里の管理をしてみよう
こっちの世界の情報を収集していたはずが、いつの間にやら革命なんて話になって、このまま流されていったらとんでもない状況に追い込まれそうなので、大人にストップを掛けてもらおうと考えた。
実際にダンムールの里を治めているハシームに話を聞いてもらえば、少なくとも方向修正ぐらいはしてくれるだろう。
「革命だと……面白いじゃないか」
「えぇぇ……止めてくれないのかよ」
「何で止める必要がある。現状のサンカラーンは、王国に好き放題やられている。そんな状況を打破するには、少なくとも変革は必要だろう?」
「ま、まぁ、それはそうなんだが……」
「それに、凝り固まった状況を変えるのは、外から吹く新しい風ではないのか? 我々サンカラーンの領主の多くも、このままでは駄目だと思ってはいるが、さりとてどう動いて良いものか、みんな道を探しあぐねている。ヒョウマよ、澱んだサンカラーンに新しい風を吹かせてくれんか?」
ガキが考える革命なんて、現実を知る大人からは一笑に付されてしまうかと思いきや、逆にけし掛けるってどうなんよ。
それとも、暴走したら止めれば良いぐらいに考えられているのだろうか。
「だが、俺はついこの前まで学生で、革命なんて言われても、どこから手を着けて良いのかサッパリ分からないぞ」
「まぁ、そうだろうな。いきなりサンカラーンに革命を起こせと言われても、そなたには圧倒的に経験が足りておらぬ。ならば、まずはダンムールの改革から手を着けてみたらどうだ?」
「ダンムールの改革……と言われてもなぁ」
「なぁに、難しく考える必要などない。そなたが見て変だ、常識から外れていると思う事をフィアと話し合って改善すれば良い。それでダンムールの生活が豊かになれば、他の里からも理由を知ろうと集まってくるだろうし、そうなれば、そなた達の話に耳を傾けてくれる者が増えていくはずだ」
「なるほど……まずは土台から固めるって事か」
「そうだ、土台作りを疎かにすれば、どんなに立派な家を建てようが直ぐに傾いて、あちこち軋みが出て来て、最後には倒れちまうものだ。どんなに耳触りの良い、理想的な計画であっても、実現への確かな道筋を示せなければ、やがて人々の支持を失ってしまうだろう。まずは、身近な場所で実現可能なことから手を付けていけ」
五里霧中の状況から、ほんの少しだけ道が見えた気がするが、果たしてその道を進んでも良いのか迷いというか不安というか、あと一歩を踏み出す勇気が出ない。
いくらサンカラーン全体でなく、ダンムール限定に変わったとしても、多くの人を巻き込むことに変わりはない。
「ふふん、意外に慎重だな。だが、心配なんぞ不要だぞ。何か失敗したところで、ダンムールの事は、儂が責任を取ってやる。思い切ってやってみろ」
「分かった、それならば思いっきり掻き回させてもらうぜ」
スキルゆるパクのおかげで、とんでもない能力を手に入れたが、こうした実務経験ではハシームの足下にも及ばない。
サンカラーンに革命を起こすなんて、本当に出来るのか分からないが、とりあえず一歩目を踏み出してみよう。
「それでヒョウマよ、まずは何から手をつける?」
「その前に、一つ質問なんだが、水晶を採掘している谷から里までは、人の力で原石を運んでいるのか?」
「そうだ。もっと森の浅い場所にある里では、馬車や牛車なども使っているが、この辺りは魔物が多いので狙われる危険が高すぎる。魔物共からすれば、餌が車を引いているようなものだろう。それに、馬車を通すならば、道を広げる必要も出てくるだろう」
「そうなのか……よし決めた。最初の一歩は、谷までの道の整備と原石の運搬方法から始める」
里の住民から支持を得るにはどうすれば良いか考えた結果は、楽が出来ることや、安全が確保されることだろうと思ったのだ。
「道の整備か。人手はどうするつもりだ?」
「最初は俺一人で十分だ、それよりも、革の細工が出来る者を紹介してほしい」
「革の細工か、何を作るつもりだ?」
「フォレストウルフに荷車を引かせるための装具を作りたい」
「ほう、考えたな。確かにフォレストウルフであれば、襲われる側ではなく襲う側だから、魔物を引き付ける可能性は減る」
「それに、労力も時間も短縮できるはずだし、テイムしたフォレストウルフを増やしていけば、他の里との往来にも使えるようになるだろう」
「いいぞ、ヒョウマ。里と里との往来を楽に、速くして、王国が攻めて来た時も迅速に救援に迎えるようにするのだな? フィア、フベスの所へヒョウマを連れて行ってやれ」
ハシームとの会談を終えて、ラフィーアと一緒に革細工師の所へと向かう。
あれっ、革命にストップを掛けてもらうつもりだったのに、逆に進んでないか?
まぁ、乗りかかった船だし、これが上手くいけばアン達も里に受け入れてもらえるだろう。
というか、ラフィーアがスキップでもしそうなほど上機嫌なんだが、嫁入りの件でも外堀が埋まり始めてるような……。
革細工師のフベスは狸獣人のおっさんで、腹がポッコリと出た体型は信楽焼のタヌキを連想してしまうが、もちろん玉は通常サイズのようだ。
ラフィーアが俺を紹介するよりも早く、満面の笑みで話し掛けてきた。
「これはこれは、ヒョウマ殿、よくぞいらして下さいました」
「どうも初めまして、今日はちょっとお願いがあってお邪魔いたしました」
「お願いですか、私にというのであれば、革を使って何かを作るという事ですね?」
「はい、実はフォレストウルフに荷車を引かせるための装具を作っていただきたいのですが……」
「フォレストウルフ! あのフォレストウルフですか?」
里から谷までの道を整備して、水晶の原石運搬にフォレストウルフを使う計画を話すと、フベスは最初こそ驚いていたが、途中から何度も頷いて賛同してくれた。
「なるほど、確かにダンムールの里は水晶の里と呼んでも過言ではございません。その水晶の採掘運搬が楽になる事は、里にとっては非常に良い事だと思います。わかりました、そのお話、協力させていただきます」
ラフィーアの話では、フベスは里一番の腕前で、他の革細工師からも一目置かれる存在だそうだ。
もし、フベスに断られていたら、計画そのものが頓挫してしまうところだったが、そもそもその心配は無用だったようだ。
「グリーンサーペントの皮ですか? ええ、保管してありますけど、そうか素材が必要ですもんね」
「グリーンサーペントの皮は強靭ですので、今回の装具には打ってつけです」
「全部で四頭分の装具を作ってもらいたいのですが、足りますかね?」
アイテムボックスからグリーンサーペントの皮を出すと、フベスは両手を広げて声をあげた。
「おぉぉ、これは……素晴らしい!」
グリーンサーペントの皮を前にして、フベスの目の色が変わっている。
ラフィーアが紹介するより早く俺を歓迎したのは、俺がグリーンサーペントやワイバーンの皮を所持しているからだ。
俺からの装具作成の依頼を断れば、貴重なグリーンサーペントの皮を手に入れる機会が失われてしまうかもしれないとあっては、最初から交渉の結果は出ていた訳だ。
グリーンサーペントの皮は、全部フベスに渡し、装具の製作に使って余った分を報酬とする事にした。
交渉を終え、早速製作に入ってもらう事にしたのだが、そのためにはアン達のサイズを測ってもらわなければならない。
空間転移の魔法を使い、我が家まで戻り、アン達を連れて里まで戻ってきた。
「ヒョ、ヒョウマ殿、だ、だ、大丈夫なんですよね?」
「大丈夫です、俺もそばにいますから、心配せずに作業して下さい」
「分かりました……」
兵士ではないフベスは、能力値を鑑定してみると、フォレストウルフの半分以下なので、ビビるのも当然だろう。
アン達は俺の意図を汲んで大人しくしているが、採寸をするフベスは汗だくだ。
「キャウ、キャウ!」
「ひぃぃ、お助けぇぇぇ……」
アン達は大人しくしていたが、サンクとシスは遊んでもらいたくて仕方ないらしく、じゃれつかれたフベスは悲鳴を上げている。
「こら、サンク。邪魔したら駄目だろう。シスと一緒にラフィーアに遊んでもらいなさい……って、ラフィーア?」
「はひぃ? な、なんでしょうか、ヒョウマ殿」
サンクとシスの面倒を頼もうと思ったのだが、ラフィーアの様子が見るからにおかしい。
ミノタウロスに向かって行くぐらいだから、フォレストウルフが怖いはずがないと思うのだが、自分から危害を加える訳にいかないけど、ガブっとされるかもしれないという状況が怖いのかもしれない。
「フベスさんが作業している間、ちょっとサンクとシスをあやしていて……」
「そ、そうだ、私はちょっと用事を思い出して……」
「そうか、サンクとシスは俺にとっては家族なんだけど、仲良くしてくれないのか……」
「い、いや、そういう訳では……」
「サンク、シス、ラフィーアが遊んでくれるってよ、そら行け!」
「キャウ、キャウ、キャウ!」
「あ、あ、いや……あぁぁぁぁ……」
子狼といっても、フォレストウルフは巨大なので、サンクとシスは大きめの柴犬ぐらいはある。
後退りしようとして尻餅をついたラフィーアは、じゃれ付かれ、押し倒され、問答無用とばかりにベロンベロン舐められ始めた。
まぁ、サンクとシスからの愛情表現だから、しっかりと受け止めてもらおうかね。
それにしても、メスライオンが子狼に翻弄されている姿は、もふもふ感満載で癒されるねぇ……。