革命家になろう?
ワイバーンの肉を使った宴は夜遅くまで続いたようだが、俺は途中で抜け出してアン達が待つ森の我が家に戻り、もふもふに包まれてグッスリと眠った。
ラフィーアが、私も連れて行けと主張したが、丁重にお断りした。
我が家に戻った後は、アン達に食事を与えて、風呂に入って眠るだけだし、正直まだプライベート空間に踏み込まれたくないのだ。
アン達と朝の食事と、サンクとシスと断腸の思いの別れを済ませ、登校する気分でダンムールの里へと向かった。
里の近くまでは空間転移で飛んで、そこから森の中を歩いて向かう。
里の入口ではラフィーアが、動物園の熊か何かのように、ウロウロと行ったり来たりを繰り返し、警護の兵士に苦笑いされていた。
軽く手を振りながら森を抜けていくと、俺の姿を見つけたラフィーアは、ぱーっと笑顔を浮かべた後で、頬を膨らませて不満げな表情を作ってみせた。
「おいっす! って、なんか不満なのか?」
「おはよう。今朝も人間の姿なのだな。どうして竜人の姿じゃないんだ?」
「あぁ、そういう事か。でも、竜人の姿だと指先とかが完全に戦闘用で、細かい作業には全然向いてないし、生まれてからずっとこっちの姿で過ごしてきたからな」
「そうか、まぁヒョウマが決めたのだから仕方ない……」
仕方ないと言いつつも、ラフィーアはちっとも納得しているようには見えなかった。
「それで、ヒョウマ。今日は何をするのだ? 森に入って魔物でも仕留めて来るか? それとも、わ、私と……組み打ちするか?」
もじもじしながら私と……の後が組み打ちというのがラフィーアらしいが、今日は付き合ってやるつもりはない。
「いや、今日はこちらの世界の状況とかをもっと知るために情報を集めたい。出来れば、街に連れていかれたクラスメイト達を救い出したいし」
「そうか……だが、ヒョウマの希望はたぶん叶わないと思うぞ」
「叶わないって、クラスメイトの救出か?」
「そうだ。街に連れて行かれたら、ほぼ間違いなく戦闘奴隷にされているはずだ」
「いや、だからその奴隷の身分から救い出して……」
「無理だ。一度首輪を嵌められてしまったら、救い出すことは不可能だ」
ラフィーアの言葉には、その首輪とやらと人間に対する憎しみが籠っているように感じられた。
「その首輪っていうのは、奴隷の証みたいなものなのか?」
「奴隷の首輪は、嵌められてしまうと鍵の持ち主に逆らえなくなってしまう魔道具だ。鍵の持ち主以外の者が外そうとすると、魔法の刃で首を切断される」
「マジか……俺のクラスメイト達は、そんなものを嵌められてるのか?」
「街の中は、言うなれば王国のテリトリーだ。そこに招き入れるということは、王国にとって危険の無い者でなければならない。無理やり連れて来られた集団を、王国にとって安全な状態にするには、奴隷の首輪を嵌めるのが一番簡単な方法だ」
確かにラフィーアの言ってることは理に適っているし、これまでに召喚された者達も戦闘奴隷として扱われていたらしいので、クラスメイト達が首輪を嵌められているのは間違いなさそうだ。
「さっき、鍵を持っていない者が外そうとすると首を切断される……そう言ったよな?」
「そうだ。それ以外にも鍵から一定以上の距離を離れた場合にも作動するらしい」
「つまり、その鍵を持っている人間を倒して、鍵を奪えば良いんだろう?」
「そうなのだが……鍵を手に入れたとしても、首輪を外すには特殊な手順があるらしく、我々では……」
ラフィーアは、自分たちの無力さを恥じるように、項垂れながら小さく首を振った。
「なーに凹んでんだよ。面倒な手順があっても、首輪を外す方法はあるんだろう? だったら、そいつを手に入れれば済む話だろう」
「だが、獣人の我々では、奴隷の首輪の秘密を探り出す……」
「俺なら出来るんじゃないのか?」
「あっ!」
「人間の俺ならば、奴隷の首輪の秘密も探り出せるかもしれない。上手くすれば、王国に捕らえられた獣人の奴隷達だって解放出来るかもしれないぞ」
両目を真ん丸に見開いて突っ立ってるラフィーアに、ニヤっと笑い掛ける。
「ヒョウマ!」
「うわっ、ちょ……ラフィーア」
物凄い勢いで抱き付かれた。身長は俺よりもラフィーアの方が高いので、包み込まれるような感じだ。
ライオンが服を着ているような見た目のラフィーアだが、こうして抱き締められると、胸の柔らかな膨らみが激しく女性を主張してくる。
「ヒョウマ、ヒョウマ、お願いだヒョウマ。捕まった仲間を助けてくれ、ヒョウマ」
「ちょ、苦しいって……落ち着けラフィーア。協力はするけど、俺一人ではどうにもならないし、今すぐどうこう出来る訳じゃないから、とにかく落ち着け」
ラフィーアの背中をポンポンとタップして、熱烈なハグを解いてもらった。
ってか、道の真ん中で抱き合うような形だったから、周囲から生暖かい視線が刺さってくる。
「す、すまない……つい、興奮してしまって」
「とにかく、行動を起こすにしても、俺はこちらの世界のことを知らなすぎる。地理的な事もそうだし、王国のことも、サンカラーンのことも、もっと知らなければ動きようが無い」
「そうか、ならば私に分かることは何でも教えよう。だから、手を貸してほしい」
突き刺さるような敵意を向けられていたかと思えば、妙な形でトゥンクしてチョロイン化したけど、ようやくラフィーアとまともな形で意気投合できた気がする。
この調子ならば、案外簡単にクラスメイトや掴まって奴隷になっている獣人を助けられるかもしれない……なんて思ったのだが、現実は甘くなかった。
「何それ……王国と戦うのは里単位って、どういう事? サンカラーンとしての軍隊とか無いの?」
「応援を要請されれば力を貸すが、組織としてのサンカラーンの軍隊というものは存在しない」
「それじゃ、数で押し込まれたたら勝ち目が無いんじゃないの?」
「いや、我々とても黙ってやられているだけではない、街に夜襲を仕掛ける場合もあるそうだし、襲ってきた王国の軍隊にも痛手を与えているそうだ」
驚いたことに、里の集合体であるサンカラーンが主体となった軍は存在していないそうだ。
王国の軍隊とは、五十以上ある里が独自に編成した部隊で戦っているらしい。
王国の連中は、年に何度か遠征してきてサンカラーンの里を襲い、住人を連れ去って奴隷として使役しているらしい。
「えっ、王国は里を占領する訳ではないの?」
「占領はしないが、多くの住民を奴隷として連れ去っていく。人が減ってしまうから、他の里から入植させたりして、里の生活を維持するのだが、元通りになるまでには時間が掛かる」
「王国は、毎回同じ里を狙うのか?」
「いいや、毎回違う。守りが薄そうな里を選んでいるのだろう」
「連れ去られた者を助けるために、王国に攻め入ったりしないのか?」
「街は高い城壁で囲まれているし、力押しするには兵力が足りない」
ちょっと話を聞いているだけでもサンカラーン側は、森の中の独立した里で暮らしている弱点を、王国の連中に良いように利用されているとしか思えない。
「もっと王国の軍隊を挟撃するとか作戦を立てて、里同士が連携して戦わないと勝てないんじゃないの?」
「そうなのだが、里同士も仲が良いとは限らないから……」
うちの里が襲われている時に、あいつらは助けてくれなかったとか、助けてやったのに礼も無いとか、どうやらサンカラーン内部も一枚岩ではないらしい。
長引く争いが原因なのだろうが、それこそ王国の思う壺だろう。
「駄目だな。このままじゃ勝ち目が見えない。少なくともサンカラーンが一枚岩に纏まって、里同士が連携して王国と戦わない限り、良いように奪われ続けることになるぞ」
「そうは言っても……そうだ、ヒョウマがサンカラーンを一つに纏めて……」
「馬鹿言うな。俺はこっちの世界に来たばかりだぞ」
「だが、サンカラーンを纏め上げるには、革命を起こすような強力な指導者が必要だ。それこそ、ワイバーンを素手で倒してしまうヒョウマのような強者でなければ無理だ」
「俺に革命家になれって言うのかよ。これはサンカラーンの問題だぞ」
「だが、ヒョウマの仲間を救い出すためにも必要なことじゃないのか?」
「そうかもしれないけど……」
あまりにも話が飛躍しすぎて実現可能だとは思えないが、現状を打破するためには、誰かを御輿に担いで革命を起こすぐらいの変化が必要なのも事実だ。
「ヒョウマ、革命を起こそう」
「いや、ちょっと待ってくれ……」
「大丈夫だ。ヒョウマなら出来る。わ、私が見初めた男だからな」
ラフィーアが、熱のこもった視線で見詰めてくる。
里長の娘を貰うなんて話でも十分大事なのに、その上に革命なんて話が大きくなりすぎじゃねぇのか。
「か、考えさせてくれ……」
今の俺は、そう答えるだけで精一杯だった。