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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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奴隷が普通の世界なので、好きに生きられないようです 前編

 カルダットに着いた翌日、エッシャーム商会の宿で朝食をとっているとルベチが顔を出した。


「おはようございます。ヒョウマはん、今日は竜人の姿なんですな」

「おはよう。ラフィーアが人の姿は嫌だって言うもんでね」


 と言うか、案内された部屋の寝室には大きなベッドが一つあるだけで、昨晩眠る時から竜人の姿のままだ。

 一緒のベッドで眠ったけれど、一緒に眠っただけで、それ以上の事は何もなかった。


「ヒョウマはん、ラフィーアはん、今日はどないされます?」

「ルベチさんも仕事があるだろうから、今日は俺達だけで街を巡ってみようかと思っているんだが……問題無いよな?」

「問題はございませんが、一ヶ所案内しておきたい所がございます」

「案内したい場所?」

「はい、奴隷商会です」

「オミネスにも奴隷がいるのか?」

「はい、奴隷はおりますが、王国のようにサンカラーンから無理やり連れて来た者達ではございません。借金を払えなくなった者や犯罪を犯した者です」


 現代の日本で生まれ育った俺にとっては、奴隷は遠い昔の話や物語の中にしか登場しないものだが、こちらの世界で正式な制度として存在しているらしい。


「今、借金を払えなくなった者と犯罪を犯した者って言ったけど、それでは人族の奴隷も存在しているのか?」

「はい、人族の奴隷も存在していますが、獣人族が人族の奴隷を買うことは出来ません」

「それは、虐待を 防ぐためなのか?」

「その通りです。オミネスの奴隷商会では、サンカラーンの方が奴隷を買い求めることも出来ます。その場合、人族の奴隷が買われてしまうと、虐待される恐れがございますので、獣人族が購入できる奴隷は獣人族のみ、逆に人族が購入できるのは人族の奴隷に限られます」

「俺を奴隷商会に連れていくのは、フンダールの指示なんだな?」

「はい、おっしゃる通りです」


 昨日、ワイバーンの魔石と引き換えに、フンダールにブレインとしての働きを依頼した際に、俺が王国に行く目的は奴隷の扱いを見るためだと話した。

 俺がラフィーアに煽られて暴走しないように、早めに釘を刺しておくつもりなのだろう。


「俺が闇雲に奴隷を解放するような事になれば、王国がサンカラーンから連れていった以外の借金や犯罪によって奴隷落ちした者まで解放されて大混乱が起こる……それを心配している訳だな?」

「さすがヒョウマはん、察しが良くて助かります。オミネスの奴隷の状況が、王国と全く同じという訳でもありません。殆どの場合は、オミネスでの扱いの方が良いと聞いています。それでも実際の奴隷の状況を見ておいていただいた方が、ヒョウマはんが判断を下す基準が作りやすいとフンダールはんは考えておられます」

「なるほど……」


 確かに、俺は奴隷に対する忌避感が強くて、いきなり見れば助けたくなっていただろう。

 実際に、力ずくで殆どのケースで助ける事は可能だが、そうなればフンダール達が危惧する混乱を招くのは必至だ。


「分かった、奴隷商会へ案内してくれ。ラフィーア、奴隷落ちした獣人を見たくなければ、ここに残っていても構わないが……」

「いいや、私も行く。私はダンムール以外の、サンカラーン以外の状況を自分の目で見て確かめるために来たのだ。都合の悪い事から目を背けていたら、ここまで来た意味が無くなってしまう。ただ、気持ちを抑えられなくなってしまったら、私を止めてくれないか」

「いいぜ。でも、出来ればお手柔らかに頼む……」

「善処しよう」


 ラフィーアにパワーで負ける気はしないが、瞬間的な動きをされると間に合わなくなる可能性もある。

 あとは、まともな奴隷商人である事を願うしかなさそうだ。


 奴隷を扱う商会は、表通りからは外れた裏街にひっそりと存在していた。

 一見すると、少し広い屋敷といった感じだが、塀や門、外壁などにも装飾が一切施されておらず、役所か倉庫のような印象を受ける建物だ。


 ルベチがドアノッカーを鳴らすと、ドアを開けて迎えてくれたのは、鹿獣人の女性だった。

 獣人なので年齢が分かりにくいが、ほっそりと華奢な身体つきながら、芯の強さを感じる。


「ようこそ、ユラチヌス商会へ。会頭のマローネです」

「俺は北の山を超えてきた竜人族のヒョウマ、こちらはダンムールの里長の娘、ラフィーアだ。よろしく頼む」

「さぁ、どうぞ、中へお入り下さい」


 奴隷商会と聞いて、陰惨なイメージを持っていたが、ドアの向こう側は極々普通の会社のような内装だった。

 会頭が獣人族の女性だった事を含めて、俺もかなり驚いているが、俺以上にラフィーアが面食らっているようだ。


「ルベチさんから、ヒョウマさん、ラフィーアさんの事は伺っております。本日は、オミネスでの奴隷事情をご説明させていただきます」

「よろしくお願いします」


 既にルベチを介してフンダールの意向は伝えられているらしく、マローネは前置き無しに説明を進めた。


「私どもで扱っている奴隷は、大きく分けて四つの種別に分かれます。借金による奴隷落ちか犯罪による奴隷落ちなのかと、人族か獣人族かで四種別になりますが、基本的に更正の可能性の無いものは扱っておりません」


 オミネスでは、処刑される者と罰金刑で済む者を除き、犯罪者は奴隷落ちさせられるそうだ。

 日本のように刑務所に入れておくのではなく、奴隷として強制労働が課せられるらしい。


 当然、重罪を犯した者については、奴隷として扱われる年数が長くなるし、反省の色が見えない者などは、国の厳しい監視の下に置かれるそうだ。

 一方、今後の更正が見込める者達は、奴隷商へと払い下げられ、働きながらの社会復帰を目指すらしい。


「話を聞いているだけでは、奴隷の境遇というのは余り酷いものではないようにも感じるけど……」

「そうですね。オミネスでは、奴隷の所有に関する厳しい法律があります。一般の方が所有できる奴隷は、社会復帰が出来ると認められた者達ですので、単なる所有物のように扱う事は出来ません。ですが、奴隷は行動の自由が制限されますし、労働の義務を負います」

「その労働だが、職種は自由に選べるのか?」

「基本的に奴隷を買う側が、目的に応じた奴隷を購入いたします。例えば、冒険者パーティーが魔物の突進を食い止める盾役を探しているとしましょう。大盾を構えて、物理攻撃を受け止めるのであれば、身体強化に長けていて身体の大きな獣人族が適しています。身体の小さな人族の少女を選ぶ者はいないでしょう」


 奴隷=強制労働というイメージがあるので、つい意に沿わぬ仕事や過酷な労働を強要されていると思ってしまうが、購入する側としても、思ったような働きをしてくれないと金を払う意味が無くなってしまうのだろう。


「例えば、オミネスで購入した奴隷をサンカラーンや王国に連れて行く事は可能なのか?」

「可能ですが、その場合は奴隷の身分から解放する必要があります。そして、奴隷の身分から解放した時点で一般人に戻りますから、同行を強要する事はできません」

「それじゃあ、オミネスで買った奴隷を奴隷として働かせられるのは、オミネス国内に限られるんだな?」

「その通りです。オミネスでは、人族は人族の奴隷しか購入出来ませんし、王国内に連れて行くには奴隷の身分から解放する必要がある。つまり、オミネスは王国が獣人族を奴隷とする手助けは一切行っておりません」


 これこそが、フンダールが俺に知らせておきたかった事だろう。

 ここまで来る道中、ずっと険しかったラフィーアの表情も今は平静を取り戻している。


「ある程度まで奴隷の権利が保証されているのは分かったが、先ほど話に出て来た盾役などは命の危険を伴う仕事だよな。奴隷を買う側は、そうした仕事を強制できるのか?」

「いいえ、例え奴隷を所有する者であっても、身体生命に危険が及ぶ仕事を強要することは出来ません。奴隷の所有者は、年に一度役所に奴隷を連れて行き、虐待を行っていないと証明しなければなりません。その際に、危険な仕事を強要されたと奴隷から申告があり、それが事実と認められた場合には、奴隷の所有権を失います。逆に、申告が虚偽であると認められた場合、奴隷は身分解放までの期間を延長させられます」

「なるほど、じゃあ奴隷自らが、危険な仕事をしたいと申し出た場合はどうなるんだ?」

「仕事の中身によりますが、身分解放までの期間が短縮されます」


 所有者と奴隷の間で合意が必要だが、魔物の討伐への参加や性的なサービスを行わせることも可能だが、その場合には通常の労働をする場合よりも早く身分を回復出来るらしい。

 つまり、いくら金があっても、美形の奴隷を購入してエロい行為を強要することは出来ないが、同意さえあればチャンスはあるのか。


「痛てて……どうした、ラフィーア」

「ヒョウマ、なにか邪な考えを抱いているんじゃなかろうな?」

「何だよ邪な考えって……」

「美しい人族の奴隷を購入して、夜伽を命じようなどと考えているんじゃないのか?」

「アホか、獣人族は人族の奴隷は購入出来ないと言われたばかりだろう。それに、人族の奴隷はダンムールに連れていけないだろう」

「そうか……すまない」


 前言撤回、どうやら同意があってもチャンスは無さそうだ。

 奴隷についての理解は深まったが、もう一つ確かめておないといけない事がある。


「そうだ、奴隷は首輪を嵌められると聞いたのだが……」

「はい、奴隷の首輪を嵌められ、行動範囲を制限されます」

「その奴隷の首輪というのは、どういう構造なんだ?」

「奴隷の首輪には、ハンドベルの形をした鍵が付属します。普段は行動範囲を制限するだけですが、ハンドベルを鳴らした一定期間は行動そのものを制限されます」

「行動そのもの……? もう少し分かりやすく説明してくれ」

「そうですね。例えば、私が奴隷だったとして、所有者のラフィーアさんに襲い掛かろうとしたと仮定します。その時に、ラフィーアさんがベルを鳴らすと私は動けなくなって、命じられた通りに行動させられてしまいます」

「えっ、もし崖から飛び降りろ……って命令したら?」

「飛び降りるでしょうね。ただし、自殺を強要した事で命じた側も罪には問われます」


 人間を意のままに行動させられるなんて、思っていたよりもヤバい代物らしい。


「行動範囲を制限するというのは?」

「はい、鍵から一定以上の距離を離れると、首輪から魔法の刃が飛び出して、奴隷の首を切断します」

「えぇぇぇ、嘘だろう! マジなのか?」

「なので、もし盗みだされたら、奴隷の命が失われる可能性があるので、持ち主は鍵を厳重に管理する義務を負います」

「その首輪の詳しい構造とか、首輪の外し方は、当然教えてもらえないよな?」

「はい、首輪の取扱いは、国から許可を得た奴隷商人に限られていますし、アルマルディーヌ王国から輸入されたものなので、詳しい構造は分かりません」

「王国に行っても、詳しい構造を知るのは難しいだろうな?」

「はい、奴隷の首輪は、王国内で発掘された先史文明の技術が使われているそうで、その詳しい構造を知る者は極一部に限られるそうです」


 ダンムールに居場所を作り、同級生の居場所を確かめ、空間転移で連れ出してしまえば一件落着かと思いきや、奴隷の首輪が大きな障害となりそうだ。


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