貰わなきゃダメですか? 異世界嫁
ダンムールの里は、住民総出のお祭騒ぎとなった。
倒したら食う、それが森で暮す者の基本的な考えだそうだ。
水晶の原石を運んでいた時に襲ってきたミノタウロスは、里まで運んで来られなかったから俺に譲るという選択をしたが、単独で襲ってきた場合には持ち帰って食っていたそうだ。
今回は、ミノタウロスよりも大物のワイバーンだから、解体が出来るものは全員が作業を手伝っている。
皮、爪、牙、鱗、肉、内臓、骨、そして流れ出る血液さえも集めて利用するらしい。
倒した獲物を皮を剥いだだけで、雑に扱ってきた俺達とは雲泥の差だ。
大きな桶に血を集め、刻んだ内臓と一緒に腸詰にしたり、小麦粉などと合わせてパテにするらしい。
どんな味になるのか興味はあるが、とにかく周囲は血の臭いが凄まじい。
里の者達は、こうした解体作業に慣れているのだろうが、人化している状態では少々しんどいので、風属性魔法で臭いを飛ばすことにした。
とは言っても、ただ右から左といった形では、腹をへらした魔物を誘き寄せてしまいそうなので、もっと離れた場所に向けて飛ばす。
里の外周から中心に向かって空気の流れを作り、上空に向かって引き上げる。
細い空気の流れを作り、その先端は遥か西、森を抜けた先にある大きな街の中心にある大きな城へと降り注ぐようにしてやった。
魔物が闊歩する森に放り出された俺からの、ほんのささやかなプレゼントを受け取りやがれ。
血生臭い空気が漂う城とか、住民からどう思われるのかね。
ワイバーンの巨体は、たとえダンムールの住民全員で食べたとしても、一日で食べきれる量ではないし、そもそも処理が追いつかない。
そこで、皮を剥いて内臓を取り出して、今日の祭りで食べる分を切り取ったら、残りの部分は俺のアイテムボックスに入れておくことにした。
アイテムボックスの中ならば鮮度を維持できるから、改めて作業を進めれば良い。
ワイバーンの巨体が広場から消えると、里の住人達は驚いていたが、作業を進める場所が広がって喜んでいた。
直径20センチはあるグリーンで透き通った魔石は、俺のものだと手渡された。
南の民国で売却すれば、相当な値段になるそうなので、アイテムボックスに仕舞っておく。
収納作業を終えてしまえば、解体作業は素人なので見学に徹してたら、里長のハシームが話し掛けて来た。
「さて、ヒョウマよ。このワイバーンの報酬について話をしよう」
「里の中で倒したものだから、里の仕来たりに沿った対価で構わないぞ」
「本当に構わんのか?」
たぶん、里の住民で山分けにして、俺には幾分割増しする程度になるのだろう。
俺があっさりと承諾したので、ハシームは驚いているようだ。
「あぁ、ダンムールの里には、この先も世話になるだろうし、変な波風を立てるつもりもない」
「そうか……では、ヒョウマにはフィアを貰ってもらおう」
ハシームが、あまりも自然に申し出たので、危うく頷いてしまうところだったが、報酬の内容がおかしいだろう。
「はっ? えっ、ちょっと待って、ラフィーアを貰うって、どういうこと?」
「何を言ってる、ワイバーンを素手で倒すほどの勇者には、里で一番の娘を貰ってもらうしかなかろう。里一番の娘となれば、フィアを置いて他にはおらんぞ」
「いやいや、俺はてっきり肉とか素材の取り分の話をしているものだと思っていたから」
まさか娘を貰えなんて話になるとは、これっぽっちも思っていなかったが、これは強者を里に留まらせるための仕来たりなのかもしれない。
「なるほど、確かに違う世界から来たヒョウマでは、里の仕来たりを知らないのも無理はないな」
「でしょ、いきなりラフィーアを貰ってくれとか、面食らっちまったよ」
「ふはははは、そうかそうか、では改めて……フィアを貰ってくれるな?」
「へっ……?」
「よもや、フィアでは不足だと言うのではあるまいな?」
ハシームは、それまでの上機嫌な笑みを消して、眼光鋭く睨みつけてくる。
人間臭い表情が消えた百獣の王の風格に圧倒され、思わず生唾を飲み下した。
「で、でも、肝心のラフィーアは、俺のことを卑怯者だと嫌って……」
視線をラフィーアに移してみると、なんだか様子がおかしい。
いやいや、さっきまで牙を向いて食って掛かってきていたのに、なんで上目使いでモジモジしてるのかな。
「ふはははは、ヒョウマよ。周囲を森に囲まれた里の生活は、常に危険と背中合わせの厳しいものだ。故に里での男の価値は、大切なものを守れる強さが何よりも優先される。ワイバーンを圧倒する者の許へと嫁ぐことに、里で育った娘が異を唱えるはずなどなかろう」
えっ、ちょっと待って。その言い方じゃ、俺がワイバーンを倒すのを見たから、トゥンクしちゃったって……チョロインじゃん。
「どうだ、ヒョウマ?」
「い……いや、ちょっと待ってくれ。俺のいた世界では、俺の年齢では結婚が出来ない決まりがあって。まだ嫁を貰うとか全然考えてもいなかったんだ。それに俺の世界では、結婚はお互いのことを良く知った上で決めるものなんだ」
「つまり、まだ心の準備が出来ていない……そう申すのだな?」
「それに、ラフィーアのことだけでなく、里の暮らしについても何も分かっていない状態だ」
「ふむ……確かに、ヒョウマは里を訪れてから日が浅すぎるな。ならば、里の暮らしを知る手助けをフィアにさせるとしよう。それならば、里の暮らしも、フィアの人となりも、両方を一度に知れるというものだ」
俺としては、一度完全にリセットしてもらいたかったのだが、この様子ではリセットどころか、外堀を埋められそうな気がする。
だからと言って無下に断われば、今後のサンカラーンとの関係が悪化してしまうだろう。
「分かった。とりあえずは、そんな感じで少し時間をくれ……」
「そうかそうか、ではフィアよ、しっかりとヒョウマの世話をするのだぞ」
「はい、父上……」
うわぁ、何だよその猫っ被りな感じは……って、ライオンが猫を被るとか、おかしいだろう。
てか、彼女いない歴イコール年齢な俺に、初めてできた彼女がメスライオンって、どうなんよ。
「ヒョウマ殿、よろしくお願いいたします」
ラフィーアは、俺に向かってしおらしく頭を下げてみせた。
「んー……」
「ヒョウマ殿? どうかいたしましたか?」
「うん、気持ち悪い」
「えぇっ……?」
ラフィーアは、背景にガーンという文字が浮かんでいるかのように、ショックを受けた表情で固まった。
「さっきまで、俺を指差して卑怯者となじっていたのに、いきなり兵馬殿とか呼ばれても、背中がムズムズする」
「あ、あれは、私がヒョウマ殿の力量を見誤っていたからで……って、父上、何がおかしいのですか!」
「ぶはははは、ヒョウマの指摘が的確すぎて……うはははは!」
こらえきれずに笑い出したハシームだけではない、ワイバーンの解体に加わっている者達が、必死に笑いをこらえて肩を震わせている。
「ふ、普段は里の平穏を守るために、あえて粗暴な振りをして……」
「組み打ちで俺を投げ飛ばした時の、勝ち誇った得意気な顔を鏡に映して見せてやりたいよ」
ラフィーアのじゃじゃ馬っぷりは筋金入りなのだろう、俺の一言で笑いをこらえていた者達は、一斉に吹き出して腹を抱えて笑い出した。
「ぶはははは、駄目だ、おしとやかなお嬢なんてマジ気持ち悪りぃ!」
「お嬢、何か悪い物でも食ったんすか?」
「何言ってんのさ、お嬢にもやっと春が来て、初めての恋患いってやつよ、可愛いもんじゃないか」
里の者達に好き放題に言われて、ラフィーアは拳を握ってプルプルしている。
「お、お前ら、私を何だと思ってるんだ!」
ラフィーアが怒鳴り散らすと、また笑い声が大きくなった。
完全に里の者達に遊ばれている格好だが、間違いなく愛されている事が伝わって来る。
こちらの世界の恋愛観とか結婚観がどうなっているのか分からないが、中途半端な気持ちで向き合って良い相手でないのは確かだ。
まだ里での生活にも慣れていないのに、こんな地雷みたいな娘を押し付けておいてニヨニヨと笑っているハシームをぶん殴ってやりたくなった。