粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) 県立広島大学准教授(社会学)
1969年生まれ、愛知県出身。フリーランスのサイエンスライターや大学非常勤講師を経て、2019年4月より現職。著書『バイオ化する社会』『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(ともに青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。
人々を苦しめ、検査や治療を阻害してきた100年の歴史に学ぶべきこと
本稿ではそのことを、社会心理学者ヴァレリエ・アーンショーが『ハーバード・ビジネス・レビュー』に寄稿した論考などを踏まえながら説明する。キーワードは「スティグマ(stigma)」である。
スティグマとは、辞書的に定義するならば「多数者から押し付けられる否定的な評価」ということになる。社会学者アーヴィング・ゴッフマンの言葉を借りれば、人を「健全で正常な人から汚れた卑小な人」へと貶める属性や関係性のことである(『スティグマの社会学(改訂版)』石黒毅訳、せりか書房、2016年、16〜17頁)。スティグマは「汚名」や「偏見」「烙印」と訳されることもあれば、「差別」と意訳されたり、「負のレッテル」と言い換えられたりすることもある。また「スティグマ化する(stigmatize)」というように動詞で表現されることもある。「汚名を着せる」ぐらいの意味であろう。
アーンショーは次のように書く。
スティグマは病人だけに影響するものではない。ある疾患と実際にかかわっている人々、またはそう思われている人々にまで影響するのだ。病人の家族や病人の世話をする医療提供者は、流行している間、他人によるスティグマを経験するリスクが高い。
そして新型コロナウイルス感染症においては、スティグマはアジア系の人々や感染が大流行している地域を旅行してきた人々にもおよんだ、と。
彼女によれば、HIV/AIDS(ヒト免疫不全ウイルス/後天性免疫不全症候群)やエボラ出血熱、ハンセン病などさまざまな感染症の流行について調べた研究によって、スティグマは疾患を検査したり治療したりする努力を掘り崩してしまうことが示されてきた、という。
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