第19話 絶望への行進曲(5) イルザ・ハーニッシュ
バルセのハンターギルドの重鎮たちが難しい顔でフックの話を聞いていた。
フックが話を終えたとき、彼らから出たのはまさに深いため息だった。
「怪しすぎる男に貰ったペンダントを使用して、あの遺跡にヒヨッコのお前たちだけで向かったのか……」
自慢の髭を摩りながら小柄だが筋肉質の男が、そう疲れ果てたように呟いた。彼はラルフ・エクセル。バルセの街のハンターギルドのマスターだ。
「しかも、黄金の山に不用意に近づくとは……」
右手で顔を覆って幹部の一人が呻き声を上げる。
無理もない。ダンジョンや遺跡内に置かれているものには必ず理由がある。わざわざ財宝をどうぞ持って行ってくださいと、置いてくれる場所などあるはずがない。そんなあからさまな場所、
「今は起こってしまったことを言っても仕方あるまい。それよりも、今後のことだ」
ギルマス、ラルフのこの言葉に、
「そのペンダントをライガ達に与えた黒幕は誰でしょうか?」
おかっぱの幹部がこの場の誰もが抱いている疑問を口にする。
「さあな、裏社会のものか、それとも魔族か。どの道、碌なもんじゃあるまいよ」
「奴らの目的は、そのパズズとやらの召喚でしょうか?」
ちょび髭の幹部の一人が神妙な顔でラルフに尋ねた。
「ああ、そう考えるのが自然だろうな。どうにも危険な臭いがプンプンする。これ以上面倒ごとを起こされてはかなわん。このバルセの街での不審者の捜索を直ちに行え!」
「了解しました! 全ハンターに不審者の捜索の指示を出してください! 徹底的にです!」
「は!」
ちょび髭の幹部の指示に、小走りに部屋を退出していくハンターギルドの職員。
「それで、マスター、この事態、すこぶる嫌な予感がしますし、Cクラス以上のハンターには、直ぐに招集をかけるべきでは?」
幹部の一人の提案に、ラルフは大きく頷く。
「そうだな。直ちに招集をかけよう。災害レベルは都市級にするべきか?」
「ええ、今この都市にはウルフマンがいる以上、問題なく処理できると思いますが、念のためそれがよろしいかと」
ギルマスの案に、幹部たちも次々に賛同の意を示す。
因みに、ハンターの災害レベルは、危険度が低い順から、次の6つに分かれている。
一、複数殺傷級――複数の人物の殺傷の恐れ。
二、限定都市級――都市の一部に半壊の恐れ。
三、都市級――一つの都市の壊滅の恐れ。
四、地域級――複数の都市の壊滅の恐れ。
五、国家級――国家の滅亡を左右する危機。
六、世界級――世界存亡をかけた危機。
今回は三番目の都市級。まさに都市一つの壊滅の恐れだ。ギルドも本気ということだろう。
そんな時――ギルドの職員がギルド長室内へと転がり込んでくる。
「た、た、大変です!」
「なんだ、騒々しい?」
ギルドの幹部の一人が眉を寄せて尋ねるが、視線すら合わせようともせず、ギルマスの前にいくと震える右手で外の東門付近を指す。
「魔物の来襲です! しかも、見たこともない魔物ばかりですっ! 中には深域で確認された魔物もいますぅっ!」
「な、なにぃっ!!?」
幹部が一斉に立ち上がり、驚愕の声を上げる。
そもそも、今まで神殿の探索が進まなかった理由の一つは、深域の魔物にあった。なにせ過去、Bクラスで構成されたハンターの探索チームが、深域の魔物数体に全滅したのはこのバルセでは有名な話なのだから。
「災害級の魔物がうじゃうじゃかよ。それ、マジで洒落にならないって……」
同席していたBランクのハンターの一人が、真っ青な顔で呻き声を上げる。
「緊急事態だ! 災害レベルを【地域級】へと格上げ。都市民の避難を最優先! 直ぐにウルフマンに協力要請を!」
ギルド長の一際鋭い指示が飛ぶ。
「もうすでにウルフマンは出ています! それに、アメリア王国アルノルト騎士長にもご協力をいただいておりますっ!」
室内に広がる安堵感。
Sランクハンター――ウルフマンの武勇は、ハンターなら誰しも知るところだ。
獣人族と人間族のハーフに生まれ、当初強烈な差別を受けたが、己の肉体一つで評価を覆してきた人物。ウルフマンの手により救われた危機は数多く存在する。新米の時からその数々の伝説を耳にしてきた身としては、彼が戦闘に参加するというだけで強烈な安堵感を覚える。
しかも、今回はあの王国最強の剣士と名高いアルノルト騎士長もいるのだ。彼はSクラスハンター相当と言われている人物。
偶々、二人が同時にこのバルセにいたのは幸運という他ない。
「よし、ならばハンターを不審者の捜索チーム、民衆の避難チーム、敵討伐チームの三つに分けて対応に当たらせろ! ただし、討伐チームはBクラス以上のハンターに限る! 最後に、このギルドハウス一階を本件の対策本部とする!」
深域の魔物に低クラスのハンターが挑んでも、屍の山を築くだけだ。妥当な線だと思われる。
「「「は!」」」
幹部たちは胸に手を当てて出て行こうとするが、
「そ、それがとても信じられないのですが……」
「時間がないのだ! 早く要件を言え!」
言い淀むギルドの職員に、ギルド長が叱咤の声を上げる。普段このように声を荒げる人物では断じてない。ギルド長も相当テンパッているんだと思う。
「アルノルト騎士長からの伝言です! ローゼマリー王女のロイヤルガード、カイ・ハイネマンを直ぐにルーザハルから呼び戻すようにとのことですっ!」
一瞬で騒めく室内。
「おい! イルザ、カイ・ハイネマンって例の神聖武道会に出席している新人ハンターだよな! ローゼ王女のロイヤルガードだったのかっ!?」
Aクラスのハンターの一人が、イルザに詰め寄ると声を荒げる。
「し、知らない! それは私も初耳だよ!」
カイ・ハイネマンが、ローゼマリー王女のロイヤルガード? とすると、カイ・ハイネマンと行動を共にしている桃色髪の女性とは、ローゼマリー王女殿下ってこと?
いやそれ以前に、王族のロイヤルガードと言えば、最強クラスの武闘者であると同時に、特定の王族からの強烈な信頼も勝ち取っていなければならない。いくら腕が立つとはいっても、実績の一つもない無能のギフトを持つ少年をロイヤルガードにするなんてあまりにもぶっ飛びすぎている。予想などつくはずもない。
「そんな小事、今はどうでもいい! カイ・ハイネマンは、本当に強いのか?」
「アルノルト騎士長は、自分よりも圧倒的に強いと!」
ギルド職員が即答し、再度室内は喧噪に包まれる。
「アタイもアルノルト騎士長に同意します。一度彼の戦いを見ましたが、まったく別次元でした」
「で、でも、彼は強度値が1ですよっ!」
ミアが焦燥たっぷりな声を上げる。どうやらミアはあのカイ・ハイネマンに相当ご執心のようだ。まあ、一見弱そうで守ってあげたくなるような容姿をしているから、ミアの琴線にクリーンヒットしているのだろう。ま、中身は真逆だけれども。
「おそらく、彼は能力を制限するアイテムか何かを持っているんだと思います。あれだけの武があって強度値1は不自然すぎます。アルノルト騎士長も私と同じ判断のはず」
「あのエルムの孫がか?」
ギルド長、ラルフは独り言ちると、両腕を組んで瞼を閉じていたが、
「カイ・ハイネマンに面識のあるものを直ぐに向かわせろ!」
勢いよく席を立ちあがり、大声で指示を出す。
「だったらアタイが――」
思わず、申し出ようとするが、
「阿呆! お前は討伐隊の重要戦力だ。いかにカイ・ハイネマンが強かろうとこの都市が落ちては意味がないじゃろ!」
「それはそうですが。では誰が行くんです? 彼を知ってそうな人なんて――」
「俺達に行かせてください!!」
ライガとフックが、床に膝をつくと額を押しつけていた。
「ふむ、お前たちがか?」
「絶対に呼んでくる! 俺のせいで仲間が死んじまった! これ以上……これ以上――震えているだけは、御免なんですっ!!」
難しいところだ。カイ・ハイネマンはライガにお世辞にも良い印象をもっていなかったはず。もし連れてくるのに失敗すれば、最悪死ななくてもよいハンターや市民が犠牲になる。それは是が非でも避けたい。
「ギルマス、やっぱり、アタイが――」
「いいじゃろ。お前に任せる。直ぐに向かうんじゃ!」
くそっ! ギルマスは二人の確執をわかっちゃいない。ライガは公然とカイ・ハイネマンを侮辱したんだ。それも相当悪質な方法で。そんな人物の言葉をおいそれと信じるようなお人よしがいるものか!
「ライガ、フック、頼んだぞっ!」
ギルマスは二人を見据えると、眉根を寄せて真剣な顔で大きく叫ぶ。
「はい!」
「必ず!」
二人はボロボロと泣きながらも勢いよく立ち上がり、外に飛び出して行った。
もちろん、ギルマスの気持ちくらい推測がつくし、二人がこのままではハンターとして終わるというのも理解できる。だが、これはバルセ自体の命運にかかわることなんだ。
「ギルマス、今は――」
「わかっている。すまんな。ミア、同行してもらえるか? 保険は必要じゃて」
「はい! もちろんです!」
流石はギルマス。イルザごときの考えなど承知していたか。だったら、構わない。
「任せたよ、ミア!」
「はい!」
ミアも運命に取り組むような表情で部屋を出ていく。
「皆の者、直ぐに行動に移すんじゃ!!」
ギルマスの掛け声により、イルザ達も一斉に部屋を駆け出ていく。
バルセのハンターギルドは、この時点ではまだまだ現在の最悪な状況を微塵も把握していません。なにせ、【地域級】ですしね。今後、絶望的な状況はたっぷりと思い知ることになります。でも、頭のおかしい奴からするとゴ……(モゴモゴ)ってな感じで、次回から再び武道会へ話が戻ります。
二章のラストまでもう少し。よろしくお願いします!
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