第15話 怪物 ブライ・スタンプ
「無能野郎がぁっ!!」
熊のような大男がそんな捨て台詞を吐き出して、カイ・ハイネマンに切りかかるが、あっさり弾き返されて木刀で一閃されて地面をゴロゴロと転がり、場外へ転落する。
「か、囲めぇ!!」
裏返った声色で指示が飛び数人が取り囲むが、カイが一歩踏み込んだだけでバタバタと俯せに倒れ伏す。
「き、気を付けろ! 魔法か何かを使うぞっ!!」
あれが魔法? 違う! 恐ろしいほど自然でその挙動を認識できないから、未熟な闘士どもには魔法のように映るだけ。現にブライには辛うじて、あのバケモノ染みた剣筋を知覚し得ていた。
あとは、遠距離からの攻撃だが……横目でシグマを確認するが、奴は脂汗を垂らしながらも身構え、カイを見据えるのみ。当分は観察し、動くつもりはない様子だ。
「
魔法使いと思しき紺のローブの男から、炎の球体が飛ぶ。カイは避けもせず自身に迫る炎の球体にゆっくりと木刀を動かす。木刀は炎の球体を絡めとると発動者の元へ送り返す。炎の球体は時が遡行でもしたかのように戻っていき、衝突。まともに浴びた術者は、気絶して仰向けに倒れ伏す。
「バ、バケモノめぇッーーー!!」
剣士が魔法をあんな出鱈目な方法で回避するなんて初めて目にした。あんなのブライの師でも不可能。間違いない。あれは達人級。しかも、ブライの師以上の怪物だ。
これでシグマも迂闊に魔法は撃てなくなった。というより、あれを倒せる自信がブライにはない。掠りでもすればそれこそ飛び上がって喜ぶべき事態。それほどの差があのバケモノとブライとの間にはある。
どうする? 真面にぶつかればあんなのに勝てるはずがない? シグマと連携するか?
いや、あれは果たして、連携一つでどうにかなるような相手か?
一歩でも踏み出せば、あの怪物の標的となる。底のない井戸へ落ちる。そんなあり得ない妄想に取りつかれ、ブライの足は石化したかのようにピクリとも動かない。
(ちくしょう……)
情けねぇ! 情けなさすぎる! ブライが今まで弱者とみなしてきた剣士や魔導士は、今もあの化物に向かっていっている。なのに――ブライはこんな場所で固まってしまっているのみ。これでは片隅で震えているあの坊ちゃんと大差ない。
多分、最近苦戦することすら滅多になくなり、いつの間にか自身の力に驕ってしまっていたんだろう。
初めてカイ・ハイネマンが止まる。そして司会の使命を放り投げて、無言で観戦している金髪の女に向き直り、
「終わりだ。勝利宣言をしろよ」
気が付くとカイ、あのリクとかいう坊ちゃん、ブライにシグマ以外の全員は気絶か場外となっていた。
「は、はひっ! D組の決勝トーナメント進出はカイ・ハイネマン、リク・サルバトーレ、ブライ・スタンプ、シグマ・ロックエルです!」
静まり返った会場。カイ・ハイネマンはもはやブライたちなど一瞥すらせずに、円武台を降りると颯爽と石の通路へと姿を消す。
ようやくポツポツと会話が聞こえ、それらは騒々しい喧噪へと変わっていく。
「ブライ、彼は一体……」
真っ青に血の気の引いた顔で、シグマが尋ねてくる。もとより答えなど求めちゃいまい。ただ、尋ねずにはいられなかったんだと思う。
「さあな。とりあえず、俺の
「それには同意しますよ。でも、どうします? これってもう目的達成した感じなんじゃ?」
「そうだな。とりあえず、接触するにも情報収集は必須だろ」
「ですが、手をこまねいて他の組織に――」
「大丈夫さ。この国で誰も【この世で一番の無能】のクズギフトホルダーをスカウトしようとは思わねぇ。まあ時間の問題だろうけどもな」
「そうですね。とりあえず私は、決勝トーナメントを棄権して
「了解だ。俺はこのまま決勝トーナメントへあがるぜ。このまま恐怖で動けず棄権じゃあしまらねぇからな。きっちり、戦って負けてぇ」
「ははっ! 貴方らしいですね。では、私はこれで」
シグマは右手を上げると円武台を飛び降りるとテントへ向かう。
そうだ。今奴を仲間にスカウトしても、ブライのような腰抜けのいる組織になど興味は持つまい。奴に見せる必要があるのだ。ブライ・スタンプという男の意地と底力を!
「やってやる! 衣服に掠るくらいしてやるさ」
もっとも、それがいかに難解かは理解している。それでも、必ずやり遂げて見せるさ。
この【
無双シーンでした。ファイアーボールを返したのは、原型になっているのは参ノ型――月鏡ですが、この程度なら本人は技を使ったという認識はないようです。
次回は二章のラスボスの出現です。バルセの街付近が何やら慌ただしくなってきます。
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