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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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兵馬は平凡を望む

 身分証を作り終えたので、早速王国へ乗り込んでやろうかと思ったのだが、ルベチからストップを掛けられた。


「ヒョウマはん、一応オミネスの商人として王国に行くんですから、もう少しカラダットの街を見てから行かれた方がよろしいのとおまへんか?」

「なるほど……それもそうか」


 オミネスの商人として王国に入り込むのに、オミネスの事を何も知らなかったら、何かの拍子に疑われる可能性が無いとも言い切れない。

 それに、王国にはラフィーアを連れて行く訳にはいかないし、俺が王国に行く時には、空間転移でダンムールまで送り届けるつもりでいる。


 外の世界を見るために付いて来たのに、着いた直後に送り返してしまったら、一緒に来た意味が無くなってしまう。

 とりあえず二、三日カルダットで過ごした後で、王国へと乗り込むことにした。


「カルダットを見て歩くとして、宿をどうするか……」

「宿の心配なら要りまへんで。商談に訪れる方のための部屋がございますので、そちらに泊まりなはれ」

「それは有り難い。部屋は世話になるとして、街を見て歩くための軍資金まで用意してもらうのは気が引ける。エッシャーム商会では、素材の買い取りはしていないのか?」

「勿論やっておりますが、何を売ってもらえます?」

「そうだな……キラーエイプの毛皮はどうだ?」

「キラーエイプでっか。それはまた大物でんな。ほな、商会の工房へまいりまひょか」


 エッシャーム商会は、先ほど行った宝石や貴金属を扱っている店の他に、日用品や衣類を扱う店や食品を扱う店、直営の工房などを持っているそうだ。

 日本で言うなら総合商社が、いくつもの系列店舗を持っているようなものだろう。


 案内された工房には、素材の買い取り場が併設されていて、ここに討伐した魔物や獣が持ち込まれるそうだ。


「素材の買い取りは、ギルドの仕事じゃないのか?」

「そういう町もありますが、カルダットのギルドは仕事の斡旋がメインでして、買い取りはそれぞれの業者に持ち込むのが一般的ですな。どこの店の買取りが高いとか、そうした情報を仕入れるのも個人の才覚ですわ」


 キラーエイプの毛皮を買い取る店は、エッシャーム商会の他にもいくつかあるそうだが、カルダットに着いたばかりなので分からない。

 そもそも、キラーエイプの毛皮の相場すら知らないのだ。


 初めて訪れる店では、いいように買い叩かれて終わりだろう。

 それならば、信用の置けるエッシャーム商会で買い取ってもらったほうが安心だ。


 ルベチが同行してくれたので、買い取り所では担当者から色々なことを教えてもらえた。

 現在のキラーエイプの平均的な相場や、査定の基準、査定の金額を落とす要因、理想的な倒し方などなど……。


「キラーエイプなど毛皮がメインの素材となる魔物は、極力背中を傷つけずに倒してもらえると買い取りの価格が上がります」

「なるほど、それじゃあ首を刎ねて仕留める方が良いのか?」

「もしくは、絞殺するか、手足を切り離して失血死させるか……」

「うぇぇ……向こうから襲って来たから返り討ちにしたけど、こちらから金のために狩りに行くって考えると罪悪感があるな」

「罪悪感ですか? 魔物相手に?」

「えっ、感じないのか?」

「あいつらは、害悪でしかありませんよ」


 ゆるパクによって強大な力を手に入れて、赤竜の縄張りに接する深い森を彷徨い、魔物同士で食った食われたの弱肉強食の状況を見て来た俺と、街で暮らし、魔物は襲い掛かって来る脅威と思っている人とでは、認識にギャップがあるらしい。


「ヒョウマはんは、簡単に魔物を倒せるから、そないな風に思われるでっしゃろな」

「まぁ、そうだな。キラーエイプ程度なら、束になって掛かって来ても問題無いな」

「キラーエイプが束で……って、こんな空間魔法まで使えるのだから本当なのか……」


 キラーエイプの毛皮をアイテムボックスから、ヒョイっと取り出したので、買い取り担当がビックリしていた。

 ここはエッシャーム商会の支店だから大丈夫だろうが、他では悪目立ちしそうなので気を付けよう。


 対策としては、大きな鞄を用意して、その中から取り出している振りをすれば大丈夫だろう。

 オミネスで使われている通貨は、サンカラーンと共通だ。

 というか、サンカラーンでもオミネスの通貨が使われているだけだ。


 元々サンカラーンでは物々交換で生活が成り立っていたそうで、オミネスの商人と取り引きをするようになって通貨が流通するようになったらしい。


「オミネスの通貨は王国でも使えるのか?」

「王都とかではどうか分かりまへんが、サンドロワーヌやノランジェールでは普通に使えますな」


 サンドロワーヌは、王国がサンカラーンを攻める拠点としている街で、ノランジェールはオミネスとの国境の街だそうだ。


「王国との国境は、どうなっているんだ?」

「王国との間にはティーロン川が流れていて、橋が架けられています。橋を渡ったところで入国審査が行われていて、問題が無ければ入国許可証が発行されます。オミネスの者は、常に許可証の携帯を義務付けられていて、持っていない場合には拘留されますな」

「橋を渡らずに王国に入ることも可能だが、何かあった時に許可証を持っていないと捕まるってことだな?」

「その通りです。ヒョウマはんは、空間転移で移動が出来ますから、サンドロワーヌに直接乗り込む事も出来るでしょうが、ノランジェールで許可証を貰って入国した方が安全でしょうな」


 入国許可証の期限は三ヶ月で、それを過ぎて滞在する場合には、街のギルドで滞在期限の延長手続きをする必要があるそうだ。


「オミネスの身分証を持つ者でも、王国で仕事や商売をすることは可能なのか?」

「可能です。ただし、人族に限られますが……」


 王国に入れる獣人は奴隷に限られているので、自分の意思で商売をする事は人族にのみゆるされているそうだ。

 人族に関しては、王国と友好関係が築かれているので、オミネスの身分証でもギルドで依頼を受けて働くことが出来るそうだ。


 キラーエイプの毛皮を売却した代金を受け取り、ルベチにカルダットの簡単な地図を書いてもらって街に繰り出すことにした。

 だいぶ日が傾いて来ているので、少し街を見て、夕食を済ませて宿に向かうことにする。


 宿にはルベチが話をしておいてくれるそうだ。

 買い取り所を出て歩き出すと、ラフィーアが不安そうな声で訊ねてきた。


「ヒョウマは、王国に移住するつもりなのか?」

「えっ、そんな気は毛頭無いぞ。大体、何かの拍子に人化の術が解けてしまったら、大騒ぎになるような国では、落ち着いて暮していけないだろう」

「では、ずっとダンムールで暮してくれるのか?」

「うーん……今のところ、俺にとって一番暮しやすいのはダンムールだが、他の国も見てみたいという気持ちはある」

「そうか……」


 今は人間の姿なので、俺よりもラフィーアの方が少し背が高いのだが、腕を絡め頭を預けて来る。

 カルダットの街中には、俺達と同じような人族と獣人のカップルは珍しくない。


 人族の男と獣人族の女性、人族の女性と獣人族の男、両方のパターンを普通に見かける。

 オミネスでは、人族と獣人族との間に差別や偏見というものが少ないのだろう。


「獣人族と人族が、当たり前のように一緒に暮している……オミネスという国は不思議な国だ……」


 ラフィーアも俺と同じことを考えていたようだが、戸惑いや感慨の度合いは遥かに大きいようだ。

 街に着いた直後のように、人族に対して敵意を剥き出しにする事はなくなったが、人族を見る表情は複雑そうだ。


「ラフィーア、夕食は何にする?」

「ヒョウマの食べたいもので良いぞ」

「そう言われても、どこで何が食べられるのかも分からないからなぁ……」


 ルベチに描いてもらった地図を頼りに市場の方へと足を向けると、あちこちから美味そうな匂いが漂ってきた。

 どうやら、この辺りは飲食店が集まっているエリアのようだ。


「よし、この店にしよう」

「ヒョウマ、随分と混んでるようだぞ。隣の店の方が空いているぞ」

「だからだ。味の良い店には客が集まるが、そうでない店は……」

「なるほど……」


 ちょうど二人連れの客が、食事を終えて店を出るところだったので、待たずに席に着くことが出来た。

 注文を取りに来たのは、人族のオバチャンだった。


「ご注文は?」

「お薦めは、どれ?」

「そうだね、今日はベルシの唐揚げ甘酢あんかけだね」

「ベルシって?」

「ベルシは、白身の魚だよ」

「じゃあ、それを二人前」

「一匹、このぐらいの大きさだけど……」


 オバチャンが広げた手の幅は、40センチぐらいある。

 ベルシは一匹にしてもらい、他に蒸し鳥とスープ、それにライスを頼んだ。


 こちらの世界に来て、初の米だ。

 他のテーブルを観察すると、ご飯は深めの皿に盛られていて、見た目は日本風だ。


「ラフィーア、ダンムールには米は入って来ていないのか?」

「入って来てはいるが、量は麦に較べると少ないな。ヒョウマは米が好きなのか?」

「俺のいた国は、米が主食だったからな」


 出て来たライスは、短粒種と長粒種の中間ぐらいで少し粘り気が少ない気もするが、匂いも味も間違いなく米だ。

 出来ればナイフとフォークではなく、箸でワシワシ搔き込みたかったが、それは次の機会に取っておこう。


 蒸し鳥は、中華風とは異なる香辛料が使われていたが、しっとりと仕上がっていて美味い。

 ベルシはスズキに似た魚で、変な臭みも無く淡白な味わいで、辛味を効かせた甘酢と良くマッチしていた。


「美味いな、ヒョウマ」

「なっ、混んでる店にして正解だっただろう?」

「里には無い味付けだし、米とも合うな」


 ラフィーアは、実に美味そうに良く食べ、良く動く。

 カルダットまでの道中でも、毎朝体術の型稽古を怠らなかった。


 惚れ惚れするような流麗かつ激しい動きで、ルベチや護衛に付いて来たシレウニアの里の者達も魅入っていた。

 あれだけ動いているのだから、ダイエットなどとは無縁なのだろう。


 肉と野菜の炒め物や、煮込み料理、デザートまで追加して、ラフィーアと二人で心ゆくまで食事を堪能した。

 サンカラーンに革命を起こすとか、同級生達を救出するとか色々考えているが、全部放り出してラフィーアと平凡に暮すのも良いかも……なんて思ってしまったが、たぶんそれは許されないだろう。


 全く俺の意思では無いけれど、膨大な能力を手に入れてしまった以上、平凡な暮らしを…手に入れられるのは、面倒事を片付けた後の話だ。


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