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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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お嬢様リトライ

 不機嫌が服を着て歩いているようなラフィーアとは対照的に、里長ハシームは満面の笑みで俺を出迎えた。


「さあ、ヒョウマよ。儂の分の魚を出してくれ」

「えっ? あー……しまった、あんまり里のみんなが魚に夢中だったから、手持ちの魚は全部交換しちゃいました」

「なん、だと……」


 ハシームの笑顔が一瞬にして凍りついた。

 てか、そんなに魚が食いたかったのか。


「あー……また今度獲りに行くから、その時は確実に届けるから待ってくれ」

「マジか、絶対だぞ、ヒョウマ」

「あぁ、約束する」


 ハシームの必死さに苦笑いしつつ席を立つと、引き留められた。


「待てヒョウマ、用件は終わってないぞ」

「えっ、魚の件じゃないのか?」

「そっちも重要だが、本題はこっちだ」


 ハシームが取り出したのは、革紐を通した四角い水晶のペンダントだ。

 表面には、獅子を図案化した彫刻が施されている。


「これは?」

「儂が身元を保証する者の証だ。こいつを持っていれば、サンカラーンの他の里に行っても、流血沙汰にならずに済むだろう」

「もし持たずに他の里を訪ねたら?」

「仕留めたグリーンサーペントでも手土産にしないと、認めてもらえんかもな」


 ハシームの言葉が半ば冗談だと分かっていても、昨日の状況を思い起こすと笑えない。

 実際、グリーンサーペントの肉をふるまう宴が開かれなかったら、これほどまで里の人々から受け入れてもらえたか疑問だ。


 日本に帰る方法が有るのかさえも分からない、その上人間離れした身体になってしまっていることを考えれば、こちらの世界で暮していくことも視野に入れなきゃならないだろう。

 そのためには、ダンムール以外の里に出入りする手段を持つことは、俺にとっては有り難いことだ。


「父上、やはり私は反対です」


 ほら、こういう奴が、他の里にも一人や二人は存在してそうだからな。


「何が不満なんだ、フィア」

「こんな、どこの馬の骨とも分からぬ男に、軽々しく里の証を与えるべきではありませぬ」

「つまり、ヒョウマは信用出来ないと……?」

「はい、なぜ父上は、このような男を信用なさるのです」

「ミノタウロスの群れを撃退するほどの遠距離魔法の使い手で、フォレストウルフを多数手懐け、グリーンサーペントを単独で討伐する。それほどの力を持つのに、ヒョウマは一度として里の者に危害を加えようとしていない」

「それは、里の者に取り入って、里の中から分断し……」

「下らん思い込みで瞳を曇らせるな」


 ラフィーアの言葉を遮ったハシームの一言は、静かではあるが逆らい難い厳粛な響きを伴っていた。


「そのような小細工などしなくとも、ヒョウマは里に壊滅的な破壊をもたらすだけの力を持っておるわい。その実力から目を背け、己にとって都合の良い憶測を並べ立てるなど言語道断だ。感情に流され、冷静な判断が下せないのであれば、剣を取り上げるよりあるまい」


 たぶん、ここまで厳しいハシームの言葉は予想もしていなかったのだろう、ラフィーアは愕然とした表情を浮かべ、次の言葉が出てこないようだ。

 このまま里長の威厳で一件落着となれば良いのだが、そんなに世の中は甘くなかった。


「ふむ、どうやら本当にヒョウマの力を見誤っておるようだな。ならば、己の身で確かめてみるが良い。試合は組み打ち、決着は双方が納得するまでとする」


 険しい表情を浮かべていたハシームがニヤリと口元を緩めると、呆然としていたラフィーアの瞳に闘志が戻って来た。

 はぁ、これだから体育会系の人間は苦手なんだよなぁ。


「言っとくけど、俺は武術の心得とか無いからな」

「ふん、やる前から負けた時の言い訳か」

「はぁ、もういいや、さっさと済ませましょう」


 勝っても負けても、どちらでも構わないと思っていたが、ここまで煽られると負けたくないという気持ちが沸いてくるが、正直に言って勝てる気がしない。

 赤竜からゆるパクして、身体能力は化け物レベルに上がったが、技とか経験は、ほぼゼロと言っても過言ではない。


 超パワーを手に入れた主人公が、達人に技であしらわれるパターンは、バトル漫画の王道展開だ。

 幸い武器を使わないらしいので、耐久力に任せてラフィーアが疲れ果てるまで相手をしてやるか。


 連れて行かれたのは、館の裏手にある訓練場で、防具を付けた兵士が槍を模した棒を使って手合せをしている。

 兵士達は、ハシームの姿を見つけると、手を止めて目礼を送ってきた。


「訓練中にスマンが、これからラフィーアとヒョウマが組み打ちを行うので場所を空けてくれ」

「おぉぉぉ……」


 兵士達のどよめきが起こる中で、ラフィーアは屈伸運動を始めている。

 何気ない動きなのだが、猫科特有の柔らかさを感じる。


「ヒョウマ、身体を解さなくても良いのか?」

「えっ、あぁ、そうっすね……」


 ハシームに言われて遅ればせながら屈伸運動やストレッチをしてみたが、ラフィーアと較べると動きが洗練していないのがモロばれだ。

 ラフィーアがペースを上げてウォームアップするのに対して、俺は動きを止めた。


 今更、付け焼き刃でどうこうなるとも思えない。

 なので、ゆるパクのステータスを開いて使えそうなスキルを発動しておいた。


「それでは、これから組み打ちを行う。双方、支度は良いか?」


 ハシームから審判役に指名された虎獣人の男が聞いてきたが、即座に待ったを掛ける。


「ちょっと待ってくれ……」

「なんだ、この期に及んで怖気づいたのか?」


 問題があるから待ったを掛けているのに、マジでラフィーアがうざい。


「うるさいなぁ……ちょっと黙っていてくれ。そもそも組み打ちって何をするんだ、ルールが全く分からない。どうすれば勝ちで、どうすれば負けなんだ?」

「そうか、君は里に来たばかりだったな」


 審判の男の説明によれば、サンカラーンで言うところの組み打ちとは、総合格闘技と相撲の合いの子みたいなものだった。

 目つぶしを除いて、拳や肘、膝などを使った打撃を使っても良く、相手の背中を地面に着ければ勝ち。


 今回の場合、どちらかが負けを認めるまで勝負を繰り返す。

 やはり、技術の無い俺はスタミナ勝負に持ち込むしか勝ち目は無さそうだ。


「では改めて、これより組み打ちを行う。双方、支度は良いか?」


 ラフィーアの距離は約5メートル。

 別に負けたところで命を取られる訳でも無いし、緊張する必要も無いはずなのに嫌な汗が滲んで来る。

 対するラフィーアは、完全にリラックスした様子で、構えも取らずに立っている。


「では……始め!」


 完全に不意を突かれた。

 開始の合図と同時に、ラフィーアは何の予備動作も無しに肉薄してきた。


 左フックを防ごうと両手でガードを固めるが、それはフェイントで視界からラフィーアの姿が消える。

 本命は、人間業とは思えない超速の片足タックル。


 グルっと視界が回って背中から地面に叩きつけられ、ゴスっと後頭部が鈍い音を立てた。

 俺が受身も取れずに地面に叩き付けられたからだろう、見物の兵士からどよめきが起こった。


「ラフィーア、一勝!」

「ふん、木偶の坊め……」


 大の字になった俺を見下ろして、ラフィーアが勝ち誇ったように言い捨てる。

 負けても命は取られないどころじゃない、土とは言えども訓練場の地面は踏み固められていて、日本にいた頃の俺だったら脳挫傷で死んでるところだ。


 竜人の身体だから、ほぼノーダメージだが、死ぬかもしれない攻撃を食らったことに変わりは無い。

 それとも里の獣人共は、この程度の攻撃を食らっても平気なのだろうか。


「あぁ、なるほど、こういう感じでやるのか……」


 軽く首を回しつつ、何事もなく起き上がった俺を見て、またどよめきが起こる。

 余裕の笑みを浮かべていたラフィーアの眉間には、深い皺が刻まれた。


「ヒョウマ、大丈夫なのか?」

「ええ、双方が納得するまで続けるんですよね?」

「そうだが……本当に大丈夫なんだな?」

「ええ、続けて下さい」


 この審判の心配振りからすると、さっきの攻撃は獣人が食らってもヤバいレベルらしい。

 体力や耐久力といった数値が1万を超えてしまっているからか、布団に勢い良く横になった程度にしか感じていなかった。


「では、始め!」


 再び審判の合図と共にラフィーアが突っ込んで来る。

 ガードをする暇も無いほどの鋭い左ジャブが顔面をヒットしたと感じた直後、間髪入れぬ右ストレートに鼻っ柱を叩き潰された。


 首が後ろに折れて視界が上を向いた間に、俺の右腕を巻き込みながらラフィーアが懐へと飛び込んで来る。

 身体が浮き上がり、再び視界が回る。

 一本背負いで投げられたと気付いたのは、地面に叩きつけられた後だった。


「ラフィーア、二勝!」


 今日は良い天気だ、空が青いなぁ……などと呑気に考えている俺の視界の端で、ラフィーアが無言で開始位置へと戻っていく。

 ぶっ潰れた鼻を引っ張って戻しながら起き上がると、またどよめきが起こる。


「おいおい、どんだけ丈夫なんだよ」

「俺だったら、もう二回は頭割れてるぜ……」


 もし俺が普通の人間並みの身体だったら、もう死んでるよな。

 てか、ラフィーアめ、完全に俺を殺すぐらいのつもりでやってやがる。


 この後も、ほぼ無抵抗でラフィーアの攻めを受け続けた。

 ラフィーアの攻撃パターンは、基本的に打撃からの体重を乗せた投げ技だが、いくら叩きつけても平然と起き上がってくる俺に、うんざりとした表情を浮かべ始めていた。


 逆に俺の方は、ラフィーアの多才な技を受けるのが楽しくなっていた。

 パンチの鋭さ、蹴りのしなやかさ、投げ技に入る滑らかさ、全ての動きを網膜に焼き付けていく。


 模倣レベル9、戦術予測レベル9、思考加速レベル9……並行して発動しているスキルが、俺の頭の中にバーチャル・ラフィーアを構築していく。

 最初は棒の胴体に棒の手足が生えただけだったものが、関節が増え、動きの滑らかさが増し、ポリゴン並の立体モデルとなり、対戦を繰り返すごとに解像度が上がっていく感じだ。


 やがて俺の頭の中で、8K並の高解像度映像となったバーチャル・ラフィーアが、リアルのラフィーアと寸分違わぬ動きをし始めた。

 これはもう、ゆるパクじゃなくて、がちパクだ。


 もう何度目かも分からない開始位置へと戻ったラフィーアは、肩で息をし始めていた。

 その表情に俺を侮るような色は無く、理解し難い物への恐怖心が透けて見える。


「始め!」


 審判の号令と同時に、初めて俺は構えをとった。

 ヴァーチャル・ラフィーアを基にして、スピードと膂力を二割増しにして作らせた対応策をトレースしている。


 構えを取った俺を警戒して、ラフィーアもガードを上げて構える。

 手首を軽く内側に曲げた拳の握り方は、合わせ鏡のようにソックリだ。


 ジリっとラーフィアが右に回り込むのに合わせて俺も足を運ぶが、その動き方も完コピものだ。

 気付いた見物の兵士がどよめき、ラフィーアの頬が怒りに染まる。


 長年修練を積み重ねて築き上げたものを、表面だけ真似ているように見えるのだろう。

 ラフィーアがギリっと奥歯を噛み締めるのも当然だとは思うが、俺の模倣はそんなレベルでは無い。


 睨み合いから先に動いたのはラフィーアだった。

 鋭い左ジャブで牽制してから潜りこむ作戦だったようだが、俺のジャブがラフィーアの右の顔面を捉える。


「くっ……」


 スピード重視で威力は乗せていないジャブだが、自分の予測を超える反撃を食らってラフィーアは飛び退った。

 ガードを上げ、背中を丸め、爆発的な加速を生み出すように身体を縮めていく。


 俺も同じように構えを変化させながら、バーチャル・ラフィーアの能力予測に上方修正を掛ける。

 ラフィーアは、更に腰を落として力を溜め込んでいた。


「しゃっ!」


 ラフィーアが加速を始めるよりも一瞬早く踏み込み、一気に間合いを潰す。

 右の脇腹にボディーフックを叩き込みながら回り込み、驚愕の表情を浮かべたラフィーアの顎の先を右ストレートでピンポイントで打ち抜いた。


「がはっ……ぐぅぅぅ……」


 糸の切れた操り人形のように崩れ落ちたラフィーアは、座り込んだまま脇腹を押さえて呻き声を上げた。

 一応手加減はしたつもりだが、結構いいのが入ってしまったようだ。


「あれっ? 終わりじゃないの?」


 ラフィーアは戦闘不能と思って審判に視線を向けたが、首を横に振られてしまった。

 そうか、背中を地面に着けさせないと勝ちにはならないのか。


 組み打ちのルールは思い出したものの、座り込んだラフィーアの背中を地面に着けるには、押し倒さなければならない。

 ダメージを与えた一応女の子を押し倒すなんて鬼畜な所業だと思っていたら、ラフィーアが自力で立ち上がろうとして、足をもつれさせて転がった。


「ヒョウマ、一勝!」


 審判役から勝ち名乗りを受けたのは良いが、ラフィーアが立ち上がれない。

 思い切り脳を揺らされた影響だろうが、立ち上がろうとしても足に力が入らずに転倒してしまう。


 これまで組み打ちを続けてかいた汗のせいで、ラフィーアは転がる度に泥だらけになっていく。

 何度目かの転倒の後、ペタンと座り込んでラフィーアは、思い通りに動かない足を叩きながらボロボロと涙を流し始めた。


 うわぁ……何か凄い罪悪感を感じてしまうというか、この状況だと完全に俺がヒールだよな。

 高みの見物を決め込んでいたハシームへ視線を向けると、ふーっと一つ息を吐いた後で組み打ちの終了を告げた。


「そこまで! この勝負に遺恨を残すことは儂が許さぬ! 双方、良い戦いであったぞ」


 ハシームの言葉に見物していた兵士達からは拍手が起こったが、ラフィーアは俯いて肩を震わせている。

 立ち上がるのに手を貸そうとしたが、思いっきり打ち払われてしまった。


「すまんな、ヒョウマ。見ての通り、素直じゃない娘だが、実力は認めている……はずだ」

「はぁ……」


 ようやく立ち上がったラフィーアは、脇腹を押さえながらトボトボとした足取りで去って行く。

 遺恨を残すなって言ってたけど、これは無理じゃないのかな……。


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