「WHO『緊急事態』宣言 新型ウイルス肺炎と闘う」(時論公論)
2020年01月31日 (金)
中村 幸司 解説委員
世界が協力して、感染拡大を防ぐことはできるのでしょうか。
中国を中心に感染が拡大している新型のコロナウイルスによる肺炎について、WHO=世界保健機関は、2020年1月30日、「緊急事態」を宣言しました。
今回は、新型ウイルス肺炎についてです。
解説のポイントです。
▽WHOが緊急事態を宣言の意味と、
▽日本の現状をどう見るか、
▽ウイルスと闘うために何が必要なのか考えます。
緊急事態宣言は、世界各国が緊急に対策をとっていく必要があると判断された場合、出されるものです。
宣言を発表した理由について、WHOは「感染が他の国でも拡大する恐れがある」としています。ただ、すでに日本をはじめ各国は、中国からウイルスが入らないようにする対策や感染を広げない対策を進めています。
緊急事態宣言の意味合いは、各国に感染対策を促すということより、
▽医療態勢が脆弱な国を支援すること、
▽ワクチンや治療法、診断方法の開発を促進すること、
▽ウイルスや患者についてのデータを国際的に共有をすることにあると思います。
何が緊急事態にあたるのでしょうか。
感染者は、中国でも武漢を中心に広がり、中国では感染者は9600人あまりにのぼっています。さらに、日本、タイ、アメリカなど24の国と地域に広がり、感染者は149人です。死亡した人は、中国で213人になります。
日本で感染が確認されたのは、武漢からチャーター機で帰国した人を含めて17人になります。(いずれも1月31日時点)
中国の現状は、武漢では新型ウイルス肺炎のヒトからヒトへの感染が繰り返し起きて、患者が急増しています。医療機関の対応が追いついていない状況も伝えられています。さらに、広東省や北京などでも患者が確認されていますが、特に武漢がある湖北省では、感染が全域に広がってきていることが懸念されています。
中国以外で確認された感染者は、多くが中国・武漢に滞在していた人です。しかし、日本やベトナム、ドイツなどではヒトからヒトへの感染が見つかっています。
これを、新型コロナウイルスの広がりの段階で見てみます。
段階は
▽感染源とみられる動物からヒトに感染するようになった最初の段階、
▽ヒトからヒトへ感染する段階、2次感染、
▽さらに、ヒトからヒトに3次感染、4次感染と繰り返す段階、
▽そして、ヒトからヒトへの感染が繰り返されて、街中で誰からうつったのかわからないくらい感染が頻繁に起こる「市中感染」という段階になります。
現状は
▽中国で「市中感染」が起きているのは、武漢そして湖北省全体に広がってきているものとみられます。
▽中国の他の地域は、その前の段階、
▽日本など各国は武漢から訪れた人に感染が確認されたか、そうした人から次のヒトにうつった2次ないし3次感染になります。
中国での感染が広がり、海外でもヒトからヒトへ感染が相次いで確認されるようになっていることから緊急事態と判断されました。
では、日本の状況をどう見たらいいのでしょうか。
日本では、これまでに17人の感染者が見つかっています。当初は、中国からの観光客などいずれも武漢での滞在歴のある人ばかりでした。
しかし、1月28日以降、
▽武漢からの観光客を乗せたバスの運転手の男性と
▽ガイドとしてバスに乗っていた女性が感染していることが分かりました。
運転手は乗客から、ガイドは乗客か運転手から感染した可能性が高いとされ、日本国内でヒトからヒトへの2次ないし3次感染が起きたとみられています。
厚生労働省は、感染が確認された人の周囲で濃厚な接触をした人を調べて、そうした人たち全員の健康チェックをしてもらう措置をとっています。これは、次の段階に入るのを食い止めるものです。これまでに、そうした濃厚接触者100人以上を調べていますが、この中から感染が確認された例はなく、感染拡大を抑えています。
ただ、本当にこの段階で感染を抑えきれているかどうか、「実際は、さだかではない」という指摘もあります。
と言いますのも、厚生労働省が現在、ウイルスの感染を調べている対象は、
▽発熱やせきなどの症状がある人で、
▽武漢に滞在していた人、あるいは武漢に滞在歴のある人と接触した人となっています。
つまり、武漢に関係した人のみを調べているわけです。
武漢の感染は、湖北省全体に広がっているとみられています。
こうしたことから、政府は、2月1日から入国の申請日前14日以内に湖北省に滞在歴があったり、湖北省発行のパスポートを持っていたりする外国人の入国を拒否することにしました。
しかし、すでに感染者が日本国内に入っていて、単なる「かぜ」と診断されたため、新型ウイルスに感染したことに気づかずにいる可能性があります。
新型ウイルス肺炎は、80%は症状が軽いと考えられています。それだけにウイルスが、国内に入ってきていることがわかりにくいという問題があります。
もう一つ指摘されているのは、症状のない人の中に感染者がいることです。チャーター機で、帰国した人の中から確認されました。症状はなくても、体の中にウイルスがいるため、周囲に感染を広げるおそれがあると専門家は話しています。
症状がないだけに区別がつかず、現在とられている対策で確認することが非常に難しくなります。
私たちは、まだ新型ウイルス肺炎のことをよくわかっていません。
それだけに、日本の現状は感染拡大を抑えているように見えるだけで、次の段階へと移っているのかもしれない、あるいはそうなってもわからないという警戒感をもって、感染対策にあたる必要があります。
では、今後、どのようなことが求められるでしょうか。
日本でも感染が広がった場合を想定して、備えをしておくことが必要です。新型ウイルス肺炎は、指定感染症などに指定され、2月1日から患者の入院、医師の届け出、患者の周囲の接触者への調査などが法律に基づいて行えるようになります。
例えば、入院を拒否すれば、強制的に入院させることもできるなど、徹底した対策が行えるようになります。
その一方で、指定感染症の患者を診るのは、専門的な設備などを備えた全国およそ400の医療機関になります。病院が限られるため、患者が集中して、これらの病院が機能しなくなるなどの混乱が起こらないようにする必要があります。
そのために、例えば日常医療を周辺の病院が負担、協力するなど国内の医療態勢全体で支援することが必要です。
もう一つ指摘しておきたいのは、国際協力です。
国立感染症研究所は、新型コロナウイルスの分離に成功しました。今後はこれを国際社会に提供して、ワクチンや治療薬の研究開発に役立ててもらう予定です。また、感染症研究所は、このウイルスを使って、患者が新型ウイルスに感染しているかどうかを短時間で調べるインフルエンザの迅速キットのような検査方法の開発にもつなげたい考えです。
検査したその場で感染の有無が分かれば、ウイルスを広げない対策の武器になります。
新型ウイルス肺炎は、私たち人類が常に新しい感染症の脅威にさらされていることを改めて突きつけました。WHOの緊急事態宣言は、ウイルスに、国際社会が一丸となって立ち向かう姿勢を示したものです。被害を最小限にし、感染を抑えるために、各国の協力がいま求められています。
(中村 幸司 解説委員)