放火によって34人が亡くなった現場には、多くの花束や手紙、イラストなどが供えられていた。CARL COURT/GETTY IMAGES

京都アニメーション放火事件の悲劇は、日本アニメの価値と「世界的な喪失感」の大きさを浮き彫りにした

アニメ制作会社の京都アニメーションのスタジオが放火されて34人が亡くなった事件は、世界に衝撃を与えた。BBCやCNNはトップ扱いでニュースを伝え、アップルCEOのティム・クックが哀悼の意をツイートしている。そして世界中のアニメファンたちがハッシュタグを利用しながらそれぞれの思いを拡散させるなど、京アニや日本アニメの影響力と世界的な価値の高さ、喪失感の大きさが改めて浮き彫りになっている。

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京都市伏見区にあるアニメ製作会社の京都アニメーション(京アニ)の第1スタジオが7月18日に放火され、従業員34人が亡くなった事件は、日本のみならず世界に衝撃を与えた。各国の主要な報道機関が事件を報道し、その事件の悲惨さと社会的影響についてつぶさに伝えているのだ。

BBCが京アニの放火事件に関する詳細なニュースを英語で伝えている──。事件発生直後からTwitterでは、そんな報告が日本人ユーザーから相次いでツイートされた。英国の公共放送であるBBCが、国際ニュースチャンネル「BBCワールドニュース」で事件を発生直後から取り上げ、公式ニュースサイトでも取材記事を掲載し続けていたからだ。

BBCのニュースサイトでは事件の詳細をアップデートしているだけでなく、京アニを「A special studio culture(ほかにない独特の世界観をもつアニメスタジオ)」として紹介している。Netflixで世界配信中の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」をはじめとする“京アニ”の作品が、いかに世界から評価されているのか。世界中のファンが、なぜいまも「#KyoAniStrong」とツイートしているのか、その背景をBBCは世界に発信していたのだ。

米国のCNNも同じくトップ扱いで取り上げ、やはり公式ニュースサイトで詳細の記事を掲載。アニメスタジオの悲劇が社会的に大きな影響を与えたことを伝えている。このような扱いは世界各国のトップメディアでも見られた。

京アニの悲劇に世界が泣いた

影響力のあるメディアだけではない。アップルの最高経営責任者(CEO)であるティム・クックは個人のTwitterアカウントで、今回の事件が世界にとってどれだけ大きな衝撃で損失であるかを事件後いち早くツイートした。「心よりご冥福をお祈りします」という日本語でのメッセージは、クリエイティヴ産業をけん引してきた日本のクリエイターと、そうした人々を支え続けているファンへの敬意さえも伝わってくるものだった。

「京都アニメーションは世界の最も才能あるアニメーターや夢見る人々の一部にとって、大切な拠り所でした。この破壊的な攻撃は、日本だけでなく世界が共感する悲劇だと言えるでしょう。京アニのアーティストたちは、素晴らしい名作の数々を通じて世界に、そして世代を超えて喜びを届けてきました。心よりご冥福をお祈りいたします」

また、世界で最も歴史あるフランスのアニメーション映画祭「アヌシー国際アニメーション映画祭」も追悼の言葉をツイートし、「スタジオのチームと犠牲者の家族を全面的にサポートする」と述べていた。毎年6月に開かれる同映画祭は、今年は日本が「名誉国」として開催されたこともあり、なおさら衝撃が大きかったようだ。

「今年6月に#annecyfestivalは日本のアニメを讃えました。そして今朝、@kyoaniのスタジオで起きた火災で多くの人が亡くなりました。#annecyfestivalのチームは、スタジオのチームと犠牲者の家族を全面的にサポートします」

米配給会社の呼びかけで100万ドル以上の義援金

京アニが制作した作品を含む日本アニメの価値を最もよく知る、世界のアニメ業界も動いた。同社の作品を扱う米国の配給会社センタイ・フィルムワークス(Sentai Filmworks)は、義援金を募るクラウドファンディングを事件直後に開始し、翌7月19日には100万ドル以上が集まったことを報告している。このクラウドファンディングへの協力をファンたちが自主的に呼びかける様子がTwitterでは多く見られるなど、世界中に日本アニメファンのコミュニティが広がっていることがうかがえた。

「わたしたちのコミュニティからの継続的なサポートと愛情は驚くべきものです。みなさんの力で100万ドル以上もの資金が集まりました」

このほか、日本のアニメ作品を扱う米国の映像配信サーヴィスの「Crunchyroll」「Funimation」も、アニメファンたちの追悼の思いや京アニ作品への思いなどを、Twitterで公開している。こうした一連の動きは、京アニで起きた悲劇をTwitterの世界的なトレンドに押し上げ、「#PrayForKyoani」というハッシュタグが拡散している。

世界的に評価されていたクオリティ

今回の事件は、なぜここまで世界に衝撃を与えたのか。京アニは「けいおん!」や「涼宮ハルヒの憂鬱」といったアニメシリーズから、長編アニメ映画『聾の形』、そしてNetflixで全世界配信されている「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」に至るまで、独自のヴィジュアルスタイルと完成度の高さを追求してきたことで知られる。その功績において、京アニのアニメーターたちの存在は極めて大きい。

英国のアニメ評論家であるイアン・ウルフはBBCの報道のなかで、「京アニの素晴らしさのひとつに品質のよさがある。ヴィジュアルスタイルと洗練された完成度の高さは、ひと目でわかるものだ」と語っている。また、アニメ専門メディアの「Cartoon Brew」は、「京アニは中堅規模のアニメスタジオではあるが、その作品の人気ゆえに業界で極めて大きな影響力をもっている」と指摘したうえで、背景に「クリエイターが働く環境のよさ」などによって、良質なクリエイティヴを生むための人材が揃っていることを挙げている。

日本アニメの市場は、いまや2兆円規模とされる。一般社団法人日本動画協会の調査によると、日本アニメの2017年の海外市場規模は、その約半分にあたる9,948億円に達する。ここ数年は過去最高を更新しており、成長要因として各国で立ち上げられた動画配信プラットフォームが挙げられている。こうした利便性の高いサーヴィスの普及によって、世界中に潜在的にいた日本アニメファンが表に出てきたとも言える。

この「喪失感」を乗り越えて

日本アニメの世界規模のファン層の厚さが、結果として今回の各国での報道や反響にもつながったわけだが、それだけではない。日本アニメは、いまや世界のクリエイティヴにおける支柱のひとつともいえる存在になっている。それゆえに今回の事件によって、日本だけでなく世界に損失と喪失感がもたらされている。そして、これは想像力と創造力における損失と喪失感でもあるのだ。

アニメーターで映画監督のクレイ・ケイティスは、「世界中どこでもアニメーターは家族のようなもの。わたしたちの生活にポジティヴな感情を与えてくれる作品を生み出そうとしてきた人々を失うことは、考えられないほど悲しいことだ」とツイートしている。この悲劇がもたらした喪失感を「乗り越えるべき出来事」として、わたしたちはいつまでも記憶にとどめておきたい。


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ある写真家が夢想したポストヒューマンな未来。それは毒々しくも甘美な「ディストピア」だった

テクノロジーが浸透する社会への不安を抱いたある写真家が、ポストヒューマンのもたらす未来を描いた作品集「DISTOPIA」。皿に並んだカラフルな錠剤、化学物質にまみれて荒廃したキャンディカラーの土地といった描写はディストピアを思わせる。そんな毒々しくも甘美さを感じさせる世界は、「自分たちが誰でどこへ向かっているのか思いを巡らせる」よう促す作品に仕上がっている。

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フォトグラファーのフェルナンド・モンティエル・クリントがイメージするSF的な未来を表現した作品集「DYSTOPIA」。米国、メキシコ、南米を旅して撮影した写真に手を加え、ハイパーカラーの風景に変貌させている。カリフォルニア州カレキシコで撮影されたこの写真は、架空の高セキュリティデータバンクを表現したもの。「人類のすべてのデジタル情報が保管されている数多くの施設のうちのひとつ」だ。

未来がどうなるのか、本当のところは誰にもわからない。それでも多くの人たちが、その姿を想像しようと努めてきた。

リドリー・スコットが監督を手がけた映画『ブレードランナー』で描かれたのは、ネオンが溢れ返る荒れた大都市だった。空にはクルマが飛び交い、都市はギラギラとした看板や威圧的な摩天楼でごった返している。こうしたなか、地球上に残った人々は身を潜めていた。

ジョージ・ミラーが監督した『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では、タトゥーを入れた肌にボロきれをまとった悪党が、炎を吹くギターを狂ったようにかき鳴らしながら、過酷な砂漠を改造車で疾走する。

フェルナンド・モンティエル・クリントも彼自身が思い浮かべる未来を、写真シリーズ「DISTOPIA」で描き出している。それはやはり、とてつもなくダークで悲観的な世界だ。しかし、そうでありながらも、見ていてとても楽しい作品に仕上がっている。

そこは化学物質にまみれて荒れ果てた、キャンディカラーの地球。この世のものとは思えないサイボーグたちがプラスティックをまとい、さまよっている。この世界は“毒々しさ”と“甘美さ”を併せもつ。「不確かな未来で人々を待ち受けている『矛盾』のメタファーなのです」と、クリントは言う。

現代社会に対する不安

このプロジェクトは、いまという世の中に対してクリントが抱いている不安から生まれた(たいていのSF作品は似たような成り立ちだろう)。彼は、いかに自分たちがテクノロジーやインターネットに依存しているか、数年前から気にするようになった。まだ5歳の娘でさえ、スクリーンをかなりの時間にわたって見つめて過ごしている。この先どうなってしまうのだろう──。彼もそう考えたひとりだった。

こうした考えはふと頭をよぎっても、ほとんどの場合はすぐに忘れてしまうだろう。しかし、クリントは本格的にとりつかれてしまった。Google検索という“落とし穴”にはまった彼は、そこからイーロン・マスクや火星移住計画「マーズワン」、さらにはポスト・ヒューマンへとたどっていくことになる。

そして世界最初のサイボーグであるニール・ハービソンや、サウジアラビアで市民権を与えられているロボットのソフィアについての記事を読みあさり、YouTubeでボディハッキングの動画を山のように観たという。

関連記事色に恋したサイボーグ、ニール・ハービソンが問う「人間の条件」

テクノロジーが飽和した世界

これがきっかけとなってクリントは、「テクノロジーがありえないレヴェルで飽和してしまった」未来を撮影するために、3年にわたる旅に出た。米国やメキシコ、南米の西海岸などを20カ月以上かけてクルマで巡ったのだ。レンタルしたキャンピングカーに食料やガソリン、撮影機材をめいっぱい積み込んだこともあった。

街なかにある時代遅れのコロニアル様式の建築物は避けた。代わりに、ペルーのワカチナにある砂漠やアルゼンチンのラ・リオハ、チリのアタカマといった不毛の地を走り、黒いハゲタカをはじめ、日射計や古びたガソリンスタンドなどあらゆるものを撮影した。

こうしたものは「Photoshop」と「DaVinci Resolve」でちょっと工夫すれば、空飛ぶ監視ロボットやすべてを見通す防犯カメラ、人類のデジタル情報を保管する高セキュリティのデータバンクになる。

「単に知っているものを記録するアプローチをとりたくないのです」と、クリントは言う。「見えているものを加工して姿かたちを変える手法によって、自分の視点を示すことに関心があります」

ポストヒューマンの光と影

こうして、超現実的なスケッチが出来上がった。ポストヒューマンがもたらした、いまから数十年後の世界が描かれている。そこでは人間が機械と融合しており、衣服や肌にインターネットの回路が組み込まれていた──。

クリントが想像する世界は驚くほど便利で効率的に見え、生活の質も高そうだ。けばけばしい色合いだがいい感じの錠剤を飲めば、すぐに体はアップデートされる。ただそんな世界には、おなじみの取り返しのつかないほどの代償が伴う。

監視下でプライヴァシーは失われ、シミュレーションによって実体験が失われる。そして何よりも、美しかった地球は汚染されて荒廃し、人間は地球を見捨ててほかの惑星に移らなければならなくなるのだ。

「自分たちが誰でどこへ向かっているのか思いを巡らせる」ように促す作品だ、とクリントは語る。願わくば、ここで描かれている未来とは、少し違う方向に向かいたいものだ。


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