来ているってことでしょ』
『だとすると、奴はアポロの配下かっ!!』
狼顏と虎顏も混ざり、意味不明な話題で盛り上がって叫び出す。
『お黙りぃっ!!』
マントに赤髪の変態男が叱咤の声を上げると、三者は慌てて姿勢を正した。
変態マントの顔からは先ほどまで常にあった余裕の一切が消失し、目を細めて私を注意深く観察していた。
『あたしのボクちゃんたちをビビらせる眼力に、気難しく、気位の高いヒーリングスライムをも従わせる力。あなたぁ、何者ぉ?』
「ふむ、私はカイ・ハイネマン。この世で一番の無能だ」
別に卑下しているつもりはない。それが私の原点であり、始まりだから。
私は他の者達が誹謗するほど己の称号を悲観してはいない。むしろ、無能でよかったとすら思っている。お陰で
『ふざけてるのぉ? そんな無能様が私のボクちゃんたちをここまで怯えさせられるわけないじゃなーい』
変態マントは、今も滝のような脂汗を流しながら、硬直化している獣の顔の魔物どもを忌々し気に眺めてそう口にする。
「偽りではない。真実さ。それより、今すぐその能力制限を解けよ。でなければ一瞬で終わるぞ?」
アイテムボックスから【村雨】を取り出す。久々の強者だ。今後のためにも、この世界のレベルを知るにはまたとないチャンス。
『能力制限? それどういう意味かしらぁ?』
「うん? だから、アイテムか能力かしらんがその見事な雑魚擬態能力を解除しろ。騎士長にそうしたように私にも全力を出せ。そう言っているのだ」
『こ、この私が雑魚だとぉ‼?』
声を震わせて怒号を浴びせてくる変態マント。
「いやいや、そうは言っちゃいない。
私としてもこの世界の最高峰のレベルを知れる。まさにウィンウィンの関係という奴だ。
『ポチ、ミケ、ピーコ、その不快なゴミを殺しなさい!』
『『『は!』』』
忽ち、私を取り囲み各々の武器を向けてくる頭部が獣の軍服こすぷれいやーたち。この軍服三馬鹿トリオは、私の威圧にも耐えられているようだな。ま、ただ鈍いだけかもしれんがね
ともあれ、部下に任せて戦力を図るのは常套手段ではある。
だとすると、まずはこの雑魚を上手く料理して奴に本気になってもらう事にしよう。
『お前、死んだぞぉ!』
薄ら笑いを浮かべつつ、私に鉄の斧の先を向けてくる狼顏の魔物。
『そうねぇ、よりにもよってパズズ様を雑魚呼ばわりだなんて身の程知らずもいいところだし』
鳥顔の女も同意しつつ、槍をクルクルと回しながらも宣う。
『僕ら――パズズ三獣士の手で死ねるのを――あれ?』
ようやく気付いたか。不用意に私の間合いに入るからさ。どうやら、単に鈍い奴らにすぎなかったようだな。
「悪いな。もう斬った」
既に高速で奴ら三体を切断している。今の動きすら視認しえないか。これでも一匹につき丁度千回切ったんだがね。
『そ、そん――』
『嘘――』
各々人生最後となる遺言を発しながら、全身に細かく線が入る。
次の瞬間、粉々の肉片となって地面に落下する。
『……』
しばし、変態マントは血だまりの中に沈む部下だったもの肉片を茫然と眺めていたが、私に視線を向けてきたので、ニッコリと微笑んでやる。
『ーーっ!!』
たったそれだけで、変態マントはまるでばね仕掛けのように後方へ飛びずさり構えをとる。
「もう一度繰り返すぞ。早くその雑魚擬態能力を解除しろ」
そんな変態マントに静かだが有無を言わせぬ口調で通告する。
『あ、あ、あんた、本当に誰よっ!!?』
「あ? だから、カイ・ハイネマンってさっき自己紹介したばかりだろ」
『そういう意味じゃない! あんたどの勢力の回しものぉっ!!?』
意味不明な言葉を捲し立てる変態マントに、
「この期に及んでまだそんなどうでもいい事を口にするか。無能な私を舐めているというわけだな? ならば、お前の部下どもを全て殺せば、少しは本気になってくれるのかな」
『それは、どういう――』
必死に何かくっちゃべっている奴を無視し、私は村雨の柄に手を触れて――。
「真
私から放たれた魔力の糸は荒野を駆け巡り、千にも及ぶ獣の頭部を持つ奴らの全てを捕捉する。そして――。
「
私のその言霊とともに刀身が鞘から抜かれる。
ズッと獣どもの頭部が地面に落下し、次いで頭部を失った体躯が血液をまき散らしながらも、糸の切れた人形のように地面へと倒れ込む。千を超える獣顔をした魔物は例外なくものを言わぬ屍となり果てた。
今の技は【
この
もっとも、索敵の魔力の糸の射程は大したことはないし、何より攻撃力は一斬撃程度に過ぎないから、真の強者には大して効果などあるまい。要は、雑魚殲滅の技ってところか。
『……』
顔だけグルリと見渡し、部下が皆殺しになった現状を把握し赤髪変態マントは顔を盛大に引き攣らせる。
「さーて、これでわかったろ? 私はお前が出し惜しみできるほど弱くはない」
『そうか、貴様は、天軍が送り込んだ刺客神ってところねぇ!?』
刺客神? こいつ、頭大丈夫か? 神などこの世にいるわけあるまい。いい歳して神様ごっこかよ。いや、もしかしたらこいつはあの弱者専用ダンジョンで得た本で頻繁にでてきた13から 15歳の頃の妄想を成人しても引きずっている病気、『チュウニ病』を患っている可哀そうな魔物なのかもな。
「そうか、厄介な病に侵されているようだな。マジで大変なんだなぁ」
まあ、同情は微塵もしないから即殺するけど。
『どこまでも不快な奴ねぇっ!! でもどの道、このまま貴様を放置しておけば、あの御方様方の障害になり得るかもしれない。だから――』
「だから?」
『ここで、殺すわぁっ!!』
獣のような叫び声を上げると全身がバキバキと軋み音を上げて、変貌していく。
筋肉がさらに盛り上がり、背中には蝙蝠の羽。そして顔は爬虫類の蜥蜴のような顔に変わっていく。どうしようか? 普段ならこの無防備な変身の途中で切り刻んでいるところだが……今はこの世界での自分の立ち位置を知るのが先決かもな。ここで冒険しなければきっと後々、己の首を絞める結果となる。そんな気がする。私の主義に反するがここは様子を見るべきだろう。
「……」
変貌が完了し、暫し無言で半口を開けて奴を凝視していたが、
「まさか、それがお前の正体か?」
どうにか疑問の言葉を絞りだす。
『そう、これがわ・た・しぃ! 今更恐怖しても遅いわぁ。お前は私の部下を殺した。その報いは十分にお前の身体と魂で償ってもらうのだからぁ!』
信じられんがどうやら真実らしい。
「まさかこんな幕引きとはな……」
私の今の気持ちを表すかのように顎は下を向き、深く深く肺にたまった空気を吐き出していた。
『いい! いいじゃなぁーい! 貴方のような強者が私の絶大な力に恐怖し、膝を折る!この光景を見るのが私大好きなのぉッ!!』
「結局、また私は出遅れたのだな……」
でなければ、こんな雑魚があの王国最強にしてロイヤルガードでもある騎士長を下せるはずがない。きっと強者はアルノルトを倒した後、この雑魚にこの場を任せて去ってしまったんだと思う。この変態マントも『あの御方様方』とか言っていたしそれはまず間違いあるまい。結局、強者と相まみえることはできず、この世界での己の立ち位置はわからずじまい。くそっ! またこのパターンか!
『あんた、何、わけのわからない事を言って――』
私に右手を伸ばしてくる変態マント。
「五月蠅い! 私は今落胆中なのだッ!!」
私は村雨を抜刀し奴のその右腕を切り落とす。
『ぐぎゃあぁぁぁっ!!!』
耳障りな悲鳴を上げる変態マントを見ていたらもうどうでもよくなってきた。
私は顏を顰めながらも、
「もういい、お前のような雑魚に用はない。死ね」
死刑宣告をする。
『ま、待っ――』
必死に私から逃れるべくバックステップしようとするが、尻餅をつく。そして――
『はれ?』
己の眼前にたつ二つの両脚を視界に入れて、
『あれ、私の足?』
現実を認識し再度金切り声を上げる。
『も、もうしない! 二度とこの世界にはチョッカイ出さないわっ!!』
「私はな、もうお前のその妄想談義に付き合うのに飽きたのだ」
喚く変態マントを尻目に私は刀身に付着した血を振って落とすと【村雨】を鞘に戻す。
『み、見逃してくれるのッ?』
「お前を見逃す? ホント、面白い事言うな、お前?」
今更、こんな人類の敵の害獣をこの私が生かしておくわけあるまい。私が村雨を鞘に納めたのは既に私の目的が完遂しているからだ。
『ひぃっ!! な、何ぃ、これぇッ!!?』
奴の全身に入る無数の線。それらはゆっくりずれていく。
『私の顔が、身体が崩れるぅぅっ!!』
変態赤マントは、必死に己の身体の崩壊を繋ぎとめようとするが、
『ぃぎゃあぁぁぁっ!!』
断末魔の声とともにバラバラのブロック状の肉片となって地面に落下してしまった。
まったく、せっかくこの世界での私の立ち位置が知れると思ったのに、蓋を開けてみたら強者は去ったばかりで、実際にあてがわれたのはこんな雑魚中の雑魚。ここ最近の私ってこんな役回りばかりだよな。
大きなため息を吐くと、私は既に仕事を終えてご褒美のナデナデをせがむヒーリングスライムを気が済むまで撫でてから本の中に収納するとバルセの街へ肩を落としながら、歩き始めた。
カイの無双の回でした。結局のところ、カイにとってはパズズもゴブリンと大差ありませんしね。
討伐図鑑のゆかいな仲間たちは、三章で主に活躍しますので、どうぞお楽しみに!
【読者の皆様へのお願い】
少しでも「面白い」、「先が読みたい」と感じましたら、ブックマークと評価をお願いしますっ! 作者のモチベーションがとっても上がります! (^^)/
★ここまでで公開可能な情報
・攻撃力G
・範囲D
・性質内:限定領域内での跳躍斬撃。
・戒流投擲術との併合の影響:射程が神眼に影響されて拡張する。
・【神眼】の影響:神眼の射程範囲の10分の1まで
・戒流剣術:電光石化(高速移動抜刀術)から進化した技。
・説明:結界内に入ったものに一太刀を浴びせる。威力は最低。もとは、高速移動抜刀術だったが、それが戒流投擲術により、距離無効まで進化した。