奴隷が普通の世界なので、好きに生きられないようです後編
オミネスの奴隷制度は、俺が想像していたものよりもシッカリと作られていた。
考えていたものと違っていたのは、ラフィーアにとっても同じだったようだ。
もしかすると、こうした印象の違いをダンムールの里長であるハシームは分かっていて、違いを理解させるためにラフィーアを俺に同行させたのだろうか。
奴隷商会を出て仕事に戻るルベチと分かれ、ラフィーアとカルダットの街を見て回ることにしたのだが、二人とも今ひとつ気分が乗らない。
市場の屋台でサンドイッチと果実水のボトルを買い、小川の土手に座って昼食を兼ねた休憩にした。
日差しは少し暑いくらいだが、流れて来る雲が適度に遮ってくれるのと、川面を流れてくる風が心地良い。
「俺が暮していた国には、奴隷制度は無かったんだが、サンカラーンにも奴隷はいないのか?」
「奴隷はいない。サンカラーンの法律は里によっても異なるが、基本は罰金か鞭打ち、処刑の三つだが、処刑が行われることは殆ど無い。里人全員が助け合わなければ、生きていけない厳しい環境だからな」
ダンムールの里は壁と堀に守られているが、一歩外に出れば何時魔物に襲われるか分からないような危険な土地だ。
里の特産品である水晶を採掘しに行くには、どうしても里の外に出る必要があるし、時には空からワイバーンが襲い掛って来る事もある。
「罪を犯す者がいない訳ではないが、反省させて働かせねば里の暮らしは成り立っていかぬのだ」
「俺の国では、人の基本的な権利を害するという理由で奴隷制度は禁じられているのだが、懲役刑といって牢獄に閉じ込め、そこで作業を行わせていたりする」
「そうなのか……やはり国によって色々と考え方が違うのだな」
「俺にはオミネスの奴隷制度は非道なものには見えなかったが、ラフィーアはどう感じた?」
「そうだな。私も思っていたような酷い制度ではなかったので、少し考え方を改めさせられた。ただ、王国の奴隷制度はオミネスとは違うそうだし、獣人族への虐待も行われているような話だったので、やはり容認する訳にはいかない」
先程まで奴隷商会で教えてもらっていたオミネスの制度では、奴隷に対する虐待は禁じられていたし、最低限の生活水準を保証する仕組みも存在していた。
だが、ルベチやマローネが言葉を濁しがちになるアルマルディーヌ王国内での奴隷の扱い、それも獣人族に対するものは、俺がこれまで抱いていた奴隷制度のイメージに近いようだ。
「そうだな、その辺りは実際に俺が行って確かめて来る」
「ヒョウマ、私も王国に連れていってくれないか?」
「えっ、王国には獣人族は入れないぞ」
「いや、奴隷としてなら入れる。私をヒョウマの奴隷として王国に……」
「駄目だ」
「なぜだ。私はヒョウマならば奴隷になっても構わないぞ」
「駄目だ。例え王国に潜入するためであっても、俺はラフィーアを奴隷扱いするつもりは無い。それに、王国の連中がラフィーアを奴隷扱いしたら……俺はその場で人化を解いて暴れると思うぞ」
「ヒョウマ……」
ラフィーアは、俺の左腕を抱え込むと、頬を肩に摺り寄せて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
出会った時は嫌味で、クソ生意気なメスライオンめ……と思っていたが、俺に対する敵意の半分以上が王国の人族に向けられたものだと分かったし、真っ直ぐに好意を向けられるようになって印象は変わった。
正直に言えば、獣人族に対する異種族感が無くなった訳ではないが、俺自身が人族からはみ出してしまっているし、ここは日本の常識が通用する世界でもない。
ラフィーアには、少なくともアン達と同様……いや、それ以上の愛情を感じているのは確かだ。
それに、学校から処分を受ける可能性に怯え、益子や取巻き達に逆らえなかった頃の俺ではない。
仮に奴隷の首輪を付けてラフィーアを王国に連れて行ったとして、王国の兵士が侮辱しようものなら即座にぶん殴るだろう。
危険な森の奥に置き去りにされた恨みも、忘れた訳ではない。
フンダールやルベチには申し訳無いが、同級生を救い出したならば、少なくとも俺達を召喚した王族と、それに従っていた兵士達には復讐させてもらう。
「俺が、ちゃんと見て、確かめて、どんな酷い状況であろうとも、包み隠さずに話して聞かせるから、ラフィーアはダンムールで待っていてくれ」
「分かった、ヒョウマに頼りきりで申し訳ないが、よろしく頼む」
硬い鱗越しにジンワリと伝わってくるラフィーアの温もりを感じ、王国の兵士に置き去りにされた事を思い出して苛立った心を静めていると、土手の上から刺々しい声が降ってきた。
「けっ、トカゲとライオン……? なんで異種族がイチャついてんだ、気持ち悪い……」
「ちょっと……なに失礼なこと言ってんのよ!」
声のした方向を振り返ると、冒険者風の人族の少女が二人、こちらを向いて立っていた。
赤髪のショートヘアーは、腕組みをして口元を歪めてヤブ睨みしていて、栗色の髪の少女はペコペコと頭を下げ、ポニーテールを揺らしている。
「す、すみません! この馬鹿、初めてオミネスに来た田舎者なんで申し訳ありません」
どうやら、カルダットに着いたばかりの頃のラフィーアと似たような感じなのだろう。
ダンムール育ちのラフィーアが人族に敵意を抱いていたのと同様に、王国育ちのこの少女は獣人族を敵視というより蔑視しているのだろう。
「いつぞやの誰かさんみたいなものだろう……」
「ヒョウマ……」
頬を膨らませたラフィーアに睨まれつつ、土手の上の二人には立ち去るように手を振った。
「手前、魔法も使えない獣人風情が舐めた真似してんじゃねぇ! 燃やすぞ!」
「ちょっ……止めっ!」
制止する少女を振り切って、赤髪の少女は、俺達の方向へソフトボール大の火球を放って来た。
と言っても、狙いは明らかに頭の上を通り過ぎて川に落ちる軌道だったので、そのまま見送ったが、さすがにラフィーアの表情が変わった。
「はっ、ビビって反応すら出来ないのか、獣共め……」
「なんだと、この裸サルが……ヒョウマ?」
土手上の少女に食って掛かろうとするラフィーアの肩を軽く叩いて止め、ゆっくりと立ち上がる。
「すみません! ホントに、すみません! 何やってんのよ、この馬鹿! 早く謝りなさいよ!」
「はぁぁ? 獣なんぞに下げる頭なんか持ってねぇよ」
ポニーテールの少女が必死に止めているが、赤髪の少女は俺を睨み付けている。
「さっき、俺達を燃やすとか言ったな?」
「あぁ言ったぜ、何ならもっとデカいのをお見舞いしてやろうか?」
赤髪の少女が掲げた右手の上に、直径40センチほどの火球が現れる。
たぶん、獣人族は魔法が使えないと思い込んでいるから、俺が火球を見てビビるだろうと高を括っているのだろう。
得意満面の顔が、いっそ哀れに思えてくる。
「他人を燃やすって言うなら、自分も燃やされる覚悟は出来ているんだろう……な!」
俺が掲げた右手の先には、直径5メートルを超えるような火球が現れる。
思っていたよりも熱気が凄いので、慌てて上空へと移動させた。
「ひぃぃぃ……」
ポニーテールの少女は悲鳴を上げて座り込み、赤髪の少女も顔を強張らせてへたり込んだ。
戦意を喪失したのを確かめて、巨大な火球を霧散させる。
「こちらから攻撃するつもりは無いが、そちらが敵意を向けてくるなら、容赦するつもりも無いからな」
「す、すみませんでした!」
ポニーテールの少女は、それこそ地面にめり込むかと思うような勢いで頭を下げると、赤髪の少女の襟首を掴んで引き摺るようにして去っていった。
その様子を見守りながら、ラフィーアは肩を震わせている。
「ふふふふ……あやつらめ、土手の上にマーキングして逃げて行きおった」
「マーキング……? あぁ、そういう意味か」
ここからは見えなかったが、ラフィーアの鼻は感じ取ったらしい。
「私も、オミネスにいる時には気を付けねばならんな。少なくともオミネスの人族は敵ではないと、胆に銘じて行動しよう」
「オミネスの人々は大目に見てくれるようだが、それに甘えていては駄目だろうな」
「これから先、オミネスの交易を増やしていかねばサンカラーンの発展は無いのだから、里の者の偏見も少しずつ解消するように何か手立てを考えねばならんな」
「それこそ、ラフィーアが見て、聞いて、感じたことを話して聞かせれば良いんじゃないのか? サンカラーンとオミネスの往来が活発になって、多くの人や物が行き来するようになれば、自然と考え方も変わっていくとは思うが、とりあえず人族の全てが敵だと教えることは止めた方が良いな」
日本と韓国の関係を思い出すと、サンカラーンとアルマルディーヌ王国の住民が手を取り合うには相当な時間が掛かると思うが、オミネスの人族となら関係を改善出来るだろう。
その為には、獣人族と敵対しない、共存している人族もいるのだと、子供達だけでなく教える側の大人にも理解してもらう必要があるのだろう。
俺の考えを伝えると、ラフィーアは何度も頷いていた。
「そうだな。まずはダンムールから、そしてカルダットまでの道筋にある集落に、伝えていかねばなるまいな」
「これまで、長い年月を掛けて培われてしまった対立だから、ある日を境に急に解消するなんて事は無理だ。焦らず進めていこう」
「そうだな。ならばヒョウマ、もっとカルダットをオミネスを知らねばならぬ。さぁ、行こう!」
勢い良く立ち上がったラフィーアに手を引かれ、街の中心部を目指して早足で歩きだした。