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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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ゆるパク兵馬の復讐譚~人間やめたので獣人族と組みます~ 前編

「フェスティバル?」

「あぁ、おたくらサンカラーンから来たばかりなのかい?」


 ダンムールの里長ハシームへの土産にしようと、酒屋でオミネスで流通している酒について話を聞いている時に、王国の街で行われるフェスティバルの話になった。

 何でも、三日間に渡って近隣の集落の住民も集まって盛大に行われるそうだ。


「フェスティバルの目玉は武術大会でな、上位に入賞した者は希望すれば騎士として取立てられるそうだ。とは言っても、大会に参加できるのは人族に限られておるがな」


 人族である酒屋の親父は、申し訳なさそうに言い添えた。


「あぁ、気にしなくていいぞ。俺達は王国に仕える気なんて毛頭無いからな」

「それもそうか……それに、フェスティバルが始まるのは明後日からだ。カルダットからサンドロワーヌまでは、どんなに急いでも七日、普通は十日以上かかるから、今から出発しても終わってしまっている」


 酒屋の親父は、俺が空間転移の魔法を使えることも、王族に恨みを抱いているとも知らないので、昔行ったフェスティバルの様子を話してくれた。

 それによると、フェスティバルの最終日、武術大会に優勝した者へは城主自らが賞金などを授与するらしい。


 サンドロワーヌに暮す者にとっても、王族の姿を目にする滅多に無いチャンスなので、表彰式には多くの市民が集まるらしい。

 そして、今年表彰を行う領主は……。


「現在の領主様は、第二王子のベルトナール様だ。千里眼と空間転移魔法の高レベルの使い手で、次期国王の最有力候補と言われておる」

「へぇ……空間転移ねぇ」

「噂では、兵士の一団を遥か遠方まで送り込めるそうだ。近年サンカラーンの旗色が悪い理由は、ベルトナール様の存在が大きいだろうな」


 酒屋の親父はまだ話し足りない様子だったが、オミネス南方特産の酒を購入して店を出た。


「ヒョウマ、フェスティバルを利用するつもりか?」

「そのつもりだが……ここでは話せない。こっち……」


 表通りから路地を入り、人の気配が途絶えた所で空間転移魔法を使う。

 移動した先は、カルダットの街の外、10キロ以上離れた林の中だ。


 ここならば、街の人に聞かれる心配はない。

 聞かれたところで、フェスティバルの当日までにサンドロワーヌに辿り着く方法は無いだろうが、狼煙とか伝書鳩のようなもので知らせを届けられると困る。


「ベルトナールを暗殺する」


 俺にとっては人を殺すという大きな決断なのだが、ラフィーアは驚かなかった。

 この辺りが、平和ボケした日本育ちと、戦争の当事国育ちの違いなのだろう。


「やはりそうか、だがどうやって仕留めるつもりだ?」

「それは、これから考えるが、これはチャンスだ。空間転移の使い手が居なくなれば、王国が有利な状況が変わる。遠距離からの魔法による攻撃への対策は必要だが、これまでのように突然敵が現れて攻撃されるような状況はなくなるはずだ。それに……」

「その王族が、ヒョウマ達をこの世界へと呼び出したのだな?」

「そうだ。その上、俺を森の中に置き去りにしやがった。あの時、ゆるパクのスキルを使っていなかったら、俺は森の中で死んでたはずだ」

「報いを……受けさせるのだな?」

「そうだ。そうなんだが、俺が犯人だとフンダールやルベチに知られたくない。ベルトナールを暗殺すれば、間違いなく混乱が起こるからな」


 ベルトナールの暗殺を企てていると知れば、フンダールは間違いなく俺を止めるだろう。


「だが、サンカラーンとしては、そいつの息の根だけは止めてしまいたい」


 ベルトナールの暗殺は、最も少ない犠牲で最も大きな戦況の変化をもたらす。

 王国有利の状況が覆り、獣人族を連れて来られなくなれば、既にいる奴隷の待遇改善に繋がる可能性も高い。


「そうだな……表彰式で居場所を突き止め、一人になった所を狙おう。まさか、自分が見捨てたガキが、自分以上の空間転移魔法の使い手になっているとは思わないだろうな」


 第二王子で、次期国王の最右翼ともなれば、当然他の王位継承権を持つ者からは疎まれているはずだ。

 誰もいない状況で暗殺を行えば、対立する王位継承権を持つ者が、容疑者として疑われるはずだ。


 千里眼と空間転移魔法を組み合わせれば、索敵も侵入も思いのままだ。

 唯一問題があるとすれば、俺が人を殺せるかだろう。


 こちらの世界に来てから、相当な数の魔物を倒して食料としてきたが、意思疎通の出来る存在は殺していない。

 いっそ竜人の姿になって、衝動に任せて殺した方が良いのかもしれない。


 ただ、それでも人間の姿になって、冷静さを取り戻した時には自責の念に駆られるかもしれない。


「ヒョウマ、ヒョウマ! どうした、何か心配事でもあるのか?」


 いつの間にか、人を殺す事について考え込んでいて、ラフィーアが話し掛けても気付かなかったようだ。


「大丈夫……いや、大丈夫じゃないかもしれない……」

「ヒョウマ……?」


 少し迷ったが、俺の育った日本が平和な国で、これまで人を殺したことなど無く、ベルトナールを殺せるか不安を感じていると打ち明けた。


「そうか、ヒョウマの育った国は、そんなに平和な国なのか……ヒョウマ、やはり私を奴隷にして連れて行ってくれ。ベルトナールは私が殺す。これはサンカラーンの問題だからな」

「いや、これは俺の問題でもある。あいつは、俺を殺すつもりで森に置き去りにしたんだ。他人を殺そうとするならば、自分も殺される覚悟はしているだろう。俺の恨みは、俺が晴らす」

「大丈夫なのか?」

「正直に言って分からない。もし人の姿で殺せなかったら、竜人の姿に戻って思い切り殴ってやるさ。生身の人間が、ワイバーンより固いとは思えないからな」


フェスティバル最終日までにサンドロワーヌの街に潜入して、ベルトナールの居場所を突き止めたならば、隙を見つけて竜人の姿で接近し、一撃で暗殺して離脱するのが一番良いだろう。


「だがヒョウマ、良いのか?」

「何がだ?」

「ベルトナールを暗殺すれば、サンドロワーヌの警備は強化されるだろう。そうなると、ヒョウマの仲間の救出が難しくなるのではないのか?」

「確かにそうかもしれないな。だが、クラスメイトを助け出すには、奴隷の首輪をどうにかする必要がある。それを探っていたら、好機を逃してしまうだろう」


 奴隷の首輪を付けたまま、空間転移魔法で連れ出そうとすれば、魔法の刃で首を切断されてしまう可能性が高い。

 首輪だけを空間転移させれば外せるかもしれないが、それほど精密に転移させる範囲を設定出来ない。


 さっきラフィーアと転移してきた時も、足元の地面を少し抉って一緒に持って来てしまっている。

 現状、首輪だけを転移させようとしても、首の一部まで巻き込んで大怪我を負わせてしまう可能性が高い。


 頚動脈まで転移させてしまったら、助けるどころか殺してしまう。

 それに、クラスメイト達の所在も分かっていないのだ。


「とりあえず、サンドロワーヌに行ってみてだ。ベルトナールが姿を見せると聞いて、暗殺を思い付いたが、勢いだけで準備不足なのは否めない。まずは状況の確認、その上で、可能ならば暗殺する」

「そうだな。私も少し熱くなっていたようだ」


 ベルトナールは、俺にとってもサンカラーンにとっても天敵と言って良い存在だ。

 そのベルトナールを暗殺するチャンスとなれば、気持ちが急いても仕方ないだろう。


「フェスティバルは、明後日からだったよな」

「酒屋の親父の話では、近隣から見物客が大挙して訪れるようだし、街の様子を探るのにも都合が良いのではないか」

「そうだな、見物客が多ければ、キョロキョロしていても怪しまれずに済みそうだ」

「それならば、いかにも旅人という格好をしていった方が良いのではないか」

「そうだな、じゃあ人の姿になって、旅の装束を整えることにしよう……って、どうした?」

「いや、何でもない……」

「あぁ、こっちの姿の方が良いってことか……まぁ、これもサンカラーンのためだから我慢してくれ」

「分かった……」


 ラフィーアは、俺が人化するのが不満のようだが、竜人の姿では王国には入れないのだから、人の姿で旅の支度を整えるなければならない。

 森の中で人化して着替え、千里眼と空間転移を使ってカルダットの街に戻った。


 市場の中を歩き回り、屋台で買い食いをしながら情報を集めて、古着屋と古道具屋を回った。

 上から下まで新品では、旅慣れている感じがしないで怪しまれるかと思ったからだが、おかげで出費も抑えられた。


 仕入れた物は、フードの付いたマントや、大きな鞄、大振りのナイフ、頑丈そうな靴、ポケットの沢山付いたベストなど。

 買ったものの中には薄汚れていた物もあったので、まとめて水属性魔法で洗浄し、水分を切った後で風属性魔法で風を当てて乾かした。


「どうだ、ラフィーア。それらしく見えるか?」


 仕入れた服装に着替えて、もう一度市場を歩きながら、道行く旅人と俺を較べてもらった。


「うむ、服装は普通に旅人に見えるぞ。ただ……」

「何か問題か?」

「ヒョウマのその髪は少し目立ちすぎると思う」

「あぁ、自分じゃ見えないし、元々は黒髪だったからなぁ……」


 道行く人を眺めてみても、赤い髪の人が居ない訳ではないのだが、割り合いとしては少ないし、俺よりもくすんだ感じの赤なのだ。


「フードを被るか、帽子か布を巻いておいた方が良いだろうな……」

「そうか、でも忘れそうな気もする。自分の髪が赤いという自覚が無いからなぁ……」

「ヒョウマ、王国に宿を取るのか?」

「いや、たぶん無理だろう。フェスティバルともなれば、どこの宿も塞がっているはずだ」

「では、どうするつもりだ?」

「夜は、ダンムールに空間魔法で帰るつもりだ」

「ならば、毎日出掛ける前に、私が注意してやろう」

「そうだな、そうしてもらうかな」


 旅の支度を整え、夕食を済ませた後で宿に戻った。

 明日は、ラフィーアをダンムールまで送った後で、オミネスと王国の国境へと向かう予定だ。


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